今日のテーマ
《友情》
「あのね、お願いがあるんだけど」
「なに、そんな改まって」
「今、好きな人がいるの。それで、協力してほしくて」
「別に構わないけど、相手は? 協力って何すればいいの?」
クラスで一番仲が良い、親友とも呼べる相手からの言葉に、わたしは詳細を聞くこともなく頷いた。
飛び抜けて美少女というわけではないかもしれないけど、友人は女のわたしから見ても庇護欲をそそるタイプで、顔も可愛い。
掃除をサボる男子相手に箒を振り回して追い立てるわたしと違って、こんな子に告白されて悪い気がする奴はそうそういないだろう。
大好きな友達に彼氏ができてしまうのは、本音を言えば少しさみしい。
だけど、友達として、その恋が叶う協力を惜しむつもりはない。
一体その果報者はどこのどいつだと身を乗り出して聞くわたしに、彼女が告げた名前はとても意外な相手のものだった。
「幼馴染みなんだよね? 私、あの人のことが好きなの。協力して?」
拝むように手を合わせ、小首を傾げる様子はまるでリスのよう。
でも、その表情からはどことなく必死さが窺える。
きっと、それだけ本気だということなんだろう。
彼女の言う『あの人』とわたしは、確かに俗に言う幼馴染みだ。
もともと親同士が学生時代からの友達で、小さい頃からよく一緒に遊んでた。
学校ではあまり話さないけど、今も休みの日に行き来してゲームしたり遊びにいったりしている。
ガタイも良く、ぶっきらぼうなあいつは、女子からは少し敬遠されるタイプだ。
あいつの方も女子はあまり得意じゃないと常日頃から言ってる。
ちなみにわたしは子供の頃からのつきあいで気兼ねもせずに済むから平気らしい。
いわゆる女らしさとは無縁なタイプだから、たぶん女子の括りに入っていないんだろう。
恋人ができたら、普通は友達よりそちらとのつきあいを優先するものだろう。
あいつだって、彼女が自分より友達を優先したら面白くないだろうし、彼女にしても彼氏が自分以外の女と遊ぶのはいい気持ちがしないに違いない。
それらを踏まえると、この2人がつきあったら、わたしは友達を2人同時に失うということになるのだろうか。
いや、2人がつきあい始めたからといって、わたしを邪険にするなんてことは思ってない。
2人ともそんな薄情な性格じゃないのはよく分かってる。
それでも、心の狭いわたしは、どうしても疎外感を感じてしまわずにはいられない。
「……駄目かな?」
「あ、ごめん、ちょっとぼーっとしちゃっただけで。駄目なんて、そんなことないよ」
自分は上手く笑えているだろうか?
嫌だなって思う気持ちが顔に出てしまっていないだろうか?
胸がきゅっと苦しくなるのを必死で宥めながら、わたしは何でもない振りでそう答えたのだけど。
「嘘つき」
拗ねたような声音できっぱりそう詰られて、ぎくりと身が強張った。
こちらを見上げる彼女は、怒っているような、哀しみを堪えているような、そんな顔をしている。
どうやらわたしの狭量な胸の内は彼女には筒抜けだったらしい。
恥ずかしさと居たたまれなさで、わたしは苦笑いして前髪をかき上げた。
「ごめん、心が狭くて……」
「別にそんなことないでしょ。好きな人を横から取られそうになって平気な人なんているわけないし」
「ん?」
「これで自覚したでしょ? もう、見ててずっと焦れったくてしょうがなかったんだよね。自覚したなら、さっさと告って纏まっちゃってよね」
「……は?」
目を丸くして聞き返すわたしに、彼女の呆れた眼差しが突き刺さる。
つい今し方までの庇護欲がそそられる恋する乙女の姿はもうどこにもない。
狐の抓まれたような気分で瞬きを繰り返すことしかできないでいると、廊下からバタバタと騒々しい足音が近づいてきた。
勢いよく教室のドアが開く。
噂をすれば何とやら、駆け込んできたのは幼馴染みの彼だった。
血相を変えて、という表現がよく似合う、どこか切羽詰まった様子に驚く暇もなく手を取られる。
「好きだ!」
「はい?」
「子供の頃からずっと好きだったんだ! だから、オレとつきあってくれ!」
走ってきたせいばかりではない、真っ赤な顔で告げられた言葉が、ゆっくりとわたしの頭に浸透してくる。
これは、もしかして、告白というやつだろうか。
彼が? わたしに?
突然のことに頭の中はパニック状態で、何が何やら理解できない。
だけど、じわじわと込み上げてくるのは間違いなく嬉しい気持ちで。
そこでやっと、自分もまた彼のことが好きだったのだと、遅まきながら自覚した。
さっきの彼女の言葉にさみしさを感じたのは、友達としての彼を失うかもしれないことだけじゃなく、無自覚の恋が叶わない哀しみもあったのかもしれない。
後にそのことを彼女に告げたら、思いきり呆れた顔で「気づくの遅すぎでしょ」とツッコまれた。
彼の告白は、彼の親友が彼女と同じことをした結果によるものらしい。
要は、彼らは共謀してわたし達に発破をかけるべくそんな嘘のお願いをしてきたというわけだ。
鈍いわたしが恋心を自覚するより早く、もともと自覚のあった彼の方が動いてああなった、と。
わたし達が無事にくっついたことで、わたしの親友と彼の親友が実はつきあっていたのだということも判明した。
発端は「見ていて焦れったかった」「ダブルデートがしたかった」という彼女の要望によるものだったのだという。
「これは、友情に感謝すべき案件かな?」
「いや、そういう側面がないとは言わないけど、オレは絶対感謝なんかしたくねえ」
わたしの感想に、彼は顔を顰めてそう断言する。
でも、彼らのおかげでこうして幸せを満喫できているのは事実なわけで。
こんなことがなければ、きっと今もまだ自分の気持ちに気づかないまま、いつか離れ離れになってたかもしれないんだし。
だから、振り回された形の彼には悪いけど、わたしはやっぱり彼らの友情にこっそり感謝をしてしまうのだった。
7/25/2023, 8:19:25 AM