その旅は決して前向きなモチベーションの下に決行されたものではなかった。現実に適応できない自分にほとほと嫌気がさして、いっそ終わるなら誰も自分を知らないような場所で果ててやろうと決心してのことだったからだ。
「ついてきな、いいもん見せてやるよ」
青い瞳のそいつは、嫌がる私の手を掴むと笑いながらあと少し、あと少しと言ってかれこれ3日も深い洞穴の底へとあゆみ続けた。
「あんた、私がどうしてこんな辺鄙なところまでやってきたのか分かってる?」
「知らなかったらこんなことするか? まあいいから、いいから」
洞穴はなおも深く、深く。灯りという灯りはなく、それこそ自分が生きているのかさえも分からない。疲労で足元がおぼつかなくなり、何度も転びかける度に「ああ、まだ足はついている」と不思議と安堵した。
そして、目の前に現れた光景に私は息を呑む。言葉では言い表せないほどの絶景がそこにはあった。深い地の底にありながら、冷たい光が洞穴を満たしている。広がる地底湖には、輝く魚たちが泳ぎ回っていた。
「驚いた?」
驚かない方が難しかろうに、こんな光景を見せられては。見上げると、鍾乳石のようなものがいくつも天井から伸びている。曰く、あれは母なる天樹の根だというのだ。見上げているうち、根から雫が水面に堕ちる。堕ちた雫は、波紋と同時に光の魚となって跳ねた。
「死ぬにはいいところだ、俺もそう思う」
「……分かってて言ってるの?」
くそ、なんてことだ。不覚にも、もっとこんな光景を見てみたいと思ってしまったじゃないか。仕方ない、自殺ツアーは後からでも出来る。どうやら死ぬのは先送りにするしかなくなってしまったらしい。
4/22/2024, 7:01:07 AM