→短編・感謝という名の……。
雑誌をパラパラめくっていると、懐かしい顔が飛び込んてきた。高校生の時に付き合っていた彼女だ。チャーミングな笑顔は昔のまま。
宇宙物理学の教授としてインタビューに答えている。正直、彼女と宇宙物理学がどうにも結びつかない。僕の記憶の中の彼女は天然な人だった。
「宇宙旅行するなら、昼間の出発がイイなぁ」
唐突な言葉のその理由を問うと、彼女はエクボ付きの笑顔を浮かべ首をすくめた。外国のテレビCMの出演者みたいな愛嬌が可愛らしい子だった。
「だって宇宙探索するんなら、この大空みたいな青い空のほうが色々と遠くまで見えそうでしょ?」
彼女は続ける。「前から不思議だったんだけど、どうして宇宙の写真って、夜の写真ばっかりなのかな? 昼間に撮ればいいのにね」
抜けるような青空のような、どこまでも続く真っ青な宇宙を想像してみたがピンとこなかった。
「宇宙は黒いよ。昼も夜もない。常識じゃん」
僕たちの仲はあまり長く続かなかった。
インタビュー記事の彼女は言う。
「学生の頃、宇宙も昼間は明るいと思っていて、その話を同級生にしたら変な顔されちゃって。でも、そこから宇宙への興味が広がっていったんです。だから最終的にはその人に感謝ですね」
それって、僕のことか? あれ? 同級生枠??
「ところで、宇宙の色は何色かご存知ですか? 答えはベージュ色です。海の色が青くないのと同じように、宇宙も黒くはないんです」
彼氏枠から外されるくらい、めっちゃ怒ってたんだなぁ。そりゃそうか。
……聞きかじりの常識なんて、振りかざすもんじゃないなぁ。
テーマ; 大空
→埋没話・初恋の来た道。
私、何をしてるんだっけ?
つかの間、ぼんやりしていたクロエは周囲を見回した。どうやら10人ほどの老若男女とともに横並びに立っているようだ。前には指揮者。
全員が指揮者に合わせて机の前に置かれたハンドベルを振る。クロエと同世代の小学生の参加者の姿もある。
クロエは「あぁ」と得心した。ここは地元の村の公民館だ。数ヵ月前からハンドベルの講座を友人のエマと受講していたのだった。
今はノエルの発表会に合わせてクリスマスソングを練習中だ。
ベルの音が絶え間なく奏でられ音楽を作ってゆく。単体では儚げな音も、複数になると存在感を増し、立派な楽器となる。
クロエは指揮に合わせてベルを鳴らしながらもよそ見をした。エマを探す。
エマとクロエは幼稚園時代からの大親友で、お互いのドゥドゥ(ぬいぐるみ)を一晩交換するくらい仲良しだ。彼女を一番理解しているのは私! その優越感がクロエの宝物なのだが、それだけはなぜかエマに内緒にしている。
真剣にハンドベルを操る親友の手首にジュズダマのブレスレットが光った。エマが手を振るたびに、象牙色のつやつやした涙型の植物の種はまるで宝石のようにきらめいた。叔父さんに作ってもらったというエマの宝物だ。
指揮者の向こうで子どもたちの保護者が小さな声で談笑中。クロエの母親とエマのシッターの姿もある。
違和感が沸き上がる。母親はあんな風に雑談をしながら待っていただろうか? 講座の終わり際に駆け込んできていた記憶しかクロエにはない。
クロエはハンドベルを投げ出した。誰も文句を言わない。それでも音は途切れない。
母親に駆け寄ろうとしたが足がセメントで固めたように動かない。
あぁ、この時期が来たか、とクロエは得心した。
これは、夢だ。毎年この時期になると見る、いつもの夢だ。過去の再体験。
次に起こるのは『あの出来事』。
もう場面が変わっていた。講座が終わり、公民館の出入り口にクロエたちはいた。
仲良くふざけ合っていた子どもたちだったが、バラバラという乾いた音が床を打ったことで静まり返った。
中心にいるのはエマだ。呆然と仁王立ちになって床を凝視している。
ブレスレットの糸が切れ、ジュズダマが一面に転がっていた。誰かがエマにぶつかった際に、洋服のボタンとブレスレットが絡んだらしい。
辺りは水を打ってように静かになった。床に散らばったジュズダマを見ていたエマの目に涙が浮かぶ。そのブレスレットが彼女の宝物であることは知られていた。
