やさしくしないで
〜本日の前説〜
小野妹子は実は男である、三蔵法師は美しい僧侶で男であり尼さんではない。最早今時これこそ時代遅れの性別確認、私はこんなことを訳知りげに教える人間を、阿呆だと思っている。小野妹子は小野妹子であり三蔵法師は三蔵法師であるが、その時代を学べば自然とその性別は知れることなので、わざわざ最初に性別紹介をすることに、無粋を感じる。それと同様に「隠された手紙」は、隠された手紙なのでその内容は、行間から読み手が想像すれば良いことなので、その詳細を事細かく記すことは無粋であると考えるし、隠すくらいなら燃やせというのも無粋であると考える。話が続かなくなるしね(笑)隠したから意味のある手紙だ、だからそれがタイトルだ。で、昨夜のお題だ。私は、夫と娘が隠したというところに、妻であり母である彼女の再生の光と夫と娘の再生の光も込めた…つもり(笑)。破り捨てられずも燃やされもしなかった手紙、妻を母を嵌めるために隠された手紙だ。隠したものはいつか発見されるかも知れない、その罪の意識を共に背負う家族の話であった…まあ、後書きついでに(笑) 私は個人的に、僅かな光が消えない限り再生は、どんな時も可能であると信じるものである。人は勝手で、青臭い幼稚だと言われて怒り、世擦れた擦れっ枯らしだ、時代遅れの石頭だ、夢のない大人だと言われて怒る(笑)いったいどっちに見られたいwww
擦れてなくて純真無垢だから子供は神様で正しいんだろ?そのくせ貶す時に青臭い幼稚だと使うのは時代遅れではないのかい?お前さんwww という落語みたいな前説でした(笑)
「やさしくしないで…」
別れを恐れているから女はそう呟いた。
「やさしくしないで」女が、やさしくされたい時に言う台詞は、女の古い手口。
男は笑って煙草に火をつける。
女は、そっと揺れはじめた気持ちを隠す。
本当の気持ちも、本当の気持ちを記した手紙も隠されてこそ、話ははじまるものがあるのか?
恋の媚薬は嘘。
女は、男の言葉が欲しくて仕掛ける。
道は二つに分かれてる そのひとつは最初からその、男の方へのびている。
なだらかな夜の帷の坂道、駆け昇って
いきなり抱きしめ合う、帰れない二人を街の灯りがつつむ。
それでも、女は最後の言葉を男から言わせたいから、意地を張る。素直に涙も流せないから
空を見上げる、逃げるように焦らすように走るけど、また舞い戻る。
逃げられないから、その恋から。
「ここへおいでよ、くじけた心も、すべてその腕に抱えたままでいいから」男はそう言っていきなりもう一度、抱きしめた。
夜の帷が降りた。
二つに伸びた道がひとつに真っ直ぐに重なって行った。
「やさしくしないで」は女からのサインであることを、その男は心得ていた。
恋の駆け引きは、「やさしくしないで」からだ。
「やさしくしないで」と言われて「はい、そうですか」って人いるのか?それ優しさなのか?
