渚雅

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6/9/2023, 2:08:28 PM

「眩しいだけ」
「今の時期が好きなんだけどなー」

日に向かって歩きながら戯れにそんなことを話す。学び舎は山を越えた向こう,必然的に対面するそれに目を細める横顔。

ガラスに乱反射する光線が万華鏡のように忙しなく目を刺し眩む視界が嫌だと語る。曰く酔いそうだと。


「葉桜の時期がいちばん優しい。これから更に目まぐるしくなる。憂鬱」

暑いし。夏本番がこれからとか信じられない。心底嫌そうに言うそれについては,激しく同意する。この穴が開きそうな暑さの中30分も歩くという行為は耐えようのない苦行。けれど,日が長くなり行動時間が増えるその一点で夏は嫌いではなかった。

隣を歩く人物は 日照時間が伸びた分その熱から逃げるように早く行動し,あがりきったら冷所を求め校舎に閉じこもり,日が沈みそうになってからまた行動し始めるのだから。ようはそれだけ長く一緒に居られる。

だから,いつも天気予報を眺め早朝日が差し込むその温もりを楽しみに目を塞ぐ。雨は君との逢瀬を邪魔する。雨音のメロディーを楽しむ君には悪いけれど,梅雨なんて終われと願うしてるてる坊主は密かに常備している。


「なら集合時間早くするか」

不満げに縦に動いた顔を見てほくそ笑む。やっぱりこれからの時期が好きだ。なんて言えるわけもないが。


テーマ : «朝日のぬくもり»

6/7/2023, 10:49:40 AM

「世界の終わりはどんなふうに過ごしたい?」

それは,たわいもない ただの世間話。誰も世界滅亡なんて与太話を信じてもいないしほんの暇潰しのような話題だった。

ただただ話すこと自体を求めるために用いるテーマのひとつ。大抵はなにか特別で素晴らしい最後の晩餐を開くと答えるのが常。けれど,つまらなそうに本を眺めるその人物は 思いもよらない回答を返した。


「ねぇ,君は?」

直接話しかけてようやく視線をあげる。あからさまな程に渋々と言った様子のそれはいかにも話しかけるなと主張していたがそんなことは気にしない。


「……いつも通り過ごす」

それだけ口にしてまた文字を追い始めたその視線を遮り質問を重ねる。意味がわからなかった。

慎ましくとも最大限の日にしたいと願うのが当然だった。少なくとも僕達にとってはそれ以外の選択肢などありえなかった。


「なんで? 最後なんだよ」
「……なんで最後の日にまともに社会が機能してると思うの。それに最後なんて誰にもわからない」

だから事前に準備して普通に過ごす。明日が来てもいいように。

見下ろした先 影はそう言って小さく笑った。唐突に理解した。理解してしまった。あっさりリアルを語るこの人は日常に不満などないのだ。特別など さほど求めていないのだ。先を見通し幸せな未来を過ごす術を知っているのだ。だからもしもの時は普通に過ごしたいと言えるのだと。

ずるいと思った。だってこんなにも,僕達は もしもに縋るほどに生きることに必死なのに 君はひとり余裕を幸せを持っていた。


「過ごしたい日々があるなら叶えればいいんじゃないの?」

どこか不思議そうな表情で そんな当然な理屈を手渡してくる君は,誰より大人で自由で やっぱり憎かった。

君と過ごしたい。なんて言わせてもくれないくせに。




テーマ: «世界の終わりに君と» 104

6/6/2023, 12:53:12 PM

「最悪」

それはあの人の口癖だった。息を吐くように放たれるその言葉は心を重く淀ませる。自分が悪いのだと知っている。けれど八つ当たりでもあるのだからタチが悪い。

逃れたくても逃れられない空間でまたひとつ 呪詛が生み出される。言霊なんてものが本当にあるのな,らこの場所は空気を吸うだけで即死するほど呪われていることだろう。そんな想像に小さく笑ってしまえばまた上から声が責めたる。


「本当に最悪」

こちらを睨めつけるその濁った瞳に映るのはきっとつまらない世界。空虚に捕われ何も見えない盲目。目の前にいるはずのこの姿すら見えていない。

何かに当たらなければ生きていけないのならこの人はどこまでも寂しく悲しい人だと思う。使うはずの言葉に惑わされ感情を消耗する。最良以外全て最悪などこまでも極端な思考回路。


「あなたはいつでも最悪だね」

もし最悪なんてものがあるのなら。それはきっとあなたが気づいていないこと。言ったところで変わらないなんて当然の事実を。いつまでもずっと目をそらす。

だから きっとこれも最悪で最悪じゃない出来事。だって,全部最悪ならそうじゃないのと同じ。


「さよなら」

大好きだったよ。今でも好きだよ。でもこのままじゃ何も変わらないからお別れ。

最悪ではないこの感情を表す言葉が欲しい。頬を伝う雫が風に晒され冷たくて凍えそうになるから。またね とは言えなかった。

6/5/2023, 12:34:42 PM

「誰にも言えないことってある?」
「あるとは思うけれど,具体的な事言ったら破綻するんじゃない?」

小さく吐息を零して君は笑った。言われてみればそうなのだけれど,なんか妙にモヤッとした気分を感じた。特別な秘密を自分だけに教えて欲しいというわがまま。その感情を要約してしまえばそう言えた。


「それに言えないというよりは,言わないが近い」

独占欲にも似ている感情。目の前の相手の例外に 圧倒的かつ唯一の特別になりたいと願ってしまった。

口を噤むその理由すら全部さらけ出して貰えたらなんて身勝手な願い。それを見越したように細められる君の真っ直ぐな瞳。


「ああでも,他人には言わないことでも 君ならいいかな。聞きたい?」

婀娜っぽい いたずらな笑みを浮かべて視線を絡めてくる。知りたい?秘密。と囁いて近づいてゆく距離。普段と同じその近さが妙に気恥しいのはきっと君の纏うどこか甘い香りのせい。くらりと酔いそうなホワイトムスク。

声も出せずに視線もそらせずにただ黙って頷く。雰囲気にすら惑わされそうな思考回路はすでに不明瞭。


「あのね,ーーーーーー」

その先は誰にも教えない。二人だけの秘密。

6/3/2023, 10:32:15 AM

「なんで恋なんだろう」

ふわりと首を傾げる君は,ひどく不可思議そうに並べられた本を見つめる。入口のすぐ側 目に入りやすいその場所には特集コーナー。


「絶対に愛じゃなくて恋でしょ。失愛なんて聞かない」

"失恋"をテーマにした本を一つ一つ手に取りながら言葉を重ねる。そう考えると恋人も不思議な単語 そう思わない? と。

パラパラと本をめくる様子すら様になるのに口ずさむのはひどく哲学的で答えずらい質問。


「恋はひとりで 愛は共に。なら,恋を失えば愛になりそうなものなのに」
「恋でしか繋がれないなんて悲しい関係。愛で繋がれば否定的。日本語って難しい」

この関係はなんだろうね? 凪いだ海のように満ちた 透ける瞳が向けられる。その手には既に本はなく 指先同士は軽く絡み合っていた。

それは返答を求める質問であると同時に,解答を求めない疑問であった。なぜならこの関係はどちらにも分類されるものではなかったから。


「関係を恋と 感情を愛と呼べばいい。関係が切れても思いは残るから」

相手を思うのなら,それは愛に感じられた。だから君に対する関係は分からずとも,名を付けなくとも気持ちは変わらない。

それはきっと告白に似ていた。どこか寂しそうに笑う君が見えたから。


「……そっか」

リン 小さな鈴の音がする。
それはきっと恋の始まりの音だった。

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