みかん
『寒いから身体に気をつけてね』
今年も届いた大きな箱には、そんな一言の手紙が添えられていた。
毎年届くこの箱には小ぶりなみかんが所狭しと詰まっていた。
この重い箱は家に冬を運んでくる。
イブの夜
「いらっしゃいませ。」
店頭もドライブスルーに来るのは男女ばかり。会話も、カップルと思われる人ばかり。会話の中から、今日はクリスマスイブだと気付かされる。
「ありがとうございます、またお越しください。」
そんな中、私は無心で働く。
「これ!早くしろよ!ケンタッキーのチキンが冷めるだろうが!」
そう言って突きつけられたレシートにはポテトLサイズが7個揚げたての文字が印字されている。
「申し訳ありません....。」
7個も揚げたて、そんなのすぐに揚がるわけが無いと心の中で悪態をつきながら、謝罪を告げる。
「お客様、他店でお買い上げの商品を店内でご飲食されるのはお控えいただけますか?」
20代後半の男女の席に広げられたものはモスバーガーのバーガーとチキンだ。
「えー、でも、ポテナゲと飲み物買ってるからいいじゃん。」
「おっしゃる通り、当店の商品もお買い上げいただいてますが、当店では当店でご購入されたものに限りの飲食をお願いしております。ご理解とご協力をお願いいたします。」
舐めた考えなのに、どうしてこちらが下手に出ないといけないのだろう。
夜もふけて0:00を回ろうとしている。
やっと帰れる。
「....てかオネーサンかわいそー。」
明らか酔っ払ってる女性が注文途中に絡んでくる。
「ねぇ、彼くんもそう思うよねー。」
男性は女性をたしなめようとしているが、彼女は暴走を続ける。
「イブなのにー、オネーサン彼氏いないんでしょ?だから働いてる、かーわいそー。」
私は幸せっ!と男性に抱きつく。
男性はすみませんと謝るが、その目は可愛い彼女に惹き付けられている。
「いえ、大丈夫ですよ。結構酔っていらっしゃるようですが、大丈夫ですか?」
「....つかれた。」
仕事を終えた私は、スマホで時間を確認しようと電源をつけた。
『バイト、お疲れさま 俺 忙しかったけど、そっちも?』
真っ先に通知が目に入る。
『そっちもお疲れさま。結構忙しかったよ。』
返事を送ると、直ぐに返信が帰ってくる。
『イブだもんな、マクドはたいへんや
がんばってえらいな そんなとこもすき』
散々な1日だったが、こんな形のイブも、幸せだと思った。
心と心
「今日はどうする?泊まる?帰る?」
いつものように、彼は私に尋ねてくる。
「えー、どしよっかなぁ....。」
君の好きにして。いつもと同じ、素っ気ない言葉が彼の口から紡がれる。いつもいつも、ストレートな物言いに、周りは冷たいと言うが、私は彼のそんなとこも愛おしい。
彼のストレートな言葉は、嘘がない。お世辞も嘘も存在しない。だから、いつも人の言葉の裏を掻い潜ってしまう私は、唯一、その言葉を素直に疑わずに受け止められる人だ。バサッと言い切る彼の言葉も、私には彼の優しさに感じる。私には冷たいくらいストレートな彼がちょうどいいのかもしれない。
“明日バイトだし、帰らないとしんどいよ。”
大人な私がいい子の回答をする。
“彼と一緒にいれる時間が限られてるから、まだ一緒にいたいなぁ。”
子どもな私が感情任せの回答をする。
“たしかにあと2週間で会えなくなるけど、仕事と恋人は別!それで生産性落ちたらどうするの?”
“そうだけど、一緒にいたいよ....。2週間したら、遠距離だよ!ギューして寝るのもできなくなって、さみしい。”
でも。でも。と、大人な私と子どもな私が言い合いを続ける。
「なぁ、」
隣からぎゅっと私を抱きしめた彼は、子どもみたいに顔を隠してる。
彼が顔を埋める私の胸元は、彼の特等席であり、通常席だ。
言葉は素っ気ない彼は、態度が素直で、ちぐはぐしている。
「どーするん?」
顔をぐりぐりと押し付ける彼は、私の背中に回した手に更に力が籠ってる。自分で自覚してるのだろうか、それとも無意識だろうか。
どちらにせよ、
「....かわいいね。」
思わず微笑んでしまった私は彼の頭を抱きしめて、優しく頭を撫でる。
“かわいい、かわいいよ!やっぱり今日も一緒にいよ!”
