隠された手紙
じゃ、じゃ、じゃ、じゃ~ん
じゃ、じゃ、じゃ、じゃ〜ん♪
夫が隠した手紙を彼女は、今はじめて手に取った。
その手紙を胸元で固く握り締めて、彼女はその興奮をおさめていた。
たたっ♪ ひゅるるるる〜♪
たたっ♪
彼女は、赤い月がつくりだす光と陰のなかに立ている。その後ろ姿を頭から爪先まで月明かりがゆっくりと映し出し彼女の影を拵えた。
その手には刃渡り15cm程の一般的な家庭用三徳包丁が握られていた。刃先からぽたりぽたりと液体が垂れている、その液体が床に落ち溜まる頃、赤い月はその液体の上に色を宿した、赤いインクの様なその色はやがて彼女の足先に忍び込み赤い光を反射させた、彼女のその足先のその先に仰向けに横たわる男がいた。彼女の義理の弟だった男だ、幼い頃彼女の母親が離婚して再婚した、その再婚した相手の連れ子だ。その義弟は、家族というものを知らずに出て行った実母と出ていた実父どちらからも必要ない子供と見なされ行くあてなく、幼い頃から生きるために知らない大人の間、知らない家庭の間に身を置き早く大人になることを強いられた幼気な子供だった。実父は、女手が居ないと何かと不便だ、ここらで自分も腰を落ち着かせようと踏んで、息子を連れて、同じくコロコロと男を変えて変えた理由を男の不徳のせいにするが、同じ様な男しか捕まえられない、良く言えば今風に言えばシングルマザー、昔風に言うと出戻りだった、彼女の母親と互いに再婚どうしで結婚した。一度男に失敗しているくせに、性懲りもなく女手が居ないと不便だと考えるような男しか掴めないその縁を呼び寄せるのは自分自身であると気づけない女と、女が居ないと不便だと考える男、そんな二人の連れ子同士の関係だ、そんな家庭が上手く行くには互いの親の思慮深さと愛情深さが必要だが、そんなものが元々備わっている人間なら、互いに相手はコロコロと変わらないのである。至極真っ当な成り行きで、その家族は早々と解散になった。姉であった彼女は冷たい木枯らしの吹き荒ぶ夜にはガタガタと風が窓を揺らす木造のアパートで母親の「男運が悪くてしょうがないわ」とぼやく声を寝物語に聞きながら目を閉じるのであった。あれから30年近くが経ち、今あの野良犬のような目をしていた、冷たい荒野につたう冬蔦のような男になった元義弟、そんな男が突然彼女の前に現れたのだ。彼女は恐れた、何故なら彼女は嘗て彼が弟であった頃、彼の境遇を憐れみ憐憫することで何処か自分の優越感を満たし、たまに喧嘩し必要以上に乱暴な彼の抑圧された悲しみを炙り出し自分に向けさせ自分が被害者になることで、母や義父や叔母さえ味方につけ、まるで野良犬を裁いて保健所に連れて行かれそうになるような義弟の姿を見て楽しんだのであった。
彼女はそんな、ことを思い出し恐怖していた。
今の生活に、この野良犬は不必要だと考えた、野良犬の言葉も聞かずに。
彼女は勝手に、その嘗て弟であった男が、自分と別れた後、施設に戻され粗暴に育ち質の悪い大人になり、金でも毟りに自分の前に現れたか、自分を恨み復讐しに来たのだと思い込んだのであったが、それは違っていた。彼は彼等の両親が離婚して実父がまた去り、施設に戻った後、子供の授からない夫婦に養子にもらわれ、長い時間をかけゆっくりと愛情と信頼を取り戻すことに成功したのであった。そして、幼い頃一時でも縁があり家族であった人たちの足跡を知りたいと義姉であった彼女を訪ねたのであった。勿論手紙は何度も出していた、けれど手紙は彼女の手には渡らなかった…。そうして、たまたま家の付近で彼女を見かけ声をかけ、懐かしい思いで自宅まで訪ねたのであったが、彼女の方はただ恐怖でしかなかった訳である、住所まで調べてやって来る。
親に捨てられた野良犬、嘗て自分がちょっとからかったら、唸り声をあげて手を噛んだ野良犬保健所に連れて行かれるように、親や叔母叔父親戚中に言いふらし、やっと保健所に入れたはずなのに、彼女は恐怖し風の強い夜ついに、自分の手でその恐怖を先にこちらから断ち切ることを決心したのである。酒に睡眠薬を入れ「外は、寒いから」と飲ませ酩酊させ、台所の三徳包丁で左胸を2度刺し、殺したのである。
証人は赤い月…。
彼女は、焦ったが、彼には身寄りなどあるはずもないと踏んでいたので、今夜は夫も娘も留守だから、この間にと裏庭に埋めた、探す人間も居ないと思っていた。しかし、野良犬は一家の大黒柱で妻も娘も居た。町工場の従業員の信頼厚い経営者であった。嘗ての哀れな野良犬、野良犬だから殺しても良い、いや殺してしまわなければならない。野良犬を踏みつけ、噛まれた恨みを持ち続けたのは彼女の方だった。
そして、あっさり逮捕される。
その様子を、いたたまれない様子で警察の対応をしながらも、ひっそりとほくそ笑む者が二人いた。彼女の夫と、その娘・・・
「やっと、あの陰湿な化猫のような目をした女と別れられる」
「やっと、あの偽善のカタマリの母親と離れられる」
父と娘は、連行される彼女の背中を見送りながら目を伏せて笑った。娘の机の引き出しには、
嘗ての義弟が義姉に宛てた隠された手紙が仕舞われていた。
ひゅるるるる♪
さぁ、眠りなさい疲れ切った体を投げ出して
あぁ、出来るのなら生まれかわりあなたの母になって
私の 命さえ差し出してあなたを守りたいのです
この街は戦場だから
みんな傷を負った戦士
どうぞ 心の痛みを拭って
小さな 子供の昔に帰って
熱い胸にあまえて…。
「マドンナたちのララバイ」 作詞 山川啓介
「隠された手紙」 作 心幸
この話は、フィクションです。
胸に手をあてて、何かがつかえるあなたや君は言い返すよねぇ〜www
相変わらず馬鹿だね、熱くなんなさんなって。
フィクションだから(笑)
さぁ、眠りなさい♪ 丑三つ大魔王www♪
令和7年2月2
2/2/2025, 3:45:33 PM