『雫』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
その旅は決して前向きなモチベーションの下に決行されたものではなかった。現実に適応できない自分にほとほと嫌気がさして、いっそ終わるなら誰も自分を知らないような場所で果ててやろうと決心してのことだったからだ。
「ついてきな、いいもん見せてやるよ」
青い瞳のそいつは、嫌がる私の手を掴むと笑いながらあと少し、あと少しと言ってかれこれ3日も深い洞穴の底へとあゆみ続けた。
「あんた、私がどうしてこんな辺鄙なところまでやってきたのか分かってる?」
「知らなかったらこんなことするか? まあいいから、いいから」
洞穴はなおも深く、深く。灯りという灯りはなく、それこそ自分が生きているのかさえも分からない。疲労で足元がおぼつかなくなり、何度も転びかける度に「ああ、まだ足はついている」と不思議と安堵した。
そして、目の前に現れた光景に私は息を呑む。言葉では言い表せないほどの絶景がそこにはあった。深い地の底にありながら、冷たい光が洞穴を満たしている。広がる地底湖には、輝く魚たちが泳ぎ回っていた。
「驚いた?」
驚かない方が難しかろうに、こんな光景を見せられては。見上げると、鍾乳石のようなものがいくつも天井から伸びている。曰く、あれは母なる天樹の根だというのだ。見上げているうち、根から雫が水面に堕ちる。堕ちた雫は、波紋と同時に光の魚となって跳ねた。
「死ぬにはいいところだ、俺もそう思う」
「……分かってて言ってるの?」
くそ、なんてことだ。不覚にも、もっとこんな光景を見てみたいと思ってしまったじゃないか。仕方ない、自殺ツアーは後からでも出来る。どうやら死ぬのは先送りにするしかなくなってしまったらしい。
雫
ダイヤのような雫なら
両手で そっと受けとめたい
真珠のような雫なら
あわてて 帽子を差しだすでしょう
氷のような雫なら
戸惑い そばにより添いたい
k
雫
夜自宅の寝室で、私は布団の中で考え事をしていた。そして気がつくと涙の雫が流れ落ちて頬をそっと濡らした。
高校生になってから辛いことが多く気持ちが沈む日が増えた。けれどそんな私がここまで何とか頑張れたのは両親や離れた場所で応援してくれている妹の存在が大きかったと思う。人を身近に感じるとはまさにこの事を言うのだろう。
これから人を身近に感じられるという事を大事にしながら頑張りたいと思う
『雫』
まるで夢の中にいるみたいだった。
母親になるという覚悟が決まったのはつい10ヶ月前。
ずっとずっと、お母さんになりたくて、夢見ていた。
旦那もお父さんになりたいと、私と一緒に夢を語ってくれた。夢を語らせてくれた。
今日、私と旦那はお母さんとお父さんになる瞬間だったのだ。旦那はひたすら私の汗を拭ってくれて、助産師さんも優しく声をかけてくれる。あとは我が子が私たちの元に来るだけだった。
女の子と聞いた時、私も旦那も喜んだ。
着せたい可愛いお洋服や、おもちゃ、ベッドにおしゃぶり、他にもたくさんたくさん準備したし、アドバイスももらったんだ。
我が子のために私は健康意識で毎日散歩することを意識した。旦那は私1人だと心配だから。と毎日早く仕事を終わらせてくれて、散歩についてきてくれた。食事にだって、気を遣った。この子がすくすくと大きく、ただ生まれてくれればよかったんだ。生まれつきの障害があってもいい。後々障害が判明したっていい。
私は、生まれる前の我が子がひたすらに愛おしくて、ひたすらに毎日愛でていた。
そんな我が子が、ついに会えるんだと、痛みと共に喜びで震えた。
何時間経ったのだろうか、意識が朦朧とする。
やっと会える存在が遠く感じた。
なぜだか、涙が止まらなかった。
今日は曇り空の時より雨。
何でだろうか、我が子の声なのかなあ、聞こえるんだ。
「くるしいよ」と。
私も苦しいよ、苦しい。でも、あなたも苦しいわよね。
私はふと意識を戻した。
