初音くろ

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6/10/2023, 1:22:27 PM

今日のテーマ
《やりたいこと》





「今、何かやりたいことってある?」
「やりたいこと、ねえ……」

わくわくした様子でこちらの答えを待っている顔を見て、求められている答えを思案する。
模範的な解凍は、恐らく『2人でやりたいこと』か『彼女にしてほしいこと』といった形のものだろう。

真っ先に即物的なあれこれが頭に浮かんだが、さすがに昼日中からそんなことを言ったら軽蔑されるに違いない。
とはいえ、つきあい始めてまもない恋人としたいこと・やりたいことと言えば、真っ先に思いつくのはやっぱり「イチャイチャしたい」という類の欲求である。
それは彼女の方も同じなのではないだろうか?
それとも、それは俺の願望であって、彼女の方は単にデート内容の提案を求めているのだろうか?

「俺のことより、そっちは何かやりたいことないのか?」

この場は下手なことを言って地雷を踏むより、彼女の希望を優先した方がいい。
そうした場当たり的で消極的な選択により、俺は「特に思いつくことはない」という態度で質問を返す。
友達だった頃なら、逆に気負わずそういう下ネタも言えたのに。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、彼女は言いにくそうに口籠もり、チラチラとこちらを窺ってくる。

あれ?
これはもしかして、下ネタ的な答えをしても許される流れだったか?
そんなことなら先に言ってくれれば――いや、今からでも言ってみようか。

「もし、特にやりたいこととか行きたいところがなかったら、なんだけど」
「う、うん」

こっちが口を開くより早く、モジモジしながら彼女が言う。
俺もつられてモジモジしそうになりながら、密かにごくりと唾を飲み込み、神妙な顔で続く言葉を待つ。
そして、どんな大胆なことを言われても絶対引いたりしないから安心してくれ、と、そんな意志を込めて彼女を見つめる。

「あのね、一緒にしたいっていうか、お願いしたいことがあって」
「ああ、いいよ、何でも言ってくれ」

鼻の下をだらしなく伸ばしたりしないよう、精いっぱい爽やかさを意識して頷いてみせる。
すると、彼女は意を決したように顔を上げ。

「素材集め、手伝って!」

バッグの中から携帯ゲーム機を取り出して、拝むように両手を合わせる恋人を前に、俺の期待は木葉微塵に打ち砕かれた。
そのゲームは元々は俺が勧めたもので、彼女とはそれを通じて急速に仲を深めるに至った。
謂わば俺達にとっては馴れ初めとも言うべき記念のゲームでもある。
少し前のアップデートで新しい拡張コンテンツが云々という話をネットで見かけてはいた。
仕事にかまけてすっかりご無沙汰になっていたため最近はそうした情報に疎くなっていたが、彼女は今も現役で続けていたらしい。

がっかりしているのを悟られないよう、俺は全力で笑顔を作り、彼女のお願いを受け入れた。
暫く起動していなかった携帯ゲーム機を引っ張り出し、充電しながらアップデートデータをダウンロードする。
楽しそうに新規要素をあれこれ説明してくれる彼女を見ていたら、こちらまで楽しくなってきて。

俺達の仲はまだ始まったばかり。
イチャイチャする機会はこれから先いくらでもあるんだし焦ることなんかないよな。
そう自分に言い聞かせ、その日は2人で心ゆくまで素材集めに勤しんだ。
友達だった頃とは違い、ぴったり寄り添って。
傍から見たら『充分イチャイチャしている』と言われるだろう距離感で。





6/9/2023, 12:58:00 PM

今日のテーマ
《朝日の温もり》





シャッという音と共にカーテンが開けられ、朝日の眩しさに思わず固く目を閉じた。
だけどその陽差しは思いのほか優しい温もりがあり、俺は寝返りを打って眩しさから逃れつつ、後頭部にその温かさを感じながら再び眠りの海に引き返す。

「朝だよ、起きて」

布団の上から遠慮がちに揺り起こす手は、俺を二度寝の誘惑から引き剥がしたいらしい。
心地良い微睡みからまだ抜け出したくなくて、布団を引き上げて体を丸くする。

「もうちょっと寝かせて」
「今日は一緒に出かけるって言ってたでしょ」
「うん……でも、もうちょっと……あと1時間、いや30分……」
「だめ。起きて。朝ごはん冷めちゃうよ」

