『貝殻』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
何だかやり切れなくて、海に来た。絶えず聞こえる潮騒が心地よい。夏真っ盛りだが空は曇天で、綺麗でもない灰色で埋め尽くされている。平日の昼間ということもあり、人はいない。自由だ。少なくとも、ここにいる時だけは。
草臥れた革靴も靴下も脱いで浅瀬に足を入れた。不規則に打ち寄せる波、それに準じて指の間に入り込む砂がなんだかこそばゆい。ふ、と笑みが零れた。楽しい。親しい友人がいなくても、恋人がいなくても。童心に帰ったみたいだ。このまま沖まで歩いたらどれだけ心地よいだろう!まぁ、そんな度胸はないのだが。
浅瀬の波に飽きた頃、少し砂浜を歩くことにした。石が落ちていたり海水浴シーズンに取り残されたゴミが落ちていたり。先程とは違い、少し虚しい。物寂しく、ノスタルジックとも言い難い。
「……、」
ふと、足元に貝が一つ落ちていることに気がついた。白く、まだら模様がはいった巻貝。後で調べたが、チトセボラという貝らしい。そのまま放ってもよかったが、何となく手に取ってみた。想像よりも軽い。海に来た、という記念で持ち帰ることにした。自分もこの貝も、他に取り残されたはぐれ者のように思えたからだろうか。
足取りが重いが、そろそろ戻らなくては。仕事の途中だったのだ。また煩い上司に怒られるだろうが、何とか耐えてみよう。苦しくなったらまた、この海に戻ればいい。
曇天の隙間から光が差した……そんな気がした。
題目『貝殻』
お題 たぶん「貝殻」いや、「ホタテ」かもしれない
「今日の給食ホタテじゃない」
小学校に行くため玄関で靴を履いている僕に向かって母は言った。母は毎朝献立を確認して目につくものがあれば伝えてくれる。その日はホタテらしい。
「ホタテって美味しいの?」
10歳の僕はまだ人生でホタテというものを食したことがない。
「お、美味しいよ」
母はどこか戸惑ったように答えた。おそらく僕がホタテの味を知らないことに驚いたのだろう。僕はそんな母を尻目に学校に向かった。
4時間目が終わると給食だ。正直午前中はホタテのことしか考えれていない。給食の準備が始まった。僕はホタテめがけて一直線に進んだ。ホタテの配膳係は親友の拓郎だった。拓郎はホタテの乗った皿を僕に差し出してくれた。僕はそれを見て驚いた。貝殻付きなのだ。本体は貝殻に隠れて見えない。楽しみで仕方なかった。
「いただきます」
それを合図にみんな勢いよくホタテ食べ始めた。
「やったー。俺ホタテ2つ入ってる」
誰かが叫んだ。振り返るとそこには立ち上がり嬉しそうにホタテを食べる拓郎の姿があった。
「そういうこともあるんだ」
僕も早くホタテを拝みたい。そう思い、貝殻を開けた。
「ない」
本来そこに輝いているはずのホタテの姿がなかった。どうやら何かの間違いで僕のホタテが拓郎のホタテに迷い込んでいたようだ。故意に拓郎が自分のホタテを2つにした可能性はあったが拓郎を信じることにした。もう拓郎はホタテを2つとも食べてしまった。僕は悔しさで涙が出そうになったが堪えた。今更事を起こそうとしてももう遅い。僕が諦めようとしていると先生が唐突と言った。
「ホタテ1つ余ってるからじゃんけんだな」
僕は迷わずそのじゃんけんに参加した。相手は2人。カズヤと拓郎だ。「拓郎、お前はもう2つ食っただろ」そう思ったが誰も何も言わなかったので僕も言わなかった。じゃんけんの結果僕がホタテを手に入れた。こんなに嬉しいことがあるだろうか。ホタテを受け取り席に着く。僕は諦めかけたホタテをもう一度手にした興奮と感動で胸がいっぱいだった。ようやく食べれる。そう思い貝殻を開けた。しかしそこにホタテの姿はなかった。
家に帰り僕は部屋で泣いていた。ホタテを食べることができなかった苦しみを2回も味わったのだ。当然である。母が帰ってきて給食について聞いてくる。
「美味しかった」
僕は悔しさのあまりそう答えた。母は心配そうに僕を見つめるが母に涙は見せない。不要な心配をかけたくないからだ。そして母は言った。
