夜空の音

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9/18/2024, 4:11:45 PM

夜景


白い影が今日も現れた。
いつも同じ頃、同じ場所に現れるこの生き物は瞳をキラキラさせている。
シルクのように滑らかな毛並みと、ルビーのような綺麗な瞳。彼らはたくさん混在するが、ここに来るのは決まって1人、サファイアの瞳を持つ彼だけだ。
「今日も綺麗だなぁ!」
彼は目の前に広がる景色を見て大きく息を吸う。
「色んな色が見える、ここと違ってあれはいいなぁ。」
暗い空間に浮かぶ大きな球体は青かった。
「こんな綺麗な景色、みんなも見に来たらいいのに。今日もみんなムリって断られちゃったけど、ほんとにもったいないな。」
彼はシュンとして小さく丸まりながら、青い球体を眺めた。
彼のサファイアの瞳は異質で、周りから不気味がられていた。

「この目、くり抜いちゃったらみんな僕と話してくれるかな....。」
「取っちゃう?そんなに綺麗な目を。」
後ろから急にかけられた声に、彼はビクッとした。
恐る恐る振り返る先には、1人の大柄な男が立っていた。全身を覆う毛並みは美しくとても長い、彼の目がどこにあるか全く見えない。
サファイアの瞳を持つ彼は、緊張と焦りが交差し、動けず話せずと固まってしまった。
「おいガキ、お前に聞いてるんだ。」
サファイアの瞳を持つ少年はずりずりと近づいてくる彼に怖気付きながら、恐る恐る口を開いた。
「い、いいえっ!....でも、この目が無くなればいいのにって、いつも思います。」
「....そうか。」
ドスンと大柄な男は少年の隣に座り込んだ。
「俺に固い言葉はいらねぇ、俺はそういうの嫌いなんだよ。わかったな?」
少年はこくこくと首が取れる勢いでうなづいた。
「....あの星綺麗だな。」
「ほし?ほしってなに?」
「おまえ、星を知らねえのか。あれだよあれ、あの丸くて青いやつ。あれが星って言うんだ。」
「星って言うんだ....。知らなかった....です。」
男はキッと少年を睨んだ。
「おまえ、なんで話し方を戻したんだよ。」
少年はぽかんとしながら、なんのことですか?と尋ねた。
「その話し方だよ!硬っ苦しい、俺は嫌いだ!わかったな、肩肘張らない、普通の言葉で話せ。」
「でっ、でもっ。....僕みたいなやつが馴れ馴れしく話したら、みんないなくなりますっ。お兄さんも、いなく....」
「ならねぇよ。」
男は少年の言葉を遮った。
「居なくならねぇし、お前を殴ったりもしねぇ。だから、普通に話せ。」
「....うん。お兄さん、約束してくれる?」
「あぁ、約束する。ほら、手を出せよ。」
男は少年の手を取り、お互いの手を合わせた。
「俺は、おまえから離れねぇ。約束だ。」
それは、少年がした事がなかった。しかし、みんながしているものだった。
「っ約束の手....!ぼっ僕も、お兄さんから離れない。味方になる!約束するよ!」
少年の口から出た言葉が意外だったのか、男はフリーズした。
少年が心配そうに、お兄さん?と声をかけると男はハッとして少年の目を見た。
ニヤリと笑った男は、ありがとう。と少年に言った。
「俺たちは、友達。だな。」
ニカッと笑う男につられ、少年もニコニコと笑った。
「んにしても、友達でガキとかお前っていうのもなぁ....。」
「じゃあお兄さんが好きな名前で呼んでよ!」
「お前の名前は教えてくれないのか?」
少年はキラキラとした顔を一瞬曇らせた。
「僕、自分の名前、好きじゃないんだ。」
男は全てを悟ったように、それ以上追及しなかった。
何がいいかなぁ。と悩む男は頭をクシャッと掴んだ。その時、チラリと彼の瞳が見えた。
「夜だ....!」
「ん?なにがだ?」
「お兄さんの名前!夜お兄さんって呼んでもいい?」
「まぁ、お前が気に入ったならいい。けどな、呼ぶなら夜。お兄さんは要らねぇよ。わかったな?」
男は優しく少年の頭を撫でた。
「うん、わかった夜!」
「けど、なんで夜なんだ?」
「あのね、実はさっき、夜の目が見えたんだ。」
少し話すのを躊躇するように、なんて伝えるか悩みながら言葉を選んで少年は話し出した。
夜は一瞬険しい顔をしたが、少年の話を聞いた。
「夜の目は、黒いんだね。僕の青とも、みんなの赤とも違う。それを見てね、夜の空の色にそっくりだって思ったんだ!夜の空の色、夜色の夜!僕が好きな色だよ!」
ニコニコと幸せそうに話した少年を見て、夜は小さく息を吐いた。
「そうか....。いい名前付けてくれて、ありがとうな。海。」
少年は海と呼ばれて目をパチパチとさせた。
「うみ?うみって、僕の名前?」
「ああ。」
見てみろ。と夜は青い星を指さした。
「あの青い星が青く見えるのはな、あの星のほとんどを海っていう水で覆われてるからだ。」
夜はフッと海の傍に寄り、顔を片手で固定しながら海の瞳を覗き込んだ。
「やっぱりだ。海、お前の瞳はあの遠くからでも光って眩しい、あの青い海の色と同じ色で、同じくらい綺麗だ。」
それだけ言うと、夜は手を離した。
「だからお前は海。今日からお前の名前は海だ」

