「おかえりなさい。」
そう言えばただいまといいながら私に優しくキスを落とす彼。私の顔を眺めて満足したように微笑んだ後、私の手を引いてリビングに向かった。
「今日スーパーに行ったらね--」
楽しく今日の出来事を話す私をニコニコ見つめながら彼は私の作ったご飯を美味しそうに食べて、お風呂上がりの私の髪の毛を乾かしてくれた。
私を抱き上げ膝の上に乗せた後、かわいいねなんて甘い言葉を言いながら私の髪に指を通して遊んでいる。
2人で抱きしめ合いながらぽかぽか眠りについて、今日も幸せだった。
夜中に頭を撫でられる感触がして目が覚めてしまって、ああ、またかと思った。
起きたことがバレないように薄目を開けると、彼がベットに腰掛けて私の頭を泣きながら撫でている。
『好きだよ、柚ちゃん。』
そう言った表情は苦しそうな、辛そうな顔だった。
なんでたまに夜中に起きて私を見ながら泣いているかとか、他の女の子の名前を呼んでいるかなんて、知らない。
周りから私達カップルがお似合いだね、といっぱい言われても、私は感じてしまっていた。
彼は可愛いと言う時は確かに本心なんだろうけど、『好き』と言う言葉は多分、本当に多分だけど私に言っていない。私に向かって言っているけど、私自身に好きとは言っていないのだ。
まるで、私を通して誰かに愛を伝えているかのような。『好き』と言う時彼の目をじっと見つめてみたら、私の奥の誰かを見ているようだった。
この前彼の小さい頃のアルバムを勝手に見ていたら、1人の女の子と手を繋いで幸せそうに笑い合っていた写真を見つけたことがある。幼稚園生くらいから高校生くらいまでの彼の写真の隣には全部その女の子がいた。
その女の子は、あまりにも私とそっくりだった。
顔がすごく似ていて、一瞬私かと思ったほどだ。
ただ、私は彼の事が大好きだし、愛している。
だから、その女の子との写真の裏に(好きだよ)なんて書かれていることも、私たちが付き合い始めた日の日時にあった結婚式の招待状に、彼が夜泣きながら呟く「柚」という名前が新婦として書かれていたことも、全部全部気がつかないふりをする。
私は彼がなんで涙を流しているかなんて、これからも知らなくていいんだ。
#涙の理由
(少し前の、『誰よりも、ずっと』のその後として書いています。)
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他の男の隣で幸せそうに笑う琶厦を見て、
何で俺たちには血が繋がっているんだろう、なんて思ってしまった。
“双子”に戻ろうと言った八年前の18歳の頃。
好きだった。心の底から愛していた。
別れを告げた後も、ずっと、生まれてから琶厦しか愛していない。
そんなことをぼんやりと考えながら、控え室でウエディングドレスを見に纏う琶厦を見つめた。
「琶厦ちゃん」
そう呼びかければいつも優しく微笑んでくれた琶厦。
そんな彼女も、今日で結婚する。
俺と別れた後、何かを断ち切るように俺と住んでいた家を出て、他県に引っ越した琶厦。四年前、やっと帰ってきたと思ったら婚約者を連れてきていた。
そろそろ式が始まる直前、という時に結婚相手に控室から出ていってもらい琶厦と2人にしてもらった。
『琶朱兄ちゃん、ついに私も結婚するんだね。』
そう言って俺に微笑む琶厦。式上手くいくかな?と少し恥ずかしそうにしながら尋ねてくる琶厦は、本当に幸せそうだった。
心の底から幸せそうで、今まで見てきた中で1番と言っていいほど喜んでいるのが分かった。
その琶厦の幸せを作っているのが、一緒にその幸せを分かち合うのが自分でないことがたまらなく悲しくて、悔しくて、
「琶厦」
と呼びかけながら可愛らしく化粧が施された顔に手をやった。椅子に座る彼女に近づき、小さい頃から変わらないその顔を見つめた。
「俺は、琶厦のことが本当に、」
俺の空気を感じとったのか、俺が言おうとしたことを察したのか、琶厦は悲しいような、少しだけ泣きそうな顔で笑って俺の口を手で塞いだ。
(言わないで。)