「夕食もホタテなんだけどいい?」
僕は興奮のあまり失神するかと思った。
母視点
その日私は朝から動揺していた。献立にホタテがある。息子に聞くとやはり食べさせたことはなかったようだ。というのも私は中学に入るまでホタテアレルギーだったのだ。息子にホタテアレルギーがあるかはわからないが息子には用心で食べさせなかった。しかし学校でもしアレルギー反応がでたら一大事だ。私はどうにか食べさせない方法を考え、ママ友に連絡をした。
?視点
朝起きると母が誰かと電話していた。どうやら魔佐斗のお母さんとの電話らしい。学校が始まるまであと10分。僕は大急ぎで学校に向かおうと靴を履いていた。すると後ろで母が言った。
「今日献立ホタテがあるんだけど魔佐斗君ホタテアレルギーかもしれないらしくて。バレないようにホタテを食べないようにしてあげて」
そんな無茶な。そこまで魔佐斗と仲良くないのに無理だと思った。しかし、アレルギーならなんとかするしかない。母と作戦を立て僕は学校に向かった。
給食の時間になり計画を始めた。まずホタテの配膳係にホタテが嫌いだと伝え、わざとからになったホタテをもらう。そして魔佐斗が目を離したすきに魔佐斗のホタテと入れ替える。はずだった。しかし魔佐斗はホタテをガン見して目を離さない。これではすきがない。魔佐斗とは隣の席でチャンスがあると思っていたが諦めるしかなかった。しかしチャンスがきた。配膳係の拓郎が自分のホタテに僕の分のホタテを入れてあたかもたまたま自分のホタテに2つ入っていたかのように叫んだのだ。「あいつ」僕は拓郎を軽蔑した。しかしチャンスでもあった。魔佐斗がそんな拓郎を見るため振り返っている。その瞬間僕はホタテを入れ替えた。魔佐斗には申し訳ないがお前を守るためだ。そう思うことでホタテの不在に気づきアワアワと動揺している魔佐斗への罪悪感を無くした。
しばらくしてホタテの余りをかけたじゃんけんをすることになった。魔佐斗は当然参加する。こうなれば僕も参加するしかない。拓郎と魔佐斗と僕の対決だった。「拓郎、容赦ないな」そう思った。しかし今は魔佐斗に勝たせるわけにはいかない。結果は魔佐斗の勝利。もうダメだと席に着き諦めた。魔佐斗が席につき貝殻を開く。よく見えなかったが魔佐斗のなんとも言えない、まるで悟りを開いたかのような表情で気づいた。そこにホタテはないのだと。
拓郎視点
今日の給食がホタテということは前々から知っていた。そして誰よりも多くホタテを食べたいと思うのは当然である。ホタテの配膳係は僕だった。運よくカズヤがホタテの所有権を放棄してくれた。これはチャンスだ。自分のものになるであろうホタテの中にカズヤのホタテの身を入れる。これで2つ確保できた。完全犯罪の余韻に浸りながら僕は配膳を続けた。そして気づいた。ホタテが1つ余ることに。欲しい。しかし自分のホタテはすでに机の上だ。このままではじゃんけんになってしまう。欲望に悶絶しながらある方法を思いついた。単純にその場で食べてしまうというものだった。
配膳を終えた僕は誰にも見られていない事を確認しその場でホタテを抜き取り食べた。まだ「いただきます」もしていないのに何かを食べる。その緊張感や罪悪感とともにホタテを噛み締めた。そのせいかホタテは想像以上に美味だった。
食事が始まりしばらくしてホタテのジャンケンをすることになった。しまった。このままだとこっそり食べたとバレてしまうかもしれない。じゃんけんに勝ち隠蔽する。そんな思いで参加した。そして魔佐斗とカズヤが参加してきた。「カズヤ?お前は嫌いって言ってたじゃねーか」そう思った。そしてジャンケンをし、負けた。勝った魔佐斗はホタテの不在を確認したが、なぜか何も言わなかった。理由は気になるが助かった。
「今日の夕食はホタテにしよう。そしてアレルギーなのかを判断する」カズヤ君の協力でホタテを食べずに済んだと連絡があり私はそう思っていた。今となってはもっと早くに確認しておけばよかったと思っている。魔佐斗は美味しかったと言ったが顔に涙の跡がありなんとなく事情はわかった。
その後、魔佐斗はホタテを食べて意識を失った。