あさごはん。
その言葉にパチリと目を開ける。

「昨日の夜、作ってって言ってたから、ちゃんと作ったのに」
「起きる! 起きます!」

がばりと布団を撥ね上げるようにして飛び起きた。
夢に見ていた「恋人が作ってくれる朝ごはん」の威力はどんな目覚ましよりも絶大だ。
しかも料理上手な彼女の手料理である。

鼻をひくひく動かすと、ほんのり味噌汁の香りがする。
朝から自宅で味噌汁を飲むなんて何年ぶりだろう。
いや、実家に帰省したら母親のお手製味噌汁を食べることもあるけど。

普段、平日はコンビニで買って会社で済ませるか、ゼリー飲料を流し込むか。
休日はトーストか、昼まで寝てて朝兼昼飯でカップ麺。
出かける日はコーヒーショップでモーニングを食べることもあるが、味噌汁とは縁遠い。
学生の頃には牛丼屋で朝定食を食べたりもしたが、最近はとんとご無沙汰だ。

「ごはんよそっておくから二度寝しちゃ駄目だよ」

現金な反応を見せる俺に笑いながら、彼女はキッチンに戻っていく。
その後ろ姿ににやけそうになる顔を何とか引き締めてベッドから抜け出す。
朝日の温もりを浴びながら味わう二度寝より、可愛い恋人の作ってくれる朝飯を味わうために、俺は手早くシャツを着込んで美味しそうな香りの漂うリビングへと向かうのだった。





6/9/2023, 9:15:40 AM

今日のテーマ
《岐路》





もうこんな会社辞めてやる。
退勤後の電車内、ドア横の手摺りに寄りかかりながら、死んだ魚のような目でスマホの画面をタップする。
検索サイトから転職サイトを調べていると、電車が次の駅に到着してドアが開いた。
邪魔にならないよう手摺りに身を寄せつつ乗降客を見るともなしに眺めていたら、そこに見知った顔を発見した。
すぐに相手も気づき、笑顔でこちらに寄ってくる。

「久しぶり。もしかしてこんな時間まで残業だったの?」
「はい。お疲れ様です……」

気さくに声をかけてきたのは、一昨年まで同じ部署にいた先輩だった。
去年、転職して会社を辞め、それ以来会っていなかった。
ピカピカの新入社員だった頃、ミスばかりしていた私を根気よく指導してくれた恩人でもある。

「ひどい顔色。その様子じゃ相変わらずか」
「はあ、まあ、そうですね」

苦笑いと憐れみの混在する声に、何とも言えない気分で曖昧に頷く。
彼女も一昨年まで同じ環境にいたからこそ、私の味わっている現状が簡単に想像できたんだろう。

私の所属している部署には面倒臭い上司がいる。
とにかく仕事ができない上に、余計な口を出してきては現場を混乱させ、更に余計な作業を増やさせるという厄介な上司が。
更に上の役職に訴えたところで意味はない。その上司は上の会社の社長だか会長だかの縁故採用で、上役も持て余している人物だからだ。
今日もその上司が思いつきで余計な仕事を増やしてくれて、しなくてもいい残業をする羽目になったのである。
異議を申し立てたらパワハラ紛いの糾弾をされて時間を無駄にするだけなので、今では課内の誰もが表面上はその上司の言いなりになっている。

「……もしかして、転職考えてる?」

開いたままのスマホの画面が目に入ったのだろう。
彼女は労りを感じさせる顔を浮かべ直球で聞いてきた。
同じ社内の人間なら誤魔化すべきところかもしれないが、今の彼女は部外者である。
隠し立てする気力もなく、小さく頷く。
本気で転職を考えてるとは言い切れない。半分くらいは迷っている。
それでも、これ以上あの会社で仕事を続けていても、いつか体を壊す未来しか見えないのも事実で。

「今、私、人事の仕事しててね」
「はあ」
「ちょうど中途採用の募集をかけようかって話が出てるの」
「はい……?」
「で、今、私の目の前には、実務経験者で、実力も分かってて、転職を考えてる人材がいるわけなんだけど――もしあなたがうちに来るつもりがあるなら、来週にでも面接の場を設けるけど、どうする?」

鮮やかなルージュに彩られた唇が笑みを象る。
ミスをした時、判断に迷った時、いつも適切な助言をくれていた先輩。
この人のこの笑顔を見れば、大丈夫だと、何とかなると、いつだってそう思えた。
そんな信頼できる相手から、こんな魅力的な誘いを受けて、揺れずにいられる筈もない。

