夜明け前
「さむいぃっ....。」
自動ドアが開いた瞬間、マフラーからはみ出た頬を冷たい空気が掠めていった。
彼女はカタカタと震えながら、かじかんだ指先でマフラーを更に引き上げ、顔を埋めた。ストールのマフラーはボリュームがあり、彼女の小さな顔を目元まで隠すには十分だった。
自転車の傍へ歩く彼女の後ろ姿は、黒い少し綿の入った長いアウターと、その下から伸びる黒いズボンと黒い作業靴、黒い手袋はアウターの袖口に隠され、長い髪がサラサラと風に流されている。マフラーと髪の少しの間から除く顔は色白、いや、白すぎる。ちょこちょこと固まったように震えながら歩く彼女はさながらペンギンだ。
自転車を震えながら解錠した彼女は、重そうなトートバッグを前籠に乗せ、目の前の大通りを見た。
向かいのスーパーも、お寿司屋さんも、隣のラーメン屋さんも電気は消え、信号も点滅している。人1人いないこの時間はどこか薄気味悪いが、彼女はこの時間に慣れすぎていた。
「....はやく寝ないと。」
呟いた彼女の口からは白い息が零れた。
再び顔をマフラーに埋めた彼女は自転車に乗り、帰路についた。
しかし、彼女は家のそばの公園で自転車を漕ぐ足を止めた。
薄暗い灯りの傍にある滑り台に登った彼女は、パタリと仰向けに倒れる。傍の時計が静かに、4:30を示していた。20歳の女の子が外にいていい時間ではない。
ふぅっと息を吐いた彼女は左の手袋を外して、頭の上に投げた。
さむいなぁ。と呟きながら、右手でマフラーを首元に押し戻し、左手で小さな巾着袋を取り出した。中からは小さな箱と、ライターが1つずつ。
少し上体を起こし、箱から白い棒を取り出し、右手でライターの火をつけた。
「っふぅ....。」
白い息にも似た大量の煙が彼女の口から溢れた。
「明日は....、8:00イン。8、7、6。6:00起き。あと、1時間半。」
煙を吸い込みながら彼女の口からはポツポツと感情の無い声が出る。
ちゃんと寝たのはいつだろうか、白い肌に黒い溝が目元にくっきりと浮かび上がっていた。
「臭いなぁ、この匂い嫌い。」
そう呟いたのは、5本目の短くなった白い棒を右手のポケットに入れた時だった。
ふらりと立ち上がった彼女は左の手袋をはめ直し、マフラーで口元を覆った。
身震いをしながら自転車を漕ぎ出した彼女の後ろ姿が小さくなった頃、時計は5:00を指し、鳥の声がどこからか聞こえていた。
どこからか現れたカラスは、彼女をぐるぐる回りながら見下ろし、ずっと付いて飛んで着いてきた。
彼女の背中がマンションの中に消えると、小さく、「かぁ....」と一声鳴いた。
9/13/2024, 10:59:02 AM