お題『貝殻』
小学校の頃、海に遊びに行った日に法螺貝を拾った。法螺貝を耳に当てると海の音がするらしい、ってどこかの雑誌だか、漫画だかの情報を真に受けた私はそれを耳に当てて海の音を聞こうとした。
けれど、波の音なんて聞こえてくるわけがない。
なぁんだと思った私は貝をその場に置いて帰ろうとしたら、
「わたしの声、聞こえてる?」
という女の人の声がして、私は思わずびっくりして腰を抜かし、貝を放り投げてしまった。
しばらく貝を見つめてみる。そこからヤドカリみたいに急に足が出て歩き出したりしないかなと思ったが、そういう様子は見られない。ただ、「もしもし?」とか「誰かいるんでしょ?」という声だけがちいさく、くぐもって聞こえるだけだ。
私は意を決して貝殻を手に取る。
「もしもし」
おそるおそる声を貝に吹き込むと、貝の向こうの声は嬉しそうに笑った。
「わぁ、本当に話せるんだ!」
「え、そっちでも噂みたいなものってあるの?」
「うん! 海底に落ちた法螺貝を拾って耳に当てると、人間たちの声が聞こえるって噂」
「にんげん……、きみは人間じゃないの?」
「わたし、人魚」
「えぇ、人魚ってほんとにいるのぉ?」
「ほんとにいるんだよぉ」
「へぇ。すごーい」
それから私達は親に呼び出されるまでずっと貝殻を通して話していた。海から帰るってなった時に
「また海に来た時、会おうね」
とお互いに約束してその場を去った。私は話し終わった後も法螺貝を持っていて、家に帰った後も貝殻を耳に当ててたんだけど、なにも聞こえてこなかった。
彼女と話せたのはまぼろしだったのかな。
いつしか、その法螺貝は何年も部屋に放置された。
私が法螺貝の存在を思い出したのは、「人魚を題材にした映画に本物の人魚を起用した」というニュースが入ってきたからである。
海の中でインタビューを受けている女性をテレビで見ながら、ふと、その声に聞き覚えがある気がして
「まさかね」
と思って、まだ実家に住み続けてる私は部屋に戻ると法螺貝を見つけて耳に当てた。そうしたら
「もしもーし」
とインタビューで聞いたのと同じ声がして、私は思わず笑みを浮かべた。
陽ざしが強くて風が気持ちいい季節。秋が始まる清々しい気分☆
『貝殻』
側面に穴がいくつか空いた虹色に淡く輝く平たい貝殻を息子はためつすがめつ見つめている。会食の席で出されたアワビの煮物の皿になっていた貝殻を持ち帰って息子に見せてやると、貝殻はその日のうちに息子の宝物コレクションのトップにランク入りした。その貝殻は息子の興味を貝自体へと大きく舵を取らせることになっていく。
手始めに貝類の図鑑をせがまれて買い与えると隅々までつぶさに読み込む日々が始まった。アサリの貝殻欲しさに1週間ほど食卓にアサリが並ぶこともあれば、貝殻を拾いに行きたいと週末ごとに海へと通いつめることもあった。息子が回転寿司店で初めてアワビを口にしたときには味を噛みしめるということを体現するかのように時間をかけて味わっていた。ちゃんとした寿司店で下駄に乗ったアワビを口にした時のことは言わずもがなである。
それから月日は流れゆき、息子は貝類学者となっていた。国内のみならず世界をも飛び回っており、各地から絵葉書が届くことがある。かつては煮物の皿であり、息子の宝物コレクションのトップを飾っていた平たい貝殻は今も変わらず家に鎮座していて、今日新しく届いた絵葉書と共に虹色に輝いている。
貝殻
綺麗な貝殻が落ちていた。
真っ白で2本茶色い筋のような線が引かれた二枚貝の片割れ。
太陽の光を照らすとうっすらと透ける。
主を無くし誰か使われることも無く
亡骸になってしまったのにどうしてこうも綺麗なのか。
指で強く押しても割れる気配が無かった。
少し考えて持ち帰ることにした。
家に着いて貝殻を丁寧に洗って
表面を軽く磨く。
割れないように一部穴を開けて紐を通す。
そうすればあっという間のネックレスの完成。
なんだかお守りのように感じた貝殻をネックレスにした。
こんなに綺麗なのだから、私が死ぬまで付き合ってもらおう。
