初音くろ

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5/15/2023, 12:47:20 PM

今日のテーマ
《後悔》





あんなこと言わなきゃ良かった。
どうしてあんなこと言ってしまったんだろう。
ぐるぐる後悔が頭を巡るけど、一度口にしてしまった言葉は決してなくなることはない。
取り消したとしても、その事実が消えることはないのだ。

好きな相手とのことを冷やかされて、照れ隠しでつい言ってしまった。
「そんなことあるわけないだろ!」と。
言った瞬間、背後から息を飲む音が聞こえ――振り返るとそこには彼女の姿があったという次第である。

最近やっと打ち解けてきて、冗談を言い合ったり、可愛らしい笑顔を見せてくれるようになっていたというのに、あの一言でそれらが全て無に帰した。
いや、無どころか完全にマイナスに振り切れてしまったに違いない。
だって彼女はその直後から俺を避けるようになってしまったのだから。


「で、諦めるのか」
「……」
「ヘタレ」
「んなこと言ったって、あんなにあからさまに避けられたらどうしようもねえだろ」

唯一俺の恋心を知る友が呆れたようにため息を吐く。
心底呆れたような眼差しがグサグサ突き刺さって心に痛い。

「何とも思われてないなら、むしろ避けないだろ」
「え?」
「おまえの言葉で傷ついたからか、あるいは相思相愛かもって自惚れてたのが恥ずかしくなって、それで顔を合わせづらいって避けてるんじゃないのか」

それはさすがにポジティブが過ぎる発想な気がするが、言われてみれば説得力があるような気もしてくる。
単純馬鹿と笑われても、悪友のそんな慰めの言葉に縋りたくなるくらいには凹んでいて。
思わず縋るような目をしてしまっていたのだろう、顔を上げた俺を見て、やれやれとでも言いたげに笑う。

「そんな情けない顔してオレに愚痴言ってる暇があるなら、本人に誠心誠意謝って、誤解を解くついでに当たって砕けてこいよ」
「当たって砕ける……砕けたら、骨は拾ってくれ」
「砕けたら、な」

背中を押すという言葉の通りバンッと背中を叩かれて、俺はその痛みに喝を入れられた気分で彼女の元へ走った。
立ち止まったら、またヘタレな自分が顔を出しそうだし、逃げ道を探して再び余計なことを言いかねない。
どうせ後悔するなら、誤解されて避けられたまま悶々とするより、傷ついても思い切って当たって砕けた方がスッキリするかもしれない。
その時は、きっと背中を押した責任を取ってあいつをヤケ酒につきあってもらうことにしよう。


数時間後、俺はひどく後悔することになる。
それは危惧していた失恋の後悔ではなく、もっと早くに告白していれば良かったという、至極幸せな後悔だった。





5/14/2023, 1:43:58 PM

今日のテーマ
《風に身をまかせ》




分かれ道に差しかかり、わたしは木の枝を立てて手を離す。
突如、強い風が吹いて、枝は右側へぱたりと倒れた。

「よし、じゃあこの道は右にしよう」
「相変わらず行き当たりばったりな決め方だな」
「いいでしょ。目的地は決まってないんだし、風の向くまま気の向くまま」
「己が運命も風まかせってか」
「大丈夫よ、わたしには風の精霊様のありがたーい御加護があるんだから」

そうでしょう、と見上げると、彼――わたしの守護者である風の精霊はやれやれと言うように肩を竦めた。
一緒に旅を続けるうちに、いつのまにやらこんなに人間くさい仕草をするようになってしまったけど、彼は風を司る精霊の中でもかなり上位の存在である。
故あって今は人の姿を取っているが、その実力は疑うべくもない。
そんな頼もしい相棒が側にいて、一体何を畏れることがあるだろう。

「あなたにだから身をまかせてるんだけどな」
「ん? 何か言ったか?」
「ううん、何でもない」
「じゃあ、とっとと先を急ぐぞ。この調子なら日が暮れる前に次の宿場までに着けるだろ」

