僕は、何も好きにはなれない。
クラスの誰かが歌う曲も、街中に映るどっかの誰かも。
本屋の入口の本も、鏡に映る知りたくない誰かも。
好きにはなれない。
だって、それらは僕に寄り添ってくれないから。
明るい光だけを無情に与えてくる。
そして、僕に静かな現実を見せつけてくる。
好きにはなれない。
好きになるつもりも無い。
けれど、それを世間は許してくれないらしい。
世間は言うだろう。
流行りを追うことは当たり前だ、
今を知らなきゃ何も出来ないだろう、
人の好きな物を知ろうとしなきゃ誰とも話せない、と。
だから、僕は小さな仮面をつけて「嫌いじゃない」と呟くのだ。
グッドマークを1つ押すのだ。
僕は何も嫌いになれない。
街中で響く何かの曲も、友達のスマホにいる誰かも。
図書館に置かれたおすすめ本も、笑顔の仮面の誰かも。
嫌いにはなれない。
だって、それが常識だから。
知らなきゃ損だと、誰かが言ってるはずだ。
それから逃げることは出来ないと思う。
嫌いにはなれない。
嫌だと呟くことも出来ない。
けれど、それを僕は、僕自身が許してくれない。
僕は言った。
好きな物を好きになればいいだろう、
仮面なんて暑苦しいだけで何も得ることは無い、
流れに流されたとて行く場所はないぞ、と。
だから、僕は仮面にハンマーを振るった。
鏡を力いっぱい叩きつけた。
そして、そのままただ、「好きじゃない」と叫ぶのだ。
多分、誰にも届かないし、暗闇に響いて消えていくだけの言葉だ。
けれど、やっと僕は本当の鏡を見つけることが出来たのだ。
そして、僕は少しだけため息をついた。
僕は仮面を捨てるまではいけなかった。
それでも、いい。
-仮面は好きじゃない。ただそれだけだ。
僕は何も好きになれない。
この社会も、世間も、地球も、僕自身でさえ。
僕は寄り添えないし、
僕に寄り添ってくれないし。
けれど、
-どうしても僕は嫌いになることは出来ないらしい。
僕はそれが嫌いだと、僕に必要ないとも思えない。
きっと、まだ信じていたいのだろう。
街中で流れる曲。アイドルの誰か。有名な本。鏡の僕。
鏡の中の誰かが僕に問う。「それは好き?嫌い?」
仮面をつけながら「嫌いじゃない」と答えた。
けれど、仮面はもう笑っていなかった。
夜があけた。
丸い箱かを開けた。
箱の中には、
静かな人と
控えめな光と
小さな街が眠っていた。
夜があけた。
席を空けた。
空いた空白の席は
柔らかい光と
鳥の鳴き声と
目覚まし時計を引き連れて朝が座った。
夜があけた。
夜が明けた。
人が動いて、
街の光は消えて、
機械の街は動き始めた。
夜から朝へと空のバトンを手渡した。
ふとした瞬間、僕は何かをしたくなる。
公園に行って、シャボン玉を吹いてみたくなった。
誰かに自分らしさを見て欲しくなった。
そんなことは、僕にとってはもう良くあることだ。
ふとした瞬間、自分自身が嫌いになる。
布団を方にかける時、
暗い夜道を歩く時、
イヤホンがリズムを奏でている時。
自分の悪い所に気づいてしまう。
しばらくすれば、フッと忘れてしまうけれど、
その瞬間だけは自分自身が嫌いになる。
ふとした瞬間、自分について問い始める。
陽の光に挨拶をしている時、
小さなスーツに袖を通す時、
活字の世界に入り込んでいる時。
自分は何をやっているのか分からなくなる。
自分が存在しているかすらも不安になってくる。
ほんの少しすれば、気にならなくなるけれど、
その瞬間だけは自分自身が曖昧になる。
ふとした瞬間、僕は楽しくなる。
悲しくなる。
腹が立ってくる。
僕は、幾つものふとした瞬間で出来ている。
僕の頭は気まぐれだ。
嫌な事を思い出させては、楽しい未来を作り始める。
何をやろうと思い立てば、違う事をやれと言い出す。
ふとした瞬間、僕の頭は何かを思いつく。
嫌だった教室を、想像できない未来の僕を。
楽しかった公園を、明日へのワクワクを。
僕が今やりたいこと。
そして、やらなきゃいけないこと。
きっと、やれれば良かったこと。
絶対に、やっちゃいけなかったこと。
この文章だって、僕の頭の言う通りに書き進めている。
ふとした瞬間の小さな言葉を書き連ねているだけだ。
僕の頭は、考えているようで何も考えていないらしい。
-けれど、それが僕らしいと信じている。
ふとした瞬間に、思いついては消えていく。
昔夢中になった不思議なシャボン玉のように、次から次へと
「ふとした瞬間」が浮かんでは消えていく。
ふとした瞬間、その小さい思考が、その一瞬の感情が。
僕らしさを作り出している。
僕の人生を作り上げている。
「ふとした瞬間」。
それは紙1枚程度の薄さだ。
けれど、それが幾多にも重なれば、1つの柱となる。