「是非!」
「あはは、迷いなしか。でもさすがにこの手の話で即決即断するのは危ないから、少し考える時間を取ろうね。あとでメールで資料送るから、よくよく検討してから決めて。求人出す予定なのもまだ半月くらい先の話だし、落ち着いて考えてやっぱりやめときますってなっても大丈夫だから」

勢い任せで頷いた私を落ち着かせるように、ポンポンと肩を叩いてくれる。
その手のひらの温かさに、泣きたくなるくらい癒される。

先輩みたいになりたい。
優しくて、面倒見が良くて、頼り甲斐があって、仕事ができて。
美人で、ユーモアもあって、でも全然気取ってなくて。
この人が男だったらきっと恋をしていただろう。
恋ではないけど、焦がれるように憧れて、少しでも近づきたいと想った人。
先輩がいてくれたら、あのどうしようもない上司の下でだって折れることなく働き続けられたことだろう。

先輩が辞めた時、本当は私も追いかけたかったくらいだった。
だから、先輩が誘ってくれるなら、それが仮にどんなブラックな職場だったとしても、きっと頑張れると思う。
さすがに本人に言ったら引かれそうだから言えないけど。

だって、転職を考えて人生の岐路に立った正にそのタイミングで先輩と再会できたのも、先輩の職場でたまたま求人の予定があることも、こうなると運命のようにしか思えないじゃない?
最終決定は先輩の言う通り、詳細な資料に目を通してからにするとしても、気持ちはもう完全に退職に傾いてることだし。
そうして私は、神妙な顔で先輩の真摯な忠告を受け入れて「よく考えてみます」と殊勝に頷くふりをしながら、早速転職のために必要なあれこれを素早く算段し始める。
また先輩と一緒に働けるかもしれないと、そのわくわくした気持ちに突き動かされて。





6/8/2023, 3:34:35 AM

今日のテーマ
《世界の終わりに君と》





「もしも世界が終わる時がきても、おまえとずっと一緒にいたい」

なんてロマンティックな口説き文句だろう。
まるで物語の台詞か何かのよう。
これを聞いたのがもう少し前だったなら、きっとうっとり酔いしれていたかもしれない。
あたしの中に残る乙女心の残骸が、チリチリ胸を痛ませる。

「よくも、ぬけぬけと」

だけどあたしはそんな未練に蓋をして、怒りを込めて彼を睨む。
彼は意外そうに眉を上げ、それから不思議そうに首を傾げた。

「この場面でその反応って何?」
「自分の胸に手を当てて聞いてみたら?」
「……全然心当たりがないんだけど」

しらばっくれるつもりなのだろう。
そして、あたしがそんな嘘にあっさり騙されると思ってるんだろう。
そう思うと余計に腹が立つ。

「思い出せないなら思い出させてあげる。一昨日の晩、駅前で見かけた」
「一昨日?」
「綺麗な女の人とデートしてたでしょ」

降って湧いた残業は、終電間際までかかってしまった。
空腹と眠気でフラフラになりながら改札を出て、家路を急ごうとしていた矢先、その光景が目に飛び込んできたのだ。
頬を上気させた綺麗な女の人と、その肩を抱きながら歩く彼の姿。
遠目にも親密な空気が察せられて、冷水を浴びせられたみたいに血の気が引いた。

浮気していたこともショックだったし、こんな見つかりやすい場所でイチャイチャしてるデリカシーのなさにも腹が立った。
ううん、もしかすると浮気はあたしの方だったのかもしれない。
だって彼女はとてもとっても綺麗な人だった。
あたしより少し年下だろうか。
綺麗でありながら、庇護欲を誘う可愛らしさも持ち合わせた女性。
くすくす笑いながら何か言う彼女に、あなたは幸せそうな笑顔を見せていて。
そんな姿を見せつけられて、あたしは世界が終わったようなどん底気分で家に帰った。

だから、昨日「明日会える?」ってメッセージが来た時、別れ話をされるのだろうと覚悟を決めて今日を迎え。
少しでも別れを惜しませてやれればと、戦いに挑むような心境でメイクも髪も服装も、爪の先に至るまで、気合いを入れてこの場に来たというのに。
肝心の話はいつになっても切り出されることなく、帰り間際に言われたのがさっきの台詞というわけである。
ご丁寧に指輪まで捧げられて。
夢に見たプロポーズが、一瞬にして結婚詐欺に遭ったような最低最悪の気分に陥らせる。

こんなのってない。あんまりだ。
涌き出て止まらない恨み言が胸の中で渦巻くけど、それを口にしたら泣いちゃいそうで、だからあたしは最低限の言葉で返す。

「あたしで予行演習か何かのつもり? それとも彼女とは結婚できない理由でもあるの? 仮面夫婦や契約結婚なら他を当たって。そんな虚しい生活するくらいならずっと独身のままでいい。じゃあね」

