『ずっとこのまま』
大好きな彼が亡くなった。
僕の腕の中で。
だんだんと冷えていく彼を強く抱きしめた。
少しでも温かくなるように。
温めてあげれば目を開いてくれるんじゃないかと期待して…。
朽ちていく彼を、ただ抱きしめて何日経っただろう。
体内に涙を出すだけの水分は無くなり、涙は枯れた。
飢えなんて気にする余裕もなかった。
気付いた頃には動く力は残っていなかった。
もう少しで君のところに行けるだろうか。
腕の中で乾いた彼を眺めながら夢を見た。
生前の彼が笑いかけてくれている。
嬉しさで枯れたはずの涙が出た。
これからもずっと変わらず共にいられる。
おまたせ。待たせたね。
1人で待つのは寂しかっただろう?
これからはずっと一緒だ。
ずっとこのまま。君を抱きしめたまま。
-fin-
『寒さが身に染みて』
今朝まであった君の体温を思い出す。
今日は会えない、君がいない。
ひとりぼっちのベッドは冷たくて、
1人毛布を抱えて丸くなる。
早く明日になればいい。
そう願いながら眠ろうとするけれど、
上手く寝付けない。
君がいない、ただそれだけで
こんなにも寒さが身に染みる。
早く明日になればいい。
時計の針が進む音がやけに大きく聴こえる。
そのせいか、一向に眠れそうにない。
こんなに寒い夜なんて、僕は嫌い。
-fin-
『お祭り』
空気を震わす大太鼓、軽快なリズムを刻む和太鼓。揚げ物のにおい、甘い焼き菓子のにおい‥赤い提灯に大勢の人。
目を開けたらそこはお祭り会場。
着物と上でまとめた髪の間から見える、君のうなじ、りんご飴で紅く艶めく唇、繋いだ手ににじむ汗の感覚。
きっと僕は今日のことを忘れないだろう。
「また、来年も一緒に来ようね」
君と交わした約束
果たされなかった約束を僕は忘れはしないだろう。
-fin-
『神様が舞い降りてきて、こう言った』
僕は神など信じない。だけど、僕の両親は神様の熱心な信者であり、僕も毎週教会に連れて行かれる。
信じていないのにお祈りに行く‥いや、行かなければならないなんて変な話だ。信じていない僕なんかに祈られて神が本当にいたら気の毒なものだ。
だが、これだけはわかってほしい。僕が来たくて来ているのではない、祈りたくて祈っているのではない。全ては親に逆らえないせいなのです。僕も哀れな子羊なのです。決して貴方に不敬を働きたい訳ではないのです。‥
まぁ、神なんていないから、こんな言い訳もいらないんだけどさ。
今日も両親に連れられて教会を訪れる。ゴシック建築と言うのだろうか、白を基調とした壁に色とりどりのステンドグラスがはめられている。
お祈りが終わると、布教活動の時間になる。
「天次、今日もしっかり新しい信者を増やすために、神の素晴らしさを皆様に広めてね」
うっとりとした表情で優しく僕に話しかける母の瞳に光を見なくなったのは、いったいいつからだっただろうか。
「わかったよ。母さん」
僕は適当に返事をして、教会から出た。
母は駅前で布教活動を行い、僕は適当にブラブラして時間を潰す。本当は布教活動をしていないと母さんに怒られるのだけれど、自宅訪問を行っていたと言えばどうとでもなる。
僕の父方の祖父母はやはり神の熱心な信者で、父も幼い頃から神を信仰していたらしい。
母は無宗教者だったけれど、父と結婚し、僕が産まれてから熱烈な信仰となったようだ。
昔は普通に優しいお母さんだったんだけどなぁ‥俺が中学にあがる前までは、世間一般的な普通の母親だったはずだ。
いつから、あんなのになっちゃったんだろう‥。
仕事をして稼いだ金の大半を神に貢ぎ、休みは神のために布教活動をする。
僕はそんな両親が嫌いだ。両親をそんなふうにした神という存在はもっと嫌いだ。
「17:00からライブするので、ぜひ来てください〜」
街中をぶらついていたら、かわいらしい女の子に声をかけられ、ライブのチラシをもらった。地下アイドルというやつらしい。
