白雪

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『紫杏ちゃんただいま』


そう言って私をすっぽりと抱きしめる彼。


「哀くんおかえりなさい」


そう言えば彼は私を抱き上げてソファに行き、膝の上に乗せた。



『紫杏ちゃん好きだよ』


なんて甘い言葉を吐きながら私の頬をするっと撫で、愛しさと慈愛に満ちた瞳で見つめてくる彼。
本当に格好良くて、アイドルなんじゃないかと思うほど。



私達は親に無償の愛を注がれず育ったから、人のぬくもりが恋しくて一緒に暮らしている。
小さな頃からお隣さんとして過ごしてきた、所謂幼なじみだったが、高校を卒業した2年前に一緒に家を出て2人で生きてゆく事にした。


愛に飢えた孤独という寒さで凍ってしまいそうな心は、人肌でしか満たすことができないという事を私達は理解してしまっていた。




ただ、私達は恋人関係ではない。友達以上恋人未満とかいうやつでもないし、肉体関係を持ったこともない。恋人関係とかそんな言葉では片付けられないほど、お互いがお互いにー依存ーし合っている。


互いが互いを愛、という言葉で表せない位大切に思っているのは分かっていた。


『紫杏ちゃんは本当に可愛いね。大好きだよ。』


そう言う彼の首に擦り寄りながら、この2年間幸せだったななんて考えていたらだんだんと眠りに落ちていった。





























































朝、起きたら彼が私の胸に包丁を当てていた。

ああ、やっぱりな、と思った。
この2年間を過ごして、というか私たちが家を出る前から彼がこの行動をするの分かっていた。







『紫杏ちゃん。
 来世では暖かい家に生まれて、愛情いっぱいに育っ   
 て、ぼくらはまた出会おうね。来世も紫杏ちゃんを
 愛しているよ。っでも、まだ紫杏ちゃんには死んで
 ほしく無かった。一緒にこれからも生きたかっ 
 た。』


彼は泣きながら、悲しいことを隠すように微笑んでいた。

私も、貴方と生きていきたかった。

























私は癌を患っていた。家を出る4年前、つまり6年前に発見された癌。長くても20歳までしか生きられないと医者には言われていた。

だんだんと思うように動かなくなっていく体。1週間くらい前からはもう、自分が長くないことを感じていた。そして、昨日。
本能が明日までしかもうだめだ、と言っていた。


私は彼と過ごせて、彼と過ごした時間だけが本当に幸せだった。
彼ともっといたかった、とも思うがもう充分なほど愛を感じられたし、悔いなく逝けると思っていた。

ただ、彼を置いていくことだけが自分が死ぬことより怖かった。本当に、本当に怖かった。

彼が私がいなくなったらどれだけ絶望するかも分かっていたし、生きていく希望をなくす事も分かっていた。私がこう考えていることも、彼は分かっていた。




孤独が、1人というぬくもりのなさによって寒さが身に染みて心を壊してしまうことも私達は分かっていた。

だから、彼が私の人生を終わらせてくれ、そのあと私の後を追うんだろうとぼんやり思っていた。


私達は孤独には耐えられなかった。
お互いがお互いを思いすぎたあまり、死を選ぶしか生きてゆくことができなかった。







「哀くん、貴方に会えて幸せでした。私も愛していま
 す。」


来世は、愛で体が孤独で、寒さで身を震わすことがないようにしようね。










お互いに口付けをして、目を閉じた。



#寒さが身に染みて
 






1/12/2024, 9:36:32 AM