ぽかんとマヌケ面を晒す彼に吐き捨てると、私はくるりと踵を返す。
もうこれ以上この場にいたくない。
追い縋られて、誤解だと適当な言い訳を並べ立てられたら、絆されてしまうかもしれない。
自分でもチョロい女だと思う。
だからこそ、彼の言い訳は聞いちゃいけない。
まだ捨てきれない愛情のせいで「騙されててもいい」なんて思っちゃいそうだから。

「待って!」
「待たない」
「頼むから話聞いてくれって」
「聞かない」

予想通り追い縋ってきた彼を、鉄の意志で突っ撥ねる。
思い出せ。
一昨日の晩に味わったあの惨めさを。
世界が終わりを告げたような、絶望的なあの気持ちを。
瞼が腫れるほど泣き濡れて、それでも流しきれなかったあの胸の痛みを。

振り返ることも足を止めることもなく、早足で帰ろうとしたあたしの腕を、彼の大きな手が掴む。
節くれ立った、あたしが大好きだった手が。
この手で彼女に触れたんだろうか。
髪を梳き、頬を包み、背を撫でながら抱き締めたんだろうか。

身を焦がすような悔しさと、どうしようもなく込み上げる切なさに、じわりと涙が滲んでくる。
だけど絶対この場では泣きたくない。
そのくらいの意地はあたしにだってあるんだ。

「違うから。あいつは妹で、今日の相談に乗ってもらっただけで」
「そんなベタな言い訳なんか聞きたくない」
「いや言い訳じゃなくてマジだって」
「だとしてももうあたしには関係ないから」
「関係あるだろ、これから身内になるんだから」

そう言うと、彼は逃げようとするあたしを軽々腕の中に閉じ込める。
嗅ぎ慣れたコロンの香りに条件反射で安心してしまいそうになるのを必死で振り払う。
だけど力の差は歴然で、どんなに藻掻いてもしっかり抱き締められた彼の腕からは抜け出せない。

どうしてこんなことするの。
あたし以外に女がいるのに、どうして繋ぎ止めようとするの。
このまま別れてしまった方が、絶対お互いのためなのに。

彼はあたしを抱き締めたまま、もぞもぞスマホを取り出してどこかへ電話をかけた。
至近距離から聞こえる呼び出し音。
程なく相手の声がする。
電話越しでも可愛い声に、あたしは一層惨めになった。

「今から出てこられる?」
『何? まさか振られたの?』
「その危機を回避するためにおまえも説明してくれ」
『何それ』
「一昨日の晩、一緒にいるとこ見られて誤解されてる。身分証持って、正真正銘おまえが俺の妹だって証明してくれ」
『何やってんの、お兄ちゃん』

苦々しげな彼の言葉に、電話の向こうの彼女は見た目にそぐわぬ馬鹿笑いをする。
ネットスラングで言うなら『草を生え散らかした』ような笑いっぷり。
ここでようやくあたしは藻掻くのをやめた。

「おまえのせいだろうが。奢りだからって調子に乗って足にくるほど飲んだりするから」
『いやー美味しかったわご馳走さま』
「いいから今来い。すぐ来い。じゃなきゃこいつと今からそっちに行く」
『じゃあ来たら? 未来のお義姉さんにちゃんとご挨拶するし、お兄の身の潔白もちゃんと証明してあげる』

ところどころヒーヒー言いながら彼女が言うのに、彼はため息混じりに「分かった」と答える。
そして抱き締めた腕をゆるめ、でも絶対に逃がさないとばかりに指を絡めて手を繋ぎ、こっちの返事も待たずに歩き出す。

もしかして、本当の本当に誤解なんだろうか。
でも『実は血の繋がらない妹で』なんてオチが待ってたりするんじゃない?
信じたい気持ちと疑う気持ちがシーソーのように揺れ動く。

「さっき『もしも世界が終わる時がきても』なんて気障なプロポーズしたけどさ、まずおまえに振られた時点で俺にとっちゃ世界の終わりも同然だから」
「……」
「あいつに会ってもまだ信じられないっていうなら、信じてもらえるまで何でもする。実家からアルバム持ってきて見せるし、戸籍を取り寄せてもいい」
「……」
「どんなにみっともなくても、他人から笑われても構わない。おまえが俺を嫌いになったとかならともかく、こんな下らねえ誤解で終わらせられてたまるか」

