踊りませんか
眩しく、真っ白に光り輝く地面。
前には暗闇が広がっている。
酷く暑く、熱気が漂う。
そんな場所に、僕は立っていた。
数多の視線が僕を突き刺す。
この瞬間が、永遠に続けばいい。
『あぁ、貴女はなんて美しいんだ。』
黒い彼女の元へ僕は駆け寄る。1歩1歩、慎重に、そして即座に。
今夜の彼女は艶やかで、そんな姿にも見惚れてしまう。
僕は胸に手を当て、そして彼女を指した。
今この瞬間、言葉は存在しない。あるのは音楽と、自分の動き。
あの闇の向こうの人々にも、この言葉が伝わるよう、そして彼女に伝わるように指先まで意識を巡らせる。
頭上で手を大きく交差させながら回す。
『私と、踊りませんか。』
美しい彼女は膝を曲げてうなづいた。
彼女と手を合わせた僕は、ステージの中央へと彼女をエスコートした。
彼女が白鳥のオデットではなく、悪魔の娘、黒鳥オディールであることを気づかず、今から彼女と踊る。
それが僕の役。バレエ、白鳥の湖。ジークフリード王子だ。
この初のプリンシパルとしての舞台は、永遠に忘れられないだろう。
通り雨
「じゃあ、また明日!」
授業が終わり、席を立った私はみんなに手を振った。
バタバタと渡り廊下を走り、部室へ駆け込んだ。
早く帰って、勉強をしなければならない。なんせ、明後日から期末テストなのに、課題の半分も終わってない。
部活の忙しさにかまけていたせいだ。だが、今も同じ。部活の掃除という放課後のおまけがある為に家に帰れない。
急いで部室の机を拭きあげた。他のメンバーはゆるゆると黒板を消したり、床をはいたりしている。
早く終わらせてくれないと帰れないのに。と、少しイライラした。
「ねぇー!コレ邪魔だから動かしてよ!」
部員の1人が大きな塊を顎でさしながら私に叫んだ。
「....ごめん。」
コレじゃない。私の楽器なのに。邪魔なんて....。
言いたい言葉が沢山あったが、飲み込んで大きな楽器を動かした。
私の、楽器。私の、パートナー。
吹奏楽部では数少ない弦楽器、大きくて、私以外持ち運び方を知らないコントラバスは、要らないって思われてる。居なくても音楽が成立するから、部活ではいつも私も、この楽器も邪魔者扱いだ。
「どこに移動させたら迷惑かからないかな?」
腸が煮えくり返るような気持ちを押さえつけて、ニコリと笑ってみせる。
「さー?その辺置いといたら?邪魔なったら言うからさ。」
「っ。そっかぁ、わかった!そしたら、私の担当終わったから、この子持っとくよ。その方がすぐ動けるからいいと思うの。」
あー、その口縫い潰したい。
いつもの笑顔を貼り付けたまま、私は部屋の隅へ移動した。
掃除が終わっても片付けをしないまま、ウダウダと話し込む彼女らを横目に1人ため息をついた。
よしよし、と楽器を撫で、彼女らが掃除用具を片付けるのを待った。先にこの楽器を片付けてしまうと掃除用具が片付けられないのだ。
「あ、鍵返しといてよね。あんた最後だから。」
急に鍵の音がしたと思うと、目の前に鍵を突き付けられていた。
またか。と思いながら、私は鍵を受け取り、また明日。と笑顔で見送った。
彼女達の姿が見えなくなると、それまで腹の奥底で燃えていたどす黒い感情が消えていった。
窓から外を見ると、雨が降り出していた。
「通り雨....。」
ポツリと呟いた言葉は、誰もいない部室に響いて消えていった。
暫く雨を眺めて、ハッとした私は急いで楽器を片付けた。
課題をしないと、やばい。
部室の鍵を閉めて、渡り廊下を通った頃には雨足はかなりきつくなっていた。
屋根しかない渡り廊下を走った私のスカートは、職員室についた頃にはぐっしょりと濡れていた。
「吹奏楽部3年、ーーです。鍵を返しに来ました。」
いつもと同じ言葉を添えて、鍵を返却した私はふと隣の教室を見た。
誰もいない教室は、私の幼なじみのクラスだ。よくバカ騒ぎして居残ってることが多いが、流石に今日は帰ってるらしい。
どうせ、私と同じで課題を残してるのだろう。
ばかだなぁ。と苦笑しながら、1階のエントランスへ向かった。
「超降ってるなぁ。」
呟きながら、カバンから折り畳み傘を取り出そうと中を覗いた時、入口に誰かがいることに気づいた。
傘を持ってきてなくて帰れないんだろう。かわいそうに。
なんて、思って横を通ろうと思うと、可哀想な正体に声をかけられた。
「お前、まだいたん?」