彼女の目が、そう言っていた。
そうした後、何かを考えて思い直したように、彼女は俺を少しだけ、触れるか触れないかの距離感で抱きしめた。
「一度でいいから、昔みたいに、あの頃みたいに呼んでよ。一度でいいから。お願い。」
そう言えば、彼女は少しだけ狼狽えて、それを発しようとして開きかけた口を、また少しして閉じた。
『琶朱兄ちゃん。』
それが、答えだった。
抱きしめていた腕を離して目を見れば、少し揺れた瞳で俺を兄として見つめていた。
『今まで、ありがとう。大好きだったよ。』
そう言った彼女のことを泣きながら見れば、
『---君。』
どこからか昔の呼び名で俺を呼ぶ琶厦ちゃんの声が聞こえた。もう、十分だ。ごめんね、愛してたよ。
幸せに、なってね。可愛い妹。
#声が、聞こえる。
『あの森に住む神様と目を合わせたら
その者は心臓を握り潰されちゃうんだって。』
小さな頃から私の住む村で言い伝えられてきた話。
何百年も生きてるだの、若い女は狙われやすいだの、何が本当か分からないくだらない話
だと思っていた。
普段は来ることを禁止されている
森の奥深くに興味が湧いて森の奥へと進んでいたら木の株に座る男の人の後ろ姿が見えた。
木に囲まれた中静かに座る彼が、ちょうどよく吹いた冬風も相まってかなんだか幻想的に見えた。
「あの、」
と声を掛ければ
『僕は神様だよ。君も聞いたことがあるでしょう。
目があったら殺されちゃう、恐ろしい神様。
僕が振り向いて君を殺してしまう前に、お帰り。』
と優しい声で語りかけてきたその人。
子供の名前を愛情込めて呼ぶ親のような声で、心地がいい声だった。
普段の私なら恐怖で逃げ出すんだろうけど、その声と優しげな雰囲気にこの人本当に人のこと殺すのかな?と好奇心が湧いちゃって逃げ出すこともせず、毎日この人に会いに来る事にした。
神様は私が会いに行くようになってから、最初こそ受け入れてくれ無かったし、追い返してきたけど
「貴方の顔を見なければ来ていいでしょ?」
と言えば困ったように笑い声を上げていいよ、と言ってくれたから、後ろ姿しか見えないけどやっぱり優しい人だななんて思う。
彼と会うようになって3ヶ月が経ったけど、色々な話を聞けた。
目があったら死ぬ、ではなく顔を合わせたら死ぬ事。
心臓を握りつぶされる、ではなく噛み殺される事。
この話をしてきた時、
『だから絶対に僕の前に来てはダメだよ。嫌いでない人でも、どれだけ大切な人で殺したくない人でも僕の体はその人を襲ってしまうから。』
と悲しげな声をして言った。
彼と会うようになって9年が経った。
私達は付き合っていた。私は彼のことを後ろ姿しか見た事が無いのに好きになるなんて、と少し可笑しかったが、そんなのどうでもいいくらい好きになってしまったから、頑張って告白し続けてつい数年前渋々好意に応えてくれた彼。
顔を見てはいけないから愛情表現は後ろから抱きついたりとかしか出来なかったけど、幸せだった。
彼はそれさえももし万が一、と心配して拒んでいたが、これも毎日し続けていたら受け入れてくれた。
毎日が、幸せだった。
彼と出会って12年目、私はふらふらの足で彼が待つ森の奥に急いでいた。
自分の体から滴る血にも、村の方から聞こえる悲鳴も知らないふりをして、ただただ急いでいた。
彼はいつも通り木の株に後ろ向きで座っていた。
「神様、」
と叫べばいつもと違う私の声に驚いたのか
心配したような声で『どうした』と言った。
「神様、お願い。私のこと殺して、お願い。」
そう言った瞬間彼の雰囲気が変わったのが分かった。
『何があった、僕は君の事を見て判断出来ないから教えてくれ。何があった。』
「村同士で戦争が起きて、私背中を切りつけられちゃって、それで、それで、、」
自分の体のことだ、自分自身がよく分かっている。
これはダメだ。もう、あともって数時間。
彼は私が言わんとする事を分かったようだった。
「だからどうせ死んじゃうんだったら貴方の顔を見て、貴方に殺されたい。」
彼はひどく動揺した声で、
