→短編・お年頃病
「『子どもはカゼの子、元気な子』のカゼってさぁ、ずっと病気の風邪だと思ってたわ」
「あ~、ありがちなヤツ」
「それな」
今日の耳にした、通りすがりの中学生の会話が不思議だったので、食卓の会話に乗せてみようと思った。
ちょうど娘は彼らと同年代だ。
「なぁ? 『子どもはカゼの子、元気な子』のカゼは病気の風邪だって思ってたりするか?」
「は?」
反抗期真っ盛りの彼女は、話しかけられることが苦痛とばかりに鼻にシワを寄せた。
どうやら今日は機嫌が宜しくない、若しくはこの会話は意に沿わないらしい。
妻はやれやれとあらぬ方を向いた。
「そんなの、決まってんじゃん」
娘は夕食をかき込むように終わらせ立ち去った。
会話を失敗したことも気になるが……。
「どっちだったんだ?」
普通に回答も気になった。
「さぁ?」と、苦笑した妻は肩をすくめた直後、バタン!とダイニングの扉が開いた。
「カゼって言ったらカゼだし! それとお父さん! 私よりも先にお風呂に入らないで!」
「はいはい」
「はい、は1回!」
再びバタン!と扉が閉まった。
結局、回答は回答にならず。
夫婦二人で笑いを噛み殺す。かまってほしいんだが、ほっといてほしいんだか……。
風邪よりも正体不明の、娘のお年頃病はもう少し続きそうだ。
テーマ; 風邪
→短編・雪を待つ。〜行列の二人・4〜
昨晩から降り出した雪は、日が昇っても止むことなく降り続き、都市の交通インフラを混乱させていた。
通勤通学時間、電車のホームは人であふれかえり、まったく役に立たなくなった時刻表を当てにすることなく、電車が来るのを辛抱強く待っている。
そして私もそのひとり。乗換駅で電車を持っているのだが、おそらく仕事の始業時間には間に合わないだろう。かなり早くに家を出たんだけどなぁ。ホームに蔓延する空気感は諦めと苛立ちの両方が入り乱れている。
「雪、止まねぇな」
後ろから、呆れたような諦めたような声が聞こえた。あれ、この少し低い冷静な声、聞き覚えがあるぞ。もしかして、ザ・行列(私命名)のツッコミくん?
「俺、気合いで止ませてみようか?」
そして、もう一人のイケボなのにアホっぽい返答は、ボケくんだ!
「雪よ! 止め!」
力強く響く迫力のある声が雪に命令した。あっ、これ、天に向かって言ってるわ。安定のボケ。
「おまっ! こんなところで変な動きすんな! 恥ずかしいだろ!」
ツッコミくんの焦る声。
二人のやりとりにクスクス笑い広がりだした。笑いから逃れようと咳払いする人までいる始末だ。
くそぉ〜、彼らの後ろに並びたかった! しかし振り向くってのも不審者っぽいし。
「え? でも、やっぱ呪文に動きは必須じゃん」
「混雑してるところで手ぇ振んなって! そもそも呪文なんて使えねぇだろ!」
「でも、俺、今日の雪にちょっと関係あるからなんとかしたいんだよね……」
急にボケくんのしんみり声。ど、どうした? 天然超えての電波!?
二人を中心に何となく静かになる。周囲が完全に二人の会話にロックオン。
ボケくんの声、本当によく通るし、人を惹きつけるんだよなぁ。声優とかVTuberとかやれば人気出そう。
「小学校の時の書き初めが何書いてもイイ系だったから……、俺、何も考えず……『雪を待つ。』って書いちゃってさぁ! 今日のこれ、絶対アレが叶っちゃったんだよ!」
ボケくんの罪悪感と、周囲の「すーん」感の乖離が甚だしい。時間差!というツッコミ感が漂っている。
「……言うことは、それだけか?」
唯一この場を収めることのできるツッコミくんが、振り絞るような声で己の使命に立ち向かった。
「罪深いだろ?」
ボケくんの哀愁を誘う雪よりも静かな声は、覚悟に立ち向かう意志を感じる。まるで自分の責任を果たそうとする勇者のようだ。
「能力系漫画の読みすぎ! 目ぇ覚ませ!」
スパーンと音がした。
「痛っ!」
後ろで何が起こったのかは見なくてもわかる。
素晴らしい、ボケとツッコミをありがとう。声優でもなくVTuberでもなく、二人で芸人養成所に行ってください。今から推します。
あっ、電車待ってるの忘れてた。
テーマ; 雪を待つ
〜行列の二人〜
・10/26 一人飯(テーマ; 友達)
・11/1 展覧会(テーマ; 理想郷)
・11/13 良い子も悪い子も真似しないでね。
(テーマ; スリル)
→月とか、渋滞中の車道とか、イルミネーションとか……
通常は光の輪郭がきっちりと見えるんよね?
私は乱視なので、自家製エフェクトでエエ塩梅に見えます。
キラキラ反射。常に映え写真、みたいな? 何となくお得な気がするのは、私が貧乏性だからでしょうか? それとも、関西人だからでしょうか?
テーマ; イルミネーション
→短編・ひとり酒
ハート型ボトルのウィスキーが実家から送られてきた。親父がゴルフコンペのニアピン賞でもらってきたものらしい。実家は全員下戸なので、唯一酒の呑める俺に回すことにした、と母親はそう説明した。
コロンとしたハートがなんとも可愛らしいボトルだ。ミニサイズを想像しがちだが、実はフルボトル。しかもラベルに「愛」の文字入り。ファンシーさとイカツイさを併せ持ったボトルだ。
そして20代独身男の部屋に微妙な哀愁をもたらしてくれている。
早々に終わらせたいのだが、ウイスキーのフルボトル、なかなか減らんのよ。
「う〜ん」
一声唸って、ボトルのウイスキーをグラスに注ぐ。気合いの入った達筆の「愛」の強烈な存在感がすごい。同じ愛なら人間の愛がイイ。
「愛を注いで、愛を求める……、なぁんてね、ハハ」
破れかぶれな独り言が辛い。
ヤバい、マジで人恋しくなってきた。マッチングアプリ、登録しようかなぁぁ。
テーマ; 愛を注いで
→短編・絵心と心太
友人と交換日記を始めることになった。何となくのノリで絵日記に決定。
一番手は友人。週末の家族旅行の様子を絵に描いてくれたみたいなんだけど……、絵がなかなかにエキセントリックだ。
鉛筆画なので白と黒の世界。食べ物かな? 器に細長い針のようなものがたくさん入ってる絵。なんだろう? 麺系? 日記をヒントにするなら、香川県に行ったと書いてある。
「うどん??」
まるでクイズを答えるような私の疑問符付きの言葉に、彼女は肩を落とした。
「……ところてん」
心太、とな? なるほど、ところてん??
「黒蜜たっぷりで美味しかったから描いてみたけど、全然上手く描けないの。自分の絵心のなさに萎えた」
そっか、それでもチャレンジしてくれたのか、良いヤツだなぁ。
その日の日記に、私も心太を描いてみた。彼女と同じようなうどんみたいな絵になった。透明なだけにムズいな、心太。
早く明日にならないかな、彼女と一緒にお互いの絵を笑い合いたいな。
テーマ; 心と心