静流川 洸

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7/4/2024, 10:55:52 PM

『神様だけが知っている』

僕はどうして産まれてきたのだろう?

もう何度目になるかわからないくらい繰り返した自問自答。

なんど繰り返しても答えは出ない。

「あたりまえだよね。そんなの神様にしかわからないよ」

しばらくして妹が産まれた。

小さくてかわいい、産まれてすぐ失敗作の烙印を押されたかわいそうな妹。

この施設で失敗作がどんな扱いをされるかわからない。だから僕がこの子を守ってあげなきゃ。

今後僕たちは幸せになれるのか、そんなの僕にはわからない。でもこの子を僕の手で幸せにすることはできるはず。

そんな決意と共に僕は妹に手を差し出した。
妹は小さな手で僕の手をぎゅっと握りかえしてくれた。それだけでとても嬉しい気持ちになった。

僕はこの子を幸せにするために産まれてきたんだ。そんな気さえした。

それから間もなく僕は妹と会えなくなった。
僕が守るって幸せにするって決めたのに。

僕はまたなんのために産まれてきたのかわからなくなった。

「僕はなんのために産まれてきたの?」
‥それは
「神様だけが知っている」

-fin-

7/3/2024, 11:07:28 PM

『この道の先に』

仕事の帰り道、ふと既視感に襲われた。

僕はこの道を知っている。

この道をまっすぐ行くと、僕らが住んでいた施設がある。
いや、実際には違うのだが、なんとなく、この道をまっすぐ行くと施設に辿り着く。そんな気がしてならない。

怖い‥
僕はその道を見つめたまま動けなくなった。

「どうした?疲れたか?もう少しで家に着くから頑張ろうぜ」

兄に手を引かれ足が進んだ。
そうだ、僕らはもう施設を出たんだ。

そこには戻らなくていい。

先ほど気になった道を横目に別の道を進む。
この道の先に僕らの新しい家がある。
兄と僕と妹と3人で暮らす、新しい家。
そこは怖くない、笑って暮らせる場所。

帰ろう、僕らの家に。

先ほどまで固まっていた足が、嘘のように軽く進んだ。

-fin-

7/2/2024, 11:01:09 PM

『日差し』

 そよそよと心地の良い風が吹き抜ける、大きな木の下に寝転び、空を見上げる。
木々の隙間から溢れる日差しが、キラキラと輝いており、非常に美しい。

「こんなところに居たのか」

声の主を目だけで確認する。

「ここ、涼しくていいな。今日は日差しが強くて暑すぎる」

 どうやら、僕だけの秘密のお昼寝場所はなくなってしまったようだ。

仕方がないから、秘密のこの場所に招き入れてやる。

だが。僕が寝ている場所まで譲るつもりはないので、僕はそのまま目を閉じた。

-fin-

2/2/2024, 1:19:24 PM

『勿忘草』

別れ際、彼から白い勿忘草をもらった。

「私を忘れないで…」

白い勿忘草の花言葉を呟いた。 

彼は寂しがり屋だったもの。
わたしに忘れられたら、きっと泣いてしまうわ。
タンスに飾られた彼の写真を見る。
写真の中の彼は笑顔だった。

どうして白の勿忘草なの?

わたしに忘れて欲しくないから?
わたしから離れていったのは彼のほうなのに?そう考えると胸がズシリと重くなる。

白い勿忘草、
こんなものなくても忘れたりしないわ。

わたしは貴方を愛しているから。
わたしは貴方を忘れたりしないわ。

ずっとずっと覚えているわ。

タンスに飾られた、彼の写真に掛かっている黒いリボンをきれいに直す。

今日も写真の彼は笑顔だ。

笑顔の貴方が一番好きなの。
忘れたりしないわ。

わたしは彼の写真の前に勿忘草を飾った。

-fin-

1/19/2024, 12:21:56 AM

『閉ざされた日記』

森の奥に迷い込んだ僕は、廃れた家を見つけた。いかにも使われていない廃屋だった。
屋根は落ち、壁には苔が付き、屋内から木が生えていた。

 その家の中で一番奥の部屋にそれはあった。木漏れ日に照らされたテーブルの上に置かれた一冊の日記。
それは簡単に読めないように、鎖と鍵で固く閉ざされていた。

 だが、その鎖も風化しており、触れただけで簡単に崩れてしまった。

 僕は日記を開いた。
ボロボロの紙には懺悔が書かれていた。

『私は愛してはいけない人を愛してしまいました。彼は素敵な人でした。見た目が美しいだけでなく、誰にでも優しく、何より私に優しかったのです。彼は私を愛している、私を守ると言ってくださいました。それが、家族に向ける愛だと私はわかっておりました。ですが、いつからか、彼を1人の男として愛してしまったのです。彼は何があっても私を守ってくれる。私を信じてくれる。その優しさを私だけの、私だけのものにしたかったのです。だから私は‥』

 ページをめくった途端、紙は破れ砂となり、風に吹かれて行ってしまった。

 どうして持ち主は、こんな日記をテーブルの上に置いたままにしたのだろうか。
まるで誰かに読まれるのを望んだように。
だが、それと同時に、読まれるのを拒否したい気持ちもあり、鎖と鍵を掛けたのだろうか…。

 風に飛んでしまった日記の書き手の気持ちはわからない。

 帰ろう。そう思ったとき背後に人の気配を感じた。

 こんな森の奥の寂れた家に。

誰だろう。そう思って振り向いたが誰も居なかった。

『会いたかった…兄様』

そう嬉しそうに呟く声が聴こえた気がした。

-fin-

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