それから数ヶ月が過ぎた頃、2人が出会った場所に小さな家が建っていた。
海色の瞳と夜色の瞳。異端の扱いを受けていた赤い瞳を持たない彼らは、今ではこの家に住み、平穏な生活を送っている。
今日も庭となったいつもの場所、昼と夜が交差するこの地で、暗闇に浮かぶ青い地球を眺める。
私達も、あの月をよく見たら会えるかもしれない。海色の瞳と夜色の瞳をそれぞれに持つ、白く綺麗な仲の良いうさぎ達が。

9/17/2024, 2:14:11 PM

花畑


美しいものは、いつかその美しさを失う。
それが私の考えだ。なんて儚いのだろう。
私はいつも、美しいものを探す。それが私の趣味であり、仕事だ。

私は今日も職場へ出勤した。
ミーティングを終えると、直ちに担当地域へ足を運ぶ。
周りの同僚たちはのろのろと動く。それを横目に私はため息をついた。
私はこの職場では珍しく真面目に仕事に向き合っている。無遅刻無欠席無早退、そう、皆勤賞。私はこの仕事がとても好きだから当たり前だ。

今日も降り立った担当地域を私は歩き回り、人間観察と美しいものを探す。
美しい、とは外見の話ではない。ゆうならば....、
「あの家族は美しい。」
たまたま目の前を通った家族を見て、私は呟いた。子どもの誕生日なのか、両親は子どもと手を繋ぎながらいくつものおもちゃ屋さんを回っていた。彼らの創り出す空間は、幸せそのものだ。
「だが惜しい、あと10年も経てば子どもは親を嫌い、親は子どもが手のかからない大人になったことを悔やむ。」
この美しさも有限であることを、私は知っている。
この美しさをこの瞬間で止める方法を探す私の前を、女のグループが通り過ぎた。

「ねぇ、早く告白した方がいいよ!取られちゃうよ?」
「てか、あの女なに?あんたがあいつを好きなのわかってるくせに、あんなベタベタ触るとかきっしょ。」
「そーそー!うちら、あんな女応援する気ないわ。あんたのながーい片想いの方がよっぽど応援できるし!」
ギャーギャーと騒ぐ3人はかなり腹を立ててるらしく、1番小柄な女に詰め寄るように話をしていた。
「人の悪口か....醜い人間だ。」
私は呆れてため息をつく。
こういう人間は私が最も嫌いなタイプだ。
「ま、まぁ、みんな落ち着いて。」
小柄な女の、柔らかくもどこか凛とした声が私の耳に入った。こういう声は嫌いではない。
「私はね、あの子が悪いと思わないよ。誰が誰を好きになるかとか、関係を変えようとするかとか、その人次第で自由だと思うの。他の人がどうこう言ったらダメなんじゃないかな?」
だから、あの子のこと悪く言っちゃダメだよ。と3人を諌める姿に私は目を惹かれた。
私にはこの女が嘘偽りない気持ちでこれを言ってることがわかる。私は特別な力をもっているのだ。
「そんな嘘いらんよ!」
「本気でそんなん思ってんの?マジで取られるよ!」
3人はさらに小柄な女に詰め寄った。
「てかさぁ、あんた実際どう思うの?あいつがあの女と付き合ったら。」
1人が本題と言わんばかりに尋ねると、小柄な女はヒュッと小さく息を飲んだ。
想像したのだろう。好きな人が別の女と仲良く手を繋ぐ姿か、周りからお似合いともてはやされる姿を。
一瞬言葉に詰まり、悲しそうな顔をしたが、次の瞬間には目元を和らげ、答えを待つ3人の目を見た。
「....いいと、思う。」
優しく笑う小柄な女に、私は目を奪われた。
「おめでとうって、思うよ。だって、私あの人のこと、すごく好きだから....。それがあの人の幸せで、それであの人が笑っていてくれるなら、それは私の幸せになると思うの。」

