【声が聞こえる】
「貴方はママの言うことだけを聞くべきなのよ。」
それが母の口癖だった。
「あの子とは遊んじゃだめよ。お母さんが変な人だもの。」
「小学校に上がったら勉強しなきゃいけないのよ、そんなんで大丈夫なの?」
「あの人ったら、この子のこと何にもしてくればいで。やっぱり、付き合うんじゃなかった。」
今思い返せば、僕は幼い頃から友達と呼べる人がいなかった。母から言われたことを素直に聞きすぎていたせいだろうと、そう思う。
そんな僕も大学生になり、今年で親元を離れた。会う人会う人、変わった人ばかりで、純粋に世界が広がって、考え方も広がった。
流石に、僕の根っこにある考え方は変わってないのだろう。けれど、久しぶりに会った母は、どうしてか、昔に見ていた母よりずっと子供っぽく見えた。
「貴方は私の言うことだけ聞いているべきなのよ。」
……
僕は気づいた。僕は今まで僕自身の声を聞いていなかった。
「あのね、母さん。実は、僕は……、」
【僕は、初めて僕自身の声が聞こえた。】
【夜景】
やっぱり、こんなオシャレなホテルでプロポーズなんて僕には場違いだっただろうか。
目の前の彼女は、俯いたまま、何も言わない。
普段は、そこらのファミレスに行ったり、テーマパークに行ったりと、なかなか庶民派な僕達だが、意外とこれが最高に楽しかったりする。
高校の頃に出会って、告白したのは彼女からで(結構男前な彼女なのだ)、そこから付き合い始めて6年目になる僕達。
そんな僕達は、度々、元同級生の結婚式に参加したりする。数年ぶりに会って、綺麗になってる花嫁を見て、彼女がぽやーと眺めているのを目撃した。
あぁ、僕達もいつか結婚とかしちゃったりするのだろうか、と考えると、やっぱりプロポーズって男からだよな、とか、彼女のことを思うと、早い方がいいのかなとか思った。
そんなこんなで、今日のプロポーズの計画を立てたのである。
付き合い始めた記念日の今日は、タイミング的にもなかなか良かったと思う。
「えーっと、その、聞こえてた?もう1回言う?」
現実逃避をしても仕方がないと思い、彼女に話しかける。
「あのー、、すみません?えっと、その、迷惑、だった?」
唐突に彼女が顔を上げた。その顔は、びっくりするくらいボロボロに泣いている。
「っっ……、もう……、こんな綺麗なホテルに来ちゃって、記念日だから嬉しくて、それだけで十分すぎるくらい幸せなのに……っ、でも、しかも、ぷ、プロポーズって……!」
あ、これは嬉し泣きってやつだ。
「ふふ、あはは!」
「ふへへ、あは。」
2人して笑う。
「じゃあ、返事って……、」
「っっ……、もちろん……っ、これからもこんな私で良ければよろしくお願いします……!」
「ねぇ、さっきの指輪はめてもいい?」
そう言って笑う彼女は世界中の何よりも綺麗だと思った。
【花畑】
幼い頃の夢を見た。
あたり一面が花畑の夢だ。
「 !」
目が覚めた時、顔が濡れているという事実に気づき、そして驚いた。泣いたのか、俺は。
「なんで……っ、なんで今更夢なんかに出てくる……。恨んでいるのか、俺を。」
8年前、両親が他界した。家族全員で遊園地に行った帰りに、飲酒運転をしていたトラックと衝突したのだ。たまたま後部座席に座っていた俺のみが助かった。当時6歳のことだった。
その後、祖父母の家に預けられた。
祖母は昔から体が強くないらしく、主に俺の世話は祖父が焼いてくれていた。余談だが、家事の手伝をしようと言ったことは何度もあるが、慣れているからと一向に手伝わせてくれなかった。
閑話休題。
とりあえず、中学に上がったからといって何か変わるでもなく、家が裕福な訳でもないから、せめていい高校に行こうと部活動にも入らず、勉強ばかりの日々を送っている。
それがせめてもの恩返しだと思ったからだ。
……たまに、
「たまに、普通の家庭が羨ましく思うことがあるよ。」
「たまに、自分の能力不足を恨むことがあるよ。」
「たまに……っ、たまに、あの時、俺も死んでたら、って思うよ。」
そういえば、あの花畑は、事故の日にみた花畑だった。遊園地内に併設されている植物園の一角に設置されていたものだ。
そういえば、あの日、あの時、両親はなんと言ったのだろう。
【ずっと愛してる!】
思い出せない。
【君からのLINE】
いっっつも言い訳ばかりの自覚はあった。
年齢は違うし、僕は男だし、世間とも違う自覚はある。
でも、でも、だって、しょうがないじゃないか。
好きになってしまったものは。
だから、話し始めてもうすぐ1年の僕達だから、(LINEでばっかりだけど!)今日は1歩前に進んでみたいと思う。
「先輩って好きな人とかいます?」
ピコン
「いるけど、なんで笑」
がーん。
ピコン
「なに笑気になんの?」
少し意地悪なところが好き。かっこいいところも好き。
「気にならないなら聞きません。」
ピコン
「笑笑当ててみなよ。」
なんやかんや優しいところも好き。
「先輩と同い年の人ですか?」
ピコン
「どう思う?」
「ふざけないでください!」
ピコン
「ごめんごめん笑」
こんなどうでもいいやり取りが楽しいと思ってしまうのは何故だろう。
「先輩」
ピコン
「ん?」
……もし、僕が好きと言ったら先輩は離れていくのだろうか。
「いえ、なんでもないです。すみません、やっぱり好きな人のことは聞きません。頑張ってください、応援してますから。」
そのまま携帯をパタンと閉じた。
やっぱりこんな駆け引き、僕には絶望的に向いてないや。
「好きです。」
その一言が言えたら。
【貴方からの返信は期待してもいいのだろうか。】
【命が燃え尽きるまで】
1つ目。クヨクヨしない。
2つ目。嫌な人からは逃げる!
3つ目。家族を大切にする。
4つ目。
うーん。
〈なんやかんやあって、もう人生お終いだ!!って思っても案外、人ってやり直せるものらしい。〉
「意外と思いつかないんだよなぁ、こういうの。あ、これは入れとこ。」
4つ目。自分のやりたいことをする。
〈人生って長い。ほんと、どうしようもないくらい。
その長い人生の中で、どう生きるのか。〉
「まぁ、また明日考えればいっか。」
〈自分には、まだ答えの出せない問いばかりで、でも、変わっていけることは身をもって知った。〉
「今日の夕飯なんにしよ。」
〈とりあえず今は、それで十分だと思えた。〉