しかしエマは泣かなかった。ふるふると頭を振り、目から涙を追い出す。
「ボタン、取れてない?」
明るい声で相手の服の無事を確認し、「ジュズダマ、まぁるいから踏んで転ぶと危ないよね」としゃがみ込んだ。
気丈に振る舞っているが、カラ元気であるのは明らかだった。喪失感がエマの小さな背中に張り付いている。
エマを気遣って子どもたち全員が無言でエマを手伝った。
「みんな、ありがとう。そんなに静かにならないで、ね? 今度みんなでジュズダマのアクセサリー作りをしようよ! まだまだいーっぱいあるんだよ! コレ、つるつるだけど、色を塗ったりできるかなぁ?」
そんなエマの饒舌に合わせて、誰かが貝殻を持って行くと言ったのを皮切りに、ビーズを提供すると申し出る子がいたり、リボンを糸の代わりに使えるかもしれないなどと会話が盛り上がりだした。
しかしクロエは会話に入れなかった。エマのブレスレットを贈った相手が、彼女の初恋の人だと知っているのは、クロエだけだ。
押し黙ったままのクロエにエマがそっと耳を寄せた。
「優しいクロエ! 私のために君の心を痛めないで。私は大丈夫」
クロエの耳元にエマの吐息がかかる。優しい瞳がじっとクロエに注がれる。
その瞬間、クロエの心にポッと小さな火が灯った。友情とは少し色の違う感情は、普段とは違うドギマギを彼女の心に与えた。熱が頬に上がる。
「エマ! 私ね……!」
その叫び声は、クロエに夢の垣根を飛び越えさせた。
「……あっ」
ベッドから起き上がった彼女は、24歳の姿に戻っていた。
「おはよう、クロエ! ミカとマルシェに行くけど、一緒に来る?」
扉が開くと同時に、明るく元気なエマの声に誘いかけられる。
地元の親友はシェアメイトとして一緒に暮らしている。今でも大親友だ。
「おはよう、エマ。ミカエルと楽しんで来て。私はもう少し寝るわ」
了解、とエマは去って行った。
クロエは窓を開けタバコに火を点けた。ちょうど真下に寄り添って歩く恋人たちの頭が見える。
親友に覚える親愛とは別の、行き場のない愛情をタバコの煙に混ぜて、小さなジュズダマのような2つの頭を狙って吐き出す。
白い煙はその目論見をなさず、ぼんやりと広がっていった。
テーマ; ベルの音
〜埋没話=中編小説の不使用エピソード〜
→短編・夕方の橋の上で。
車の行き来が激しい車道の、オマケのように併設された細い歩道を歩く。車メインのそんな道を歩く人はあまりおらず、歩道には雑草が顔をのぞかせている。たまにクラゲっぽいビニールゴミが落ちている。
埃と排ガスの匂いが、常につきまとう。汚れのたまったガードレールに触れないように気をつける。
川をまたぐ橋に差し掛かり、橋の鉄鋲に浮く赤茶色の錆に目を向ける。
何となく橋の真ん中で足が止まった。惹きつけられるように川を見る。テラテラと川面を照らす夕日が眩しい。
背後を振り返ると、たまたま車の往来が途絶え、長く尾を引く自分の影が車道にひとり、ポツンとあった。
妙に物悲しくて、心の奥がシンと冷えた。
テーマ; 寂しさ
→短編・貴方が誰かってことは知ってる、私に見せて。
廃屋の中、男女が向かい合って立っている。2人の強張った顔から緊迫感がにじみ出ていた。
「Please, John 」
女性の視線が男性の持つ書類に注がれる。女性の注意の方向を見ることもせず、男性はシニカルな笑顔を浮かべた。
「John? I'm Tom」
男性は、とある組織の構成員だ。彼の持つ書類が多くの人の命を握っている。片や女性は、たまたま事件に巻き込まれた元傭兵という経歴の持ち主だ。
張り詰めた場面に不穏な音楽が流れる。映画『テロリスト』は佳境に差し掛かっていた。
追いつ追われつの2人が初めて顔を合わせた、映画の肝となるパートだ。
ここから展開が一気に加速した。
彼女が手招きするように、手のひらを上に向けクイッと指を折った。
「I know……フユワイッショニ」
その言葉に反応した男性がいきなり発煙筒を投げて逃げて逃げ出した。追う女性。男性の救助のためヘリコプターがやってきた。女性の元同僚たちが応援に駆けつけた。しっちゃかめっちゃか、派手な音、煙、涙の対面、涙の別れ……、エンタメ映画のオール出演!