「....美しい。」
私はその言葉を聞いて、思わずつぶやく。
人の幸せを願えるその感情が、私は1番の大好物だ。
だが、この美しさこそ、長くは続かない。人に裏切られ、直ぐに色褪せる。
私は持っていた鎌で小柄な女の胸を貫いた。

そばの角から猛スピードの車が現れ、女たちの元へ一直線に向かった。
皆、間一髪で逃げたが、1人。後ろを向いていた小柄な女だけが反応に遅れ、電柱と車の間に挟まれた。
大量の血が辺りを染め上げ、小柄な女は電柱から飛び出る釘に胸を貫かれ、事切れた。

「さて、そろそろ時間だ。職場に戻ろう。」
私は晴れやかな気持ちで赤く染まった小柄な女の元へ近づいた。
ゴソゴソと胸元をしばらく探り、遂に目当ての物を見つけ、その屍から引き出した。
「あぁ、やはり、綺麗な色をしている。」
手には白い種を握り、私は空を飛んで職場へ戻った。

「お疲れ様です。」
同僚たちに挨拶しながら、私は敷地の端にある裏庭へ向かった。
私がこれまで見つけてきた、美しい種を植えた場所だ。
これは特に綺麗な白だから、できるだけ目立つ、ここへ植えよう。
私が土の中へ植えた種はすぐに芽が出て花を咲かす。この種も同じだ。
白い芽が出て、すくすくと育ったその種は小ぶりな蕾をつけ、花開いた。
「....美しい。」
私の予想を上回り、白い種は透明の花を咲かせた。期待以上の美しさだ。
この花畑の中でも、特に美しい花たちの一員となった。

私はこの花畑の管理人。
私が刈り取った美しい人間たちの花を育てることが、私の趣味である。
私は、死神だ。

9/15/2024, 2:48:21 PM

君からのLINE


あの子がお出かけした。
珍しく、私も連れて行ってくれるらしい。
それにしても、今日のあの子はどこかおかしい。
部屋をとっても綺麗にして、部屋のぬいぐるみたちに1人1人抱きしめていた。
あの子はぬいぐるみを大事にする子だけど、なにかが引っかかる。

考えているうちに駅に着いた。
『切符を買うんだね、どこに行くの?』
「ひまわり、見に行ってみない?」
『いいね!今の季節ならすごく綺麗に咲いてると思う!』
2人で電車に揺られる。
かなり遠くに来たようで、お昼前に家を出たのに、目的地に着いた頃には夕焼け混じりの空になっていた。
『きれいだね。やっぱり私、ひまわり好き!』
私は目を輝かせてひまわりを眺めた。
あの子の一番好きなお花はひまわり。私はあの子が好きなものが好き。私たちは、一心同体だから。
だから、あの子の目も同じように輝いていると思ってた。

青空と赤空が消え、夜空の時間になった。夜とひまわりもいいものだと思っていると、あの子があっと声を上げる。
「終電終わってる。」
『なんで調べなかったのよ!私はソレ使えないから任せてたのに....。』
ごめんね、と謝るあの子からは焦りが見えず、違和感を感じた。
でも、今そんな事気にしてる場合じゃない。とりあえずママにごめんなさいLINEをあの子は送って、私たちは泊まれる場所を探した。

案外近くに漫画喫茶があり、私たちはお店に入った。
「いらっしゃいませ、1名様ですね。ただいまのお時間女性用ブースが空いておりますのでいかがですか?」
「それでお願いします。あと、飲み物。お酒ありますか?無ければ持ち込みしたいんですけど....。」
「持ち込み可能ですし、酒類も取り扱ってますよ。」
店員さんとあの子のやり取りを私は見守っていた。