『ダメだ、あと数時間は持つんだろう?それまでにどうにかすれば、』
「無理だよ、みんな死んじゃった、治療なんてできない。それに、苦しいまま耐え続けて最後を迎えるなんて嫌だよ。」
本当に苦しかった。背中は焼けるように痛んでいるし、臓器がぐるぐるとなっているし、血があまりにも出て意識が朦朧としていた。生地獄のような苦しみで最期を迎えるなんて、嫌だった。
それなら、最後くらい彼の顔を見たいし、彼によって楽にしてもらいたかった。
彼は私がこう考えている事を理解したようだった。
「お願い、私貴方の顔を見て幸せに死にたい。」
そういえば彼は意を決したようで
『待って、すぐに殺してしまわないように、耐えられるように頑張るから、待って。』と言って、
彼は私を抱き上げて木の株に座る自分の上に、向かい合わせで優しく乗せてくれた。
初めて、彼の顔を見た。
「やっぱり、優しくてかっこいい顔だ。」
そう言ってふふっと笑えば、彼の顔はひどく苦しそうな、悲しそうな顔をした。
『ごめん、やっぱり僕の体は君を殺そうとする。
でも今最大限耐えてるんだ、少しだけ、ほんの少しだけ殺すのを我慢できそう。』
彼の体はひどく震えていて、彼に辛い思いをさせて申し訳ないと思った。
「ねえ、抱きしめてもいい?」
そう聞けば、ぎゅっと私の体を抱きしめてくれる彼。
ああ、幸せだ。ずっとこうしてみたかった。
いつも後ろからだったから、ずっとずっと正面から抱きしめてみたかったのだ。
彼は抱きしめていた腕を離して、
『僕は君に出会えてこの12年間本当に幸せだったよ。
本当に、幸せだった。愛しているよ。』
と顔を合わせて伝えてくれた。
朦朧とした意識の中、私も、と言いたかったけど、声が出なかった。
彼は泣きながら、微笑んで話してくれた。
『僕がもし普通の人だったら一緒にしてみたいことが沢山あったんだよ、玄関で出かける君を見送ってみたかったし、君を抱きしめて2人で寝てみたかったし、それに、』
彼の言葉が詰まった。多分、限界なんだと思う。
『ごめん、ごめんね。本当にごめん。』
そう言ってキスをしてくれた。
そろそろ、殺されるんだろう。
謝らなくていいのに、私は彼に抱きしめられて、顔を合わせて愛を伝えてくれて、キスだってできて、本当に幸せだった。
彼が私の首元に顔を寄せて、牙を立てた。
幸せだった。彼に出会えて。そんな感謝を伝えたくて、噛まれる寸前、
「愛してるよ、」
と呟いた。
僕も愛してる、と聞こえた瞬間、私は最期を迎えた。
*
その後、神様は噛み殺してしまった彼女に口付けをして嗚咽を漏らしながら泣いた。
愛してる、と何度も何度も囁いて、彼女を抱きしめていた。
#向かい合わせ
誰よりもずっと、小さな頃から一緒にいた。
お風呂だって数え切れないくらい一緒に入ったし、旅行にだって何回も行った。
本当に小さな頃から一緒に育って来たから、何でも知っている自信はあるし、彼も私の事を良く知っている。
だからか、他の女が彼と仲良くして親しくなるのがとて不快に感じた。
まるで大事な,お気に入りのおもちゃを盗られたような気持ちになるのだ。
「私が--君を誰よりも理解してるし--君の1番は私なの。」
そう言って何度彼に近づく女の子に忠告した事だろう。
彼は私がそんな事をしている事を知っていた。
その事が初めてバレた時、彼は私の事を心底愛おしそうに見つめて頰にキスをしてきた。
「琶厦ちゃんは俺の事が大好きなんだね。可愛い。」
そう言って私がそんな事をしているのを怒ることも何もしなかった。
そんな彼と付き合って5年目。
ちょうど18歳になり、彼と出会って18年にもなった。
成人式の後、彼と一緒に家に帰っていたら、
「琶厦ちゃん」と呼ばれた。
それと同時に繋いでいた手をするっと離されたから、何だか不安になって彼に抱きついた。
「琶厦ちゃん、俺たち別れよう。」
、聞き間違えかと思った。
バッと彼の顔を見上げると、薄く微笑んで私の頬にいつかのようにキスを落とした。
「俺たち18歳だよ。もう、これ以上はダメだ。」