どうやら地図は頭に入っているらしい。
ということは、やはりさっきの風は彼の仕業ということなのだろう。
そうやって、さりげなく過保護にされるものだから、いつまでたっても他の男に目が向かないのだ。
精霊に恋をしたところで報われるはずなどないと分かっているのに。
少し先を歩く頼もしい背中を見つめながら、わたしはこっそりため息を吐いた。

彼の方こそ、他に目が向かないように、せっせと囲い込んでいるのだということを、わたしはまだ知らない。
わたしの想いも、彼にだからこそ運命を預けて身をまかせているのだというのも、すべて筒抜けだということも。





5/13/2023, 1:28:45 PM

今日のテーマ
《おうち時間でやりたいこと》





家に帰ったらやりたいこと。
・妻の手料理が食べたい。
・妻の淹れてくれる茶が飲みたい。
・妻の他愛ない話を聞きたい。
・妻の笑顔を眺めていたい。
・妻と一緒に酒が飲みたい。
・妻を抱き締めたい。
・妻の寝顔を見ながら二度寝したい。

妻と、妻の、妻を――


見ているだけで胸焼けを起こしそうなリストは見なかったことにして、そっと机の上に戻す。
目の下にくっきり隈を刻んだ男が譫言のように「家に帰りたい」と呟いているが、それも聞かなかったことにして聞き流す。
愛妻家で有名な上官殿は、連日の泊まり込みで幽鬼のような有様だ。

決算期の王城財務部は戦場もかくやといった状態で、役人達は官位の有無に拘わらず忙殺を極めている。
おまけに今期はそれに加えて隣国との諍いの煽りで通常以上の仕事が舞い込んできていた。
おかげで我が部署の職員達は、上官殿を始め、もう1ヶ月近くも家に帰れておらず、仮眠室で順に寝起きする生活が続いている。

「そろそろ限界じゃないでしょうか」
「そうだな。これ以上は効率が落ちるばかりだ。全員一斉にとはいかないが、数人ずつのローテーションで休息日を設けよう。何より閣下があんな状態で使い物にならないのでは効率以前の話だ」

最優先で決裁の必要な期日に猶予のない物のみを書類の山から素早く選別する。
書類は優先順位の高い順に積まれている。
具体的にはその上部の3束ほどが該当した。

「閣下、こちらの決裁をご確認頂きましたら、本日はご帰宅なさって下さい。そして明日1日心身ともに休息を取られ、明後日からまた続きをお願い致します」
「しかし、私が休んでは……」
「2日程度であれば何とか致します。休みなしでは効率も落ちる一方ですし、調整して部下達にも順番に休みを取らせます。上が休まなければ下の者達も休みにくいでしょう」

目を見開く上官殿にそう具申すると、彼の顔は目に見えて活力を取り戻した。
家に――愛妻の元に帰れるのがそれほどまでに嬉しいのだろう。
彼の妻に対する溺愛っぷりは王城内でも知らぬ者はいないほどだ。

「すまない、恩に着る!」

言うや否や、それまでの憔悴が嘘のように、猛スピードで書類の山を減らしていく。
目の前に好物の人参を下げられた馬も斯くやといった仕事ぶりである。
そうして午後いっぱいかかるだろうと思われた量の仕事を2時間ほどで片付け、上官殿は輝くような笑顔で颯爽と帰宅の途に就いたのだった。


「副官殿はよろしかったのですか」
「良くはないが、責任者が不在では何か問題が発生した時に対処できないだろう。閣下が戻られたら、頃合を見て私も一旦帰らせてもらうよ」

気遣わしげな様子の部下に苦笑で答え、俺は書類の山を減らしにかかった。
そう、帰りたいのは上官殿や部下達ばかりではない。
俺だって帰りたい。帰りたくないわけがあるか。
家には結婚してまだ半年の可愛い妻が待っているのだ。
うっかり昼間見た上官殿の「家に帰ったらやりたいこと」リストを思い出し、ペンを握る手に力が籠もる。
軸をミシミシ言わせながら、無能な他部署の官僚達が提出してきた道理に合わない決算書類に容赦なく差し戻しの旨を明記していく。

