【愛情】
自分にとっての愛は、昔からぬるま湯のお風呂だった。
小学校低学年頃の冬の日だったと思う。その日は、なかなかに寒い日で、お風呂に浸かっている間に、急速に水温が冷えていった。
そんな中小さい頃の自分は何を思ったと思う?
正解は、湯船から出るのは寒い、である。
単純にぬるい温度の水じゃ体が暖まりきれなかったのである。
こうして、私は、湯船から出られないまま一生を過ごし、お風呂で死んだのでした…なんてことにはもちろんならず、心配で見にきた母に連れられてふるえてすごしましたとさ。めでたしめでたし。
閑話休題。
つまり何が言いたいのかというと、愛情と、ぬるま湯のお風呂って結構似ているというか近しい存在だと思うのだ。
以下はお風呂の特徴だが、ちょっとくらいは愛にも当てはまっていると思っている。
・少しずつ冷めていく
・浸っているのは気持ちがいい
・なかなか出られない
こんなことに徐々に気づいていき、小学校中学年になる頃には、愛情はぬるま湯のお風呂のようなものだって方程式が出来上がっていた。
くだらない方程式だが、実は、今の私にもその価値観はある。
そして、ここから教訓を得るとして何がいいだろう。
愛情にいつか溺れ死ぬかも、ってことだろうか。
それとも、例え話って意外と伝わりにくいってことだろうか。
もしくは、そんなことばかり考えている自分にがっかりすればよいのだろうか。
着地点を見失いつつも、これが私なりの愛情の定義だ。誰かに話したことなんてなかったけれど、意外と筋が通っているでしょう、フフン…と自画自賛でもしておこうと思う。
終わり。
11/28/2024, 12:56:18 AM