白雪

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8/26/2024, 2:14:12 AM

『あの森に住む神様と目を合わせたら
その者は心臓を握り潰されちゃうんだって。』

小さな頃から私の住む村で言い伝えられてきた話。

何百年も生きてるだの、若い女は狙われやすいだの、何が本当か分からないくだらない話



だと思っていた。



普段は来ることを禁止されている
森の奥深くに興味が湧いて森の奥へと進んでいたら木の株に座る男の人の後ろ姿が見えた。

木に囲まれた中静かに座る彼が、ちょうどよく吹いた冬風も相まってかなんだか幻想的に見えた。


「あの、」

と声を掛ければ

『僕は神様だよ。君も聞いたことがあるでしょう。
目があったら殺されちゃう、恐ろしい神様。
僕が振り向いて君を殺してしまう前に、お帰り。』

と優しい声で語りかけてきたその人。
子供の名前を愛情込めて呼ぶ親のような声で、心地がいい声だった。

普段の私なら恐怖で逃げ出すんだろうけど、その声と優しげな雰囲気にこの人本当に人のこと殺すのかな?と好奇心が湧いちゃって逃げ出すこともせず、毎日この人に会いに来る事にした。

神様は私が会いに行くようになってから、最初こそ受け入れてくれ無かったし、追い返してきたけど

「貴方の顔を見なければ来ていいでしょ?」

と言えば困ったように笑い声を上げていいよ、と言ってくれたから、後ろ姿しか見えないけどやっぱり優しい人だななんて思う。

彼と会うようになって3ヶ月が経ったけど、色々な話を聞けた。
目があったら死ぬ、ではなく顔を合わせたら死ぬ事。
心臓を握りつぶされる、ではなく噛み殺される事。

この話をしてきた時、
『だから絶対に僕の前に来てはダメだよ。嫌いでない人でも、どれだけ大切な人で殺したくない人でも僕の体はその人を襲ってしまうから。』
と悲しげな声をして言った。


彼と会うようになって9年が経った。
私達は付き合っていた。私は彼のことを後ろ姿しか見た事が無いのに好きになるなんて、と少し可笑しかったが、そんなのどうでもいいくらい好きになってしまったから、頑張って告白し続けてつい数年前渋々好意に応えてくれた彼。

顔を見てはいけないから愛情表現は後ろから抱きついたりとかしか出来なかったけど、幸せだった。
彼はそれさえももし万が一、と心配して拒んでいたが、これも毎日し続けていたら受け入れてくれた。


毎日が、幸せだった。



















彼と出会って12年目、私はふらふらの足で彼が待つ森の奥に急いでいた。
自分の体から滴る血にも、村の方から聞こえる悲鳴も知らないふりをして、ただただ急いでいた。

彼はいつも通り木の株に後ろ向きで座っていた。

「神様、」

と叫べばいつもと違う私の声に驚いたのか

心配したような声で『どうした』と言った。





「神様、お願い。私のこと殺して、お願い。」


そう言った瞬間彼の雰囲気が変わったのが分かった。

『何があった、僕は君の事を見て判断出来ないから教えてくれ。何があった。』

「村同士で戦争が起きて、私背中を切りつけられちゃって、それで、それで、、」

自分の体のことだ、自分自身がよく分かっている。
これはダメだ。もう、あともって数時間。

彼は私が言わんとする事を分かったようだった。

「だからどうせ死んじゃうんだったら貴方の顔を見て、貴方に殺されたい。」

彼はひどく動揺した声で、

『ダメだ、あと数時間は持つんだろう?それまでにどうにかすれば、』
「無理だよ、みんな死んじゃった、治療なんてできない。それに、苦しいまま耐え続けて最後を迎えるなんて嫌だよ。」


本当に苦しかった。背中は焼けるように痛んでいるし、臓器がぐるぐるとなっているし、血があまりにも出て意識が朦朧としていた。生地獄のような苦しみで最期を迎えるなんて、嫌だった。

それなら、最後くらい彼の顔を見たいし、彼によって楽にしてもらいたかった。

彼は私がこう考えている事を理解したようだった。

「お願い、私貴方の顔を見て幸せに死にたい。」

そういえば彼は意を決したようで
『待って、すぐに殺してしまわないように、耐えられるように頑張るから、待って。』と言って、



彼は私を抱き上げて木の株に座る自分の上に、向かい合わせで優しく乗せてくれた。

初めて、彼の顔を見た。

「やっぱり、優しくてかっこいい顔だ。」

そう言ってふふっと笑えば、彼の顔はひどく苦しそうな、悲しそうな顔をした。

『ごめん、やっぱり僕の体は君を殺そうとする。
でも今最大限耐えてるんだ、少しだけ、ほんの少しだけ殺すのを我慢できそう。』

彼の体はひどく震えていて、彼に辛い思いをさせて申し訳ないと思った。

「ねえ、抱きしめてもいい?」

そう聞けば、ぎゅっと私の体を抱きしめてくれる彼。
ああ、幸せだ。ずっとこうしてみたかった。
いつも後ろからだったから、ずっとずっと正面から抱きしめてみたかったのだ。