『--君、待って。』
違う、やめて。これ以上言わないで。分かってるよ。
「琶厦ちゃん。これから俺らが一緒にこんなふうにいたら皆んなに迷惑がかかる。分かるでしょ?」
分かってるって。何度貴方との未来を諦めかけたと思っているの。でも違うじゃん。やだ。好きだよ。
「琶朱くん」
そう言えば驚いた顔をする貴方。
「久しぶりに、呼ばれたね。」
そうだよ、私は貴方の名前が嫌いだよ。
琶厦と琶朱。私達が一緒になってしまってはいけない事を痛感させられるから。
誰よりも、きっと本当に愛していた。
「琶朱兄ちゃん。これからは元に戻ろう。」
彼に最後のキスをされて、私たちはただの
‘双子’に戻った。
#誰よりも、ずっと
(昨日か一昨日のものですが書いたのに投稿できていなくて本日させて頂きました。申し訳ございません。)
『紫杏ちゃんただいま』
そう言って私をすっぽりと抱きしめる彼。
「哀くんおかえりなさい」
そう言えば彼は私を抱き上げてソファに行き、膝の上に乗せた。
『紫杏ちゃん好きだよ』
なんて甘い言葉を吐きながら私の頬をするっと撫で、愛しさと慈愛に満ちた瞳で見つめてくる彼。
本当に格好良くて、アイドルなんじゃないかと思うほど。
私達は親に無償の愛を注がれず育ったから、人のぬくもりが恋しくて一緒に暮らしている。
小さな頃からお隣さんとして過ごしてきた、所謂幼なじみだったが、高校を卒業した2年前に一緒に家を出て2人で生きてゆく事にした。
愛に飢えた孤独という寒さで凍ってしまいそうな心は、人肌でしか満たすことができないという事を私達は理解してしまっていた。
ただ、私達は恋人関係ではない。友達以上恋人未満とかいうやつでもないし、肉体関係を持ったこともない。恋人関係とかそんな言葉では片付けられないほど、お互いがお互いにー依存ーし合っている。
互いが互いを愛、という言葉で表せない位大切に思っているのは分かっていた。
『紫杏ちゃんは本当に可愛いね。大好きだよ。』
そう言う彼の首に擦り寄りながら、この2年間幸せだったななんて考えていたらだんだんと眠りに落ちていった。
朝、起きたら彼が私の胸に包丁を当てていた。
ああ、やっぱりな、と思った。
この2年間を過ごして、というか私たちが家を出る前から彼がこの行動をするの分かっていた。
『紫杏ちゃん。
来世では暖かい家に生まれて、愛情いっぱいに育っ
て、ぼくらはまた出会おうね。来世も紫杏ちゃんを
愛しているよ。っでも、まだ紫杏ちゃんには死んで
ほしく無かった。一緒にこれからも生きたかっ
た。』
彼は泣きながら、悲しいことを隠すように微笑んでいた。
私も、貴方と生きていきたかった。
私は癌を患っていた。家を出る4年前、つまり6年前に発見された癌。長くても20歳までしか生きられないと医者には言われていた。
だんだんと思うように動かなくなっていく体。1週間くらい前からはもう、自分が長くないことを感じていた。そして、昨日。
本能が明日までしかもうだめだ、と言っていた。
私は彼と過ごせて、彼と過ごした時間だけが本当に幸せだった。
彼ともっといたかった、とも思うがもう充分なほど愛を感じられたし、悔いなく逝けると思っていた。
ただ、彼を置いていくことだけが自分が死ぬことより怖かった。本当に、本当に怖かった。
彼が私がいなくなったらどれだけ絶望するかも分かっていたし、生きていく希望をなくす事も分かっていた。私がこう考えていることも、彼は分かっていた。
孤独が、1人というぬくもりのなさによって寒さが身に染みて心を壊してしまうことも私達は分かっていた。
だから、彼が私の人生を終わらせてくれ、そのあと私の後を追うんだろうとぼんやり思っていた。
私達は孤独には耐えられなかった。
お互いがお互いを思いすぎたあまり、死を選ぶしか生きてゆくことができなかった。
「哀くん、貴方に会えて幸せでした。私も愛していま
す。」
来世は、愛で体が孤独で、寒さで身を震わすことがないようにしようね。
お互いに口付けをして、目を閉じた。
#寒さが身に染みて