さっきまでがまるで夢の中にいるみたいにふわふわしていて、つらいはずなのに、つらさを感じなかったのに。
我が子の言葉で、私は意識をはっきりと戻したのだ。
そして告げられた。
「赤ちゃんの命と奥様の命、どちらかしか助からないとしたら旦那様はどちらを取りますか?」
やめてよ、そんな、ちょうど私が意識をはっきりとさせた時に限って、そんな話しないでよ。
「そんな、嫁も、我が子も、助かる方法はないんですか?」
「旦那さん、もう出産で20時間経ってるんですよ。ずっと旦那さんがもうちょっとというので、待っていましたが、もう、もう、どちらかしかないんです。」
「なぁ、しずく?俺はまだお前と生きていたいよ、しずくはどう思う?俺たちの子だ、お前がいなきゃ、俺は1人じゃこの子を幸せにできる気がしないよ」
この10ヶ月間泣き虫のあなたは一度も泣かなかったわよね、なんなら、この先も泣かないぞ!と気合い入れてたよね。
私のために涙を流してくれる。それだただひたすら嬉しくて。もっと泣いて、もっと、もっともっと、私の代わりに考えて、困って、命の重みを感じて。
私がずっと夢見たいな気分だったのは、我が子との最後の時間だったからなのかな。あなたが娘を選ぶというのが決まっといたから、せめてでものつもりで、神様は夢の中で私と我が子の時間を作ってくれたのかなあ。
でも、神様が本当にいるなら、もし本当にいるなら、私も我が子も生きてるはずよね。
聞きたくない、でも聞かなきゃいけない、旦那の判断。
「俺は、、、。」
気がつくと、私は冷たくなった赤ちゃんを抱いていた。
旦那は私を選んだのだ。
「あなた、、?」
「ごめん、ごめんなあ。しずくを、とってしまった。
しずくには赤ちゃんが必要だったかもしれないけど、俺には赤ちゃんよりしずくが必要だったんだ。」
「あかちゃん、冷たいね。」
「なぁしずく、この子に名前をつけよう。この子のために買ったもの全てに決めた名前を書くんだ。」
「たった1人の、私たちの子だもの、私もそうしたい。」
「おもちゃだって、絵本だって、全部に名前を書いて、この子を一生赤ちゃんとして、可愛がろう。一生手がかかって、一生かわいい、俺たちの子だよ。」
「うん。」
私の名前はしずく。
私と旦那のもとに生まれた子はレインボーベイビー。
雫
なにか悲しいことがあった訳では無い。
でも…何故か目からは宝石のように雫がポロポロ落ちる。
ぽたり。音は無くただ暴力的な赤が眼に焼きついた。
その赤は着ていた白いシャツをあっという間に浸食し
彼は血溜まりに膝をついて崩れ落ちた。
救急車を応急処置を刺した奴はと頭はやけに冷静なくせに体は動かない。彼の冷えた体に触れることで精いっぱいだった。
顔にかかった前髪をどかすといつもの彼が居た。
こんな目にあっているくせに妙におだやかな顔をしている。まるでいつもの事、と言っているかのように。
「どうしたのさ。僕なら大丈夫だよ。」
そんなはずあるか。血溜まりはおかしなくらい広がってついには私の膝すら汚している。
「あんたを残して死ぬわけないよ。ほら、こっち来て。キスしてくれたら治るよ。」
嫌だ。最後のキスなんてごめんだ。嫌だ嫌だ。
死なないでくれ。頼む。お願いだ。
私をひとりにしないでくれ。
いつの間にか私は見知った部屋に居た。
体中に汗とも涙ともわからないものが伝っていた。
夢か。夢であってくれ。
「…はい。」
電話口の向こうからだるそうな、面倒そうな声が聞こえてひどく安堵した。生きている。
「…良かった。」
「何急に。今何時?…はあ、まあいいけど。気分最悪だよ。目が覚めた。ねえ責任とって寝かしつけてよ。」
「すまない。了解したよ。」
ぽたり。蛇口から落ちた雫の音が真っ暗な部屋に響いた。
雫
テーマ 雫
ぽたぽたと地面に落ちてくる。そして自分の頬にも
「ごめんね....」
直前あいつはそう言っていた。どうして謝るんだ。真っ赤な血が雨で濁って濁って...自分のところに来た。ああ。本当に...