私たちは2人でお酒を飲みながらパソコンで音楽を聴いたり、アニメや映画を見たりした。あの子は用意周到で、カバンから雪の宿とマシュマロを取り出した。
『雪の宿!マ、マシュニャロ!!』
私たちの一番好きなお菓子。2人でパクパクと頬張りながら、クピクピとお酒を飲んだ。
『そういえば....、なんでお菓子持ってきてたの?』
私たちはお菓子買いには言ってないし、今日泊まることにならなかったら鞄に入れておく必要はなかったはずだ。
「んー、とねぇ。」
お酒に弱いあの子はふにゃふにゃしていた。
「今日、帰るつもり無かったの。もともとねー。」
あの子は私をぎゅっと抱きしめて、胸元に顔を埋めた。
「明日の夜まででいいから、あともう少し一緒にいてよ。その後は、私いなくなったら、ママのとこ帰るんだよ。」
その言葉を最後に、あの子は眠りに落ちてしまった。
私はどうするのがいいのか分からなくて、あの子を抱きしめながら考えた。

ここ最近の寝不足が祟ったのか、起きたら既に夕方前だった。
『おはよ、おそいよぉ!』
私は起きたあの子の頬に猫パンチをお見舞いする。
「おはよ、寝てたの私だけじゃないじゃん!」
あの子はそう言いながら私の頬をぷにぷにする。
「もう1回、ひまわり畑に行こう。もっと奥に進んだら海とひまわりと空のコラボレーション見れるらしいの。」
ゆっくりと退店する用意をするあの子はいつも通りに見える。
『それ、昨日飲みながら言ってたじゃん。私は!そのつもりだったんだよ?誰かさんが寝てたけど。』
「あれ、そうだっけ?」
ごめんごめんと頭をなでるあの子の手が私は大好きだ。

利用料金の支払いも済ませた私たちは、昨日のひまわりを見に行った。
やっぱり夕方もすごくきれいだ。
「あっちの方らしいよ。」
マップを見てあの子は海辺のひまわりの居場所がわかったようだった。
『はやく!いこう!』

案外離れた海辺のひまわりを見つけた頃には星空になっていた。距離の問題もあってか、人一人いない。
きれいだね。と1時間ほど2人で眺めて、たわいのない話をしていた。
「さて、と。」
大きく深呼吸をしたあの子は、カバンを抱えて波打ち際へ近づいた。
『やっぱり、海に入るつもりだったんだ。』
足元にカバンを降ろし、裸足になろうとした。そんなあの子に掛けた言葉にビクッと反応した。
『私を騙せるとでも思ったの?』
「....。」
『私たち、生まれてからずっと一緒にいたんだよ?わならないわけないじゃん。』
私の前にぺたんと座り込んだあの子は、私をカバンから取り出した。
「そう、だよね。でもね、もう、私しんどくて....。」
だから。と言いかけたとき、誰かが砂浜を走る音が聞こえた。
2人で音の主を探して振り返るのと同時に、誰かに上から抱きしめられた。

「大丈夫だからね。」
上の誰かがそう言った。
「だから、家に帰ろ?」
「『ママ?!』」
ママが来てくれた。これで私が心配することはなくなった。
私はすごく安心してしまい、気づいた時には家の机に座ってた。

「ママ、なんで場所とかわかったの?終電逃したってしか言ってなかったじゃん。」
ママとあの子が話し合っている最中だった。
「LINE来たのよ。」
そう言って画面のメッセージをあの子は身を乗り出して見ると、驚いた顔をした。
ーーーー
まま
にゃーです
はやく いえにつれてつて
ひまわりのとこ
うみもあるよ
ーーーー
あの子とママは顔を見合わせて私を見た。
このLINEを信じられない。というように。

そう、私はにゃー。とらねこのぬいぐるみ。
私とあの子は生まれた時から一緒にいたパートナー。
ぬいぐるみがLINEできるなんて、初めて知ったなぁ。
そう思いながら、動けず話せない私はいつものニコリ顔で2人を見た。

9/13/2024, 10:59:02 AM

夜明け前

「さむいぃっ....。」
自動ドアが開いた瞬間、マフラーからはみ出た頬を冷たい空気が掠めていった。
彼女はカタカタと震えながら、かじかんだ指先でマフラーを更に引き上げ、顔を埋めた。ストールのマフラーはボリュームがあり、彼女の小さな顔を目元まで隠すには十分だった。
自転車の傍へ歩く彼女の後ろ姿は、黒い少し綿の入った長いアウターと、その下から伸びる黒いズボンと黒い作業靴、黒い手袋はアウターの袖口に隠され、長い髪がサラサラと風に流されている。マフラーと髪の少しの間から除く顔は色白、いや、白すぎる。ちょこちょこと固まったように震えながら歩く彼女はさながらペンギンだ。