寄り添ってないでしょうよ、「やさしくしないで」って態々言葉に出して、訴えてるんですよ、「どうしたの?」「大丈夫?」が妥当な返しで、踏み込んで「なら、どうして欲しい?」「どう言って欲しい?」って会話を続けてあげるのが、やさしくありたい人の返答でしょ。くせには、「なくて七癖あって四十八癖」の癖とは違うので、やさしくされたいくせに、やさしくしないでと言うとなる。まあ、くせになんて決めつけは、「やさしくしないで」と言ってるような人には寄り添えてない言葉ではあるよね、寄り添う〜時代の、やさしくありたい世代は「やさしくしないで」と言われてもやさしい言葉をかけてあげないと(笑)恋の駆け引きを楽しむより、行間読んで感じ取るより、具体的に観さないと分からない。
自分が気持ち良くなりたいばかりに、「寄り添う〜」やら「やさしくありたい」やら都合良く吐いていないで。つか、みんな「やさしくしないで」を自分が言う方に回っているばかりなのが面白いなと思った。「やさしくしないで、そんな事、言わない」はい、あなたは、言わないのかも知れない。でも、もし仮に「やさしくしないで」と言われたらって話「甘ったれるな!」そして無視「そんなこと言うな!」って返す?それ、やさしい言葉ですかぁ?ってことでしょ?www 自分のことじゃなくて、そう言った人の気持ちを考えてってお題じゃないかなぁ〜(笑)
つか、前説無視の、三人称でwww
令和7年2月3日
心幸
隠された手紙
じゃ、じゃ、じゃ、じゃ~ん
じゃ、じゃ、じゃ、じゃ〜ん♪
夫が隠した手紙を彼女は、今はじめて手に取った。
その手紙を胸元で固く握り締めて、彼女はその興奮をおさめていた。
たたっ♪ ひゅるるるる〜♪
たたっ♪
彼女は、赤い月がつくりだす光と陰のなかに立ている。その後ろ姿を頭から爪先まで月明かりがゆっくりと映し出し彼女の影を拵えた。
その手には刃渡り15cm程の一般的な家庭用三徳包丁が握られていた。刃先からぽたりぽたりと液体が垂れている、その液体が床に落ち溜まる頃、赤い月はその液体の上に色を宿した、赤いインクの様なその色はやがて彼女の足先に忍び込み赤い光を反射させた、彼女のその足先のその先に仰向けに横たわる男がいた。彼女の義理の弟だった男だ、幼い頃彼女の母親が離婚して再婚した、その再婚した相手の連れ子だ。その義弟は、家族というものを知らずに出て行った実母と出ていた実父どちらからも必要ない子供と見なされ行くあてなく、幼い頃から生きるために知らない大人の間、知らない家庭の間に身を置き早く大人になることを強いられた幼気な子供だった。実父は、女手が居ないと何かと不便だ、ここらで自分も腰を落ち着かせようと踏んで、息子を連れて、同じくコロコロと男を変えて変えた理由を男の不徳のせいにするが、同じ様な男しか捕まえられない、良く言えば今風に言えばシングルマザー、昔風に言うと出戻りだった、彼女の母親と互いに再婚どうしで結婚した。一度男に失敗しているくせに、性懲りもなく女手が居ないと不便だと考えるような男しか掴めないその縁を呼び寄せるのは自分自身であると気づけない女と、女が居ないと不便だと考える男、そんな二人の連れ子同士の関係だ、そんな家庭が上手く行くには互いの親の思慮深さと愛情深さが必要だが、そんなものが元々備わっている人間なら、互いに相手はコロコロと変わらないのである。至極真っ当な成り行きで、その家族は早々と解散になった。姉であった彼女は冷たい木枯らしの吹き荒ぶ夜にはガタガタと風が窓を揺らす木造のアパートで母親の「男運が悪くてしょうがないわ」とぼやく声を寝物語に聞きながら目を閉じるのであった。あれから30年近くが経ち、今あの野良犬のような目をしていた、冷たい荒野につたう冬蔦のような男になった元義弟、そんな男が突然彼女の前に現れたのだ。彼女は恐れた、何故なら彼女は嘗て彼が弟であった頃、彼の境遇を憐れみ憐憫することで何処か自分の優越感を満たし、たまに喧嘩し必要以上に乱暴な彼の抑圧された悲しみを炙り出し自分に向けさせ自分が被害者になることで、母や義父や叔母さえ味方につけ、まるで野良犬を裁いて保健所に連れて行かれそうになるような義弟の姿を見て楽しんだのであった。
彼女はそんな、ことを思い出し恐怖していた。
今の生活に、この野良犬は不必要だと考えた、野良犬の言葉も聞かずに。