あたりが雲のような暗さで覆われた。何も無い。もう何にもない。心の中は空っぽ。
だんだんと寒くなってきたな。あんまり生きれなくてごめんね。
倒れたときに頭を打った。二人の真っ赤な血が繋がっていた。
おわり
頬に描く、その雫は
白く塗りつぶして気取らせない感情を
象徴するのだという
笑いながら、泣き
泣きながら、笑う
遠い昔、
生きることすべてが演じることだった
人々がいたのだという
演じることなく生きれることは
きっと、幸せ
でも
演じる場もなく
それでいて
本心を気取らせない仮面をつけて
気持ちの欠片たる象徴も描けず
ほんの時折
苦しさに、天を仰ぐ
雨粒を頬に受けて
すぅと流れ落ちる感触に
忘れかけた何かを取り戻した気がして
眠るように、目を閉じた
創作 「雫」
オランダの涙と呼ばれる滴形のガラスがある。
丸い部分をハンマーで叩いても割れない程、丈夫なガラスなのだそう。 ただし、細く伸びる尾を折るとガラスは呆気なく砕けてしまうのだとか。
カチリと蛍光灯がつき俺はのろのろと本から顔を上げた。お菓子と飲み物を抱えた彼女が苦笑いしつつ部室に入って来る。
「ほら、カフェオレとおやつ」
「……ありがとう」
「残念、だったね。小説コンテストの結果」
「うん」
「でも、全国大会に初出品で佳作は凄いことだよ!」
そういう彼女は、文章を書かせればあっさり最優秀賞やら特別賞やらをとってしまう。文章の出来に波がある俺とは、月とスッポンだ。そんな彼女からのありがたい慰めの言葉を、深いため息で吹き飛ばす。
「泣いてるの?」
彼女が心配そうに、俺を覗き込む。俺は顔を見られたくなくて本を顔の前にもってきた。来年こそ、彼女を越える。そう、宣言したい。なのに、涙が止まらず、声にならない。
そのガラスは、俺に似ている。打たれ強いのに、もろい。心の尾を折られた俺は、溢れる悔しさの雫をしばらく止められなかった。
(終)
彼女の瞳から透明の雫が溢れ出した。
ごめんなさい。本当にごめんなさい。私が悪かったよね。私があんなことをしてしまったから、あなたが泣いてしまった。傷ついてしまった。後悔したって、どうにもならないけど、すごく後悔してる。
何度言うけど、ごめんなさい。またあの時のように笑顔になっているあなたがみたいです。
#17『雫』
惜春の想い募り
貴方の瑠璃の瞳を見つめては
明日の夢を見るの
青いままの果実かじった
小鳥のうたを聴いていました
時間泥棒はその小鳥のうた搾取して
活動しまくって
衰弱した小鳥のうたを笑いながら
また搾取します
時間泥棒の住処は
病棟の檻のよな部屋
治療はトランプとか
空いた時間
手の平サイズ手にして
魂振り込め詐欺活動
支配性グランドマザーの手の平の中ぐるぐると
目覚めたら
小鳥の魂 搾取して遊び
また衰弱した小鳥のうた聴いて
満足しては病棟の檻部屋に
戻ります
彼の箱庭は
支配性グランドマザーの
手の平の中から出られずのまま
あの子がこぼしている涙には
愛情や
幸せや
感謝や
勝利の嬉しさがこもっているの
対する私の涙には
羨望と
嫉妬と
絶望と
どうしようもない惨めさがあるの
今すぐにでも
あの幸せをぶち壊して
あの子を私と一緒のところに落としたい
そんなことを思った自分が怖くなって
握りしめた拳
またこぼれる私の雫
今は言えないお祝いの言葉
今なら吐ける呪いの言葉
こんな私も悲しいけれど本物の私
いつか誰かが
ううん
あの子みたいに誰かの王子様になんとかしてもらおうなんて思ってやらない
いつか私が
私の力で綺麗に泣けるようになったら
死ぬほど美しく笑ってやるわ
それまでは絶交よ
私の親友だった人
テーマ『雫』
飴が降り注ぐような日。
キラキラと、見た目よりも味のしないそれが空から降り注ぐ日。
それが今日。
紫陽花の上に光るそれは、今もなお光を吸い込む。
いつだっけ、それが模様のないおはじきに見えたのは。
手にとってみたくって、
触ると手に吸い込み形を崩したそれ。
何故か嬉しかった。