無気力で亡骸同然の私もこの貝殻も似たもの同士だ。
だから、仲良くしてくれると嬉しいかな。
語り部シルヴァ
ネットで
今は
貝殻も
買える。
海に行かなくたって
探さなくたって
お金をかければ
キレイな
貝殻が
いつでも
手に入る。
作品にしたり
飾ったり
色々な
需要
使い道が
あるんだと思う。
便利過ぎる
世界に
なったなぁ。
#貝殻
パールシェルの輝きは、自然の神秘
己の体の煌めきは、人工では生み出せない滑らかなミルクの色だ
その中で作られた真珠は、まさに芸術と言わざるを得ない
美しいその宝石は、今も人々に語り継がれるほど愛おしい
「貝殻」
大人になったいまでも、
砂浜で貝殻を拾うことに興味がある。
潮干狩りよりも、やりたい。
気軽にやる機会もないし、
わざわざそのために海にも行かない。
でも海辺をぶらぶら歩きながら、
形も大きさも色も違う貝殻を拾いたい。
大きめの貝殻なら耳にあてたら、
海の音がするかもしれない。
小さなピンク色の貝殻なら丁寧に砂を落とし、
部屋に飾ってもいい。
そんなことを考えながら、
今日も満員電車で揺られている。
子供の頃、よく貝拾いをしていたな、父のバイク(スーパーカブ)の後ろに乗って海まで連れてってもらってた。さくら貝や巻き貝、名前はわからないけど薄黄色や白の真珠みたいな光沢の貝、父のスーパーカブの後ろに乗るたび、自分でもいつかバイクの免許を取ろうと、思ったりしたけど、自動車免許の原付き教習で、原付き怖っ!てなって辞めたよね。無事に自動車免許は取れたけど…。貝の話しでしたね。拾う貝殻の中にムール貝みたいのも混ざってたな、ムール貝美味しいよね。業スーで安く買えるから、助かってる。海を見たい。
子供のころ、貝殻から波の音が聞こえると教わり
実際、海で貝殻を拾い耳に当てると本当に聞こえた。
ちょっと感動した思い出がある。
でも、大人になって試したら、波の音はしなかった。
何かを失ったのだろう。
パキ、と、何かを踏んづけた音がして私は足を止めた。慌てて何を踏んだのか確かめる。
「……貝殻? こんな山の中に? それに、この国に海はないはずだけど」
山中の森の開けた一画。私のいまいる場所。そこは一面の花畑になっていて、ただでさえ海とは程遠い雰囲気だった。
そんなところになぜ、と首を傾げていると、またパキ、と音がした。森の奥からひとりの男性が現れる。
白い肌に灰色の髪、色の薄い瞳。この国の人の典型的な容姿だ。
顔に刻まれた皺は初老と言ってもいい年に見えたけど、ピンと伸ばした背筋からはまだまだ若さを感じられる。……そしてなにより、その目。瞳の色こそ淡い優しい緑だが、それを囲む目つきは鷹のように鋭く──視線だけで誰かを射殺せそうだ。
そして彼はそんな視線を私に向け、
「見ねェ顔だ。どこから来た」
あ、これは。ちょっとまずい。私は慌てて頭を下げた。少しくすんだ赤い髪の毛が跳ねる。
「隣国から魔法留学に来ている者です! えっと、これが証明書。お邪魔してしまって申し訳ありません、すぐに立ち去りますので!」
魔法使いの住まう神秘の国。ライラプス王国。それがこの国の名前。
高い山々に閉ざされたこの国は魔法という独自の技術を持ち、その技術の普及を渇望されながらも長年他国との交流をほとんどしてこなかった。
そしてその理由としてあげていたのが──「魔人との戦争が続いており、他国との交流に割く余裕がないから」。
ところがその魔人との戦争が終結したとかで、神秘の国はついに分厚い扉を開き、他国との交流を受け入れた。そして魔法を学びに隣国から留学にやってきたのが私、というわけだ。
とは言え、国が開いたのはほんの30年ほど前のこと。この国の人間の異国民、いや異教徒に対する不信感はものすごく、王都にいてさえそれはビシバシと感じられる。ましてやこんな山奥のおじいちゃんだ。何をされるかわかったものじゃない。
だからすぐに立ち去ろうとした、のだけど。
「──アァ。留学生か。どォりで見ねェ顔のワケだ。どうだ、魔法は使えそうか?」
予想に反して彼の反応は温かった。鋭い目つきが少しだけ緩められる。