彼は抱きしめていた腕を離して、

『僕は君に出会えてこの12年間本当に幸せだったよ。
本当に、幸せだった。愛しているよ。』

と顔を合わせて伝えてくれた。

朦朧とした意識の中、私も、と言いたかったけど、声が出なかった。

彼は泣きながら、微笑んで話してくれた。
『僕がもし普通の人だったら一緒にしてみたいことが沢山あったんだよ、玄関で出かける君を見送ってみたかったし、君を抱きしめて2人で寝てみたかったし、それに、』

彼の言葉が詰まった。多分、限界なんだと思う。

『ごめん、ごめんね。本当にごめん。』

そう言ってキスをしてくれた。

そろそろ、殺されるんだろう。
謝らなくていいのに、私は彼に抱きしめられて、顔を合わせて愛を伝えてくれて、キスだってできて、本当に幸せだった。

彼が私の首元に顔を寄せて、牙を立てた。


幸せだった。彼に出会えて。そんな感謝を伝えたくて、噛まれる寸前、
「愛してるよ、」
と呟いた。


僕も愛してる、と聞こえた瞬間、私は最期を迎えた。






*


その後、神様は噛み殺してしまった彼女に口付けをして嗚咽を漏らしながら泣いた。
愛してる、と何度も何度も囁いて、彼女を抱きしめていた。




#向かい合わせ

4/11/2024, 3:22:56 PM

誰よりもずっと、小さな頃から一緒にいた。
お風呂だって数え切れないくらい一緒に入ったし、旅行にだって何回も行った。

本当に小さな頃から一緒に育って来たから、何でも知っている自信はあるし、彼も私の事を良く知っている。

だからか、他の女が彼と仲良くして親しくなるのがとて不快に感じた。
まるで大事な,お気に入りのおもちゃを盗られたような気持ちになるのだ。

「私が彼を誰よりも理解してるし彼の1番は私なの。」

そう言って何度彼に近づく女の子に忠告した事だろう。

彼は私がそんな事をしている事を知っていた。
その事が初めてバレた時、彼は私の事を心底愛おしそうに見つめて頰にキスをしてきた。
「琶厦ちゃんは俺の事が大好きなんだね。可愛い。」
そう言って私がそんな事をしているのを怒ることも何もしなかった。

そんな彼と付き合って5年目。
ちょうど18歳になり、彼と出会って18年にもなった。

成人式の後、彼と一緒に家に帰っていたら、
「琶厦ちゃん」と呼ばれた。

それと同時に繋いでいた手をするっと離されたから、何だか不安になって彼に抱きついた。



















「琶厦ちゃん、俺たち別れよう。」




、聞き間違えかと思った。
バッと彼の顔を見上げると、薄く微笑んで私の頬にいつかのようにキスを落とした。


「俺たち18歳だよ。もう、これ以上はダメだ。」



違う、やめて。これ以上言わないで。分かってるよ。



「琶厦ちゃん。これから俺らが一緒にこんなふうにいたら皆んなに迷惑がかかる。分かるでしょ?」


分かってるって。何度貴方との未来を諦めかけたと思っているの。でも違うじゃん。やだ。好きだよ。














「琶朱くん」


そう言えば驚いた顔をする貴方。


「久しぶりに、呼ばれたね。」


そうだよ、私は貴方の名前が嫌いだよ。
琶厦と琶朱。私達が一緒になってしまってはいけない事を痛感させられるから。


誰よりも、きっと本当に愛していた。











「琶朱兄ちゃん。これからは元に戻ろう。」



彼に最後のキスをされて、私たちはただの
‘双子’に戻った。




#誰よりも、ずっと
(昨日か一昨日のものですが書いたのに投稿できていなくて本日させて頂きました。申し訳ございません。)

1/12/2024, 9:36:32 AM

『紫杏ちゃんただいま』


そう言って私をすっぽりと抱きしめる彼。


「哀くんおかえりなさい」


そう言えば彼は私を抱き上げてソファに行き、膝の上に乗せた。



『紫杏ちゃん好きだよ』


なんて甘い言葉を吐きながら私の頬をするっと撫で、愛しさと慈愛に満ちた瞳で見つめてくる彼。
本当に格好良くて、アイドルなんじゃないかと思うほど。



私達は親に無償の愛を注がれず育ったから、人のぬくもりが恋しくて一緒に暮らしている。
小さな頃からお隣さんとして過ごしてきた、所謂幼なじみだったが、高校を卒業した2年前に一緒に家を出て2人で生きてゆく事にした。


愛に飢えた孤独という寒さで凍ってしまいそうな心は、人肌でしか満たすことができないという事を私達は理解してしまっていた。




ただ、私達は恋人関係ではない。友達以上恋人未満とかいうやつでもないし、肉体関係を持ったこともない。恋人関係とかそんな言葉では片付けられないほど、お互いがお互いにー依存ーし合っている。