彼女は勝手に、その嘗て弟であった男が、自分と別れた後、施設に戻され粗暴に育ち質の悪い大人になり、金でも毟りに自分の前に現れたか、自分を恨み復讐しに来たのだと思い込んだのであったが、それは違っていた。彼は彼等の両親が離婚して実父がまた去り、施設に戻った後、子供の授からない夫婦に養子にもらわれ、長い時間をかけゆっくりと愛情と信頼を取り戻すことに成功したのであった。そして、幼い頃一時でも縁があり家族であった人たちの足跡を知りたいと義姉であった彼女を訪ねたのであった。勿論手紙は何度も出していた、けれど手紙は彼女の手には渡らなかった…。そうして、たまたま家の付近で彼女を見かけ声をかけ、懐かしい思いで自宅まで訪ねたのであったが、彼女の方はただ恐怖でしかなかった訳である、住所まで調べてやって来る。
親に捨てられた野良犬、嘗て自分がちょっとからかったら、唸り声をあげて手を噛んだ野良犬保健所に連れて行かれるように、親や叔母叔父親戚中に言いふらし、やっと保健所に入れたはずなのに、彼女は恐怖し風の強い夜ついに、自分の手でその恐怖を先にこちらから断ち切ることを決心したのである。酒に睡眠薬を入れ「外は、寒いから」と飲ませ酩酊させ、台所の三徳包丁で左胸を2度刺し、殺したのである。
証人は赤い月…。
彼女は、焦ったが、彼には身寄りなどあるはずもないと踏んでいたので、今夜は夫も娘も留守だから、この間にと裏庭に埋めた、探す人間も居ないと思っていた。しかし、野良犬は一家の大黒柱で妻も娘も居た。町工場の従業員の信頼厚い経営者であった。嘗ての哀れな野良犬、野良犬だから殺しても良い、いや殺してしまわなければならない。野良犬を踏みつけ、噛まれた恨みを持ち続けたのは彼女の方だった。
そして、あっさり逮捕される。
その様子を、いたたまれない様子で警察の対応をしながらも、ひっそりとほくそ笑む者が二人いた。彼女の夫と、その娘・・・
「やっと、あの陰湿な化猫のような目をした女と別れられる」
「やっと、あの偽善のカタマリの母親と離れられる」
父と娘は、連行される彼女の背中を見送りながら目を伏せて笑った。娘の机の引き出しには、
嘗ての義弟が義姉に宛てた隠された手紙が仕舞われていた。
ひゅるるるる♪
さぁ、眠りなさい疲れ切った体を投げ出して
あぁ、出来るのなら生まれかわりあなたの母になって
私の 命さえ差し出してあなたを守りたいのです
この街は戦場だから
みんな傷を負った戦士
どうぞ 心の痛みを拭って
小さな 子供の昔に帰って
熱い胸にあまえて…。
「マドンナたちのララバイ」 作詞 山川啓介
「隠された手紙」 作 心幸
この話は、フィクションです。
胸に手をあてて、何かがつかえるあなたや君は言い返すよねぇ〜www
相変わらず馬鹿だね、熱くなんなさんなって。
フィクションだから(笑)
さぁ、眠りなさい♪ 丑三つ大魔王www♪
令和7年2月2
バイバイ
本日の前説、私は徒然なる時に気ままに心にうつりゆくことを書きなぐる旅の途中の旅人です。まだ、ここに来て日も浅いです。ただの旅人はペンの変わりに近頃流行りの不得手なスマホの画面を叩きますが、ただの書き手くらいの者です。自分の書き綴るものを作品と呼んだり、自分を物書きやら作家やら筆者やら表現することに照れを感じずにはいられない人間で、そんなことを言える人を幸せな人だと思う人間であります。人間は、実に愚かしくなる生きものであるかと考えます。祖母が親を亡くした孫に泣くのは、およしと言う変わりに、「お前は愛されて育った子だよ」と励ます言葉と、親の不徳で不遇の現状に置かれる子にかける言葉とは同じではなく、行間とその関係性を読み取り臨機応変に変えることくらいも分からぬ阿呆を作ってしまいます。昔の人は偉かったね、そこをきちんと行間読んで理解できたし弁えた、10代半ばにもなれば。
今は動物愛護だなんだと言って、虐待を受けて育った犬猫が人間嫌いになって、人間に牙を剥くのは可哀想と思えるけれど、父親や母親がコロコロ変わってしまうような環境で、早くから他人の大人の中で不遇を、時には暴力を受けながら育ち人間不信の人間嫌いになった子には、危険分子の変な子のレッテルを貼る。犬猫も人間と同じじゃないのか?毒親ってレッテルもついでに貼るの好きなくせに、毒親だって子供だったろうにきっと、あなたやわたしと同じ不用意に傷つく幼気な子供であったはずなのに。人間生まれながらに悪魔なんてそうそうなれないし、それにはそれなりの理由がある。
案外悪い奴のレッテル貼るのが好きなそいつも父親も母親もコロコロ変わる大差ない環境に居ながら、たまたま運よく生きてこられただけのことに気づけずに、さらに立場の弱い物を叩いて喜ぶ苛めっ子気質なのか?
