初音くろ

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7/27/2023, 8:01:15 AM

今日のテーマ
《誰かのためになるならば》





誰かのために必死になるなんて馬鹿馬鹿しいと思ってた。
人間なんて結局誰も自分が一番可愛い生き物だ。
その場は感謝して見せたとしても、時間が経てばそんなことすぐ忘れてしまうに決まってる。
だから「誰かのために」なんて頑張るのは、よほどお人好しの馬鹿か、余裕ぶって優越感を味わいたい偽善者に違いない――ずっと、そんな風に思ってた。

彼女と出会ったのは、俺がそんな風にメチャクチャ捻くれまくっていた頃だった。

転んで怪我をした振りを装い、タクシー代を貸してくれと小金を巻き上げようとしている詐欺師(推定)。
そして、見事にそのカモになりかけていたのは、俺と同じ学校の制服を着た女子だった。
リボンタイの色からすると俺の1学年下か。

基本的に他人と関わるのは極力避けたいコミュ障の俺でも、いくら見ず知らずの人間とはいえ、さすがに後輩がこんなあからさまな詐欺に引っかかりかけているのを見て見ぬ振りをするほど外道にはなれなかった。
単に彼女が比較的好みの顔立ちだったというのも、珍しく余計なことをする気になった理由の後押しになったのだが。

「歩けないほどの怪我なら救急車呼びましょうか?」
「えっ、い、いや、そこまでしてもらうほどじゃ……」
「ああ、そもそもタクシーだったら、家まで乗ってけばそこで払えますよね。家にも金がないから一時的に借りたいって言うなら、ちょっと先に交番があるからお巡りさんに相談してみたらどうですか? タクシー乗り場までの通り道だし。いくら借りようとしたか知りませんけど、高校生の女の子に頼むよりそっちの方がよっぽど確実ですよ」

相手は中肉中背の中年の男。
対する俺は、180cm超えの筋肉質でそれなりにガタイがいい。
更に言うなら人相の方はあまりよろしくない。
2人の間に割り込んで、淡々とした口調で提案するのとは裏腹に、ネタは割れてんだぞと言わんばかりに鋭く睨みつけてやる。
すると男は俄に青ざめ、怪我の振りもかなぐり捨てて大慌てで逃げ出した。

「すげえ逃げ足。常習犯かもな」
「え? え? もしかして、怪我したって、嘘……?」
「わりとよく聞く手口だよ。親切なのが悪いとは言わないけど、もう少し危機感持ちな」

男が逃げていった方角と俺とを交互に見ながら困惑頻りでつぶやく彼女に、俺はため息混じりに忠告する。
今日は運良くカモられずに済んだけど、何となく、このおっとりぽんやりしたお嬢ちゃんは、ここで釘を差しておかないとまた同じような被害に遭いそうな危なっかしさがある。

我ながら、非常にらしくないことをしているとは思う。
人助けなんてするガラじゃないし、どちらかと言えばそういうお人好しは煙たく思ってすらいるというのに。
その上、ご丁寧にこんな忠告までしてやるなんて。
俺をよく知る友人が見たら「明日は雪でも降るんじゃね?」とか言い出しそうだ。

「ありがとうございました、先輩!」
「いや、別に大したことじゃねえし」
「何言ってるんですか、めちゃくちゃ大したことじゃないですか! 詐欺から助けてくれたんですから!」

尊敬を宿したキラキラした眼差しで礼を言われ、俺は思いきりたじろいだ。
誰かのために何かするなんて、そんなのお人好しの馬鹿か、優越感を味わいたい偽善者の専売特許で、決して俺の本意じゃない。
だというのに、彼女の目には、まるで俺が正義の味方か何かのように映っているように思えてならない。

「ほんと違うから。たまたま目に入って、さすがに同じ学校の奴がカモられてるの知らん顔するのは寝覚め悪いなって思っただけで、俺はそういう他人に親切したりするようなキャラじゃないから」

勘弁してくれと思いながら言い募るも、彼女の表情を見る限り、ますます誤解を強めている気がする。
このぶんでは、彼女の中で俺は『恩着せがましくならないよう謙虚に振る舞う好青年』になってしまっているんじゃなかろうか。
いや、マジでそういうんじゃないから!!