手に取れない美しさに。
見て楽しむ美しさに。
儚い美しさに。
だから、好きになった。この日を。
雨の日、雷の日、暴雨の日、全て。
快晴も悪くない。
でも、この雨の匂いに包まれ、儚き雫にうっとりするこの日は、私の宝だ。
香港、タイ、マレーシア、・・・東南アジアでは毎日スコールがあって、
急に空が暗くなったかと思うとザァーっと激しい雨が降って、少しするとそれが止んで、またウソのように晴れ渡る。
木々や草花がしっとりと濡れて、雫がぽたぽたと落ちる様は美しい。瑞々しく、匂い立ってくる。何もかもが生きてると感じる。
外国に行くと、そんな風に雨に出くわすが、傘をさしている人をあまり見かけない。
雨が降ったら、サッと軒に隠れてやり過ごせば、雨もそんなに長くは続かないし、
だいたいTシャツだから、かなり濡れても放っておけば、いつの間にやら乾いてしまう。
いつもトートバッグの中には、折り畳み傘が入っているが、少しくらいの雨では出さない。ちょつとくらいなら濡れても平気。
雨に打たれながら歩き、「俺はタフなアメリカ人なのさ」なんて心の中で呟いてみる。いや、もちろんジャパニーズだが。
むしろ、日本人が傘を異常に愛用する国民性なのかも知れない。
一時期、雨には酸性雨やら放射能が含まれているかもとニュースで騒いだ事もあったけれど、
そういうのも気にし過ぎる方が身体に悪いと思って無視している。
ずっと前に、家のベランダでトマトを育てた事もあったが、毎日水をやるのが楽しかった。
ジョウロでたっぷり水をあげるのだが、トマトが喜んでくれているようで、まだ実をつけていないのに、ほのかにトマトの香りがした。
収穫しても、食べるのがもったいなかった。
『雫』(Bloodborne)
ガラス玉の瞳からほろほろと光が零れ落ちている。髪飾りを手にしながら身のうちに湧く未知の想いに驚き戸惑う人形の頬を指でそっと掬うと、光の粒はオパールのように揺らめく光を宿した石となった。優しく温かく得体の知れないそれは雫の形をしていてまるで涙のようだが、涙ではありえない。
ふと目覚めると、今まで見ていたものが掻き消えてあれは夢だったのかと寂しさに似た気持ちになった。視界に違和感を覚えて手でやると指先をひそかに濡らすものがある。泣きながら目覚めるなんて幼子でもないだろうに、一体何がそんなに悲しかったというのか。夢で幾度も見た背の高く美しい人形をふと思い出し、けれど何も覚えていられない。
カーテン越しに窓の外から月の光が漏れ出ている。月の香りが漂っているかのようだった。
雫
今日、私は飛び降りをした。
頭が痛い。リストラに、子どもの死。もう、嫌になった。
うっすらと思う。
(二階からの飛び降りでも、人って死ねるんだなあ、あっけないもんだ)
もう、疲れた。
ぽた、ぽた。ぽた。頬に水滴が落ちる。
(雨、か)
最初はそう思った。でもなにか違う。
(……? なんだ? 冷たくないし、雨にしてはあまり降ってこない)
ゆっくりと眼を開けた。
「……! ……っ!!」
それは、妻だった。
苦しげに、妻の涙が自分の頬に落ちる。
なんで、そんな顔するんだろうか。
……もしかしたら、でもなく。
――そうか。
苦しいのは、なにも自分だけなわけはないんだ。
自分のリストラに、妻は泣かなかった。騒がなかった。
子どもの死に、私は泣けなかった。
ああ、どうして。
「すまな……った……」
「すまないと思うなら、……生きてよ、この大馬鹿もの! 私をひとりにして、そのままあの子のところへ逝くなんて、許さないんですからね……!!」
妻の涙には、心を苦しくさせる作用がある、不思議だ。
そうして自分は、まだ「今」も、子どものところには逝かず、妻とともに歩いているのは、どんな奇跡なのか。
冷蔵庫の光が目に染みる。
水を取り出して扉を閉めると、先程よりも濃い暗闇が視界を覆う。
ベタベタの髪、昨日と同じ服。
布団に入る気にはなれず、散らかった床に先程までと同じように座る。