感謝出来ずに批判と捉える歪みが生じ現状に不満ばかりの怨み節なのか。
「お前とあの子は環境が違うんだよ、だからお前はもっと強くならなきゃいけない」と捉えるところを、「あの子は、変だ危険だ危ない、触っちゃ駄目だ」「怨んでいるに違いない」となる。それ、心のかたちが全然違うのか?たまたま運良く運悪く生まれ落ちた環境が違うだけの同じ命じゃないのか?
やっぱり、今時、風の音で目を覚ますような寂しい環境に身を置いていると、心がさもしくて悴んでしまうのだろうか… お気の毒なことだ。
「バイバイ」
淋しい女 きっと色々有ったんだろう
風の強い 夜更けの迷子なら過去(きのう)忘れて 未来(あした)も忘れて
心の 思うままに生きればいい
それが 切なかろうと哀しかろうと
若くはないけど 年寄りでもないから
諦めるに諦め切れなくて妬む
そう 誰かが言ってたけど 油を舐める
何かが始まる 風の強い夜更け
無口な女 それが良いと思ってます
絵になるような 夜更けの独りモデル
微笑み抱いて 憂いも抱いて
独り自分で自分の肩抱いたまま
それが 束の間だって永遠だって
関係ないけど 自惚れ上手の成れの果て
諦めるに諦め切れなくて妬む
そう 噂を聞いたけど 月に祈る
何かが始まる 風が窓を叩く夜更け
バイバイ ありがとう さようなら
令和7年2月1日
心幸
旅の途中
俺たちの旅
夢の坂道は木の葉色の石畳
眩く白い長い壁
足跡も影も残さないで
たどりつけない山の中へ
続いているものなのです
夢の夕陽はコバルト色の空と海
交わってただ遠い果て
輝いたという記憶だけで
ほんの小さな一番星に
追われて消えるものなのです
背中の夢に浮かぶ小舟に
あなたが今でも手をふるようだ
背中の夢に浮かぶ小舟に
あなたが今でも手をふるようだ
夢の語らいは小麦色した帰り道
畑の中の戻り道
ウォーターメロンの花の中に
数えきれない長い年月
うたたねをするものなのです
背中の夢に浮かぶ小舟に
あなたが今でも手をふるようだ…
「俺たちの旅」 作詞 小椋佳
この詞には、春夏秋冬が詩われていることが分かると思うが、俺たちの旅は旅の途中でまだ終わらず季節は秋から冬そして春から夏へと繰り返し巡って行く背中に夢を背負った俺たちを乗せた小舟にあなたが今でも手を振っているようだ。俺たちは、まだ旅の途中と詩っている。
好きな詞は数々あれど、よく自分の気持ちに置き換えて替え歌を作って歌うのが趣味だけど、ワンフレーズも、ひと言も替えずに自分の気持ちにピッタリだと思ったのは、深夜のラジオから流るこの曲を聞いた、1970年代の終わりの頃だろうか。多分、谷村新司さんの「セイヤング」かなと思うが、「天才・秀才・バカ」が異常に好きだった。勿論、三段受けなのでオチは最後のバカになっちゃうから面白。つう、救いのある昭和の優しく温かいノリの深夜放送だった。そこで聞いたこの曲は、10代終わりの思春期にド・ストライクで刺さったのだった。
小舟で何時までも手を振っているのは紛れもなく私にとっては父と母だった。親を亡くしたというのと失くした不遇の関係というのは真逆だ、よく覚えておけ!(笑)ばあちゃんは、よくそう言って泣き虫だった私に発破をかけた。これでも泣き虫だった、か弱き(か弱いのか?w)な思春期。
何にしろ思春期には、とにかく刺さって小遣いはたいてレコードを買った。小遣いはたかなきゃいけなかったねぇ~。シングル1枚 ¥700 LPで ¥2800 だったかな?買って来て歌詞カード広げて作詞 小椋佳凄いなぁと思った。当時、阿久悠と小椋佳と伊勢正三は神だった。フォークソングマイブームの時代とRadio。思春期に大人に変わる道を探すのは少年も少女も変わらなかった。