その後、どれだけ言葉を尽くしても彼女の誤った認識が改められることはなく。
おまけに彼女が教師にその話をしたらしく、話は瞬く間に大きくなり。
気がつけば、俺は校長室に呼び出されて表彰されるという到底理解の及ばない状況に陥る羽目になった。

おかげで俺の性格をよく知る友人らからは大いに笑われ、そこそこ親しい程度の連中からは「普段の少し斜に構えた態度は照れ隠しみたいなものだったのか」などと不本意極まりない誤解をされることとなったのだった。

そして件の彼女からはすっかり懐かれてしまい、知らない間に公認カップルのような扱いになっていた。
ちょっとばかり思い込みが激しくて、底抜けにお人好しなところは玉に瑕だが、顔は文句なく好みだし、素直で可愛い女の子にこんなにまっすぐ好意を寄せられて悪い気などするはずもなく、程なく絆された俺は白旗を掲げてその扱いを受け入れた。

少しばかり捻くれて拗らせていた性格も、彼女とつきあう内にその気質に感化され、今ではだいぶ丸くなったと自負している。
少なくとも、見ず知らずの相手に親切に振る舞うことに抵抗を感じない程度には。
今では、誰かのために躊躇なく手を差し出せる彼女を誇らしく思い、自分も見習わなくてはと日々思う。

「誰かのためになることが、巡り巡って自分に幸せをもたらすこともあるんですよ。情けは人のためならずって言うでしょ」
「例えば?」
「わたしの場合は、あの詐欺師の人に騙されて親切にしようとしたら先輩と巡り会えたことですかね」

衒いなく笑う彼女の笑みと言葉に、思わず二の句が継げなくなる。
とりあえず、俺が誰かのために何かするのはおまえの笑顔が見たいからって動機だったことは、もう暫く黙っておくことにしよう。





7/26/2023, 8:39:32 AM

今日のテーマ
《鳥かご》





もうすぐ彼女の誕生日だ。
つきあい始めて最初の誕生日とあって、俺もそれなりに気合いが入ってる。
この日のためにバイト代もコツコツ貯めてある。

とはいえ、あまりにも気合いの入りすぎたプレゼントというのも憚られる。
俺の彼女はとても遠慮深く、アイスやジュースを奢っただけでもとても恐縮してしまうような子だから。
それに、あんまり高価なものを贈ったら、その後に控える俺の誕生日の時に無理をさせてしまいかねない。
だから、プレゼントはなるべく手頃な価格帯のものにしようと思ってる。

ところで彼女は俺の妹の友達でもある。
もともと友達だったわけではなく、俺とつきあい始めてから親しくなった。
たまたま2人でいるところに駅でばったり出くわした妹から根掘り葉掘り尋問され――そう、あれは尋問と言って差し支えないくらいのしつこさだった――同い年だと知ってその場で強引に連絡先を交換し、いつのまにか俺抜きで遊ぶくらいに仲良くなっていた。
俺としては押しの強い妹が一方的に振り回してるんじゃないかと気が気じゃなかったのだが、存外気が合うようで、良好に友情を育んでいるらしい。
今では彼女が俺の元へ遊びに来た時にも「お兄ちゃん邪魔」と割り込んでくるほどである。もちろん、しっかり因果を含めて部屋から追い出すが。

閑話休題。

そんなこともあって、彼女へのプレゼント選びは妹にもつきあってもらうことにした。
友達として男では理解しきれていない彼女の好みを把握もしているだろうし、完全にハズしてしまうような物を選びそうになったら止めてもくれるだろう。
これで兄妹仲が悪かったら罠を仕込まれる可能性もあるが、そんなことはないと思えるくらいには程々に仲が良い方だと思うし、妹と彼女の関係に関しても言うに及ばずだ。
報酬に季節限定のフラペチーノとスイーツを奢る約束もしていることだし、働きは期待できるに違いない。

ショッピングモールは、夏休みということもあって平日にも拘わらずそこそこ賑わっていた。
雑貨店や文具店などを見て回ったが「これは」というものはなかなか見つからない。
妹もいくつか提案してくれたのだが、俺の中でイマイチしっくりこないのだ。

フードコートで昼食を済ませた後、妹が行きたい店があるというのにつきあうべく歩いていると、ふと落ち着いた雰囲気の雑貨屋が目に留まった。
アンティークなデザインの小物やインテリアが並ぶその店は、何となく彼女の好みに合いそうな気がする。
先に行きかけていた妹が、歩みが遅くなった俺に気づいて戻ってくる。

「ああ、たしかにあの子、こういうの好きそう」
「やっぱり?」
「うん。ちょっと見てく?」
「おまえの方はいいのか?」
「別に急ぎじゃないから後で寄らせてもらえればいいし。何だったら別の日に他の友達と来てもいいし。そもそも今日の本命はこっちでしょ」