私の幼なじみだ。この3年でグッと伸びたせいで、顔を見るのも首が痛い。
「帰ろうと思ったらこの雨でさぁ。帰れねぇんだよ。お前は?」
「私は部活の掃除、いつも通り。」
「オカワイソウニ。」
「ちょっと、全然思ってないでしょ!」
こんな風に軽口叩くのは久しぶりだ。楽しい。
「てかお前、帰んねぇの?いつも通り傘もってんだろ?」
「....えぇと。」
折り畳み傘を出すためにカバンに入れてた手をチラリと見た。
既に折り畳み傘を握っている。
「まぁ、無いなら仕方ねぇし、雨が止むまで一緒に待ってやるけど?」
「!そう、別に待っててくれなくていいけどね。傘あるはずだし....。あれ?」
私はわざとらしくカバンをもう一度漁るふりをして、首を傾げた。
「おい?」
「持ってくるの忘れたみたい!」
両手に何も持ってないと見せつけて、折り畳み傘を見られないように私は急いでカバンを閉めた。
口角が上がって、バカみたいな笑顔を晒してしまう。
「仕方ないから、あんたとここで雨止むまで待ってあげる。」
お姉さん感を出したくて、手を腰に当ててふふっと笑ってみせる。
俺はニヤリと笑った。口角が上がるのを隠すためだ。
「しゃーねぇなぁ!待っててやるよ。」
幼なじみは睨むように、見下ろすように俺を見上げてるが、俺から見たら上目遣いにしか見えないが、それに気づいていない。
「雨が止むまで、話そうぜ。」
最近話せてなかったから。と最もらしい言い訳をつけて、この小さな女の子と空き教室を目指す。
階段を上がる時、濡れた足と透けたスカートに目を奪われそうになるが、なんとか目を逸らした。するとカバンが目に入った。
閉まったカバンの隙間から少しだけ顔をのぞかせているのは、いつもこの幼なじみが使ってる折り畳み傘だ。
俺の口角は更に緩み、それを悟られないように早口に話す。
幼なじみも、どことなくいつもより早口な気がする。
窓の外はまだ雨が降り続いている。
どうか、通り雨がもう少しゆっくり歩いてくれますように。
お互いにそう願ってることは、まだ2人は知らなかった。
今はただ、それぞれ荒れ狂う台風がそれぞれの心を襲っていた。
窓から見える景色
「まま!まま!大変だよ!」
夏休みのある日、私は大発見をしてしまった。
大きな声に驚いて、母と弟が私の部屋へすっ飛んできた。
「なにしてるの?!危ない!」
母は驚いて悲鳴に近い声で叫んで私を叱責した。
それもそうだろう。私は2段ベットから身を乗り出して、窓を前回にして目の前の木に手を伸ばしていたのだ。落下防止柵があると言っても、出窓に乗った私には無意味な品物、1度手を滑らせたらそのまま1階へ真っ逆さままだ。
私のでも....という声を跳ね除けた母は、私を窓から離れさせた。
「落ちるから、あそこに乗っちゃダメ!絶対!」
叱られる私をニヤリと見ている弟を蹴りたくなる気持ちを抑えて、私は大人しく謝った。ここで反論するより、大人しくした方が早く大発見を言えると思ったからだ。
「おねぇちゃんなんだから、危ないことはしないの!真似するでしょ?わかった?」
「....はぁい。」
毎度お馴染みのおねぇちゃんなんだからは余計だ。と思いながら私は反省した振りをした。
「....まま、実はね、すごいの見つけちゃったの。」
母の怒りが治まったのを感じて、私は窓を指さす。
「鳥さんがおうち作っててね、卵があるんだ!」
「鳥?」
母が何言ってんだこいつ。みたいな顔と声でオウム返ししてきた。
「そう、鳥だよ。しっぽが長くて、くちばしが黒いの。ほっぺたがかわいいの!」
母を引っ張り、窓の側へ連れていく。
あれだよ!あの木の中!と、私が言おうとした言葉は先に取られた。
「葉っぱに隠れている!あの鳥なんて名前、ねぇね。」
「ほんとにいる!名前は分からないわねぇ。」
勝手にベットに登った弟が、私より先に私の大発見を大声で場所を漏らした。いつも美味しいとこを持っていくのがこの弟だ。
「そっか、あんたの部屋の前の木は道路から見たら完全に隠れるから、巣を作っても卵生まれても気づかれなかったのね。」
この日から、この鳥の家族を見守ることにした。
鳥の種類はヒヨドリと言うらしい。
夏休みが終わる頃、気づけば小鳥たちのピヨピヨというご飯を求める声も聞こえなくなった。巣立ちしたのだ。
私の自由研究もその頃できあがった。小学2年生にしては傑作だったと思う。ヒヨドリとその子ども達の成長。と題名をつけた。