子どもな私はうちわとペンライトを振り回す勢いでいる。
“かわいいけど、かわいいけど!だからこそここは私が大人な判断するべきでしょ!”
大人な私も、こっそり指ハートしている。
私は、彼のことが好きすぎるのかもしれない。
大人な私も、子どもな私も、両者の言い分はわかる。
だから、
「どーしてほしい?」
いつものように、余裕ある態度で彼に問いかける。
答えは知ってる。いつもと同じ。
「....一緒にいてください、デス。」
外国人の彼は、いつもと同じ、こういう時だけカタコト日本語を話す。いつもは日本人顔負けの日本語をペラペラ話すくせに。
そんなとこも、愛おしくてたまらない。
「わかりました。」
優しく彼の頭を抱き寄せた私は、彼に気づかれないように、そっと彼の頭に唇を落とす。
頭の中で大人な私と子どもな私が親指をグッと立ててる。どうやら和解してくれたらしい。
「愛してる。」
顔を上げた彼は、そう言って私の唇に自分の唇を重ねた。
恥ずかしげもなく、そうやって言葉にして、行動にする彼のことをずるいと思う。
「私も....。」
彼の目を手で隠して、彼の頬に唇をあてる。
「....サランヘ。」
恥ずかしがりな私の、最大限の愛情表現だ。
踊りませんか
眩しく、真っ白に光り輝く地面。
前には暗闇が広がっている。
酷く暑く、熱気が漂う。
そんな場所に、僕は立っていた。
数多の視線が僕を突き刺す。
この瞬間が、永遠に続けばいい。
『あぁ、貴女はなんて美しいんだ。』
黒い彼女の元へ僕は駆け寄る。1歩1歩、慎重に、そして即座に。
今夜の彼女は艶やかで、そんな姿にも見惚れてしまう。
僕は胸に手を当て、そして彼女を指した。
今この瞬間、言葉は存在しない。あるのは音楽と、自分の動き。
あの闇の向こうの人々にも、この言葉が伝わるよう、そして彼女に伝わるように指先まで意識を巡らせる。
頭上で手を大きく交差させながら回す。
『私と、踊りませんか。』
美しい彼女は膝を曲げてうなづいた。
彼女と手を合わせた僕は、ステージの中央へと彼女をエスコートした。
彼女が白鳥のオデットではなく、悪魔の娘、黒鳥オディールであることを気づかず、今から彼女と踊る。
それが僕の役。バレエ、白鳥の湖。ジークフリード王子だ。
この初のプリンシパルとしての舞台は、永遠に忘れられないだろう。
通り雨
「じゃあ、また明日!」
授業が終わり、席を立った私はみんなに手を振った。
バタバタと渡り廊下を走り、部室へ駆け込んだ。
早く帰って、勉強をしなければならない。なんせ、明後日から期末テストなのに、課題の半分も終わってない。
部活の忙しさにかまけていたせいだ。だが、今も同じ。部活の掃除という放課後のおまけがある為に家に帰れない。
急いで部室の机を拭きあげた。他のメンバーはゆるゆると黒板を消したり、床をはいたりしている。
早く終わらせてくれないと帰れないのに。と、少しイライラした。
「ねぇー!コレ邪魔だから動かしてよ!」
部員の1人が大きな塊を顎でさしながら私に叫んだ。
「....ごめん。」
コレじゃない。私の楽器なのに。邪魔なんて....。
言いたい言葉が沢山あったが、飲み込んで大きな楽器を動かした。
私の、楽器。私の、パートナー。
吹奏楽部では数少ない弦楽器、大きくて、私以外持ち運び方を知らないコントラバスは、要らないって思われてる。居なくても音楽が成立するから、部活ではいつも私も、この楽器も邪魔者扱いだ。
「どこに移動させたら迷惑かからないかな?」
腸が煮えくり返るような気持ちを押さえつけて、ニコリと笑ってみせる。
「さー?その辺置いといたら?邪魔なったら言うからさ。」
「っ。そっかぁ、わかった!そしたら、私の担当終わったから、この子持っとくよ。その方がすぐ動けるからいいと思うの。」
あー、その口縫い潰したい。
いつもの笑顔を貼り付けたまま、私は部屋の隅へ移動した。