カラカラ笑う妹に礼を言い、俺はその店に足を向けた。
午前中に巡った店は男1人で入るのにはちょっと躊躇するような可愛らしい店構えのものが多かったが、この店はそういう敷居の高さも感じない。
いかにも『年頃の女の子向け』という種類の店じゃないからだろう。
価格帯もピンからキリまで、とても学生の身じゃ手が出せないような高価なインテリアもあれば、中学生でも小遣いで買えそうな小物もある。

具体的に『こういう物を』というのを決めていないこともあり、俺は店内をゆっくり見て回った。
妹も隣で物珍しげにあちこちを見回している。
店内には俺達以外に客の姿はなく、賑やかなモール内とは空気がずいぶん違って感じる。
まるで異世界にでも入り込んでしまったかのような不思議な感覚を味わっていると、ふと、俺の目が棚の中央に飾られたアクセサリーに引き寄せられた。

それは鳥かごをモチーフにしたネックレスだった。
ペンダントトップはからっぽの鳥かごで、中に鳥の姿はない。
しかし、鳥かご自体は蔦や花で彩られているという凝ったデザインで、甘すぎないけど可愛らしさもあり、何となく彼女のイメージによく合うように思えた。

「空の鳥かごは、風水的に幸運のモチーフなんですよ。『飛躍の存在の鳥が、幸福を携えて鳥かごに帰ってくる』という意味があるんです」

俺はよほど真剣に凝視していたらしい。
いつのまにか近寄ってきていた母親くらいの世代の店員さんが、にこやかにそんな説明をしてくれた。
そういう由来があるなら、プレゼントにはもってこいだとも思える。
何より、身に着けるものを贈れるというのもいい。

どう思う?
確認がてら妹を見れば、妹もまたうんうんと大きく頷く。
どうやら彼女の好みとも、同年代の女子として身に着けるアイテムとしても、合格点はもらえたらしい。
そこでようやく値札を見て、予算として考えていた額面とも折り合いがつけられることを確認し、俺はすぐさまそれを包んでくれるよう店員さんにお願いした。

「気に入ったのあって良かったね」
「ああ、おまえもつきあってくれてサンキューな」
「結局お兄が自分で選んで決めちゃったから、全然出る幕なかったけど」
「そんなことねえよ。助かった」

髪が乱れない程度にぽんぽんと頭を撫でてやると、妹もまた満更でもなさそうに笑ってみせた。
そして俺が会計を済ませる頃、妹もまた別の小物をレジに持ってきて、同じように「プレゼントなんです」と店員さんに手渡した。
妹が買ったのは、俺が彼女へのプレゼントに選んだのと似たようなデザインのチャームがついたストラップ。
たぶんこいつも彼女への誕生日プレゼントに贈るつもりなんだろう。

彼女の誕生日はもう少し先。
これを渡したら喜んでくれるだろうか。
嬉しそうに顔を綻ばせてくれるのを想像するだけで胸が温かいもので満たされていく。
その日を待ち遠しく思いながら、俺達はカフェで約束のフラペチーノとスイーツを堪能して帰途に就いたのだった。





7/25/2023, 8:19:25 AM

今日のテーマ
《友情》





「あのね、お願いがあるんだけど」
「なに、そんな改まって」
「今、好きな人がいるの。それで、協力してほしくて」
「別に構わないけど、相手は? 協力って何すればいいの?」

クラスで一番仲が良い、親友とも呼べる相手からの言葉に、わたしは詳細を聞くこともなく頷いた。
飛び抜けて美少女というわけではないかもしれないけど、友人は女のわたしから見ても庇護欲をそそるタイプで、顔も可愛い。
掃除をサボる男子相手に箒を振り回して追い立てるわたしと違って、こんな子に告白されて悪い気がする奴はそうそういないだろう。

大好きな友達に彼氏ができてしまうのは、本音を言えば少しさみしい。
だけど、友達として、その恋が叶う協力を惜しむつもりはない。
一体その果報者はどこのどいつだと身を乗り出して聞くわたしに、彼女が告げた名前はとても意外な相手のものだった。