それから2年後、4年生になった私は梅雨の明けた頃、カーテンを開くと懐かしい光景を目にした。
「ヒヨちゃん、帰ってきたんだ。おかえり。」
お母さんか、巣立った子か、別の子か、わからないがヒヨドリの巣が、あの日と同じ場所に出来上がっていた。よく見ると、まだ卵は産んでいなかった。
その年は、あまり騒がず、私だけで静かに見守った。そして、また巣立っていった。
それから更に、ヒヨドリ1回、ハト2回、そして、カラスが1回。私の部屋の前に巣を作った。
中学生最後の夏、カラスは、飛ぶ練習をして巣立っところを見送った。
1匹だけ飛べなくて、親兄弟に置いていかれたその1匹は、一緒に見ていた母と弟も「かわいそうに」の一言で見切りをつけて部屋に戻った。
でも、私にはそのカラスが、自分に重なった。
過度の期待、できる前提の話、できなかった時の捨てられる早さ、兄弟との差を目の前に突きつけられる、その絶望。
少しずつ、塵のように積もっていた私の心は、初めてのヒヨドリを見た頃と比べて、焼け爛れていた。
「がんばれ、お願い。がんばって。」
1時間、カラスが旅立てるその瞬間を祈りながら待った。
そしてその時が訪れた。
地に足をつけていた黒い塊はフワリと浮き上がり、重力を感じさせない軽やかな羽ばたきで、飛んだ。
カツン
私の目の前に、カラスは降り立った。
「カァ」
そう1声鳴くと、私の顔をじっと見つめた。
「....きれいだよ。あなたが飛んでる姿は、とてもきれい。私には羽がないけど、あなたは黒いきれいな翼がある。自由なんだよ。だから....」
うらやましい。
「あの空で自由に飛んで欲しいな。」
私の独り言を聞いたのか、カラスは飛び立った。青い空に、黒い羽が広がり、もう帰ってくることはなかった。
最後のカラスも巣立ったのだ。
ーーーー
「もうしにたい。」
寝れなくなって、もう数日が経った。
私が寝られなくても、時間は流れ、明日が始まってしまう。
出窓に腰掛けた私はiQOSを片手に窓の外を眺めた。
あのカラス以来、管理人にバレてしまったのか、住民に苦情を言われたのか。カラスや他の鳥の巣ができることを断固として許さないと言わんとかりに、葉を大量に切り落とし、巣が作れなくされてしまった。毎年、それまで以上に伐採日が増え、少しでも葉が生えると切られてしまう。
おかげで、あのカラスが最後の隣人になってしまった。
私の部屋も外から丸見え。中からも丸見え。
寂しくなった木越しに、向かいの電柱をぼんやりと眺めた。
つーっと足を冷たい液体が流れる。赤いそれ早く止血すべきだが、それすらしんどくて、煙を吸い込む。
「カラスになって、どこかに飛んでいきたい。そしたら、寝れないのもしにたいのも無くなるかもしれないのに。」
はぁと煙を吐き出しながら、再び電柱に目をやった私はあっと驚いた。
いつの間にか電柱に止まっていたカラスは、フワリと飛び上がりこちらへやってきた。思わず身構えた私と対照的に、カラスは木に降り立った。あのやせ細った窓の前の木だ。
カラスと目が合った私は、何とな既視感を覚えた。
「カァ」
カラスはそう一声だけ鳴いて、私を見た。
そう、あの日のように。
大事にしたい
「別にここ家やと思ってねぇわ!」
「うっさいなぁ!うちの好きにさせてや!」
「うちは産んでくれなんてゆってねぇやろ!」
「黙れよ、ほっといてや!」
どれだけ酷い言葉を投げかけただろう。
どれだけ反発し続けただろう。
少し過保護なこの親に嫌気がさして、少し弟贔屓をするこの親が嫌気がさして、周りと比べるこの親に嫌気がさして....。
年齢とともに家にいる時間が少なくなるのと比例して、話の行き違いが増え、言い合いが増え、この家に居場所が無くなったように感じた。
私がこの親を嫌いな理由を挙げればキリがない。
きっとこの母親も同じだろう。
誰だろう、この人は。
私を抱きしめて泣いてるこの人は誰だろう。
なにがあったのか、私にはわからない。
私はもう疲れてるからやめて欲しい。早くバイトの用意しないと。目も冷やさないと。この手首から流れる血も止血しないと。
ぼんやりと、回らない頭で考える。
「....もういいよ、もう、バイト辞めていいから。」
耳元から聞こえた声がぼんやりと頭に入る。
「やめる。」
“やめる”って、なんだっけ。
「そう、辞めるの。こんなボロボロになったあんたを見たくないっ。」
私って、ボロボロなの?なにが?どこが?
