きらめく町並み
ハロウィンが終わった途端、街並みは一気にクリスマスモードだ。小さな子供がいる家庭はどこのクリスマスケーキを買うか、おもちゃはどれにするか。など真剣に相談したりしている。
「もぉー、いーくつねーるーとぉー、おしょぉがつ〜」
「クリスマスまだ終わってねぇだろ」
現在、二十時を回り、会社には俺とコイツしかいない。資料にミスが発覚し、パソコンに向き合っていた後輩は、向き合いすぎて頭がおかしくなったのか歌い始めたのは聞き馴染みのある正月ソング。
「彼女なしのクリボッチ確定の俺にはクリスマスなんてないようなもんなんですよ。爆発しろ」
とか言いつつ、この後輩。去年は彼女とクリスマスを過ごし「デート楽しかったー!」と満喫していたが。その約3カ月後、ホワイトデーを送って以降、疎遠になったらしい。本人に聞いた。
「ばあちゃん家の帰りの高速道路からキラキラ輝くビルの明かりがイルミネーションだと思って呑気に見ていた頃に戻りたい。社畜の涙の結晶だなんて現実知りたくなかった」
「その社畜の涙の一雫はおまえの自業自得だろうが」
一週間前に見直したか、確認してやろうか?という善意を『大丈夫!完璧です!』つって踏み躙んだのは誰だよ。
「先輩いつになく辛辣っすね」
ふっ、と俺は笑みを浮かんでみせる。
「俺はてめぇが終わるまで帰れねぇんだよ」
「すんません、すぐやります」
まったく。集中力を戻した後輩はガタガタと一気に修正をかけ始めた。
外を見ると、すっかり素っ裸になった木を葉の代わりとでもいうように纏わりついたイルミネーションが黄色にピカピカと点滅を繰り返している。
終電には間に合えば良いんだが。
俺はひとりごちた。
鮮やかなレッドカーペットにところどころに穴が空き、煤けた茶色に変わり果ててしまった。昼間に上がる太陽は仕事をサボって雲に隠れてばかりいる。
「さみぃ······」
「寒いのは分かるけど、ダウンジャケットにマフラーは早すぎない?」
「うるせーよ」
今、十二月なんだからいいだろ。
地球温暖化のせいで暖冬だと騒いでいるにも関わらず、この時期になると俺の期待を裏切っていつも凍え死にそうなほどに冷たい風に襲われる。これでまだ気温二桁なのは嘘だろ、と言いたい。
「今でそれなら来週どうなるの?」
「知らん」
来週からこれ以上寒くなるかと思うだけで辟易する。ダウンジャケットの下はガタガタと震え、ポケットに突っ込んだ両手は少しも暖かくなりはしない。
「両手をポケッに入れてたら受け身取れないよ」
「うるせー」
こちとら万年冷え性なんだ。子ども体温のオメーに何が分かる。
「えいっ!」
「んあっ?!」
彼女の両手が俺の頬を包み込む。
「暖かいでしょ?」
ニコニコする彼女に無性に腹が立つ。俺は片方の手を奪って、俺のポケットに突っ込んだ。
「ぎゃーっ!冷たすぎでしょ?!」
「耳元で騒ぐな。うるさい」
「ねぇ、ちょっと!」
「ちょうどカイロが欲しかったんだ」
「私はカイロじゃない!」
「へーへー」
盗み見した彼女の顔は赤い。
本気で嫌ならもう少し暴れるから満更でもないのだろう。ということにしておく。
ずっと、欲しかったモノがある。
だけど、それはすでに祖母のモノで、祖母からそれを奪い取る真似なんてできない私は全身でそんなモノには興味ありませんという素振りをして祖母や彼の目を欺き続けてきた。
「難儀な子だね」
同僚兼現在の相棒の男は同情したように言う。銀髪に瑠璃色の瞳を持つ美しい男は高慢を絵に描いたような姿をしている。
「手に入れようとは思わないのかい?」
「無理でしょ」
「最初から諦めていては手に入るものも手に入らないよ」
「貴方はいつも手に入る側だから言えるんだよ」
「失礼だね。俺だって欲しいものはある。彼がそれを自覚して、謝罪するまで許す気はないんだ」
彼、というのはかつて目の前にいる男の相棒だった人だ。なんらかの理由で罰せられたその人は別部署へ飛ばされたらしい。
「家に通っているのに?」
「それはそれ。これはこれだ」
にっこり、と笑う同僚はそれ以上言うなと瞳が雄弁に語っている。
ずっと、欲しいモノがある。
だけど、それを手にしようだなんて烏滸がましい。それなのに、
「なんでいるの?」
私の住むアパートの玄関にしゃがみこむ彼がいた。