「幼馴染みなんだよね? 私、あの人のことが好きなの。協力して?」

拝むように手を合わせ、小首を傾げる様子はまるでリスのよう。
でも、その表情からはどことなく必死さが窺える。
きっと、それだけ本気だということなんだろう。

彼女の言う『あの人』とわたしは、確かに俗に言う幼馴染みだ。
もともと親同士が学生時代からの友達で、小さい頃からよく一緒に遊んでた。
学校ではあまり話さないけど、今も休みの日に行き来してゲームしたり遊びにいったりしている。

ガタイも良く、ぶっきらぼうなあいつは、女子からは少し敬遠されるタイプだ。
あいつの方も女子はあまり得意じゃないと常日頃から言ってる。
ちなみにわたしは子供の頃からのつきあいで気兼ねもせずに済むから平気らしい。
いわゆる女らしさとは無縁なタイプだから、たぶん女子の括りに入っていないんだろう。

恋人ができたら、普通は友達よりそちらとのつきあいを優先するものだろう。
あいつだって、彼女が自分より友達を優先したら面白くないだろうし、彼女にしても彼氏が自分以外の女と遊ぶのはいい気持ちがしないに違いない。
それらを踏まえると、この2人がつきあったら、わたしは友達を2人同時に失うということになるのだろうか。

いや、2人がつきあい始めたからといって、わたしを邪険にするなんてことは思ってない。
2人ともそんな薄情な性格じゃないのはよく分かってる。
それでも、心の狭いわたしは、どうしても疎外感を感じてしまわずにはいられない。

「……駄目かな?」
「あ、ごめん、ちょっとぼーっとしちゃっただけで。駄目なんて、そんなことないよ」

自分は上手く笑えているだろうか?
嫌だなって思う気持ちが顔に出てしまっていないだろうか?
胸がきゅっと苦しくなるのを必死で宥めながら、わたしは何でもない振りでそう答えたのだけど。

「嘘つき」

拗ねたような声音できっぱりそう詰られて、ぎくりと身が強張った。
こちらを見上げる彼女は、怒っているような、哀しみを堪えているような、そんな顔をしている。
どうやらわたしの狭量な胸の内は彼女には筒抜けだったらしい。
恥ずかしさと居たたまれなさで、わたしは苦笑いして前髪をかき上げた。

「ごめん、心が狭くて……」
「別にそんなことないでしょ。好きな人を横から取られそうになって平気な人なんているわけないし」
「ん?」
「これで自覚したでしょ? もう、見ててずっと焦れったくてしょうがなかったんだよね。自覚したなら、さっさと告って纏まっちゃってよね」
「……は?」

目を丸くして聞き返すわたしに、彼女の呆れた眼差しが突き刺さる。
つい今し方までの庇護欲がそそられる恋する乙女の姿はもうどこにもない。
狐の抓まれたような気分で瞬きを繰り返すことしかできないでいると、廊下からバタバタと騒々しい足音が近づいてきた。

勢いよく教室のドアが開く。
噂をすれば何とやら、駆け込んできたのは幼馴染みの彼だった。
血相を変えて、という表現がよく似合う、どこか切羽詰まった様子に驚く暇もなく手を取られる。

「好きだ!」
「はい?」
「子供の頃からずっと好きだったんだ! だから、オレとつきあってくれ!」

走ってきたせいばかりではない、真っ赤な顔で告げられた言葉が、ゆっくりとわたしの頭に浸透してくる。
これは、もしかして、告白というやつだろうか。
彼が? わたしに?

突然のことに頭の中はパニック状態で、何が何やら理解できない。
だけど、じわじわと込み上げてくるのは間違いなく嬉しい気持ちで。
そこでやっと、自分もまた彼のことが好きだったのだと、遅まきながら自覚した。

さっきの彼女の言葉にさみしさを感じたのは、友達としての彼を失うかもしれないことだけじゃなく、無自覚の恋が叶わない哀しみもあったのかもしれない。
後にそのことを彼女に告げたら、思いきり呆れた顔で「気づくの遅すぎでしょ」とツッコまれた。

彼の告白は、彼の親友が彼女と同じことをした結果によるものらしい。
要は、彼らは共謀してわたし達に発破をかけるべくそんな嘘のお願いをしてきたというわけだ。
鈍いわたしが恋心を自覚するより早く、もともと自覚のあった彼の方が動いてああなった、と。

わたし達が無事にくっついたことで、わたしの親友と彼の親友が実はつきあっていたのだということも判明した。
発端は「見ていて焦れったかった」「ダブルデートがしたかった」という彼女の要望によるものだったのだという。

