【愛情】
自分にとっての愛は、昔からぬるま湯のお風呂だった。
小学校低学年頃の冬の日だったと思う。その日は、なかなかに寒い日で、お風呂に浸かっている間に、急速に水温が冷えていった。
そんな中小さい頃の自分は何を思ったと思う?
正解は、湯船から出るのは寒い、である。
単純にぬるい温度の水じゃ体が暖まりきれなかったのである。
こうして、私は、湯船から出られないまま一生を過ごし、お風呂で死んだのでした…なんてことにはもちろんならず、心配で見にきた母に連れられてふるえてすごしましたとさ。めでたしめでたし。
閑話休題。
つまり何が言いたいのかというと、愛情と、ぬるま湯のお風呂って結構似ているというか近しい存在だと思うのだ。
以下はお風呂の特徴だが、ちょっとくらいは愛にも当てはまっていると思っている。
・少しずつ冷めていく
・浸っているのは気持ちがいい
・なかなか出られない
こんなことに徐々に気づいていき、小学校中学年になる頃には、愛情はぬるま湯のお風呂のようなものだって方程式が出来上がっていた。
くだらない方程式だが、実は、今の私にもその価値観はある。
そして、ここから教訓を得るとして何がいいだろう。
愛情にいつか溺れ死ぬかも、ってことだろうか。
それとも、例え話って意外と伝わりにくいってことだろうか。
もしくは、そんなことばかり考えている自分にがっかりすればよいのだろうか。
着地点を見失いつつも、これが私なりの愛情の定義だ。誰かに話したことなんてなかったけれど、意外と筋が通っているでしょう、フフン…と自画自賛でもしておこうと思う。
終わり。
【宝物】
眩しいほどの星空を背景に君は、「ずっと、ずっと一緒にいよ」なんて、笑った。
僕は、なんにもあげられるものが思いつかなかったから、だから、今度あったら、僕の宝物をあげるから、なんて思って。そして、温い君の手を握って、「あいしてる」なんて呟いた。
それから僕たちは完全に空に溶けて、星に、なって、眠りについた。
向こうに着いたら、君に何をあげようかな。ありきたりだけど、指輪かな。まだ僕たちが小さい頃、本物をあげられなかった、苦い思い出がある。あの時は、なんて言ったんだっけ。
「大人になったら、僕が幸せにするから。」
これが僕たちの幸せである、なんて言ったら、世間は逃げだなんていうんだろうか。
翌日、片田舎の小さな山のその奥で、眠る僕たちを発見した大人たちが、「かわいそうに」っていう声を聞いた。
冬が近づくと、私は紅茶を飲むようになる。何か特別な理由があるわけではないけれど、強いて言えば、夏に飲む気にはならないのだ。
「今日のティーパックはどれにしよう。前飲んだのはこれだったから、今日はこっちのパッケージのを…。」
ピンクのかわいらしいパッケージに包まれているそれを手に取って、ピリピリと封を破く。
熱湯と水道水を7:3で混ぜて、それを放り込んで…、
「じゃあ今日読む本でも探しますか。」
もうすぐ冬だし、ずっと読みたかったあの小説でも読もう…なんて、頭の中で計画を立てつつ、本棚を漁る。気づいたら数分が経過していて、そそくさとキッチンに戻ってきて、ティーパックを引き上げた。
「んふふ、良い匂い。」
お気に入りの本を持ってきて、お気に入りの窓辺に座る。
7:3もお気に入りの温度だ。
なんて素敵なんだろう。
丁寧に作られた本の表紙をゆっくりとなぞった。
今は、平和なこの時間が流れることに感謝して、存分に浸ろうと思った。
【声が枯れるまで】
自分の喉から漏れるのは、ヒューヒューという音だけで。今更、もう、言いたいことなんてない。言い尽くしてしまった。
お前が、電話をかけたあの日、バタバタと、パジャマのまま飛び出した俺は、そのまま水溜りを飛び越えて、アスファルトを蹴って、無我夢中で、お前を探したんだ。
新月の夜で、ザーザーと雨が降っていて、この時期に走るのは絶対寒かったはずなのに、何も気づかないくらい、夢中になってお前を探したんだぜ。
なんであの時、俺に電話をかけたんだ。「さよなら」なんてお前が飛び込む直前に聞くくらいなら、知りたくもなかった。
探し始めて、一時間。救急車とパトカーが川辺に停まっているのを見た俺は、本当に、呼吸が止まった。
馬鹿野郎。
そして、三日経った今。目の前のたくさんの管に繋がれて延命させられているお前は、ようやく今日の朝になって目を覚ましたらしいじゃないか。
「…おがえり。」
「…何その声。」
今は、なんで死なせてくれなかったの、とか、もう会いたくなかったなんて、言葉を聞きたくなくて、側に寄ると、無我夢中に抱きしめた。
お前もごめん、なんて言いながら泣くものだから、二人して声をあげて泣いた。
俺の声はガラガラで、お前の声は頼りない。
でも、生きててよかったって、それだけは伝えたくて、泣きながらだけど、言っておこうって思って。
「いぎででよがっだ。」
大笑いしたお前のことは一生許さない。
【始まりはいつも】
いつも通りに目を覚まして、まずは状況の確認を行う。部屋の家具の配置、鏡に映った自分の見た目での年齢、総合的に判断すれば、4歳前後だろう。カレンダーを確認して、今月が3月であることを確認した。やはりそうだ。つい、先月が誕生日だったらしい。となると、今回は、両親の離婚イベントを踏むのか。今までになかったパターンだ。
頭の中で計画を立てつつ、リビングへと足を進める。浮気をしたという父と、探偵を雇ってこっぴどく断罪した母。その二人の決着は、今でも覚えている。今年の6月だ。
「……あら、もう夜も遅いわ。早くお眠り、私の可愛い子。」
母は、私の姿を視認すると、優しく微笑む。しかし、その目の下にはうっすらとくまが浮かび、私のことを視界には入れるものの、もっと遠くを眺めているような気がした。
こんなにも参っていたのか。この人が。あんなに強い、私の母が。初めての人生で、この当時のことはあまり覚えていないが、きっと、この優しさに騙されて、何も気づかず、自分は笑っていたような気がする。じゃなければ、両親の突然の離婚なんかにあんなにショックを受けなかったはずだ。
そうだ。今回は、まだ離婚はしていない。あの地獄みたいな毎日のきっかけはまだ訪れていないのだ。これがやり直せるチャンスだというのなら、私はなんでもできる気がした。
「うん、おやすみ。お母さん。愛してる。」
母は驚いたような顔をして、気を引き締めたかと思うと、笑った。
母は、いつも不幸な人生を歩んだ。それをなんとかしたくて、ずっと祈ってた。だからだろうか。私は、初めての人生をずっと繰り返している。母が死ぬことがトリガーなことはわかっている。今回は、不幸になんかしてやらない。絶対に。
(この後、離婚したらとりあえずは幸せな母(娘ちゃんはそう思っていない)と、絶対に不幸にさせたくないため、和解に持っていきたい娘とで戦いが起こるんですね、わかります。相互不理解。昨日のお題消費できてなかったので、ちょうどよかったですね【すれ違い】)