互いが互いを愛、という言葉で表せない位大切に思っているのは分かっていた。


『紫杏ちゃんは本当に可愛いね。大好きだよ。』


そう言う彼の首に擦り寄りながら、この2年間幸せだったななんて考えていたらだんだんと眠りに落ちていった。





























































朝、起きたら彼が私の胸に包丁を当てていた。

ああ、やっぱりな、と思った。
この2年間を過ごして、というか私たちが家を出る前から彼がこの行動をするの分かっていた。







『紫杏ちゃん。
 来世では暖かい家に生まれて、愛情いっぱいに育っ   
 て、ぼくらはまた出会おうね。来世も紫杏ちゃんを
 愛しているよ。っでも、まだ紫杏ちゃんには死んで
 ほしく無かった。一緒にこれからも生きたかっ 
 た。』


彼は泣きながら、悲しいことを隠すように微笑んでいた。

私も、貴方と生きていきたかった。

























私は癌を患っていた。家を出る4年前、つまり6年前に発見された癌。長くても20歳までしか生きられないと医者には言われていた。

だんだんと思うように動かなくなっていく体。1週間くらい前からはもう、自分が長くないことを感じていた。そして、昨日。
本能が明日までしかもうだめだ、と言っていた。


私は彼と過ごせて、彼と過ごした時間だけが本当に幸せだった。
彼ともっといたかった、とも思うがもう充分なほど愛を感じられたし、悔いなく逝けると思っていた。

ただ、彼を置いていくことだけが自分が死ぬことより怖かった。本当に、本当に怖かった。

彼が私がいなくなったらどれだけ絶望するかも分かっていたし、生きていく希望をなくす事も分かっていた。私がこう考えていることも、彼は分かっていた。




孤独が、1人というぬくもりのなさによって寒さが身に染みて心を壊してしまうことも私達は分かっていた。

だから、彼が私の人生を終わらせてくれ、そのあと私の後を追うんだろうとぼんやり思っていた。


私達は孤独には耐えられなかった。
お互いがお互いを思いすぎたあまり、死を選ぶしか生きてゆくことができなかった。







「哀くん、貴方に会えて幸せでした。私も愛していま
 す。」


来世は、愛で体が孤独で、寒さで身を震わすことがないようにしようね。










お互いに口付けをして、目を閉じた。



#寒さが身に染みて
 






1/9/2024, 3:31:32 PM

   
ー三日月は夜中には姿を見ることはできない。
 夕方か明け方にしか
 その姿を目に映すことが出来ないのだ。ー




彼は三日月みたいな人だ。


彼の外見,というか雰囲気がまずとても儚く,繊細だ。
静かに、何かを見つめるように美しく微笑む。
独特の、彼特有の不思議なオーラがある。

まるで『月』のような。


それでいていつも会う時間が
大抵明け方4時から6時までか夕方16時から18時なのだから、そう考えるようになった。

満月でも半月でもない、『三日月』なのだ。彼は。
満月とも半月とも違う、-儚さ-がある。



「どうして明け方と夕方以外は貴方に会えないの?」

一度だけ、聞いたことがある。

なぜいつも小さな湖の前で会おうと言ってくるのか、
名前は何なのか、何者なのか、
なんて聞きたいことはいっぱいあった。


でも聞けなかった。
聞くな、と彼の目が,雰囲気がそう言っていた。
だから聞かなかったのだが、
どうしても気になったため勇気を振り絞って聞いた。


“さぁ。なんでだろう。でも僕は君を愛している。“


なんて言われてしまったから何も言えなかった。

何も知らなくても、ふらっと時々しか会えなくても、
私は彼を愛していた。

















































彼に会えなくなって12年が経った。

会えなくなった頃から
宇宙で人間の知能では分析できない出来事が起こり始め、月と太陽が宇宙から消えた。

月が消える寸前、月の形は三日月だった、らしい。

月と太陽が消えたら生物は消滅すると言われていたが、細胞の変化やらなんやらで
今なお地球上では生物達が生きている。


私は会えなくなった頃からずっと、
彼と会っていた湖の前で生きている。

会えなくなっても、
『ああ、やっぱりな』としか思わなかった。
彼がいつか私の前から姿を消すことはわかっていたから、探し回るなんて事はしなかった。
ただすんなりと、彼に会えないという事実を受け入れられた。





彼といる時はいつも三日月を見ていた。
それが癖付いてしまったのか、月なんて見えやしないのに夕方と明け方は毎日空を見上げてしまう。


今日も、空を見ていた。







       



      











         "太陽ちゃん“





















、聞き間違えるわけが無かった。
彼だ。と思った。彼が私の名を呼んだ、と。
瞬時に分かった。




目を細めながら振り向けば、彼が、彼がいた。


あの三日月のような静かで美しい笑みを浮かべて、


『もう1人じゃないよ』

と言った。




















私の最期はその言葉を聞いて迎えた。



#三日月