いつもならお気に入りの音楽を聞いていたこの時間、でもスマホに触れる気になれない。
いつの間にかスマホの無い静寂に慣れてきたけれど、思い出すのはあの日の記憶。
悔しい……悔しいよ……。
悪いことを言った。
嫌なことを沢山言われた。
一つ言い返すと、三倍も四倍も言い返される。
私だけが悪い。
世界にそう言われてるみたいで、逃げられなくなる。
紙を破いても、枕を叩いても、胸の痛みが私を縛る。
あんなに仲良かったのに……。
喧嘩する前の、皆と楽しかった時間を思い出すと視界が滲んだ。
私の頬を伝う、それだけが、私の味方なのだと思うと拭くことも出来なかった。
「雫」
まだ草木が土の中で眠っている季節の話。
数年ぶりに京都へ旅行しに行った。一泊二日のおひとり様観光旅は、雨に降られながらスタートした。
翌朝、空気の冷たさに身震いしつつホテルの窓から外を覗いた。雲が厚くて暗い曇り空だ。予報ではお昼頃から晴れるらしい。私は手短に身支度をして、チェックアウトを済ませた。
早朝の目的地は嵐山だった。観光地として人気のスポットは季節関係なく人で混み合う。ゆっくり歩いて回るには朝から行動するしかない。その予想は的中して、午前中にもかかわらず観光客はまばらだった。その分、路面のお店は何一つ営業していないが、歩き回った後はちょうど開店しているに違いない。私はゆっくりと、それでいて写真を撮る人の間を縫って竹林を目指した。
景色を撮りながら往復して、大きな門の前で立ち止まった。グーグルマップを開けば天龍寺の北門らしいことがわかった。よく見れば北門からも中へ入場することができるようだ。私は早速門を潜った。
北門は天龍寺の庭園の裏側に位置する。手入れの行き届いた砂利道をゆっくり歩く。左右を見渡しても無駄のない、さっぱりとした庭である。桜が咲き誇る春も、深緑に覆われる夏も、至る所で見受けられる紅葉の秋も。人混みを避けた結果、庭園の花々はほとんど咲いていなかった。
見応えがあるかと言われると、あまりなかった。植物の名前が書かれた札の隣は、本当なら何か咲いていたのだろう。今は何もない。どんな色の花びらをつけて、どんな香りを漂わせる花なのか。想像しては虚しく思えてしまう。
意気消沈の中、唯一の希望と言わんばかりに花が咲いたところを見つけた。近寄って見れば黄色味を帯びた白い花びらが開きかけていた。見たことない花だ。隣の札を見れば蝋梅と書かれてあった。確かに柵に隔たれていて多少距離があるのに、ここまで梅の香りが漂ってくる。
その梅をまじまじと見ていると、あることに気がついた。昨日降った雨の水滴をまとっていたのだ。
今にも滴り落ちそうな雫は、少し明るくなった空からの光を受けて、キラキラと光っている。辺り一面を凝縮したかのように、雫にも小さな景色が映っていた。
--これが和歌の世界に登場する「白露」か!
普段の生活で植物に目を向けることがない私は、とても感動した。冬の京都は殺風景なだけじゃない。こんなにキラキラした白露を見ることができるのだ。
むしろたくさんの花々で庭園が彩られていたら、一つひとつに注目しなかった。だから白露の存在に気づくこともなかっただろう。
できるだけ腕を伸ばして、写真を撮る。咲きかけている梅の花と、景色を凝縮した白露が綺麗に収まった。諦めずに隅々まで見てよかった。
写真を眺めて満足した私は、先へと進むのだった。
『雫』
お題『雫』
朝起きて、毎回げんなりする。
窓におびただしいほどの雫がはりついているからだ。私は、洗面所から雑巾を持ってきて窓についた結露を拭く。これをおこたると、部屋が湿気で臭くなるから面倒臭い。
前に除湿機で湿気をとることを試したが、このしつこいほどの湿気はなかなか消えてくれなかった。
この部屋に住み始めて二年近くが経つ。引っ越しはまだ考えてない。家賃がそこそこ安く、風呂トイレ別、駅近という好立地にあるからだ。近所にOKストアもある。
だからこうして毎朝、窓にはりつく結露との攻防戦を繰り広げるのだ。