「あ、えっと。いや、なかなか……。期間も3ヶ月しかないのに、私、まだマナを感じることもできなくて。まだまだ道のりは遠そうです、あはは」
「そォか。その年からだとな」
ライラプスの人々は幼いころから魔法に慣れ親しみ、空気中のマナを感じながら育つという。それに引き換え、私はマナとやらを習ったのもついこの前だし、年齢ももう20近い。
自分で言うのもアレだけど私は学問に対してはかなり優秀で、だからこそこの留学生に選ばれたわけだけど……。魔法の才能というのは、勉学とはまた別らしい。
だから私は、そうそうに研究の方向を切り替えることにした。
「あの。おじいさんはこの辺りに住んでるんですか?」
「おじいさん……。俺ももうそンな年か……」
「あ、やっ。お、お兄さんはこの辺りの人ですか!?」
微妙に肩を落とした彼に慌てて言い直す。母国語じゃないから不安だったけど、ちゃんと意味は伝わったようだ。「気にすンな」と白い歯を見せる。
「この辺りの人間とは言えねェが……。どうした?」
「この花畑、貝殻が落ちてたんです。近くに海なんてないのに……。この辺りは魔王討伐の地としても名高いから、なにか関係があるのかもと思って。もしかしてこれも魔法ですか?」
「…………さすが、魔法留学に来る人間は優秀なモンだ」
しばらく黙り込んだ彼は、また元の固い雰囲気に戻っていた。そしてこちらを見る目は、暗く、鋭く──私は思わず後退って尻もちをついた。パキッ。また貝殻が割れる。
彼が1歩、2歩と近づいてくる。
「──悪ィな。怖がらせちまったか。目つきが怖いってよく言われるンだが、とうとうこの年まで治らなかった」
ぎゅっと目をつぶっていた私が瞼を開けたときには、心配そうにこちらを覗き込む彼の姿があった。彼はそのまま私の隣に座り込んだ。
「その様子じゃ、魔人と魔王の話は知ってるのか」
「はい。この神秘の国は魔人と呼ばれる異形と1000年にわたる戦争を続けてた。その魔人たちを統べるのが魔王。そして30年ほど前、ついに勇者が魔王を討ち滅ぼした。ですよね?」
魔人とか魔王とか、てっきりライラプスに伝わるただの伝説かと思っていた。国を開かない、魔法技術を独占するための方便かと。
けれど実際にこの地に渡り、この国の人々と生活をしていると──わかる。
魔人は確かに存在し、魔王は勇者によって倒されたのだと。
「勇者、か……」
おじいさんはなんとも言えない表情をした。それは苦笑いのようにも見えたけど、どうしてそんな顔をするのか私にはわからない。
「そォだな。確かにここは魔王討伐の地。勇者はここで魔王の心臓に剣を突き立て、首をはねた。けど魔王は──最後に海を見たがってた」
「海? 魔王が?」
「そォだ。けれど勇者は、ついぞそれを叶えてやれなかった。それを悔やんだ馬鹿なソイツは、毎年海に行っては貝殻を拾い集め、己が魔王を殺したその場所に撒くことにした。アイツが少しでも海を感じれるように。──っつーのが、この山の中にこンな貝殻が落ちてる理由だよ」
おじいさんは息を吐いた。私はその話を大慌てで書き留め反芻する。いまの話が本当なら、どうにも納得できないことがある。
「……勇者が魔王を悼んで貝殻を撒いたんですか? 彼らは敵同士なのに」
「そうだな、敵同士だった……。長い間を共にして、情が移っちまったのかもしれねェな」
「長い間を共に? それは、長い時間戦ってたって意味ですか?」
「さァな。実際のとこはもうわからねェ。1000年続いた戦いはあまりにも不毛で、あとにはなにも残らなかった。……俺はそろそろ帰る」
彼が立ち上がり、私も慌てて顔を上げた。
彼の立ち姿はやはり年齢を感じさせない立派なもので──もしかしたら若いうちはかなり鍛えてたのかもしれない、なんて思ったりした。
「オメェはどうする? 王都なら乗ってくか?」
「あ、いえ! ……その、よく知らない人の魔法陣に乗っちゃいけないって、授業で散々言われてて」
いつの間にか彼の足元には魔法陣が広がっていた。青色。移動系の魔法。
……確か、呪文の詠唱なしに魔法陣を編み上げるのはかなり高度な技術じゃなかったっけ?
