夜空の音

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花畑


美しいものは、いつかその美しさを失う。
それが私の考えだ。なんて儚いのだろう。
私はいつも、美しいものを探す。それが私の趣味であり、仕事だ。

私は今日も職場へ出勤した。
ミーティングを終えると、直ちに担当地域へ足を運ぶ。
周りの同僚たちはのろのろと動く。それを横目に私はため息をついた。
私はこの職場では珍しく真面目に仕事に向き合っている。無遅刻無欠席無早退、そう、皆勤賞。私はこの仕事がとても好きだから当たり前だ。

今日も降り立った担当地域を私は歩き回り、人間観察と美しいものを探す。
美しい、とは外見の話ではない。ゆうならば....、
「あの家族は美しい。」
たまたま目の前を通った家族を見て、私は呟いた。子どもの誕生日なのか、両親は子どもと手を繋ぎながらいくつものおもちゃ屋さんを回っていた。彼らの創り出す空間は、幸せそのものだ。
「だが惜しい、あと10年も経てば子どもは親を嫌い、親は子どもが手のかからない大人になったことを悔やむ。」
この美しさも有限であることを、私は知っている。
この美しさをこの瞬間で止める方法を探す私の前を、女のグループが通り過ぎた。

「ねぇ、早く告白した方がいいよ!取られちゃうよ?」
「てか、あの女なに?あんたがあいつを好きなのわかってるくせに、あんなベタベタ触るとかきっしょ。」
「そーそー!うちら、あんな女応援する気ないわ。あんたのながーい片想いの方がよっぽど応援できるし!」
ギャーギャーと騒ぐ3人はかなり腹を立ててるらしく、1番小柄な女に詰め寄るように話をしていた。
「人の悪口か....醜い人間だ。」
私は呆れてため息をつく。
こういう人間は私が最も嫌いなタイプだ。
「ま、まぁ、みんな落ち着いて。」
小柄な女の、柔らかくもどこか凛とした声が私の耳に入った。こういう声は嫌いではない。
「私はね、あの子が悪いと思わないよ。誰が誰を好きになるかとか、関係を変えようとするかとか、その人次第で自由だと思うの。他の人がどうこう言ったらダメなんじゃないかな?」
だから、あの子のこと悪く言っちゃダメだよ。と3人を諌める姿に私は目を惹かれた。
私にはこの女が嘘偽りない気持ちでこれを言ってることがわかる。私は特別な力をもっているのだ。
「そんな嘘いらんよ!」
「本気でそんなん思ってんの?マジで取られるよ!」
3人はさらに小柄な女に詰め寄った。
「てかさぁ、あんた実際どう思うの?あいつがあの女と付き合ったら。」
1人が本題と言わんばかりに尋ねると、小柄な女はヒュッと小さく息を飲んだ。
想像したのだろう。好きな人が別の女と仲良く手を繋ぐ姿か、周りからお似合いともてはやされる姿を。
一瞬言葉に詰まり、悲しそうな顔をしたが、次の瞬間には目元を和らげ、答えを待つ3人の目を見た。
「....いいと、思う。」
優しく笑う小柄な女に、私は目を奪われた。
「おめでとうって、思うよ。だって、私あの人のこと、すごく好きだから....。それがあの人の幸せで、それであの人が笑っていてくれるなら、それは私の幸せになると思うの。」

「....美しい。」
私はその言葉を聞いて、思わずつぶやく。
人の幸せを願えるその感情が、私は1番の大好物だ。
だが、この美しさこそ、長くは続かない。人に裏切られ、直ぐに色褪せる。
私は持っていた鎌で小柄な女の胸を貫いた。

そばの角から猛スピードの車が現れ、女たちの元へ一直線に向かった。
皆、間一髪で逃げたが、1人。後ろを向いていた小柄な女だけが反応に遅れ、電柱と車の間に挟まれた。
大量の血が辺りを染め上げ、小柄な女は電柱から飛び出る釘に胸を貫かれ、事切れた。

「さて、そろそろ時間だ。職場に戻ろう。」
私は晴れやかな気持ちで赤く染まった小柄な女の元へ近づいた。
ゴソゴソと胸元をしばらく探り、遂に目当ての物を見つけ、その屍から引き出した。
「あぁ、やはり、綺麗な色をしている。」
手には白い種を握り、私は空を飛んで職場へ戻った。

「お疲れ様です。」
同僚たちに挨拶しながら、私は敷地の端にある裏庭へ向かった。
私がこれまで見つけてきた、美しい種を植えた場所だ。
これは特に綺麗な白だから、できるだけ目立つ、ここへ植えよう。
私が土の中へ植えた種はすぐに芽が出て花を咲かす。この種も同じだ。
白い芽が出て、すくすくと育ったその種は小ぶりな蕾をつけ、花開いた。
「....美しい。」
私の予想を上回り、白い種は透明の花を咲かせた。期待以上の美しさだ。
この花畑の中でも、特に美しい花たちの一員となった。

私はこの花畑の管理人。
私が刈り取った美しい人間たちの花を育てることが、私の趣味である。
私は、死神だ。

9/17/2024, 2:14:11 PM