『神様だけが知っている』
僕はどうして産まれてきたのだろう?
もう何度目になるかわからないくらい繰り返した自問自答。
なんど繰り返しても答えは出ない。
「あたりまえだよね。そんなの神様にしかわからないよ」
しばらくして妹が産まれた。
小さくてかわいい、産まれてすぐ失敗作の烙印を押されたかわいそうな妹。
この施設で失敗作がどんな扱いをされるかわからない。だから僕がこの子を守ってあげなきゃ。
今後僕たちは幸せになれるのか、そんなの僕にはわからない。でもこの子を僕の手で幸せにすることはできるはず。
そんな決意と共に僕は妹に手を差し出した。
妹は小さな手で僕の手をぎゅっと握りかえしてくれた。それだけでとても嬉しい気持ちになった。
僕はこの子を幸せにするために産まれてきたんだ。そんな気さえした。
それから間もなく僕は妹と会えなくなった。
僕が守るって幸せにするって決めたのに。
僕はまたなんのために産まれてきたのかわからなくなった。
「僕はなんのために産まれてきたの?」
‥それは
「神様だけが知っている」
-fin-
『この道の先に』
仕事の帰り道、ふと既視感に襲われた。
僕はこの道を知っている。
この道をまっすぐ行くと、僕らが住んでいた施設がある。
いや、実際には違うのだが、なんとなく、この道をまっすぐ行くと施設に辿り着く。そんな気がしてならない。
怖い‥
僕はその道を見つめたまま動けなくなった。
「どうした?疲れたか?もう少しで家に着くから頑張ろうぜ」
兄に手を引かれ足が進んだ。
そうだ、僕らはもう施設を出たんだ。
そこには戻らなくていい。
先ほど気になった道を横目に別の道を進む。
この道の先に僕らの新しい家がある。
兄と僕と妹と3人で暮らす、新しい家。
そこは怖くない、笑って暮らせる場所。
帰ろう、僕らの家に。
先ほどまで固まっていた足が、嘘のように軽く進んだ。
-fin-
『日差し』
そよそよと心地の良い風が吹き抜ける、大きな木の下に寝転び、空を見上げる。
木々の隙間から溢れる日差しが、キラキラと輝いており、非常に美しい。
「こんなところに居たのか」
声の主を目だけで確認する。
「ここ、涼しくていいな。今日は日差しが強くて暑すぎる」
どうやら、僕だけの秘密のお昼寝場所はなくなってしまったようだ。
仕方がないから、秘密のこの場所に招き入れてやる。
だが。僕が寝ている場所まで譲るつもりはないので、僕はそのまま目を閉じた。
-fin-
『勿忘草』
別れ際、彼から白い勿忘草をもらった。
「私を忘れないで…」
白い勿忘草の花言葉を呟いた。
彼は寂しがり屋だったもの。
わたしに忘れられたら、きっと泣いてしまうわ。
タンスに飾られた彼の写真を見る。
写真の中の彼は笑顔だった。
どうして白の勿忘草なの?
わたしに忘れて欲しくないから?
わたしから離れていったのは彼のほうなのに?そう考えると胸がズシリと重くなる。
白い勿忘草、
こんなものなくても忘れたりしないわ。
わたしは貴方を愛しているから。
わたしは貴方を忘れたりしないわ。
ずっとずっと覚えているわ。
タンスに飾られた、彼の写真に掛かっている黒いリボンをきれいに直す。
今日も写真の彼は笑顔だ。
笑顔の貴方が一番好きなの。
忘れたりしないわ。
わたしは彼の写真の前に勿忘草を飾った。
-fin-
『閉ざされた日記』
森の奥に迷い込んだ僕は、廃れた家を見つけた。いかにも使われていない廃屋だった。
屋根は落ち、壁には苔が付き、屋内から木が生えていた。
その家の中で一番奥の部屋にそれはあった。木漏れ日に照らされたテーブルの上に置かれた一冊の日記。
それは簡単に読めないように、鎖と鍵で固く閉ざされていた。
だが、その鎖も風化しており、触れただけで簡単に崩れてしまった。
僕は日記を開いた。
ボロボロの紙には懺悔が書かれていた。
『私は愛してはいけない人を愛してしまいました。彼は素敵な人でした。見た目が美しいだけでなく、誰にでも優しく、何より私に優しかったのです。彼は私を愛している、私を守ると言ってくださいました。それが、家族に向ける愛だと私はわかっておりました。ですが、いつからか、彼を1人の男として愛してしまったのです。彼は何があっても私を守ってくれる。私を信じてくれる。その優しさを私だけの、私だけのものにしたかったのです。だから私は‥』
ページをめくった途端、紙は破れ砂となり、風に吹かれて行ってしまった。
どうして持ち主は、こんな日記をテーブルの上に置いたままにしたのだろうか。
まるで誰かに読まれるのを望んだように。
だが、それと同時に、読まれるのを拒否したい気持ちもあり、鎖と鍵を掛けたのだろうか…。
風に飛んでしまった日記の書き手の気持ちはわからない。
帰ろう。そう思ったとき背後に人の気配を感じた。
こんな森の奥の寂れた家に。
誰だろう。そう思って振り向いたが誰も居なかった。
『会いたかった…兄様』
そう嬉しそうに呟く声が聴こえた気がした。
-fin-