私がぐるぐると考えている間におじいさんは緩く息を吐いて、少しだけ目尻をさげた。
「いい判断だ。魔法は便利な道具にも危険な凶器にもなり得る。知らない人間の魔法を信用するな。……ついでだ、もう1個教えてやる。貝殻はどうしようもねェほど本物だが、この花畑は魔法だよ」
私は息を飲んで思わず辺りを見まわした。
確かに、よく注意して観察すれば花畑の根本に緑色の魔法陣があるのが見てとれた。けど、こんなの……言われないと絶対にわからない。
「本当だ、よく見たら魔法陣がある……。でもこんなに広い範囲……」
「1000年続く戦争はなにも生まずなにも残らなかったが、勇者は最後にひとつだけ手に入れた。それが永遠の魔法だよ」
「永遠……!? 魔法は一時期的なもの、どんな高等な魔法使いが作ったものでも1ヶ月もすれば消えるって、授業で……」
「禁術のひとつに自動で周辺のマナを取り込み半永久的に続く魔法がある。どうしようねェほど馬鹿なソイツは、自分が殺しちまったガキのために永遠の魔法の花畑を作り、自分が生きてる間は毎年海の形見を見せようと決めたンだと。……アァ、本当に、どォしようもねェ大馬鹿野郎だ」
青い魔法陣の色が濃くなる。彼が行ってしまう。
私は最後にひとつだけ、知りたかったことを叫んだ。
「ま、待って! あなたの名前を教えて!」
「アルタイル 」
え。待って。
それ。
最後の勇者と同じ名前。
私がなにか言う前に彼はまた白い歯を見せて消え去った。
貝殻が輝き花が咲き乱れる中、魔法の残滓の青い燐光がキラキラと舞っていた。
出演:「ライラプス王国記」より イル
20240905.NO.44.「貝殻」
[貝殻]
僕達の村には秘密がある。
ある人里離れた山奥の小さな村でしかないような、その村の奥で育ったシラカシは、一年に一度十三粒の金のドングリをつけるのだ。村長は代々そのドングリからできた金塊を外界に売って、この村を守ってきた。
その金のドングリを村に授けてくれた神様マノマクヤ様は、その昔僕達村人にこう仰ったという。
曰く、金のドングリの話は決して村の外の人間が知ってはならぬ。
曰く、夏至の日と冬至の日にこの村には無かったものを捧げよ。
曰く、この2つが破られた場合、金のドングリの恵みはなくなるであろう。
曰く、それらがなしやすいように、金のドングリを持っている者しか出られず、この村になかったものを持っている者しか入れない結界をはった。
そのマノマクヤ様の教えを守るため、村には次のとおりの掟があった。
村人は、この村を勝手に出てはならない。
外界にいけるのは村長とその直系の男だけとする。
村の外の人間に村のことを知られた時は、その者を村人にしなくてはならない。
村になかったものを手に入れた者は皆の為にマノマクヤ様に捧げなくてはならない。
村の長い歴史の中では、山賊が入ったは良いが出られず村人になったり、外界に行きたいが為に金のドングリを盗もうとした村人が粛清されたりしたこともあったらしい。
ある日、村長の孫である僕は、村はずれの花畑で薬草を摘んでいた。この村では薬は年1でしか手に入らないため薬草は現役だ。ぶつくさ薬草の名を言いながらしゃがんでいると聞き慣れない声が響いた。
「クマー!」
こっちを見て叫んでいるのは、女性だ。20代前半というところだろうか。後ろをみて本物の熊がいないことを確認する。ふむ。どうやら髭も剃っておらず髪もボサボサ、鍛えている身体に纏った毛皮をみて判断されたらしい。熊は強いからな。光栄である。
「こんにちは、お嬢さん。僕はクマじゃないけど、この辺は危険だ。逃げた方が良い。」
腰を抜かしている娘に近付いてひっぱりあげる。多分新しいものを持っていたために結界をすり抜けてしまった迷い人だろう。他の者に見つかれば、返すわけには行かなくなるかもしれない。
キラリと何かが光った。娘の耳元で光るそれは、白い宝石のようだった。
「あ、あの、しゃべるクマさん、いいえ、ごめんなさい。あの、手をありがとう。」
及び腰ながらこの状況で御礼と謝罪が言える様に顔が綻ぶ。
「ああ、ちょっと待って。その耳飾りとこのドングリを交換してくれないか。」