頭が未だ霧がかかったように上手く言葉が入ってこない。
「大丈夫やから、離して。準備する。」
私はグッと腕に力込めて母親を引き離し、部屋を出ようとした。
「泣きながら準備するのも、明け方に帰ってきて朝早くから働くのも、全部おかしいの!わかってるでしょ!」
その言葉に涙腺が緩んだのがわかった。
「わかってるよ!わかってるけど、無理なの....。仕事が、終わんなくて。終わってなかったら店長に怒られるっ!ちゃんとしないと、誰かが事故起こすかもしらん!誰かが死んじゃうのはやだ!もう、これ以上知ってる人が死ぬのは見たくないっ。」
部屋を出た時、更に目が潤んだ。
「でも、私。しんどいなぁ....。」
声が震えてきて、言葉が出なくなった。
「今度、ちゃんと話聞くよ。だから、今はほっといて。」
返答は聞かず、私は用意をしてバイトへ向かった。
その後、母親と話し合い、1悶着あったがバイトを辞めた。そして病院に行けば鬱と診断された。
母親、ままとは話し合いをしてから言い合いも無くなった。
あんなに酷い言葉を言い続けてた私を何も咎めず、優しく包み込んでくれた。何年ぶりかのあたたかなこの家は、私の家に戻った。
この出来事の数年後の今、私は決めたことがある。
あたたかなこの家を大事にしたい。
最後には母親として私の苦しみを全部飲み込んで優しく包み込んでくれたこの人を大事にしたい。守りたい。恩を返したい。
まだ恥ずかしくて言えないけど、病気が治ったら絶対に、ありがとうを伝える。
(大事にしたいことって考えてたら物語というより、自分の決意表明みたいになってしまいました....。物語を楽しみにしてくださってた方には申し訳ありません。)
夜景
白い影が今日も現れた。
いつも同じ頃、同じ場所に現れるこの生き物は瞳をキラキラさせている。
シルクのように滑らかな毛並みと、ルビーのような綺麗な瞳。彼らはたくさん混在するが、ここに来るのは決まって1人、サファイアの瞳を持つ彼だけだ。
「今日も綺麗だなぁ!」
彼は目の前に広がる景色を見て大きく息を吸う。
「色んな色が見える、ここと違ってあれはいいなぁ。」
暗い空間に浮かぶ大きな球体は青かった。
「こんな綺麗な景色、みんなも見に来たらいいのに。今日もみんなムリって断られちゃったけど、ほんとにもったいないな。」
彼はシュンとして小さく丸まりながら、青い球体を眺めた。
彼のサファイアの瞳は異質で、周りから不気味がられていた。
「この目、くり抜いちゃったらみんな僕と話してくれるかな....。」
「取っちゃう?そんなに綺麗な目を。」
後ろから急にかけられた声に、彼はビクッとした。
恐る恐る振り返る先には、1人の大柄な男が立っていた。全身を覆う毛並みは美しくとても長い、彼の目がどこにあるか全く見えない。
サファイアの瞳を持つ彼は、緊張と焦りが交差し、動けず話せずと固まってしまった。
「おいガキ、お前に聞いてるんだ。」
サファイアの瞳を持つ少年はずりずりと近づいてくる彼に怖気付きながら、恐る恐る口を開いた。
「い、いいえっ!....でも、この目が無くなればいいのにって、いつも思います。」
「....そうか。」
ドスンと大柄な男は少年の隣に座り込んだ。
「俺に固い言葉はいらねぇ、俺はそういうの嫌いなんだよ。わかったな?」
少年はこくこくと首が取れる勢いでうなづいた。
「....あの星綺麗だな。」
「ほし?ほしってなに?」
「おまえ、星を知らねえのか。あれだよあれ、あの丸くて青いやつ。あれが星って言うんだ。」
