初音くろ

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今日のテーマ
《愛を叫ぶ。》




「は? 呪い?」

俺はその報せを持ってきた使者の言葉を馬鹿みたいに口を開けて聞き返した。
言葉が脳に浸透すると、今度は烈火の如き怒りが湧きあがってくる。

使者によると、我が婚約者であるこの国の末姫さまが呪いによって倒れられたのだと言う。
宮廷魔道士達がこぞって挑んだが解呪には及ばず、姫君は日に日に衰弱しているらしい。

  あなたにとっては、わたくしは政略による婚約者
  疎まれていることは存じています
  ですが最後にせめて一目お会いしたいのです

渡された手紙の手跡は常の彼女からは考えられないほど乱れている。
それほどまでに衰弱が激しいということだろうか。
可憐な姫が涙ながらに手紙を書く姿を想像し、胸が軋むように痛む。

そもそも「疎まれている」というのは一体どういうことだ。
確かに姫との婚約は政略的な意味合いも大きい。
だが、俺は姫を娶れることを喜びこそすれ、厭うたことなど一度たりとてない。
誰がそのような戯れ言を姫に吹き込んだというのか――戻ったら徹底的に調べねばならない。

とはいえ今はそんな些事にかまけている暇はない。
俺は使者が知り得る限りの情報を吐き出させることにした。

呪いをかけた術者は不明。
姫君はある日突然倒れられ、医師や魔術師達の診察によって呪いがかけられていることが判明した。
そして日に日に衰弱し、今は床に就いて起き上がることもままならない状態だという。

そこまで聞いて、俺はすぐさま竜笛を吹いて相棒を呼び寄せた。
幾許もなく大きな翼をはためかせ、白銀の竜が滑空してくる。
魔力で風圧を極限まで抑えて降り立った相棒の背にひらりと飛び乗った。

「使者殿、俺はこいつと先に城へ向かう!」
「閣下、お待ち下さい! 陛下や殿下は、閣下にもし姫様への想いがないのであれば、そのまま戻らなくて構わないと……」
「ないわけあるか!」

一喝し、そのまま相棒に城へ向かうよう命じる。
こんなところで押し問答をしている暇も惜しい。
こうしている間にも、姫は呪いに蝕まれ、苦しい思いをしているのだ。
一刻も早く戻らねばならない。
そしてこの手紙の真意も問わねばならない。
焦る俺の気持ちが伝わったのか、相棒は魔力で速度を底上げし、おかげで俺達は光の速さで城に辿り着くことができたのだった。


城に着くや否や、俺は姫の部屋へ直行した。
不敬は承知で、婚約者なのだからと姫の部屋のテラスへ直接降りるという暴挙を犯して。
幸い掃き出し窓の鍵は開いていて、俺は難なく姫の部屋に入ることができた。

予想外のことに呆気に取られている侍女を脅しつけ――いや、促して、姫君の寝室の扉を開ける。
部屋の奥、天蓋付きのベッドの上には毛布にくるまった人間らしい塊がある。
その中からはくぐもった泣き声のようなものがしている。

「姫」
「……っ」
「姫、俺が絶対にあなたを死なせたりなどしません。あなたにかけられた呪いはこの俺が何が何でも解いてみせます。だから最後などと悲しいことは言わないでくれ! 俺はあなたを喪ったら生きていられない!」

嗚咽を漏らして震えるその身を毛布ごと抱き込む。
窺うような気配を察し、安心させるように背中の辺りをあやすようにぽんぽんと叩く。

「でも、婚約が調った途端、閣下は山へ籠もってしまわれたわ」
「あなたに最高級の魔石で指輪を贈るべく、狩りに赴いておりました」
「わたくしを疎んじて、避けていたのではないの?」
「どこのどいつが……いえ、どなたがそのような戯れ言を姫に吹き込んだのか、後できっちり調べて報復致します。あなたは俺にとって天上の星、崇め奉る女神、至上の宝です。ずっと焦がれていて、やった手に入ったというのに、疎んじるなどありえない!」

叫ぶように言い放った途端、姫は毛布の繭から姿を現し、わんわん泣きながら俺に抱き着いてきた。
衰弱して起き上がることもできなかったはずの姫君は、すっかり元気を取り戻したらしい。

斯くして末姫にかけられた呪いは、英雄と名高い婚約者の愛の力によって見事解かれ、彼らは末永く幸せに暮らしたのだった。


表向きはそういう話になっているが事実は少しばかり異なる。
正確には呪いなどではなく、不甲斐ない俺の不始末で心を痛めて憔悴していただけだったのだ。

後に、英雄と名高い俺が彼女の枕元で愛を叫び、俺を置いて死んでくれるなと縋ったという、大幅に脚色された恥ずかしい劇が国中に広められることとなったのは、彼女を溺愛する王や兄王子達による策略によるものだが、彼女を泣かせた罰として甘んじて受け入れたのだった。





5/12/2023, 9:59:32 AM