【秋晴れ】
今日は雨が降った。というか、最近ずっと雨だ。
今日はデートの日だったから、目一杯おしゃれして、可愛い傘を開いて、待ち合わせ場所に向かう。
「やほやほ、お待たせ!やっぱり雨降ったね」
大親友の彼女と紅葉狩りにでも行こうよ、なんて話になったのは、ついこの間。それから雨続きだったが、彼女が、雨なら雨で楽しいよ、なんていうから、今日のイベントも決行されている。
彼女は可愛い。丸いほっぺたに、くるくる編み込まれた髪の毛、メイクも秋らしく華やかだ。
「かわいーね、今日も!」なんていうと、「あなたが言うの」なんて笑って返される。
いつも通りのくだらなくも楽しい会話を続けていると、雨は次第に止んでいった。
二人で入った傘を閉じて、顔を見合わせて笑う。
「晴れたね」
「だね、ラッキーじゃん、私たち。」
遠目に見えた公園は、赤や黄色で色とりどりで、水に光が反射して、とても尊いものに思えた。
隣のあなたは紅葉に視線を奪われて、瞳を綺麗に輝かせるものだから。
だから、これからも思いを閉じ込めておこうってそう思ったんだ。
【忘れたくても忘れられない】
そのひ、変なぼうしを被ったマジシャンは、「すてきな君に一生忘れられない、ティーパーティーを」と言った。
そらからぱらぱらと落ちてくる飴玉と、大きな大木にあいた丸い穴。
「さぁこっちだよ。」
てを引かれるまま、穴にまっさかさま。
不思議な仲間と、からくりじかけの友達。なんだか僕もたのしくなってきて、彼らと笑いあった。
にがい紅茶を飲み干したところで、マジシャンはじゃあねといって…
「おはよう、楽しい夢でもみてた?」
そこは陽も沈みかけの教室だった。
なんだ、夢か。
「すごい楽しそうな顔してたよ。」
目の前で笑う彼女に僕もつられて笑う。
名もしらない彼女に、僕はマジシャンのことをいつの間にか話していた。
それが10年前の話なわけだけど。
「懐かしいね。」なんて横で笑う彼女と、それを興味深そうに聞いていた娘に、僕も応える。
「でも、きっとあの日のことは忘れたくても一生忘れられないだろうね。」
【やわらかな光】
昔から、干したての暖かい布団にくるまって眠る夜が好きだった。夢と現の狭間でまどろむあの感覚が、子供心に心地よかったのだ。
今、思えば、そんな何気ない日々が、何より大切だったのかもしれない。
まだ、小学生で、幼かったあの頃。僕が学校に行っている間に布団を干してくれた母も、ソファに腰掛けて行ってらっしゃいと声をかける父も、待ってよ、なんて言いながら慌てて支度をする妹も、みんな懐かしく思えた。
今年の四月から大学生になった僕は、実家の二つ隣の県に引っ越した。高校時代、思春期真っ只中だった僕は、早く家から離れたくて、大学に受かったと同時に新居を探し始め、春休みの間には、もうこっちに越して来てしまったのだ。
慣れない環境は確かに楽しかったけれど、どうしても日々の疲れは溜まり、気分が沈むこともある。
だから、懐かしさに浸ってしまったのだろうか。
新居に合わせて買った真新しいベッドに寝転び、スマホを手にとってメッセージアプリを開く。
久しぶりに見たアイコンに、変わってないな、なんて思って。
そして…、そして、今度の冬休みは帰るよ、とメッセージを送った。
気が抜けたら眠気が襲ってくる。明日の一限はなんだっただろうかなんて思いながら、そっとスマホを閉じる。
おやすみ、そして、今度の休みは布団でも干そう。
あの懐かしい思い出を、まだ覚えていたいとそう思ったから。
【声が聞こえる】
「貴方はママの言うことだけを聞くべきなのよ。」
それが母の口癖だった。
「あの子とは遊んじゃだめよ。お母さんが変な人だもの。」
「小学校に上がったら勉強しなきゃいけないのよ、そんなんで大丈夫なの?」
「あの人ったら、この子のこと何にもしてくればいで。やっぱり、付き合うんじゃなかった。」
今思い返せば、僕は幼い頃から友達と呼べる人がいなかった。母から言われたことを素直に聞きすぎていたせいだろうと、そう思う。
そんな僕も大学生になり、今年で親元を離れた。会う人会う人、変わった人ばかりで、純粋に世界が広がって、考え方も広がった。
流石に、僕の根っこにある考え方は変わってないのだろう。けれど、久しぶりに会った母は、どうしてか、昔に見ていた母よりずっと子供っぽく見えた。
「貴方は私の言うことだけ聞いているべきなのよ。」
……
僕は気づいた。僕は今まで僕自身の声を聞いていなかった。
「あのね、母さん。実は、僕は……、」
【僕は、初めて僕自身の声が聞こえた。】
【夜景】
やっぱり、こんなオシャレなホテルでプロポーズなんて僕には場違いだっただろうか。
目の前の彼女は、俯いたまま、何も言わない。
普段は、そこらのファミレスに行ったり、テーマパークに行ったりと、なかなか庶民派な僕達だが、意外とこれが最高に楽しかったりする。
高校の頃に出会って、告白したのは彼女からで(結構男前な彼女なのだ)、そこから付き合い始めて6年目になる僕達。
そんな僕達は、度々、元同級生の結婚式に参加したりする。数年ぶりに会って、綺麗になってる花嫁を見て、彼女がぽやーと眺めているのを目撃した。
あぁ、僕達もいつか結婚とかしちゃったりするのだろうか、と考えると、やっぱりプロポーズって男からだよな、とか、彼女のことを思うと、早い方がいいのかなとか思った。
そんなこんなで、今日のプロポーズの計画を立てたのである。
付き合い始めた記念日の今日は、タイミング的にもなかなか良かったと思う。
「えーっと、その、聞こえてた?もう1回言う?」
現実逃避をしても仕方がないと思い、彼女に話しかける。
「あのー、、すみません?えっと、その、迷惑、だった?」
唐突に彼女が顔を上げた。その顔は、びっくりするくらいボロボロに泣いている。
「っっ……、もう……、こんな綺麗なホテルに来ちゃって、記念日だから嬉しくて、それだけで十分すぎるくらい幸せなのに……っ、でも、しかも、ぷ、プロポーズって……!」
あ、これは嬉し泣きってやつだ。
「ふふ、あはは!」
「ふへへ、あは。」
2人して笑う。
「じゃあ、返事って……、」
「っっ……、もちろん……っ、これからもこんな私で良ければよろしくお願いします……!」
「ねぇ、さっきの指輪はめてもいい?」
そう言って笑う彼女は世界中の何よりも綺麗だと思った。