一尾(いっぽ)in 仮住まい

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→短編・雪を待つ。〜行列の二人・4〜

 昨晩から降り出した雪は、日が昇っても止むことなく降り続き、都市の交通インフラを混乱させていた。
 通勤通学時間、電車のホームは人であふれかえり、まったく役に立たなくなった時刻表を当てにすることなく、電車が来るのを辛抱強く待っている。
 そして私もそのひとり。乗換駅で電車を持っているのだが、おそらく仕事の始業時間には間に合わないだろう。かなり早くに家を出たんだけどなぁ。ホームに蔓延する空気感は諦めと苛立ちの両方が入り乱れている。
「雪、止まねぇな」
 後ろから、呆れたような諦めたような声が聞こえた。あれ、この少し低い冷静な声、聞き覚えがあるぞ。もしかして、ザ・行列(私命名)のツッコミくん?
「俺、気合いで止ませてみようか?」
 そして、もう一人のイケボなのにアホっぽい返答は、ボケくんだ!
「雪よ! 止め!」
 力強く響く迫力のある声が雪に命令した。あっ、これ、天に向かって言ってるわ。安定のボケ。
「おまっ! こんなところで変な動きすんな! 恥ずかしいだろ!」
 ツッコミくんの焦る声。
 二人のやりとりにクスクス笑い広がりだした。笑いから逃れようと咳払いする人までいる始末だ。
 くそぉ〜、彼らの後ろに並びたかった! しかし振り向くってのも不審者っぽいし。
「え? でも、やっぱ呪文に動きは必須じゃん」
「混雑してるところで手ぇ振んなって! そもそも呪文なんて使えねぇだろ!」
「でも、俺、今日の雪にちょっと関係あるからなんとかしたいんだよね……」
 急にボケくんのしんみり声。ど、どうした? 天然超えての電波!? 
 二人を中心に何となく静かになる。周囲が完全に二人の会話にロックオン。
 ボケくんの声、本当によく通るし、人を惹きつけるんだよなぁ。声優とかVTuberとかやれば人気出そう。
「小学校の時の書き初めが何書いてもイイ系だったから……、俺、何も考えず……『雪を待つ。』って書いちゃってさぁ! 今日のこれ、絶対アレが叶っちゃったんだよ!」
 ボケくんの罪悪感と、周囲の「すーん」感の乖離が甚だしい。時間差!というツッコミ感が漂っている。
「……言うことは、それだけか?」
 唯一この場を収めることのできるツッコミくんが、振り絞るような声で己の使命に立ち向かった。
「罪深いだろ?」
 ボケくんの哀愁を誘う雪よりも静かな声は、覚悟に立ち向かう意志を感じる。まるで自分の責任を果たそうとする勇者のようだ。
「能力系漫画の読みすぎ! 目ぇ覚ませ!」
 スパーンと音がした。
「痛っ!」
 後ろで何が起こったのかは見なくてもわかる。
 素晴らしい、ボケとツッコミをありがとう。声優でもなくVTuberでもなく、二人で芸人養成所に行ってください。今から推します。
 あっ、電車待ってるの忘れてた。

テーマ; 雪を待つ

〜行列の二人〜
 ・10/26 一人飯(テーマ; 友達)
 ・11/1 展覧会(テーマ; 理想郷)
 ・11/13 良い子も悪い子も真似しないでね。
      (テーマ; スリル)

12/16/2024, 3:18:00 AM