茶色く塗装したただのドングリに見えるソレを渡すと娘は顔を顰め怯えながらも小刻みに首を縦に振った。
「これは拾った二枚貝で作った私の、手作りで…こんな、拙くて宜しければ、ど、どうぞ…」
「なるほど。コレが貝殻か。綺麗なもんだ。このドングリも僕が金属で作ったんだ。だからちょっと重いけど、代わりにもらってくれると嬉しい。この辺には本当に獰猛な熊がいる。気をつけて。もうこの辺に来ちゃ絶対にだめだよ。」
そう言って金のドングリを握らせて無事に結界の外に追い返したはずの娘が、また僕のもとに現れたのは三ヶ月後。
「あー、はじめまして。迷い人よ。君はこの村の住人になった。申し訳ないがもう外界に帰すわけには行かなくなった。君の衣食住は次の夏至の日まで面倒を見るが、その日までに身につけた「新しいもの」を探して奉納するように。」
マノマクヤ様の祭壇の前で村人達の前でお嬢さんにそう宣言すると、集まっていた村人達は娘に歓迎するよ。すぐに慣れるからと声をかけて散らばっていった。
何度やっても、迷い人に帰れません宣言は気持ちの良いものではない。何のためにこっそり偽装した金のドングリを袂に忍ばせていると思っている。
「おい、お嬢さん。なんで戻ってきた。」
2人になるのを待って問いただすと娘は眼を丸くした。
「あなた!あの時のクマさんなのね!?お髭もないし、目もはっきり見えてるし、着物も着てるから自信がなかったけど会えて嬉しいわ!」
なぜこの娘の顔はこの状況でこんなに明るいのか。
「…僕はこの村の長の孫の吾郎だ。質問に答えてくれ。」
「あ、ごろうさんなのね、ごめんなさい。
えっと、何で戻ってきたかって?
だってあなたがくれたドングリをアクセサリーにしようと穴を開けようとしたら、中が金色なんだもの。金メッキなら兎も角、逆に茶色に塗装する意味がわからなくてびっくりしたわ。なんか怖いし返したくても返せないし困ったなと思ってたんだけど、ある夜、夢を見たのよ。」
塗装がバレていることに額を抑えながら先を促す。
「夢?」
「そ。私、両親ともに病で倒れて天涯孤独の身の上って奴なんだけど、白い貝殻の片割れと再び会うことができれば、私に家族ができるであろうって。」
あっさりと言われた内容に言葉を失う。
「君は…一人なのか?」
「そうよ。」
「白い貝殻?」
「ごろうさんに片方あげたイヤリングね?」
娘は片耳を指した。白く小さな貝の耳飾りが揺れている。
「あれは…次の捧げ物がくれば返すことができると思う。」
「ごろうさんがくれたドングリは?」
「あれは捧げ物にはならない。新しいものでなくては…。そもそも君にあげたものだ、貰っておけば良かったものを」
「分不相応なものは貰わない主義なの。」
娘の新しい家族とは誰がなるのであろうと気もそぞろに返事していると、娘はやおら歌い始めた。
聴いたことのない歌だ。綺麗な歌声だった。
祭壇の前に捧げられた、白い貝殻の小さなイヤリングがチャラリと小さな音を立てた。
「返してもらって良いですか?これは、返しますね?」
僕が塗った金のドングリが新しいものとして認められたのか、娘の歌が新しいものと認められたのかはわからない。ただ、彼女の捧げ物は認められたように感じられた。
よく考えればどの道あのドングリは返してもらわなければならないものになっていたとはいえ、彼女はマノマクヤ様の巫女にでもなったのだろうか。あんな綺麗な歌声なんだ。あり得る。
呆気にとられている僕の手に娘は貝殻のイヤリングを握らせた。
「ねえ、ごろうさん。私あの時のクマさんのことがずっと忘れられずにいたの。もし良かったら私と家族になってくれませんか。」
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貝殻と言えば、もりのくまさんの日本語歌詞って意味がわからないよななどと思っていたら頭から離れなくなり、変な小説ができました。はなさっくもーりーのみーちー♪
はい。二枚貝はね、ロマンスだと思ってるんです。
もりのくまさんのもとの英語歌詞がアクション映画みたいなノリで面白かったです。襲いかかる熊が「君、銃持ってないけど逃げなくて良いの?」っていうところとか、まさしく英語のジョークっぽい!