自転車を震えながら解錠した彼女は、重そうなトートバッグを前籠に乗せ、目の前の大通りを見た。
向かいのスーパーも、お寿司屋さんも、隣のラーメン屋さんも電気は消え、信号も点滅している。人1人いないこの時間はどこか薄気味悪いが、彼女はこの時間に慣れすぎていた。
「....はやく寝ないと。」
呟いた彼女の口からは白い息が零れた。
再び顔をマフラーに埋めた彼女は自転車に乗り、帰路についた。

しかし、彼女は家のそばの公園で自転車を漕ぐ足を止めた。
薄暗い灯りの傍にある滑り台に登った彼女は、パタリと仰向けに倒れる。傍の時計が静かに、4:30を示していた。20歳の女の子が外にいていい時間ではない。
ふぅっと息を吐いた彼女は左の手袋を外して、頭の上に投げた。
さむいなぁ。と呟きながら、右手でマフラーを首元に押し戻し、左手で小さな巾着袋を取り出した。中からは小さな箱と、ライターが1つずつ。
少し上体を起こし、箱から白い棒を取り出し、右手でライターの火をつけた。
「っふぅ....。」
白い息にも似た大量の煙が彼女の口から溢れた。
「明日は....、8:00イン。8、7、6。6:00起き。あと、1時間半。」
煙を吸い込みながら彼女の口からはポツポツと感情の無い声が出る。
ちゃんと寝たのはいつだろうか、白い肌に黒い溝が目元にくっきりと浮かび上がっていた。

「臭いなぁ、この匂い嫌い。」
そう呟いたのは、5本目の短くなった白い棒を右手のポケットに入れた時だった。
ふらりと立ち上がった彼女は左の手袋をはめ直し、マフラーで口元を覆った。
身震いをしながら自転車を漕ぎ出した彼女の後ろ姿が小さくなった頃、時計は5:00を指し、鳥の声がどこからか聞こえていた。
どこからか現れたカラスは、彼女をぐるぐる回りながら見下ろし、ずっと付いて飛んで着いてきた。
彼女の背中がマンションの中に消えると、小さく、「かぁ....」と一声鳴いた。

9/12/2024, 11:28:13 AM

本気の恋

声が詰まった。
君と話したいことは沢山あって、伝えたい言葉も沢山ある。
君と話したいことを沢山考えて、伝えたい言葉も沢山考えた。
だが、声にならない。
溢れるのは音ではなく、雫だった。

「....っ。」

何度も息を吸って、何度も口を開くが、変わらない。
これほど、マスクをつけていて良かったと思った日は来ないだろう。
開いた口を隠し、雫は食べてくれる。

君の顔が見れない。
見たら逃げてしまいそうだ。
でも、わかる。
君は、私の言葉を待ってくれている。
何も言わず、何もせず、どこにも行かず、ただ私の前に立っている。

情けない。
そんな自分を奮い立たせるため、大きく息を吸って、君の目を見た。
「っ....大好きです。」
マスクが食べきれない大粒の雫が生まれた。
視界は歪み、キラキラしている。首につーっと冷たいものが滑っている。
情けない。
沢山考えた。沢山想像した。
でも、出てきた言葉は、想像していなかった、何ともシンプルで短い言葉だった。

だが、これが正解だ。
どれだけ取り繕っても、この言葉が心の最深部を巣食っている。

君は、口を開いた。
わかっている、でも、聞きたくないっ。


ピピ、ピピ
目覚ましがなる。
女の子はアラームを止め、身体を起こす。彼女は頬に冷たい線を感じた。
「....夢か。」
カーテンを開け、急いで顔を洗い、目元を冷やす。身支度を整え、家を出る。
外へ1歩踏み出せば、あの日と同じ、澄んだ空が彼女を見下ろしている。

今、何してますか。
どこにいますか。
誰といますか。
どんな女の子が君の心にいるのかな。

毎日、同じ質問が彼女の心をよぎる。
その度、胸が苦しくなる。いっそ、記憶が消えたらいいのにと思う程に。
でも、これでいいのだと思う。
目を閉じると、あの向日葵のような笑顔が瞼の裏で映された。
彼女の心が太陽に照らされたように暖かくなる。

大きく息を吸って、澄んだ空を仰ぐ今の彼女は口元が光に照らされている。
太陽に向かって小さく微笑んだ。
「今日も向日葵、咲かしてるかな。」

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