僕の頭は、小さな泡を吹き続けている。
飛び出しては溶けて、溶けては飛び出して。
生まれた時も、多分死ぬ時でさえも僕は飽きることなくシャボン玉を吹き続けている。
次はどんなふとした瞬間が来るのかが楽しみになりながら。
そんなことを思う、あの日の公園からの帰り道のふとした瞬間。
どんなに離れていても、君に会いに行く。
そんな言葉はもう使われなくなった。
もう僕達は、誰か会えなくなると言うことが無くなったから。
僕と君が沖縄と北海道にいたとしても、
僕と君が日本とブラジルにいたとしても、
もしどんなに離れてたとしても。
僕らは出会えるようになった。
空を飛べば、絶対に会えるようになった。
海に浮かべば、絶対に行けるようになった。
土を蹴れば、絶対前に進めるようになった。
僕らが会えなくなるのに、距離は関係なくなった。
僕と君が友達同士に逆戻りしても、
僕と君が敵同士になったとしても、
もしどんなに離れたとしても。
僕らは出会えるようになった。
誰かを通せば、絶対に話せるようになった。
スマホを開けば、絶対に君と繋がれるようになった。
手を差し出せば、絶対に握り返してくれると思った。
僕らが会えなくなるのに、距離は関係なくなった。
僕らに距離は無くなった。
何メートルでも、何キロメートルでも、
関係なくなった。
僕らに距離は無くなった。
話せなくなっても、会えなくなっても、
繋がれるようになった。
けれど、僕らは遠くなった。
ATMの画面の数字を見る度に、
君の仮初の投稿を見る度に、
僕らは少しづつ会えなくなって行った。
僕らに距離は無くなった。
代わりに、いくつもの壁が出来た。
土日の朝が起きれなくなる度に、
朝のスーツに袖を通す度に、
僕らは少しづつ離れていった。
お金も、時間も、体力も、立場も。
どれか、ひとつを取れば小さな壁だ。
片足を上げれば乗り越えられる。
だけど、重なり合えば手は届かなくなる。
君の顔が覆い隠されていく。
君の姿が見えなくなっていく。
僕らの壁は、僕らの距離よりも大きかった。
もしどんなに離れたとしても、
平面だったら会えるようになった。
もしどんなに離れたとしても、
君が見えていたら会えることが出来た。
もしどんなに離れたとしても、
壁がなければ手を伸ばすことが出来た。
僕らの壁は、僕らの想像よりも大きかった。
けれど、僕は君に会う。
横の距離が無くなくせたのなら、
縦の距離を無くせば良いのだ。
ATMの0の文字を見つめた。
僕は空からの写真を投稿した。
日が出る前に家を出た。
スーツを着るのを辞めた。
僕らには壁があった。
見上げてもキリがない壁だ。
けれど、超えてみれば案外呆気ない壁だった。
僕の前には壁がある。
大きな壁がある。
僕は深呼吸をして壁を押した。
遠くでチャイムの音が聞こえた、気がする。
壁の向こうから君が走ってきた、音がした。
僕達は、誰か会えなくなると言うことが無くなった。
どれだけ離れていたとしても、
走り出せば、登り始めれば案外呆気ないものだ。
どれだけ離れていたとしても、
やっぱり、僕らは絶対に会える気がした。
こっちに恋。
あっちに孤独。
小さな町の中は、混ざりあっている。
どこかで、恋をして。
どこかで、失恋をしている。
町の中は真逆で溢れてる。
こっちに幸せ。
あっちに不幸せ。
小さな町の中で、絡み合っている。
どこかで、笑い合い。
どこかで、1人泣いている。
町の中の合計は常に0になるように出来ている。
町の中の天秤はどちらかに傾くことは無いのだ。
小さな町。
今すれ違った人の名前も、
隣の人の顔すらも知らぬ、
小さな町。
小さな町の僕の孤独は誰も知らない。
愛に来てと叫べど、
ドアのチャイムはなる事を知らない。
誰か来てと嘆けども、
スマホの着信は眠ったまま。
僕の孤独が誰かの出会いである。
そうやって、世界は回っている。
そう、思い込むだけで少しだけ楽になれた。
小さな町。
誰かの噂話と、
スーパーのセールの話が走り回る、
小さな町。
小さな町の僕の喜びは誰も知らない。
愛に知ってるか尋ねど、
通り過ぎる風は首を傾げた。
誰か知ってるかと聞けど、
青い空は少しだけ悩んでいた。
僕の喜びは僕だけのもの。
だったら、誰かが不幸になることは無い。
そう、思えば素直に喜べた。
あっちに恋。
こっちに孤独。
あっちに幸せ。
こっちに不幸せ。
ここに僕。
誰も知らない僕。
小さな町を眺める僕。
絡み合って、混ざりあう小さな町。
天秤が動くことを忘れた小さな町。
愛に叫べども、誰かに嘆けども、
愛に尋ねても、誰かに聞いても、
僕の孤独も幸せも、僕だけのもの。
僕だけの宝物。
これは、小さな町の、小さな僕の、大きな話。