「これは、友情に感謝すべき案件かな?」
「いや、そういう側面がないとは言わないけど、オレは絶対感謝なんかしたくねえ」

わたしの感想に、彼は顔を顰めてそう断言する。
でも、彼らのおかげでこうして幸せを満喫できているのは事実なわけで。
こんなことがなければ、きっと今もまだ自分の気持ちに気づかないまま、いつか離れ離れになってたかもしれないんだし。
だから、振り回された形の彼には悪いけど、わたしはやっぱり彼らの友情にこっそり感謝をしてしまうのだった。





7/24/2023, 5:57:44 AM

今日のテーマ
《花咲いて》





夏休みでも学校にはちらほら生徒の姿がある。
試験の点数や出席日数の不足を補うための補習授業だったり、受験対策のための夏期講習だったり、部活動のためだったり。
それでもやっぱり普段に比べると格段に人の数は少なく、校内はやけに静かだ。

僕はいつもと違うその静けさに落ち着かない気分を味わいながら、足早に廊下を進んでいく。
目的地は図書室。
夏休み前に借りた本を返しにきたのだ。
終業式の日に返却しようと思ってたのに部屋に置き忘れてしまったため、夏休み早々登校するためになったのである。

補習や講習や部活ならともかく、暑い最中、これだけのために制服を着て学校に来るというのは正直言えば億劫だった。
しらばっくれて登校日にでも返却しようかという悪い考えがチラリと頭の片隅を過ぎらなかったといえば嘘になる。
だけど学校から家に電話があったりしたら困るし……などと考えてしまい、結局小心者の僕はこうして返却しに来てるというわけだ。

幸い夏休み中でも図書室は開いていた。
これを『幸い』と分かったのは、毎日開いているわけではないとドア前の張り紙で知ったからだ。
昨日や明日来ていたら無駄足になるところだった。
図書室を開けるには当番の図書委員が在室していなければならないのだから、考えてみたら当然である。

本の返却手続きにかかったのはものの1分。
このためだけにわざわざ来たのかと思うとげんなりするが、おかげで残りの夏休みはすっきりした気分で過ごせるだろう。
そもそもは、終業式に本を忘れた自業自得である。

目的を果たせばもう学校に用はない。
家に帰ったらエアコンの効いた涼しい部屋で動画でも見て過ごそうか。
それとも午後からどこかに遊びに出かけようか。

ぼんやり考えながら駐輪場へ向かっていると、後ろからパタパタと走ってくる足音がして、ポンッと肩を叩かれた。
振り返って見ると、そこには去年同じクラスだった女子の姿。
微かに日焼けしている肌は健康的な印象だけど、彼女は運動部じゃなかったよな?

「休みなのに学校きてるなんて珍しいね。夏期講習? それとも忘れ物?」
「図書室の本、返しそびれてて、その返却。そっちは? 部活……じゃないよな?」
「美化委員の当番で花壇の水やり」
「え、そういうのって用務員さんの仕事じゃないの?」
「植木とかはそうだけど、花壇は美化委員の管轄なんだって。こんなことなら別の委員にしとけば良かった」

ミニタオルで汗を拭いながら彼女が苦笑する。
でも、口で言うほど嫌々とか渋々というような雰囲気ではないのは彼女自身が花好きなのもあるんだろう。
去年、たまたま下校時に一緒になった時、いくつかの花の名前を教えてくれたことを思い出す。

「暑い中、ご苦労さん。でも、この日差しじゃ水やってもすぐに乾いて枯れそうだな」
「そうならないよう日除けしてあげたり当番決めて水あげたりしてるんだ」
「そうなんだ」
「もし時間あるならちょっと見ていかない? 向こう側にわたしの背より大きい向日葵があるんだ。昨日咲いたばっかりですごく大きいの」
「へえ、それはちょっと興味あるな」

特に予定があるわけでもないし、僕は興味を引かれて頷いた。
いや、正直に白状するなら、向日葵自体には実はそれほど興味があるわけじゃない。
僕が本当に興味があるのは、その向日葵を思わせる笑顔を浮かべる彼女の方で。

ついさっきまで「なんで休みの日に学校になんか」って思ってたのに、今は「来て良かった」と思うんだから我ながら単純だと思う。
でも、クラスが離れて接点がすっかり減ってしまってた「ちょっといいな」と思ってた子とばったり遭遇して、偶然とはいえ2人きりで過ごせるとなれば、きっと誰だって手の平をくるっとさせるに違いない。