旅は、はじまったばかりだった。
デッカ夢を背中に背負って小舟を漕ぎ出す。何時までも心配そうに、あなたが今でも手をふる姿が目に浮かぶようだ…。今、聴くとね最後のこのワンフレーズが何時までも心に木霊するように残る。あれから随分と漕ぎ、時には漕ぐのを止めてしまいそうになりながら、ほんの小さな一番星に追われて、また朝日を迎え漕ぐ…それでもまだ旅の途中だから。
この詞、本当に素敵です。
令和7年1月31日 心幸
1月終わるねぇ〜。
色々あっても早い1月の締め。
締めのひと言はやっぱこのひと言だ、私の作品www 凄いねぇ(笑)頑張って。フィクションでも上手く描かないと不思議な世界になっちゃいますよwww シュールです子供の喧嘩で隣の家まで飛ぶ喧嘩漫画の世界www リアリティなくって好きだった(笑)
無口なのが良いのなら喋りなさんな、雉も鳴かずば撃たれまい、手堅い生き方かも知れません。
まだ知らない君
どうして どうして僕たちは
出逢ってしまったのだろう
あんなに燥いでたのに
最後の冬に見た夕日は
陰をこしらえて罪を隠して
何処かへ消えてった
引き返してみるわ ひとつ前のカーブまで
いつか見た海に降りた
あの場面にあなたがいたようで
どうして どうしてできるだけ
見つめていなかったのだろ
瞬きひとつしないでいたかった
人は忘れられぬ景色を
幾度か彷徨ううち
後悔しなくなれるの
夕映え諦めて
走り去る時刻には
その、後半はゆっくりと…
懐かしい匂いがした 菫の花時計
TVやマスコミはいったい誰のもの?
とりあえずつけてます?
芸能界や芸能人に何を求めるの?
一般人と同じモラル?
有識者的知識?(有識者は一般常識あるかしら?あるかしらw)
上級国民的鼻持ちならぬブランド意識?
エリート意識?(そんなものに一般常識あるかしら?あるかしらw)
私なら、芸能界には夢を芸能人には華を求めます。別に政治家のような清廉さ求めていません、政治家にさえ清廉さよりも強かさを求めて止みません。清廉さを求める人はうちの父ちゃんにくらいですwww それでも清廉さは求めても聖人君子は求めません。
夢があるのはいいのだけど
掴むと それさえ無くして
ナンパ(難破)する
ら・ら・ら〜 今日も明日もあなたに会えない
年月(とき)が経つのはナゼこんなに早いのだろ
人の裏ばかり見て 人の裏の裏は
ただの表だったりして
ら・ら・ら〜 誰のせいでもないあなたの人生を生きてね
「リフレインが叫んでる」 松任谷由実
「ら・ら・ら」 大黒摩季
替え歌
人生は表ばっかりじゃなく裏も大事。日向ばかりでなく、日陰を歩くのも大事。UVカットは大事www 舗装されたレールの上ばかりではなく曲がりくねった凸凹道の吹き溜まりも大事多様性だよとか言いながら、何が多様性だよな近頃だよなぁ。。命の電話だなんだと言った口で、私はか弱き弱者で繊細で優しくありたいんです。いやいやそうとうな玉でしょwwwと、いけません寄り添う社会ですと言った口で一方には叩く時は息の根止めるまで吊るし上げの残酷物語で大草原。
芸能界も芸能人もそれをつくる人間も見る人間も変わったよなと思う今日この頃…まだ知らない君、芸能界って芸能人ってそんな綺麗な表社会でしたっけね? じゃないから得も言われぬ高揚や色気や面白さがある世界じゃなかったでしょうかねぇ。
キモ、お前なんかに出逢えなくて正解。勿論、
来世も再来世も当たり前に。お生憎様、お前と君はチゲーんだよwww なーんてね。あまりにもキモすぎてつい。誰にも認められないからつい自称実力派エリートになっちゃうの?そうか面白いわね(笑)
令和7年1月30日
心幸