「この戦場を乗り越えたら、絶対に俺も……」

どこぞの世界のフラグのようなことを呟きながら、俺もまた、脳内で「おうち時間でやりたいこと」リストを挙げ連ねていくのであった。





5/13/2023, 7:04:39 AM

今日のテーマ
《子供のままで》





ずっと子供のままでいられたらいいのに。
そうすれば、ずっとここに、あなたの隣にいられるのに。

兄と同い年の彼とは幼馴染みのような関係で。
彼にとって、わたしはきっと妹のような存在で。
その『妹みたいな』という免罪符があるおかげで、べったりくっついて甘えることが許されてる。

背が伸びて、筋肉がついて、どんどん大人の男の人のようになっていく体にドキドキを隠しながら飛びつく。
抱き留めてくれる腕の逞しさにときめきが止まらない。
でも、そんなことはおくびにも出さず、無邪気な子供を装う。
こんな日がいつまでも続けばいいのにと思いながら。


「は? 逆じゃない?」
「逆?」
「そこはむしろ『早く大人になりたい』って思うとこでしょ」
「だって大人になったら……」
「大人になったら、意識してもらえるかもよ? 単なる『友達の妹』から卒業すれば『恋人』になれるかもしれないし」

唯一わたしの恋心を知る親友が、にんまり口の端を持ち上げて言う。
まるで童話に出てくるチェシャ猫のよう。
わたしは「でも」と視線を落として唇を尖らせる。

「意識してなんてもらえないよ」
「年上って言ったって、たった2つじゃん」
「たった2つでも、向こうはもう中学生なんだよ。小学生なんて子供過ぎて相手にされるわけないじゃん」
「今はそうかもしれないけど、あたし達が中学に入る頃には向こうは3年なんだから別におかしくないでしょ」
「それまでにきっと彼女できてるよ」

だってあの人すっごく格好いいし。
同じクラスの女子とかからだってきっとすごく人気あるだろうし。
もしかしたら先輩とかからも注目されてるかもだし。
まだランドセル背負ってるわたしじゃ勝てるはずない。
それくらいなら妹ポジションを死守して、子供扱いされても今まで通りべたべたくっついていられた方がずっとマシ。

「恋は盲目ってほんとだったんだ」
「何が?」
「何でもない。少なくとも、うちのお姉ちゃんからはそういう話は聞いてないから安心しなって」
「うん……」

本当は全然安心なんかできないけど、でも今はまだ周りの女子達に彼の格好良さは知れ渡ってないようでホッとする。
彼に特別な人ができるまでは、単なる『友達の妹』で『妹みたいな子』として甘えることができるから。
だから彼に恋人ができるまでは、もう少しこのまま、子供のままで、側にいることを許してほしい。



それから3年と少し先、中学卒業間近の彼から告白され、自分がその恋人の座に収まる幸せな未来を、この頃はわたしままだ知らない。
あえて子供っぽく振る舞って無邪気を装ってたことも、胸に秘めてた恋心も、兄の密告によって全部全部彼にバレていたことも。





5/12/2023, 9:59:32 AM

今日のテーマ
《愛を叫ぶ。》




「は? 呪い?」

俺はその報せを持ってきた使者の言葉を馬鹿みたいに口を開けて聞き返した。
言葉が脳に浸透すると、今度は烈火の如き怒りが湧きあがってくる。

使者によると、我が婚約者であるこの国の末姫さまが呪いによって倒れられたのだと言う。
宮廷魔道士達がこぞって挑んだが解呪には及ばず、姫君は日に日に衰弱しているらしい。

  あなたにとっては、わたくしは政略による婚約者
  疎まれていることは存じています
  ですが最後にせめて一目お会いしたいのです

渡された手紙の手跡は常の彼女からは考えられないほど乱れている。
それほどまでに衰弱が激しいということだろうか。
可憐な姫が涙ながらに手紙を書く姿を想像し、胸が軋むように痛む。