エンディングロールが流れる中、私はホッと息をついた。なんか後半はまとまりなく派手で、まったく覚えていない。それよりも気になった部分が!
スマホを手に取る。
キーボードを英語に変えて、マイクに一言。
「冬は一緒に」
「who you are, you show me.」
おぉ〜、ソラミミ、見事に変換された。
テーマ; 冬は一緒に
→閑話・『行列の二人』
ごきげんよう。
とりとめもない話量産コンテストがあるなら、グランプリを取る自信のある一尾(いっぽ)でございます。
『行列の二人』が、とうとう第4話まで進んでしまいました。意味不明すぎて、なんでこんな話を書こうと思ったのかナゾ。それを続けようとしているのもナゾ。
作中で彼らの名前に触れることは、おそらくない(あってもラストのみ)ですので、一応人物紹介しておくと――
・ツッコミ 田辺 凛太郎
・ボケ 西脇 真琴
・毎回居合わせるお姉さん 矢萩 沙織
ザ・行列の2人は高校2年生で、矢萩さんは社会人です。
第4話が折り返しで後半に入ります。このペースで行くと終わるのは来年ですかね?
あ~、恐ろしい! 来月のことを来年と表現できる12月! 遠かった来年が、あっという間に目の前だ。
6月からアプリを始めて早や半年。テーマ書きに軽ぅい繋がりを勝手に感じて心地良くなっております。皆さまと出会えたことに感謝です。
あざーす² !!
・小話〜矢萩さん〜
有名パン屋でパンを買おうと並んでいる。ひとりなのでスマートフォンと時間つぶし。けっこうな時間、ショート動画を追っていると思ったが、待ちの列はさほど進んでいない。
―ショート動画沼、深く濃い。
動画をやめて、SNSにそう打ち込んだ。とりとめないこんな呟きだから、私のフォロワーは友人くらい。
始めたキッカケは手持ち無沙汰対策。何もできないけど完全に暇ではない、でも暇〜ってヤツね。例えば行列の待ち時間とか。
しかし最近は、列に並ぶと思わず彼らを探してしまう。ザ・行列の2人、ボケくんとツッコミくん。
会えたらラッキー。隠れなんとかみたいな? たまたまが続いているだけで、いつか会わなくなるんだろうなぁ。
「目指せ!!高級パン屋の日常使い!!」
おっ! 上場企業の目標発表みたいな気合のこもったこの声は!
「ムダに声デケェし!」
ピシャリと打ち切る冷静な合いの手!
これはもしかして……、ザ・行列!
しかし、制服姿の2人は、並ぶことなく通り過ぎていった。
そっかぁ〜、そうだよなぁ、ここのパン、高校生が買うには高いもんなぁ〜。
私は歩きゆく2人の背中を見送った。
テーマ; とりとめもない話