アイデアが出るまで保留中
風が強く吹いている。
木々を揺らし、窓を震わせる。
入れてくれと、ドアを叩くかのように。
窓は耐えている。
標識が飛ばされた。
ああ、制限速度がなくなってしまった。
風も見飽きたから、手持ち無沙汰に本を開く。
もう読み慣れてしまったが、これぐらいしか読むものがないのだ。
よくあるストーリーが書かれている。
敵がいて、勇者がそれを倒す。
けれど、こんなストーリーすらも残った数少ないストーリーだ。
甘んじて享受する。
窓は未だ音を立てている。
今度は、前の家の表札が飛ばされた。
彼らの苗字は消え去った。
あの人たちの名前知らないな。
けれど、恐らく話すことは無いので気にしないことにする。
ページをめくる。
空白が、増えていく。
ポツ、ポツポツ、ポツポツポツ。
白紙が本の上の文字を塗りあげていく。
めくる。
白紙。
めくる。
白紙。
1度だけ、飛ばされかけた名残なのだろう。
白紙が終わる頃には魔王は倒されてしまっていた。
窓が揺らいでいる。
風もこの本を読もうとしているようだ。
不安になって、小さく声を出す。
音はちゃんと響いた。
まだ、話せる。
誰か知らない人が飛ばされて行った。
隣に住んでいた人だった気もする。
名前が飛ばされたのだろう。
ただ、話すことは無かったけど。
窓に頑張れと声をかけた。
風はまだ窓を叩いている。
窓が震えている。
ガタガタ、ガタガタ。
もう無理だというかのように。
もう、なのかもしれない。
持っていた本を窓際に置いた。
名札を金庫に入れた。
ガタガタ、ガタガタ。
窓の音だけが響いている。
何かが飛ばされた。
標識か、名前か、人か。
窓にぶつかっている。
隙間風が入ってくる。
本をめくり、飛ばす。
隙間風が強くなる。
掛けられていた服も、置かれていた皿も。
窓は、開かれた。
家の中に風が入ってくる。
全てを物色して、飛ばしていく。
飾っていた表彰状、履歴書の束、隠していた本。
白紙になっていくそれらを眺めていた。
風は家を舞っている。
窓は壊された。
物が飛ばされ、消えていった。
まだ、金庫はある。
表札は、まだあるのか?
風は、居座ってる。
風は、物色してる。
卒アルも、明日のご飯も、身分証も。
そして、風は私を見つけた。
風は、金庫を持ち上げた。
金庫に手をかける。
手は空を割いた。
「私」も、飛ばされた。
は窓を叩いた。
近頃、涙の値段が上がってきた。
涙一回、1200円。
クソ高い訳ではないが、出すかどうか少し迷う金額だ。
1200円もあれば、映画一本とか、サイゼリヤで豪遊とかできるだろ。
二時間、他人の人生を眺められる。
腹いっぱいにもなれる。
それと引き換えに、数分の嗚咽だ。
そんなことを帰り道に考えていた。
黒いスーツは体を締め付けていた。
ぼんやりと歩く。
ジャリ、コツ、コツ、ジャリ。
足音とアスファルトの欠片の音を聞いていた。
よく分からないけど楽しかった。
悲しい感情を出すことに金を使うぐらいなら、楽しいことに突っ込みたいと思うのは俺の性格のせいなのだろうか。
と、ふと思った。
数珠がポッケの中でじゃらじゃらと音を立てている。
喉が乾いて、自販機を探した。
水1本100円。
全く、水を入れるだけでも金がかかるのに、出すのまで金がかかるなんてたまったもんじゃない。
ボタンを押して、取り出し口に手を伸ばす。
ベコベコとしたペットボトルは、冷たかった。
財布の中は、1000円札何枚かの中に5000円札がしれっと入っているだけだった。
1000円札を2枚手に取る。
これを払って、残るのは800円。
1000円札を財布に隠した。
香典で結構持ってかれたなぁ。
11200円。
これが香典の定価とAIが教えてくれた。
涙の費用さえなければ10000円で良かったのにな。
じいちゃん、楽しそうだった。
異様に大きな木の箱に入ったじいちゃんは、俺らに見せる笑顔とはまた違う顔をしていた。
単調なお経が耳を反響する。
シクシクとすすり泣く音が聞こえた。
1200、1200、1200、、、
そう、言い聞かせてお経に集中した。
意味は、分からなかった。
暗い道を歩く。
ぼんやりと光る街灯が誰もいない所を照らしている。
慣れないビジネスシューズで歩いてたせいか、足が痛い。
歩く。
疲れる。
じいちゃんの顔を思い出す。
歩く。
疲れる。
お経が頭の中で反響する。
歩く。
歩く。
誰もいないじいちゃんちを思い出す。
言いようも無い気持ち悪さが胸を押し付けている。
上がってこようとするそれを抑える。
目頭がゆっくりと熱くなるのを感じた。
目を閉じて、冷やそうとする。
気持ち悪さが胸の中を床に落としてしまった水のように、広がっていく。
1200、1200、1200、、、
数字を頭の中に埋め尽くす。
泣いてはいけない。
泣いてはいけない。
それをするには課金をしなくちゃ。
俺にそこまでの余裕はないだろ?