「星って言うんだ....。知らなかった....です。」
男はキッと少年を睨んだ。
「おまえ、なんで話し方を戻したんだよ。」
少年はぽかんとしながら、なんのことですか?と尋ねた。
「その話し方だよ!硬っ苦しい、俺は嫌いだ!わかったな、肩肘張らない、普通の言葉で話せ。」
「でっ、でもっ。....僕みたいなやつが馴れ馴れしく話したら、みんないなくなりますっ。お兄さんも、いなく....」
「ならねぇよ。」
男は少年の言葉を遮った。
「居なくならねぇし、お前を殴ったりもしねぇ。だから、普通に話せ。」
「....うん。お兄さん、約束してくれる?」
「あぁ、約束する。ほら、手を出せよ。」
男は少年の手を取り、お互いの手を合わせた。
「俺は、おまえから離れねぇ。約束だ。」
それは、少年がした事がなかった。しかし、みんながしているものだった。
「っ約束の手....!ぼっ僕も、お兄さんから離れない。味方になる!約束するよ!」
少年の口から出た言葉が意外だったのか、男はフリーズした。
少年が心配そうに、お兄さん?と声をかけると男はハッとして少年の目を見た。
ニヤリと笑った男は、ありがとう。と少年に言った。
「俺たちは、友達。だな。」
ニカッと笑う男につられ、少年もニコニコと笑った。
「んにしても、友達でガキとかお前っていうのもなぁ....。」
「じゃあお兄さんが好きな名前で呼んでよ!」
「お前の名前は教えてくれないのか?」
少年はキラキラとした顔を一瞬曇らせた。
「僕、自分の名前、好きじゃないんだ。」
男は全てを悟ったように、それ以上追及しなかった。
何がいいかなぁ。と悩む男は頭をクシャッと掴んだ。その時、チラリと彼の瞳が見えた。
「夜だ....!」
「ん?なにがだ?」
「お兄さんの名前!夜お兄さんって呼んでもいい?」
「まぁ、お前が気に入ったならいい。けどな、呼ぶなら夜。お兄さんは要らねぇよ。わかったな?」
男は優しく少年の頭を撫でた。
「うん、わかった夜!」
「けど、なんで夜なんだ?」
「あのね、実はさっき、夜の目が見えたんだ。」
少し話すのを躊躇するように、なんて伝えるか悩みながら言葉を選んで少年は話し出した。
夜は一瞬険しい顔をしたが、少年の話を聞いた。
「夜の目は、黒いんだね。僕の青とも、みんなの赤とも違う。それを見てね、夜の空の色にそっくりだって思ったんだ!夜の空の色、夜色の夜!僕が好きな色だよ!」
ニコニコと幸せそうに話した少年を見て、夜は小さく息を吐いた。
「そうか....。いい名前付けてくれて、ありがとうな。海。」
少年は海と呼ばれて目をパチパチとさせた。
「うみ?うみって、僕の名前?」
「ああ。」
見てみろ。と夜は青い星を指さした。
「あの青い星が青く見えるのはな、あの星のほとんどを海っていう水で覆われてるからだ。」
夜はフッと海の傍に寄り、顔を片手で固定しながら海の瞳を覗き込んだ。
「やっぱりだ。海、お前の瞳はあの遠くからでも光って眩しい、あの青い海の色と同じ色で、同じくらい綺麗だ。」
それだけ言うと、夜は手を離した。
「だからお前は海。今日からお前の名前は海だ」
それから数ヶ月が過ぎた頃、2人が出会った場所に小さな家が建っていた。
海色の瞳と夜色の瞳。異端の扱いを受けていた赤い瞳を持たない彼らは、今ではこの家に住み、平穏な生活を送っている。
今日も庭となったいつもの場所、昼と夜が交差するこの地で、暗闇に浮かぶ青い地球を眺める。
私達も、あの月をよく見たら会えるかもしれない。海色の瞳と夜色の瞳をそれぞれに持つ、白く綺麗な仲の良いうさぎ達が。