『雫』
まるで夢の中にいるみたいだった。
母親になるという覚悟が決まったのはつい10ヶ月前。
ずっとずっと、お母さんになりたくて、夢見ていた。
旦那もお父さんになりたいと、私と一緒に夢を語ってくれた。夢を語らせてくれた。
今日、私と旦那はお母さんとお父さんになる瞬間だったのだ。旦那はひたすら私の汗を拭ってくれて、助産師さんも優しく声をかけてくれる。あとは我が子が私たちの元に来るだけだった。
女の子と聞いた時、私も旦那も喜んだ。
着せたい可愛いお洋服や、おもちゃ、ベッドにおしゃぶり、他にもたくさんたくさん準備したし、アドバイスももらったんだ。
我が子のために私は健康意識で毎日散歩することを意識した。旦那は私1人だと心配だから。と毎日早く仕事を終わらせてくれて、散歩についてきてくれた。食事にだって、気を遣った。この子がすくすくと大きく、ただ生まれてくれればよかったんだ。生まれつきの障害があってもいい。後々障害が判明したっていい。
私は、生まれる前の我が子がひたすらに愛おしくて、ひたすらに毎日愛でていた。
そんな我が子が、ついに会えるんだと、痛みと共に喜びで震えた。
何時間経ったのだろうか、意識が朦朧とする。
やっと会える存在が遠く感じた。
なぜだか、涙が止まらなかった。
今日は曇り空の時より雨。
何でだろうか、我が子の声なのかなあ、聞こえるんだ。
「くるしいよ」と。
私も苦しいよ、苦しい。でも、あなたも苦しいわよね。
私はふと意識を戻した。
さっきまでがまるで夢の中にいるみたいにふわふわしていて、つらいはずなのに、つらさを感じなかったのに。
我が子の言葉で、私は意識をはっきりと戻したのだ。
そして告げられた。
「赤ちゃんの命と奥様の命、どちらかしか助からないとしたら旦那様はどちらを取りますか?」
やめてよ、そんな、ちょうど私が意識をはっきりとさせた時に限って、そんな話しないでよ。
「そんな、嫁も、我が子も、助かる方法はないんですか?」
「旦那さん、もう出産で20時間経ってるんですよ。ずっと旦那さんがもうちょっとというので、待っていましたが、もう、もう、どちらかしかないんです。」
「なぁ、しずく?俺はまだお前と生きていたいよ、しずくはどう思う?俺たちの子だ、お前がいなきゃ、俺は1人じゃこの子を幸せにできる気がしないよ」
この10ヶ月間泣き虫のあなたは一度も泣かなかったわよね、なんなら、この先も泣かないぞ!と気合い入れてたよね。
私のために涙を流してくれる。それだただひたすら嬉しくて。もっと泣いて、もっと、もっともっと、私の代わりに考えて、困って、命の重みを感じて。
私がずっと夢見たいな気分だったのは、我が子との最後の時間だったからなのかな。あなたが娘を選ぶというのが決まっといたから、せめてでものつもりで、神様は夢の中で私と我が子の時間を作ってくれたのかなあ。
でも、神様が本当にいるなら、もし本当にいるなら、私も我が子も生きてるはずよね。
聞きたくない、でも聞かなきゃいけない、旦那の判断。
「俺は、、、。」
気がつくと、私は冷たくなった赤ちゃんを抱いていた。
旦那は私を選んだのだ。
「あなた、、?」
「ごめん、ごめんなあ。しずくを、とってしまった。
しずくには赤ちゃんが必要だったかもしれないけど、俺には赤ちゃんよりしずくが必要だったんだ。」
「あかちゃん、冷たいね。」
「なぁしずく、この子に名前をつけよう。この子のために買ったもの全てに決めた名前を書くんだ。」
「たった1人の、私たちの子だもの、私もそうしたい。」
「おもちゃだって、絵本だって、全部に名前を書いて、この子を一生赤ちゃんとして、可愛がろう。一生手がかかって、一生かわいい、俺たちの子だよ。」
「うん。」
私の名前はしずく。
私と旦那のもとに生まれた子はレインボーベイビー。
雫
4/22/2024, 6:54:33 AM