こんな変なお話ですが百作目です(厳密には2作まとめて書いたものもあるから百二作かな)
このアプリを続けられているのも♡をくださったそこのあなたのおかげさまです。ありがとうございました。
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自分用メモ
貝殻の螺鈿が構造色なのはなんとなく知っていたが、外側の貝殻の色は遺伝だけでなく食べたものにもよるらしい。確かにシジミとかいろんな模様あるもんな。
後、昔世界中で高貴な人の色とされていた貝紫による染め物。貝の臓器に含まれる成分で黄色に染めて紫外線で反応することによって紫になるらしいのだが、その成分が臭素を含むためとても臭いらしい。現代の体験教室が臭いというクレームで閉鎖に追い込まれるくらい。日向で干しているうちにだんだん臭いは消えていくらしいが、クレオパトラが纏い、船の帆にまで使った布が最初は臭かったのかなと思うと少し面白い。
クレオパトラは樹脂から出来たお香のような香水を使用した可能性があるらしいけど、貝紫のせいだったりしてね。
貝殻と聞いて
武田久美子で頭の中がいっぱいになった。
他のことを考えようとしたけど無理だった。
恐るべし、武田久美子。
あの時代の美しさが、今でも強烈に記憶に刻まれているんだろうか。
しかし、30年以上も前の事。
そんな訳ないと、もう一度他のことを考えようと頑張ってみるけど、
やっぱり無理。
恐るべし、武田久美子
ザザーン…
潮風が力強く耳元を撫で、日差しが痛いほど突き刺さる昼下がり。
真っ白なワンピースに身を包んだ僕の天使は、先程から砂浜を眺めたり、海水に足をそっとつけてみたり、押し寄せる波から逃げたりと小さな子供のようにはしゃいでいる。
僕は一緒にはしゃげるような無邪気さは持ち合わせていなかったから、彼女の背中を追いかけながら彼女の姿を目で追っているだけで楽しかった。
刹那、彼女がこちらをクルッと振り返る。
小走りに駆け寄ってきた彼女から、そっと手のひらに何かを押し付けられた。
それは彼女のように真っ白で、可愛らしい見た目をした小さな貝殻だった。
《貝殻》
家庭が全てだった幼い頃から、家族に否定され続けてきた。
それでも認めてほしくて、いい子であろうと努力した。
笑顔であり続けることで、傷付いた心に何者も寄せ付けず。
そんなあなたの心は、痛みに耐えながら真珠を育てる貝のよう。
頑強な貝すら艶やかなあなたの心。
その脆さも美しさも知っているからこそ、無理に開きたくはない。
いつか、その殻を開いて見せてくれますか?
貝殻
なんか貝殻を耳に当てると海の音がするみたいな話があったな。ああいう話を信じられた純粋な時代に帰りたいね。
今ではなにか疑問があればネットで調べてそういうことかって理由がわかるからこの手のオカルトというかホラ話はあまり聞かなくなったな。
間違いなく昔より今の時代のほうが豊かなのに不幸に感じるのはこういうところだよな。なにもかもがすぐにわかってしまうのも考えものだ。
半端に知恵があるから不幸に感じるのであってなにも知らなければ不幸になりようがない。インターネットは幸福度下げるってデータもあるらしいからな。
だけどそれよりも舌が痛い。すぐ治るかと思ってたけど結構長引くな。どうも調べたら一週間くらいで治るみたいだけど長いね。この辛さを一週間か。
舌の痛みって脳にくるから最近なにもできないんだよな。まぁ怪我する前からなにもできてなかったけど。
こうも痛いと口内炎の薬がほしくなるけど放っとけば治るものに千円近く払うのはきつい。怪我も辛いけど貧乏も辛いな。
お題:貝殻
貝殻を耳に当てて聴こえてきたのは、あなたの声でした。
くすくすと笑うあなたの声がどうして聴こえるのでしょう。
この貝殻はどこに繋がっているのでしょう。
きっとわたしはこの中に入ることはできないのでしょうね。
遠いあなた。誰も想像のできない遠くにいるあなた。
わたしはここで、あなたに会いにゆける日を待っています。
夜明けの水平線はやわらかい紫色をしていた。
水深80メートルの桜
深い深い海の砂に隠れているのに
美しい貝殻をもっている
命を燃やした亡骸が秋の砂浜に咲いている
貝殻を集めに行きたい
綺麗な石を集めに行きたい
だけど貝も石も
そこにあるから美しいのだろう
君のありのままの姿が
君を美しくさせるように