夜空の音

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夜景


白い影が今日も現れた。
いつも同じ頃、同じ場所に現れるこの生き物は瞳をキラキラさせている。
シルクのように滑らかな毛並みと、ルビーのような綺麗な瞳。彼らはたくさん混在するが、ここに来るのは決まって1人、サファイアの瞳を持つ彼だけだ。
「今日も綺麗だなぁ!」
彼は目の前に広がる景色を見て大きく息を吸う。
「色んな色が見える、ここと違ってあれはいいなぁ。」
暗い空間に浮かぶ大きな球体は青かった。
「こんな綺麗な景色、みんなも見に来たらいいのに。今日もみんなムリって断られちゃったけど、ほんとにもったいないな。」
彼はシュンとして小さく丸まりながら、青い球体を眺めた。
彼のサファイアの瞳は異質で、周りから不気味がられていた。

「この目、くり抜いちゃったらみんな僕と話してくれるかな....。」
「取っちゃう?そんなに綺麗な目を。」
後ろから急にかけられた声に、彼はビクッとした。
恐る恐る振り返る先には、1人の大柄な男が立っていた。全身を覆う毛並みは美しくとても長い、彼の目がどこにあるか全く見えない。
サファイアの瞳を持つ彼は、緊張と焦りが交差し、動けず話せずと固まってしまった。
「おいガキ、お前に聞いてるんだ。」
サファイアの瞳を持つ少年はずりずりと近づいてくる彼に怖気付きながら、恐る恐る口を開いた。
「い、いいえっ!....でも、この目が無くなればいいのにって、いつも思います。」
「....そうか。」
ドスンと大柄な男は少年の隣に座り込んだ。
「俺に固い言葉はいらねぇ、俺はそういうの嫌いなんだよ。わかったな?」
少年はこくこくと首が取れる勢いでうなづいた。
「....あの星綺麗だな。」
「ほし?ほしってなに?」
「おまえ、星を知らねえのか。あれだよあれ、あの丸くて青いやつ。あれが星って言うんだ。」
「星って言うんだ....。知らなかった....です。」
男はキッと少年を睨んだ。
「おまえ、なんで話し方を戻したんだよ。」
少年はぽかんとしながら、なんのことですか?と尋ねた。
「その話し方だよ!硬っ苦しい、俺は嫌いだ!わかったな、肩肘張らない、普通の言葉で話せ。」
「でっ、でもっ。....僕みたいなやつが馴れ馴れしく話したら、みんないなくなりますっ。お兄さんも、いなく....」
「ならねぇよ。」
男は少年の言葉を遮った。
「居なくならねぇし、お前を殴ったりもしねぇ。だから、普通に話せ。」
「....うん。お兄さん、約束してくれる?」
「あぁ、約束する。ほら、手を出せよ。」
男は少年の手を取り、お互いの手を合わせた。
「俺は、おまえから離れねぇ。約束だ。」
それは、少年がした事がなかった。しかし、みんながしているものだった。
「っ約束の手....!ぼっ僕も、お兄さんから離れない。味方になる!約束するよ!」
少年の口から出た言葉が意外だったのか、男はフリーズした。
少年が心配そうに、お兄さん?と声をかけると男はハッとして少年の目を見た。
ニヤリと笑った男は、ありがとう。と少年に言った。
「俺たちは、友達。だな。」
ニカッと笑う男につられ、少年もニコニコと笑った。
「んにしても、友達でガキとかお前っていうのもなぁ....。」
「じゃあお兄さんが好きな名前で呼んでよ!」
「お前の名前は教えてくれないのか?」
少年はキラキラとした顔を一瞬曇らせた。
「僕、自分の名前、好きじゃないんだ。」
男は全てを悟ったように、それ以上追及しなかった。
何がいいかなぁ。と悩む男は頭をクシャッと掴んだ。その時、チラリと彼の瞳が見えた。
「夜だ....!」
「ん?なにがだ?」
「お兄さんの名前!夜お兄さんって呼んでもいい?」
「まぁ、お前が気に入ったならいい。けどな、呼ぶなら夜。お兄さんは要らねぇよ。わかったな?」
男は優しく少年の頭を撫でた。
「うん、わかった夜!」
「けど、なんで夜なんだ?」
「あのね、実はさっき、夜の目が見えたんだ。」
少し話すのを躊躇するように、なんて伝えるか悩みながら言葉を選んで少年は話し出した。
夜は一瞬険しい顔をしたが、少年の話を聞いた。
「夜の目は、黒いんだね。僕の青とも、みんなの赤とも違う。それを見てね、夜の空の色にそっくりだって思ったんだ!夜の空の色、夜色の夜!僕が好きな色だよ!」
ニコニコと幸せそうに話した少年を見て、夜は小さく息を吐いた。
「そうか....。いい名前付けてくれて、ありがとうな。海。」
少年は海と呼ばれて目をパチパチとさせた。
「うみ?うみって、僕の名前?」
「ああ。」
見てみろ。と夜は青い星を指さした。
「あの青い星が青く見えるのはな、あの星のほとんどを海っていう水で覆われてるからだ。」
夜はフッと海の傍に寄り、顔を片手で固定しながら海の瞳を覗き込んだ。
「やっぱりだ。海、お前の瞳はあの遠くからでも光って眩しい、あの青い海の色と同じ色で、同じくらい綺麗だ。」
それだけ言うと、夜は手を離した。
「だからお前は海。今日からお前の名前は海だ」

それから数ヶ月が過ぎた頃、2人が出会った場所に小さな家が建っていた。
海色の瞳と夜色の瞳。異端の扱いを受けていた赤い瞳を持たない彼らは、今ではこの家に住み、平穏な生活を送っている。
今日も庭となったいつもの場所、昼と夜が交差するこの地で、暗闇に浮かぶ青い地球を眺める。
私達も、あの月をよく見たら会えるかもしれない。海色の瞳と夜色の瞳をそれぞれに持つ、白く綺麗な仲の良いうさぎ達が。

9/18/2024, 4:11:45 PM