ないてはいけない。
ないてはいけない。
ゆっくりと、気持ち悪さが引いていく。
静かになった暗い夜道。
独り言のように呟いた。
「俺は泣かない。」
涙1回1200円。
そんな勿体ないことは出来ないから。
人間が怖い、という言葉をよく耳にする。
しかし、その台詞はもう聞き飽きたものだ。
僕は、人そのものがそこまで怖いとは思わない。
怖いのは人ではなく、
人の内にある悪意や、
人が集団になったときに生じる力だから。
もし人そのものが怖いのなら、
僕らは誰とも関わることができないはず。
むしろ幽霊の方が怖い。
どう向き合えばよいのか分からないから。
意思が通じるのかどうかも分からず、
ただ何もできないまま終わりそうな気がするから。
しかし、それでも会ってみたいとも思う。
もし知り合いのように語り合える存在であれば、
少しは安心できるかもしれないから。
また、曖昧で大きすぎるものを考えるときも怖さを覚える。
未来、宇宙、自己認識といった問いについて、
正解の有無すら定かでない事柄を考えていると、
足場が失われるような感覚になる。
しかし、考えること自体は好きなのだ。
ただ、どれほど思索を重ねても、
最後は「分からない」に辿り着いてしまう。
そのことが怖い。
結局のところ、僕らが怖れているのは不明さである。
それが危険なのか安全なのか、
予測できないからこそ不安になる。
しかし、その恐れもまた人の性質に属するものなのだろう。
分からないものを警戒するからこそ、
人は慎重になり、生き延びてきたのである。
そう考えれば、怖がりという性質も決して悪いものではない。
そんなことを考えながら、布団に入るのだ。
電気はつけておく。
理屈では理解していても、
やはり少し怖いから。
ゆめを見ている。
へいわで、思いどおりのせかいで生きるために。
なんでもできる。思いどおりになる。
幸せな未来がきまっている。
思い描く「当たり前」が崩れるなんて思ってなかった。
そんな、希望論の溢れた頭の中で生きていた。
夢を見ていた。
無知で、失敗ばかりの過去を知ったから。
諦めるにはもう遅く、成功するにも遅すぎたようだ。
知らないことを見て見ぬふりして、知ってることだけをひけらかしていた。
そんな、失敗体験が積み重なった足跡を見つめた。
夢を見てたい。
不安で、理不尽な未来から逃れるために。
手探りの中で進む。合ってるか分からない道を進む。
そんな決意もないから右足すら出せなかった。
目の前を見れないから遠くの陽炎を作り出した。
そんな、暗闇を照らす偽物の光を探した。
夢を見ている?
我武者羅で、不満ばかりの今を生きているから。
何も出来ない。何も知らない。
進む未来が幸せかも分からない。
けれど、一生懸命に、あるいはぼんやりと生きているから。
そんな、夢か現実かも分からないまま進んでいる。
僕らは、いつから夢を見ているのか。
僕らは、いつまで夢を見ていられるのか。
分からない。
ここが夢か、現実なのか。
見ていた景色は夢だったのかすらも。
分からない。
分からないものに溢れている。
夢を見ていたいと嘆き、望みながら、
何となく、ひたむきに進んでいるのだ。