「いやはや、きみの祖母と喧嘩してしまってな。追い出された」
あっけらかんと言う彼に頭がいたい。怒る姿を一度も見たことない祖母と喧嘩だなんて何やらかしたの、このヒト。
「部屋に入れてくれよ、おひいさん」
「もう、おひいさんって呼ばれる年じゃないんだけど」
私はアパートの玄関のドアを開けた。どうぞ、と招き入れると彼は渋い顔をした。なんでよ。
「きみ、もう少し警戒したほうが良いぜ?」
貴方に警戒だなんてするまでもないことぐらい、貴方が一番分かっているくせに。
「そうだ、きみの祖母から手紙を預かってきたんだ」
そう言って懐から出した手紙を受け取り、中身を開いて出た便箋には真ん中に大きく『あげる』という一言だけ。本当に何やらかしたの、このヒト。
「受け取ってくれるだろう?」
「ばあちゃんと仲直りするまでね」
欲しいモノがあった。
だけど、こんなカタチで欲しかった訳じゃないのに。嬉しいと思う自分が何よりもイヤだった。
すでに廃園となった天文台は予想に反して先客がいた。
「やぁ、久し振りだね。坊や」
「もう、坊やって呼ばれる年じゃないですよ」
「私からみれば、きみはいつだって坊やだよ」と笑うお姉さんは二十年前に見ていた姿と変わらぬ美貌を保っていて、僕と並ぶと僕の方がお兄さんに見えた。
『私は魔法使いだからね』
そう言って、星を詠むお姉さんは相も変わらず、煙に巻くような発言が多い。
だけど、大人が知らないような話を語ってくれるお姉さんが僕は好きだった。
寒い。
ダッフルコートを持ってきたと言うのに、手足は凍えるように寒い。こういう日は空気に不要物が少なくてが星が一番きれいに見えるのだと教えてくれたのもお姉さんだった。
「坊」
そう言って投げ渡されたミルクティーは温かい。すでに電気を失ったに等しいこの世界で温かい飲み物が出るのはありえない。ありえないけれど、相手は自称魔法使いだからとそういうことも出来るのだろう。
「さて、なぜわざわざこんな辺境へ?」
「明日、世界が滅ぶから」
明日、世界に巨大な隕石が墜落して、世界は滅ぶ。
予言に踊り踊らされ、会社へ来て、レンタカーでこんな山奥までやって来た僕はきっと愚かで狂った人間なのだろう。
だけど、
「どうせ、世界が滅ぶなら会社じゃないとこで死にたい」
僕の言葉に「なるほど?」というお姉さんはあまり驚いていない。
「私は世界に墜ちてくる隕石をこの目で観測したい」
お姉さんの言葉に、だろうな、と思う。星空が好きなお姉さんらしい理由だ。
「ご一緒しても?」
「もちろんさ」
お姉さんは隣へ来いと言わんばかりに人差し指で自分の空席を指し示す。
僕はお姉さんの隣に並び、星を見上げる。明日、世界が滅ぶとは思えないほどの目映い光の数々だ。
「ねぇ、坊や。賭けをしよう。明日、まだ世界が残っているかどうか」
いたずらっ子のような顔をして微笑むお姉さんに僕は苦笑する。
「そんなの賭けにならないよ」
お姉さんは『魔法使い』なのだから。
青春は若い奴らにもったいない、ととある劇作家が言ったらしい。
それを言った劇作家はきっと今でいう陽キャというやつで、何をやっても許されるような無鉄砲さに、正義に酔った連中に幾度もなく殺されかけた俺のような青春時代を送って来なかったのだろう。
少なからず、青春時代イコール暗黒期だったオレのような弱者の人間の気持ちを欠片も理解しないような人間であることは間違いないだろう。まぁ、知らんけど。
「わっかる~」
目の前にいるスーツを着た女性は俺のしょうもない話を真意に聞きながらノートに書き付けている。
「それで、復讐するの?」
「しねぇよ」
なんとなく目にした復讐代行という広告に惹かれ、電話したまでは良いが、彼女と喋っているうちに正直、どうでも良くなってきた。
「そこまで畜生に堕ちたくない」
「お兄さんは良い人だね」
「そうか?」
金を払う気がない客のヒヤリングに付き合う彼女の方が良い奴だろう。それが、仕事だということは脇に置いといて。
「お兄さん、この後、良いことあるよ!」
笑顔で親指を立てた彼女と別れた数日後、テレビのニュースで昔、の同級生だったやつらが火災事故に巻き込まれ、生死を彷徨っているという内容が流れてきた。
たまたまだろう。
俺は断ったし。ああ、だけど。
「ざまーみろ」