そもそも「疎まれている」というのは一体どういうことだ。
確かに姫との婚約は政略的な意味合いも大きい。
だが、俺は姫を娶れることを喜びこそすれ、厭うたことなど一度たりとてない。
誰がそのような戯れ言を姫に吹き込んだというのか――戻ったら徹底的に調べねばならない。

とはいえ今はそんな些事にかまけている暇はない。
俺は使者が知り得る限りの情報を吐き出させることにした。

呪いをかけた術者は不明。
姫君はある日突然倒れられ、医師や魔術師達の診察によって呪いがかけられていることが判明した。
そして日に日に衰弱し、今は床に就いて起き上がることもままならない状態だという。

そこまで聞いて、俺はすぐさま竜笛を吹いて相棒を呼び寄せた。
幾許もなく大きな翼をはためかせ、白銀の竜が滑空してくる。
魔力で風圧を極限まで抑えて降り立った相棒の背にひらりと飛び乗った。

「使者殿、俺はこいつと先に城へ向かう!」
「閣下、お待ち下さい! 陛下や殿下は、閣下にもし姫様への想いがないのであれば、そのまま戻らなくて構わないと……」
「ないわけあるか!」

一喝し、そのまま相棒に城へ向かうよう命じる。
こんなところで押し問答をしている暇も惜しい。
こうしている間にも、姫は呪いに蝕まれ、苦しい思いをしているのだ。
一刻も早く戻らねばならない。
そしてこの手紙の真意も問わねばならない。
焦る俺の気持ちが伝わったのか、相棒は魔力で速度を底上げし、おかげで俺達は光の速さで城に辿り着くことができたのだった。


城に着くや否や、俺は姫の部屋へ直行した。
不敬は承知で、婚約者なのだからと姫の部屋のテラスへ直接降りるという暴挙を犯して。
幸い掃き出し窓の鍵は開いていて、俺は難なく姫の部屋に入ることができた。

予想外のことに呆気に取られている侍女を脅しつけ――いや、促して、姫君の寝室の扉を開ける。
部屋の奥、天蓋付きのベッドの上には毛布にくるまった人間らしい塊がある。
その中からはくぐもった泣き声のようなものがしている。

「姫」
「……っ」
「姫、俺が絶対にあなたを死なせたりなどしません。あなたにかけられた呪いはこの俺が何が何でも解いてみせます。だから最後などと悲しいことは言わないでくれ! 俺はあなたを喪ったら生きていられない!」

嗚咽を漏らして震えるその身を毛布ごと抱き込む。
窺うような気配を察し、安心させるように背中の辺りをあやすようにぽんぽんと叩く。

「でも、婚約が調った途端、閣下は山へ籠もってしまわれたわ」
「あなたに最高級の魔石で指輪を贈るべく、狩りに赴いておりました」
「わたくしを疎んじて、避けていたのではないの?」
「どこのどいつが……いえ、どなたがそのような戯れ言を姫に吹き込んだのか、後できっちり調べて報復致します。あなたは俺にとって天上の星、崇め奉る女神、至上の宝です。ずっと焦がれていて、やった手に入ったというのに、疎んじるなどありえない!」

叫ぶように言い放った途端、姫は毛布の繭から姿を現し、わんわん泣きながら俺に抱き着いてきた。
衰弱して起き上がることもできなかったはずの姫君は、すっかり元気を取り戻したらしい。

斯くして末姫にかけられた呪いは、英雄と名高い婚約者の愛の力によって見事解かれ、彼らは末永く幸せに暮らしたのだった。


表向きはそういう話になっているが事実は少しばかり異なる。
正確には呪いなどではなく、不甲斐ない俺の不始末で心を痛めて憔悴していただけだったのだ。

後に、英雄と名高い俺が彼女の枕元で愛を叫び、俺を置いて死んでくれるなと縋ったという、大幅に脚色された恥ずかしい劇が国中に広められることとなったのは、彼女を溺愛する王や兄王子達による策略によるものだが、彼女を泣かせた罰として甘んじて受け入れたのだった。





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