握られた手はいつもより力が籠もっていて少し痛いくらい。
いつもは痛くないように加減してくれてるのに、今はそんな余裕もなさそうで。
そんな彼の必死さが伝わってきて、意固地になってた気持ちがじわじわと解けていく。


それから程なく誤解は解けて、あたしは未来の義妹に妙な勘繰りをしたことを心の底から謝罪した。
彼女の旦那さんも参戦して2人が正真正銘血縁関係の兄妹だと証言してくれたし、そのままなし崩しで夕飯までご馳走になってしまった。
穴があったら入りたいけど、朗らかな義妹夫妻は「気にしないで」と笑ってくれた。

そうして改めて2人きりになった帰り道、彼はもう一度プロポーズしてくれた。
昼間とは少し違う台詞で。

「たとえ世界が終わる時がきても、絶対離さないから。一生おまえだけ愛し抜くから」

力強い眼差しで、宣言するかのように愛を誓ってくれる彼。
もしまた疑うようなことがあったら、今度は1人で泣く前にちゃんと直接聞いてくれ。
そんな言葉と共に抱き締められて、あたしはまた泣きながら頷いた。
もしも世界が終わっても、あたしも絶対に離れない。
死が2人を別つまで、あたし達はこれからずっと一緒に歩んでいく。





6/7/2023, 9:31:13 AM

今日のテーマ
《最悪》





朝の星占いのランキングは12位。
13日の金曜日、仏滅、そして三隣亡。
朝から雨は土砂降りで、バスは混みすぎでスルーされ。
やっと駅に着いたと思ったら電車が遅延で遅刻確定。
遅れて1時間目に滑り込めば、今日提出のプリントを家に忘れてきたのに気づき、罰で課題が増やされて。
昼休みになってお弁当箱を開けたら汁漏れしててご飯もおかずも大惨事。

「そこまで続くともうネタみたいだよね」
「きっと今おみくじ引いたら大凶が出るんじゃない?」

朝からの顛末を話したら、友人達がケラケラ笑いながらそんなことを言う。
ちょっとくらい慰めてよとやさぐれるけど、でもたしかに今日の有様だったら大凶も有り得そう。
がっくりしながら机に突っ伏してると、頭にポンと何かが乗せられた。

「なに?」
「日誌。今日、日直だろ」

てっきり友人達の誰かが悪戯してきたのかと思えば、降ってきたのは男子の声。
顔を上げると、そこには好きな人がいて。
心臓が止まるかと思った。

私の片想いを知ってる友人達は、ニヤニヤ人の悪い笑顔を浮かべながら1人2人と席を立つ。
気をきかせてくれてるのは分かるけど、あからさますぎて私の気持ちがバレそうだからやめてほしい。
狼狽えて言葉も出ないでいたら、もう一度日誌をポンと頭に乗せられた。

「黒板拭くのは俺がやるから、おまえは日誌書くの頼むな」
「う、うん……あれ? でも……」

日直だったのは言われて思い出した。
でも、相方は彼ではなかった筈だ。
うちのクラスの日直は出席番号順で、彼とは出席番号が1番違いだから、一緒に当番が回ってくるはずがない。

「ああ、おまえ今日遅刻してたんだったな。あいつ今日休みだから、繰り上げで俺になったんだよ」
「なるほど。って、ごめん! 余計な仕事させちゃって」

本当なら、本来の日直である私が日誌を取りに行かなきゃならなかったし、忘れてたとはいえ黒板拭きも彼に任せっぱなしにしてしまったことに気づいて慌てて謝る。
好きな相手にこんな面倒かけるなんて最悪もいいところだ。
更なる『最悪』を積み重ねたことにまた凹む。
反省と後悔ですっかり身を縮める私を見て、彼はくすりと笑った。

「役得だから別に気にすんな」
「は?」
「ちなみに俺もおまえと同じ星座。今日のラッキーアイテムはフルーツのど飴。ってことで、ラッキーのお裾分け。これで一緒に運気挽回しような」

そう言って、日誌と共に渡されたのは、はちみつレモン味ののど飴。
立ち去る背中をぼーっと見送りながら、夢心地で手のひらに乗せられた飴を見つめる。
気づけば窓の外はいつのまにか雨も止み、雲の隙間から天使の梯子が下りてきていて。

13日の金曜日、仏滅、そして三隣亡。
星占いは12位だったけど、ラッキーアイテムののど飴で、最悪だった私の運気はどうやらここから挽回できそうです。





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