掃除が終わっても片付けをしないまま、ウダウダと話し込む彼女らを横目に1人ため息をついた。
よしよし、と楽器を撫で、彼女らが掃除用具を片付けるのを待った。先にこの楽器を片付けてしまうと掃除用具が片付けられないのだ。
「あ、鍵返しといてよね。あんた最後だから。」
急に鍵の音がしたと思うと、目の前に鍵を突き付けられていた。
またか。と思いながら、私は鍵を受け取り、また明日。と笑顔で見送った。
彼女達の姿が見えなくなると、それまで腹の奥底で燃えていたどす黒い感情が消えていった。
窓から外を見ると、雨が降り出していた。
「通り雨....。」
ポツリと呟いた言葉は、誰もいない部室に響いて消えていった。
暫く雨を眺めて、ハッとした私は急いで楽器を片付けた。
課題をしないと、やばい。
部室の鍵を閉めて、渡り廊下を通った頃には雨足はかなりきつくなっていた。
屋根しかない渡り廊下を走った私のスカートは、職員室についた頃にはぐっしょりと濡れていた。
「吹奏楽部3年、ーーです。鍵を返しに来ました。」
いつもと同じ言葉を添えて、鍵を返却した私はふと隣の教室を見た。
誰もいない教室は、私の幼なじみのクラスだ。よくバカ騒ぎして居残ってることが多いが、流石に今日は帰ってるらしい。
どうせ、私と同じで課題を残してるのだろう。
ばかだなぁ。と苦笑しながら、1階のエントランスへ向かった。
「超降ってるなぁ。」
呟きながら、カバンから折り畳み傘を取り出そうと中を覗いた時、入口に誰かがいることに気づいた。
傘を持ってきてなくて帰れないんだろう。かわいそうに。
なんて、思って横を通ろうと思うと、可哀想な正体に声をかけられた。
「お前、まだいたん?」
私の幼なじみだ。この3年でグッと伸びたせいで、顔を見るのも首が痛い。
「帰ろうと思ったらこの雨でさぁ。帰れねぇんだよ。お前は?」
「私は部活の掃除、いつも通り。」
「オカワイソウニ。」
「ちょっと、全然思ってないでしょ!」
こんな風に軽口叩くのは久しぶりだ。楽しい。
「てかお前、帰んねぇの?いつも通り傘もってんだろ?」
「....えぇと。」
折り畳み傘を出すためにカバンに入れてた手をチラリと見た。
既に折り畳み傘を握っている。
「まぁ、無いなら仕方ねぇし、雨が止むまで一緒に待ってやるけど?」
「!そう、別に待っててくれなくていいけどね。傘あるはずだし....。あれ?」
私はわざとらしくカバンをもう一度漁るふりをして、首を傾げた。
「おい?」
「持ってくるの忘れたみたい!」
両手に何も持ってないと見せつけて、折り畳み傘を見られないように私は急いでカバンを閉めた。
口角が上がって、バカみたいな笑顔を晒してしまう。
「仕方ないから、あんたとここで雨止むまで待ってあげる。」
お姉さん感を出したくて、手を腰に当ててふふっと笑ってみせる。
俺はニヤリと笑った。口角が上がるのを隠すためだ。
「しゃーねぇなぁ!待っててやるよ。」
幼なじみは睨むように、見下ろすように俺を見上げてるが、俺から見たら上目遣いにしか見えないが、それに気づいていない。
「雨が止むまで、話そうぜ。」
最近話せてなかったから。と最もらしい言い訳をつけて、この小さな女の子と空き教室を目指す。
階段を上がる時、濡れた足と透けたスカートに目を奪われそうになるが、なんとか目を逸らした。するとカバンが目に入った。
閉まったカバンの隙間から少しだけ顔をのぞかせているのは、いつもこの幼なじみが使ってる折り畳み傘だ。
俺の口角は更に緩み、それを悟られないように早口に話す。
幼なじみも、どことなくいつもより早口な気がする。
窓の外はまだ雨が降り続いている。
どうか、通り雨がもう少しゆっくり歩いてくれますように。
お互いにそう願ってることは、まだ2人は知らなかった。
今はただ、それぞれ荒れ狂う台風がそれぞれの心を襲っていた。