静流川 洸

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『誰かのためになるならば』

誰かのためになるならば、僕は自分の意見なんて必要ないと思っていた。

僕はレオンハルト·モルガダンテ。モルガダンテ伯爵家の三男だ。家は長兄が継ぎ、次兄はその補佐となる。妾腹である僕などこの家に必要ないのだ。だから漠然と僕は大きくなったら市井に下るのだと思っていた。

ある日、父が書斎に僕を呼び出した。いつもは僕なんて呼ばないくせに。重い足取りで僕は書斎に向かった。

「喜べレオンハルト、お前の特殊能力が買われ、王家に献上することになった!」

僕は父の言っている意味がわからなかった。固まったまま動かない僕になど目もくれずに父は続けた。

「妾腹の三男など使い物にならぬと思っておったが、お前の特殊能力は使い勝手がよい。王家に行き、その力、大いに役立ててこい。出発は明朝、今夜のうちに荷物をまとめておけ」

僕の特殊能力は変化だ。自分が望む姿に変身できる。王家に献上されるということは、大方、王様か王太子の替え玉になるためだろう。

「お兄様!」

部屋に戻り荷造りをしていた僕のところに、トテトテと可愛らしい音を立ててやってきたのは妹のアマリリスだ。

「アマリリス、こんな遅い時間にどうしたんだい?もう寝る時間はとっくに過ぎているはずだろう?」

「お兄様が王家に行くと聞いて眠れなかったのです。明日の朝なんて急すぎです…リリ、お兄様と離れるのイヤなのです」

うるうると瞳を潤ませて俯くアマリリスは今にも泣き出しそうだった。
領地経営の手伝いで忙しい兄達や仕事で王都に行く父について行く彼女の母親に代わり、僕が幼いアマリリスの遊び相手をしていた。だからだろうか、アマリリスは僕にとても懐いていた。

「大丈夫だよ、アマリリス。僕はこの家ではずっと役立たずだったけれど、これでやっと父上やこの家の役にたてるんだ。誰かのためになれるならば、誰かの役にたてるなら、それは喜ばしいことさ」

「お兄様!」

アマリリスは僕に抱きつき、僕の服を瞳から溢れる大きな雫で濡らした。

「誰かのためになるのならば‥それならリリの遊び相手で十分じゃないですか!リリ、いつもお兄様に遊んで貰えて嬉しかったのです。リリが嬉しければ、もうリリの役にたっているじゃないですか!」

「アマリリス‥」

「お兄様‥リリは寂しいです。行ってはイヤなのです!」

「ごめん‥ごめんよアマリリス‥でもこれは王様と父上が決めたこと、僕にはどうしようも出来ないんだ。だからせめて、兄は誰かの役に立ちに行ったんだと覚えておいておくれ」

泣きじゃくる妹を部屋まで運び、僕は荷造りの続きをした。

翌朝、泣きすぎて両目を真っ赤にしたアマリリスとアマリリスの付き人に見送られ僕は家を出た。

たとえ、王や王子の影武者として死ぬ運命だとしても、誰かのためになるならば、僕はその運命を喜んで受け入れよう。

だけど、1つだけ僕のわがままが通るなら、僕のかわいい妹から離れたくはない。誰かのためになるならば、自分の意見など必要ないと思っていたのに、幼い妹の涙で僕の思想など簡単に覆ってしまうのだな、とそう思った。

-fin-

7/27/2023, 8:24:18 AM