→短編・もつれ
私は、横断歩道で立ち止まった。信号は、赤。
私の前を車が横切ってゆく。なぜなら青信号だから。ちゃんとルールを遵守していれば、事故が起こることはない。
――俺たちって価値観が合わないよね。
ちょっとした意見の食い違いで、どんどん広がっていった私たちの感情的なほころびについて、彼はそんなふうに評し、用事があることを思い出したと私をカフェに残して去っていった。
ついさっきのことだ。カフェで落ち合った後で映画に行く予定だった。デートの日に用事を入れるかい? もう、最悪だ。
信号が変わる。私は横断歩道を渡る。車道は赤信号なので、車は停車中。
粛々と日常。素晴らしきかな、信号機。
私たちにも信号機があったらよかったのに。そしたら、今頃は映画を観てたのかなぁ。
テーマ; 信号
→短編・勇気
その出会いは突然で、僕は言葉を失った。
彼女は、夏の暑さも満員電車の人いきれも、無関係みたいな涼しい顔をしていた。石鹸みたいな女の子。
同じ電車に乗り合わせた僕は、彼女の背中から目が離せない。
あぁ、どうして今日この時に、出会ってしまったんだろう? いや、今日だから、彼女が気になったのか?
僕は、なんとか彼女に話しかけようとした。
言うべき言葉は、知っている。なのに、喉に貼り付いた言葉が、僕の口を出ることはなかった。
彼女は、次の駅で降りていった。
僕は彼女の背中を見送った。
夜になっても、彼女を忘れることができない。
僕にあと少しの勇気があれば、声をかけることができたのに。
「背中にデカい蛾が止まってますよ」と……。
テーマ; 言い出せなかった「 」
→かくれんぼ
お~い!
お~い!
どこに居るんだ〜い!
私の愛〜!
もう降参するからさぁ、隠れてないで出て来ておくれよ〜。
そろそろ誰かを好きになりたいんだよ〜!
テーマ; secret love
→ペジフォミア
ページをめくるように現状の一変を願う心理状態。現実逃避の一つに分類される。
この心理状態が継続すると、本を読了したような充実感と共に、現実を終了させてしまうことがあるため、注意が必要。
特効薬は、リアルな読書である。
テーマ ; ページをめくる
→失せ物
諸々に夏はあったはずだ。
確かにあったはずなのだ。
ぬるくなったビール
音だけの花火
小学校から聞こえるプール実習の笛
歩道に落ちたアイスクリーム
夏祭りの後の神社の暗闇
着崩れた浴衣の衿元
もう、見つからない。
テーマ; 夏の忘れ物を探しに