連れて行かれた花壇には僕と同じかそれ以上に育った向日葵がいくつもあって、その光景はなかなか壮観だ。
思わず「へえ」と声を漏らすと、彼女が得意げに頬を上気させ、キラキラの笑顔を見せてくれる。
その笑顔は、並んだ向日葵に負けないくらい輝いてて。
それが決定打になり、僕の心にあったぼんやりした好意という蕾は、鮮やかな恋の花を咲かせたのだった。





7/23/2023, 7:11:34 AM

今日のテーマ
《もしもタイムマシンがあったなら》





わたし達は時々『もしも遊び』をする。
『もしも○○だったら』という仮定に対し、ああでもないこうでもないと様々な空想を思い描いて語り合うのだ。

『もしも宝くじが当たったら』
『もしも超能力に目覚めたら』
『もしも異世界に転生したら』

仮定となる題材はそんな荒唐無稽なものばかり。
そして、不幸や悲しいものではなく、わくわくした気持ちを駆り立てるものばかり。
空想遊びとはいえ、わたし達はいつも大真面目に話し合う。
他人から見れば他愛ない雑談の一種かもしれないけど、わたし達にとってはそれがとても楽しいひとときなのだ。

そんなわたし達の『もしも遊び』の今日のお題は『もしもタイムマシンがあったなら』というものだった。
何かの話の流れから、青くて丸っこい国民的な漫画の話で盛り上がってのことである。

「形状は、やっぱり机のひきだしってわけにはいかないよな」
「うん、それならまだ押し入れの襖を介してっていう方が現実的だと思う」
「あと、現実だったらたぶん法的にもいろいろ制限がかかるだろ」
「そうだよね。安易に過去を変えたりしたら大変なことになるし」
「そうそう。未来の技術を現代に持ち込んだりとかも当然罰せられるだろ」
「ていうか、そもそも個人での所有は認められないんじゃないかな」
「たしかにそうだよな。利用するには事前調査や何かが必要だろうし、監視もつけるべきだろ。そう考えると使うにしても相当な費用がかかりそうだよな」

こんな風に、実際に使えるとしたらどんな範囲までかといった事柄を踏まえ、具体的に思いつく条件をあれこれ議論していくのだ。
そしてその限られた条件の中で、自分達が使えるとしたらどんな風に楽しむのかを。

「過去の事案に介入できないとなると、用途は歴史見物ツアーみたいなものに限られそうだよな」
「たぶんあの時に落としたと思うんだけど……みたいな失せ物探しにも使えそうではあるけど、費用対効果を考えるとそういう用途で使うのは難しいかな」
「それだと親がよく話してる若い頃の武勇伝の真実を曝くとかも無理か」
「それはそっとしておいてあげようよ」

今日も今日とて仮定の空想話を大真面目に語り合うわたし達から少し離れたところで、それぞれの親たちが呆れと諦めを含んだ顔で何やら話し込んでいる。
子供達が仲良く話に花を咲かせているというのに、その様子を見守る大人達の表情には微笑ましさのようなものは殆どない。
そのことに少しだけ申し訳なさを感じるけど、そこで親に忖度して子供らしく振る舞うわたし達じゃない。
わたしと彼はどちらからともなく視線を見交わし、こっそり肩を竦めて、再び議論に意識を戻し、それぞれの想像を働かせて大いにその話題を楽しむのだった。


「どうしてうちの子達ときたらああなんだろうな」
「タイムマシンがあったら、なんて題材で小学生が語り合う内容じゃないよね」
「俺達が小学生の頃はもうちょっと夢溢れる空想をしたもんだけどなあ」
「これは親の影響だろうなあ。あの子達が小さい頃から、うちらがあんな感じで盛り上がってるのを間近に見て育ったわけだし」

子供達の親である2組の夫婦は、それぞれ呆れと諦め、それからほんの少しの苦笑を交えながら、密かにそんな会話を交わす。
学生時代からの友人同士でもある彼らは、所謂オタク的な人種だ。
今子供達が繰り広げていような議論は、元々彼らが若い時分から楽しんでいたものでもある。
きっと子供達の前でも、無意識にそういう話題で盛り上がってしまったことがあったのだろう。

「親の背を見て子は育つ、か」
「蛙の子は蛙ともいうよね」
「どっちも両親揃ってこういうタイプなんだから、こう育つのはある意味自然の摂理か」
「まあ、子供達同士も気が合ってるみたいだし、いいんじゃない?」

行き着く先はそんな達観にも似た考え。
何はともあれ子供達が楽しんでいるならそれでいいか、と、親たちは親たちなりにそう結論づけるのだった。





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