あまり興味はなかったが、時間をつぶすため、ライブに足を運んでみた。
〜♪
「わたしを信じて♪」
歌う少女の姿に僕は目を奪われた。
なんて素敵なのだろう。讃美歌よりもノリがよく、ダンスも見ているだけで元気が貰える。
神はここにいたんだ。
「初めてライブに来てくれた方ですよね?よかったらわたしたちゴッドエンジェルシスターズの応援してくれると嬉しいです!」
「僕は‥今日から、あなたという神を信仰します」
つい口からでてしまった。少女は驚いたような顔をしていたが、それから顔を花が咲くようにほころばせた。
僕の目の前に舞い降りた彼女は、こう言った。
「貴方が信じてくれるなら、わたしはそれに応えましょう」
この日、僕ははじめて神を信じた。
-fin-
『誰かのためになるならば』
誰かのためになるならば、僕は自分の意見なんて必要ないと思っていた。
僕はレオンハルト·モルガダンテ。モルガダンテ伯爵家の三男だ。家は長兄が継ぎ、次兄はその補佐となる。妾腹である僕などこの家に必要ないのだ。だから漠然と僕は大きくなったら市井に下るのだと思っていた。
ある日、父が書斎に僕を呼び出した。いつもは僕なんて呼ばないくせに。重い足取りで僕は書斎に向かった。
「喜べレオンハルト、お前の特殊能力が買われ、王家に献上することになった!」
僕は父の言っている意味がわからなかった。固まったまま動かない僕になど目もくれずに父は続けた。
「妾腹の三男など使い物にならぬと思っておったが、お前の特殊能力は使い勝手がよい。王家に行き、その力、大いに役立ててこい。出発は明朝、今夜のうちに荷物をまとめておけ」
僕の特殊能力は変化だ。自分が望む姿に変身できる。王家に献上されるということは、大方、王様か王太子の替え玉になるためだろう。
「お兄様!」
部屋に戻り荷造りをしていた僕のところに、トテトテと可愛らしい音を立ててやってきたのは妹のアマリリスだ。
「アマリリス、こんな遅い時間にどうしたんだい?もう寝る時間はとっくに過ぎているはずだろう?」
「お兄様が王家に行くと聞いて眠れなかったのです。明日の朝なんて急すぎです…リリ、お兄様と離れるのイヤなのです」
うるうると瞳を潤ませて俯くアマリリスは今にも泣き出しそうだった。
領地経営の手伝いで忙しい兄達や仕事で王都に行く父について行く彼女の母親に代わり、僕が幼いアマリリスの遊び相手をしていた。だからだろうか、アマリリスは僕にとても懐いていた。
「大丈夫だよ、アマリリス。僕はこの家ではずっと役立たずだったけれど、これでやっと父上やこの家の役にたてるんだ。誰かのためになれるならば、誰かの役にたてるなら、それは喜ばしいことさ」
「お兄様!」
アマリリスは僕に抱きつき、僕の服を瞳から溢れる大きな雫で濡らした。
「誰かのためになるのならば‥それならリリの遊び相手で十分じゃないですか!リリ、いつもお兄様に遊んで貰えて嬉しかったのです。リリが嬉しければ、もうリリの役にたっているじゃないですか!」
「アマリリス‥」
「お兄様‥リリは寂しいです。行ってはイヤなのです!」
「ごめん‥ごめんよアマリリス‥でもこれは王様と父上が決めたこと、僕にはどうしようも出来ないんだ。だからせめて、兄は誰かの役に立ちに行ったんだと覚えておいておくれ」
泣きじゃくる妹を部屋まで運び、僕は荷造りの続きをした。
翌朝、泣きすぎて両目を真っ赤にしたアマリリスとアマリリスの付き人に見送られ僕は家を出た。
たとえ、王や王子の影武者として死ぬ運命だとしても、誰かのためになるならば、僕はその運命を喜んで受け入れよう。
だけど、1つだけ僕のわがままが通るなら、僕のかわいい妹から離れたくはない。誰かのためになるならば、自分の意見など必要ないと思っていたのに、幼い妹の涙で僕の思想など簡単に覆ってしまうのだな、とそう思った。
-fin-