初音くろ

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今日のテーマ
《誰かのためになるならば》





誰かのために必死になるなんて馬鹿馬鹿しいと思ってた。
人間なんて結局誰も自分が一番可愛い生き物だ。
その場は感謝して見せたとしても、時間が経てばそんなことすぐ忘れてしまうに決まってる。
だから「誰かのために」なんて頑張るのは、よほどお人好しの馬鹿か、余裕ぶって優越感を味わいたい偽善者に違いない――ずっと、そんな風に思ってた。

彼女と出会ったのは、俺がそんな風にメチャクチャ捻くれまくっていた頃だった。

転んで怪我をした振りを装い、タクシー代を貸してくれと小金を巻き上げようとしている詐欺師(推定)。
そして、見事にそのカモになりかけていたのは、俺と同じ学校の制服を着た女子だった。
リボンタイの色からすると俺の1学年下か。

基本的に他人と関わるのは極力避けたいコミュ障の俺でも、いくら見ず知らずの人間とはいえ、さすがに後輩がこんなあからさまな詐欺に引っかかりかけているのを見て見ぬ振りをするほど外道にはなれなかった。
単に彼女が比較的好みの顔立ちだったというのも、珍しく余計なことをする気になった理由の後押しになったのだが。

「歩けないほどの怪我なら救急車呼びましょうか?」
「えっ、い、いや、そこまでしてもらうほどじゃ……」
「ああ、そもそもタクシーだったら、家まで乗ってけばそこで払えますよね。家にも金がないから一時的に借りたいって言うなら、ちょっと先に交番があるからお巡りさんに相談してみたらどうですか? タクシー乗り場までの通り道だし。いくら借りようとしたか知りませんけど、高校生の女の子に頼むよりそっちの方がよっぽど確実ですよ」

相手は中肉中背の中年の男。
対する俺は、180cm超えの筋肉質でそれなりにガタイがいい。
更に言うなら人相の方はあまりよろしくない。
2人の間に割り込んで、淡々とした口調で提案するのとは裏腹に、ネタは割れてんだぞと言わんばかりに鋭く睨みつけてやる。
すると男は俄に青ざめ、怪我の振りもかなぐり捨てて大慌てで逃げ出した。

「すげえ逃げ足。常習犯かもな」
「え? え? もしかして、怪我したって、嘘……?」
「わりとよく聞く手口だよ。親切なのが悪いとは言わないけど、もう少し危機感持ちな」

男が逃げていった方角と俺とを交互に見ながら困惑頻りでつぶやく彼女に、俺はため息混じりに忠告する。
今日は運良くカモられずに済んだけど、何となく、このおっとりぽんやりしたお嬢ちゃんは、ここで釘を差しておかないとまた同じような被害に遭いそうな危なっかしさがある。

我ながら、非常にらしくないことをしているとは思う。
人助けなんてするガラじゃないし、どちらかと言えばそういうお人好しは煙たく思ってすらいるというのに。
その上、ご丁寧にこんな忠告までしてやるなんて。
俺をよく知る友人が見たら「明日は雪でも降るんじゃね?」とか言い出しそうだ。

「ありがとうございました、先輩!」
「いや、別に大したことじゃねえし」
「何言ってるんですか、めちゃくちゃ大したことじゃないですか! 詐欺から助けてくれたんですから!」

尊敬を宿したキラキラした眼差しで礼を言われ、俺は思いきりたじろいだ。
誰かのために何かするなんて、そんなのお人好しの馬鹿か、優越感を味わいたい偽善者の専売特許で、決して俺の本意じゃない。
だというのに、彼女の目には、まるで俺が正義の味方か何かのように映っているように思えてならない。

「ほんと違うから。たまたま目に入って、さすがに同じ学校の奴がカモられてるの知らん顔するのは寝覚め悪いなって思っただけで、俺はそういう他人に親切したりするようなキャラじゃないから」

勘弁してくれと思いながら言い募るも、彼女の表情を見る限り、ますます誤解を強めている気がする。
このぶんでは、彼女の中で俺は『恩着せがましくならないよう謙虚に振る舞う好青年』になってしまっているんじゃなかろうか。
いや、マジでそういうんじゃないから!!


その後、どれだけ言葉を尽くしても彼女の誤った認識が改められることはなく。
おまけに彼女が教師にその話をしたらしく、話は瞬く間に大きくなり。
気がつけば、俺は校長室に呼び出されて表彰されるという到底理解の及ばない状況に陥る羽目になった。

おかげで俺の性格をよく知る友人らからは大いに笑われ、そこそこ親しい程度の連中からは「普段の少し斜に構えた態度は照れ隠しみたいなものだったのか」などと不本意極まりない誤解をされることとなったのだった。

そして件の彼女からはすっかり懐かれてしまい、知らない間に公認カップルのような扱いになっていた。
ちょっとばかり思い込みが激しくて、底抜けにお人好しなところは玉に瑕だが、顔は文句なく好みだし、素直で可愛い女の子にこんなにまっすぐ好意を寄せられて悪い気などするはずもなく、程なく絆された俺は白旗を掲げてその扱いを受け入れた。

少しばかり捻くれて拗らせていた性格も、彼女とつきあう内にその気質に感化され、今ではだいぶ丸くなったと自負している。
少なくとも、見ず知らずの相手に親切に振る舞うことに抵抗を感じない程度には。
今では、誰かのために躊躇なく手を差し出せる彼女を誇らしく思い、自分も見習わなくてはと日々思う。

「誰かのためになることが、巡り巡って自分に幸せをもたらすこともあるんですよ。情けは人のためならずって言うでしょ」
「例えば?」
「わたしの場合は、あの詐欺師の人に騙されて親切にしようとしたら先輩と巡り会えたことですかね」

衒いなく笑う彼女の笑みと言葉に、思わず二の句が継げなくなる。
とりあえず、俺が誰かのために何かするのはおまえの笑顔が見たいからって動機だったことは、もう暫く黙っておくことにしよう。





7/27/2023, 8:01:15 AM