寂しそうな背中をしていた。
凛と、蓮の如く咲き誇る清廉な姿。人はそれを完璧な所作だと褒め称え、まさしく百合の花と そう口々に言い募る。
品のある立ち振る舞いは人目を攫い、一目で見惚れさせる魅力的な姿形を持っていたその人。確かに見目麗しく、動作も気品に満ちていた。
けれど──
否、それ故に。
その人は、酷く繊細に見えた。
喩えるなら、そう。人の形を模した精巧な球体人形のような。人ならざるものの持つ、欠けたるが故に持ち得る特有の存在感と空気。空間と切り離されたかのような僅かな距離感と排他的な透き通りすぎる瞳。熱を与えることも奪うこともない一定な温度。何処までも作り物めいていた。
分かり合うことのない。理解されることのない孤独。それに慣れきって、求めることすらせず、風を切るように清く正しく己を律してはまた距離が開けてゆく。そんな、色のない寂寥を纏ったお手本のような華。気高く咲いて美しく散ることを定められたかのように振る舞うその姿が、どうしようもなく寂しく思えたから。
「───」
あなたの色を知りたいと、そう願ってしまった 。
テーマ; 【透明】
花びら
ビー玉
水たまり
目に映るすべてが特別なものに見えていた頃があった。
太陽は眩しくて、雨は煌めいて、雲は甘そうで。雪にはしゃいで、風に踊って、霧に隠れた。空を見上げて、地面を眺めて、耳を澄ませて 身の回りのすべてを受け止め受け入れ発見の喜びに身を任せた。
何もかもが新鮮で、知らないことばかりで、毎日が冒険。楽しくって仕方なかった。失敗だって怪我だって怒られたことだってぜんぶ。次の冒険のためのスパイスで、諦めることも懲りることも知らなかった。
世界は自分の為にあって。
世界の中心は自分自身で。
世界はどこまでも自分に優しくって。
恐れることなんてなかった。誰かが何かがすべてが、自分を守って肯定してくれていた。存在が無条件に許されていた。
「まだ、間に合うかな」
手渡された小さなガラスの玉を光にかざしてそんなことを思い出した思い出した───
「あーもう、どうしよう……」
開いたっきりカーソルの動かない文書作成ソフトに、やたらに開かれた統一性のないサイト。散らばる用紙には、自分ですら読み直せない殴り書きで記される文字列。眠気覚ましにと机上に置かれた深淵を覗いたような液体はとうに湯気をなくし冷え切っている。
「全然、思いつかない」
趣味が高じて描き始めた文章は運良く世間に受けいれられたらしく、今や生活のための一部にまでなっていて。そんなこんなで早数年。ありがたいと同時に、新人と呼ばれなくなった今日この頃、かなり切実な問題に直面することも多くなった。
物書き誰しもが経験するであろう避けて通れぬ試練。すなわちスランプ。もしくはネタ切れ。
「1ページも進んでないし」
描きたかったはずのキャラにストーリー。書き溜めた設定は十分に練られていて、今のところ評判も悪くない。愛着もあるしやる気も十分で、時間だって有り余っている。なのに遅々として進まない。
「この子どんな子だっけ?」
『この私を忘れるとは貴様の頭は飾りか?』
「ふえ!? 誰???」
『貴様は自分の子を覚えていないというのか。醜態を晒し続ける前に手伝ってやるのだから感謝しろ』
とつぜん頭の中に直接語り掛けるようにして聞こえてくる尊大な声。どこかデジャブを感じるそれに首を傾げれば、はっ っと鼻で笑われ流れるように貶された。
子? 子ども?? 独身なのに子ども??? 頭にハテナを埋め尽くしながら目の前のモニターをなにとなしに眺める。過去に書かれた文字列を認識した瞬間に霧が晴れたような心地がした。
何よりも大切な我が子。
話しかけてくる存在の正体。
理解できなかった投げかけられた言葉の意味。
「……うん。ありがとう」
次の話はきっと、特別なものになる。そんな気がした。
テーマ; 【君の声がする】
ごくたまに、作品を書いていて勝手にキャラが動くことがあって そんな時に彼らの声を聞いたような不可思議な心地がします。
好きになれなかった。
本来は温かくて思い遣りや感謝に充ちた言葉だろうに。何故だか、溺れるような心地がした。フワフワなんかではない。もっと重くて粘着質でまとわりつく桎梏に思えて仕方なかった。
ありがとう──だから、これからもよろしくね。
ありがとう──面倒事引き受けてくれて。
ありがとう──いい子ちゃんぶっちゃって。
後ろに続く振動しない音が雄弁に伝えてくるマイナスの感情。便利なお人形だと、彼等はそう呼んでくる。心なんてない使われるだけの道具だと。
……形だけの、体裁だけ整えた、意味などない定型。
『ありがとう』
まるで呪いだ。
なんの冗談だと、そう思った。
嫌がらせか、もしくはウケ狙いなのかとも。でなければ、これまでの恨み辛みを束ねた当てつけの可能性も。とにかく、正気とは思えなかった。真摯で誠実な対応だとも。
けれど、『おめでとうございます』と、何処か悲しげな笑みでブーケを手渡してくるその表情は、これまでずっと隣にあった可愛い後輩のそれで。
受け取ったその作り物の花束をジッと見つめる。バラにパンジーにアネモネ── 種類も形もバラバラで一貫性はありもしないけれど、色味も相まって何故だか不可思議なバランスのとれた、作り手のセンスと込められた想いが伝わってくる作品でもあった。
さくら色のラッピングの施された繊細ながらも華やかなデザイン。少なくとも、嫌いではないと思ったし趣味にも合っていた。
───私の気持ちです。
そう伝えてくれたあの子の気持ちを当時は理解できなかった。結局、返事もまた。
それでも、ようやく受け止められた、枯れることのない想いはここにあるから。今度は自分の番だと、そう思った。
テーマ; 【永遠の花束】