初音くろ

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今日のテーマ
《やりたいこと》





「今、何かやりたいことってある?」
「やりたいこと、ねえ……」

わくわくした様子でこちらの答えを待っている顔を見て、求められている答えを思案する。
模範的な解凍は、恐らく『2人でやりたいこと』か『彼女にしてほしいこと』といった形のものだろう。

真っ先に即物的なあれこれが頭に浮かんだが、さすがに昼日中からそんなことを言ったら軽蔑されるに違いない。
とはいえ、つきあい始めてまもない恋人としたいこと・やりたいことと言えば、真っ先に思いつくのはやっぱり「イチャイチャしたい」という類の欲求である。
それは彼女の方も同じなのではないだろうか?
それとも、それは俺の願望であって、彼女の方は単にデート内容の提案を求めているのだろうか?

「俺のことより、そっちは何かやりたいことないのか?」

この場は下手なことを言って地雷を踏むより、彼女の希望を優先した方がいい。
そうした場当たり的で消極的な選択により、俺は「特に思いつくことはない」という態度で質問を返す。
友達だった頃なら、逆に気負わずそういう下ネタも言えたのに。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、彼女は言いにくそうに口籠もり、チラチラとこちらを窺ってくる。

あれ?
これはもしかして、下ネタ的な答えをしても許される流れだったか?
そんなことなら先に言ってくれれば――いや、今からでも言ってみようか。

「もし、特にやりたいこととか行きたいところがなかったら、なんだけど」
「う、うん」

こっちが口を開くより早く、モジモジしながら彼女が言う。
俺もつられてモジモジしそうになりながら、密かにごくりと唾を飲み込み、神妙な顔で続く言葉を待つ。
そして、どんな大胆なことを言われても絶対引いたりしないから安心してくれ、と、そんな意志を込めて彼女を見つめる。

「あのね、一緒にしたいっていうか、お願いしたいことがあって」
「ああ、いいよ、何でも言ってくれ」

鼻の下をだらしなく伸ばしたりしないよう、精いっぱい爽やかさを意識して頷いてみせる。
すると、彼女は意を決したように顔を上げ。

「素材集め、手伝って!」

バッグの中から携帯ゲーム機を取り出して、拝むように両手を合わせる恋人を前に、俺の期待は木葉微塵に打ち砕かれた。
そのゲームは元々は俺が勧めたもので、彼女とはそれを通じて急速に仲を深めるに至った。
謂わば俺達にとっては馴れ初めとも言うべき記念のゲームでもある。
少し前のアップデートで新しい拡張コンテンツが云々という話をネットで見かけてはいた。
仕事にかまけてすっかりご無沙汰になっていたため最近はそうした情報に疎くなっていたが、彼女は今も現役で続けていたらしい。

がっかりしているのを悟られないよう、俺は全力で笑顔を作り、彼女のお願いを受け入れた。
暫く起動していなかった携帯ゲーム機を引っ張り出し、充電しながらアップデートデータをダウンロードする。
楽しそうに新規要素をあれこれ説明してくれる彼女を見ていたら、こちらまで楽しくなってきて。

俺達の仲はまだ始まったばかり。
イチャイチャする機会はこれから先いくらでもあるんだし焦ることなんかないよな。
そう自分に言い聞かせ、その日は2人で心ゆくまで素材集めに勤しんだ。
友達だった頃とは違い、ぴったり寄り添って。
傍から見たら『充分イチャイチャしている』と言われるだろう距離感で。





6/10/2023, 1:22:27 PM