お題 たぶん「貝殻」いや、「ホタテ」かもしれない
「今日の給食ホタテじゃない」
小学校に行くため玄関で靴を履いている僕に向かって母は言った。母は毎朝献立を確認して目につくものがあれば伝えてくれる。その日はホタテらしい。
「ホタテって美味しいの?」
10歳の僕はまだ人生でホタテというものを食したことがない。
「お、美味しいよ」
母はどこか戸惑ったように答えた。おそらく僕がホタテの味を知らないことに驚いたのだろう。僕はそんな母を尻目に学校に向かった。
4時間目が終わると給食だ。正直午前中はホタテのことしか考えれていない。給食の準備が始まった。僕はホタテめがけて一直線に進んだ。ホタテの配膳係は親友の拓郎だった。拓郎はホタテの乗った皿を僕に差し出してくれた。僕はそれを見て驚いた。貝殻付きなのだ。本体は貝殻に隠れて見えない。楽しみで仕方なかった。
「いただきます」
それを合図にみんな勢いよくホタテ食べ始めた。
「やったー。俺ホタテ2つ入ってる」
誰かが叫んだ。振り返るとそこには立ち上がり嬉しそうにホタテを食べる拓郎の姿があった。
「そういうこともあるんだ」
僕も早くホタテを拝みたい。そう思い、貝殻を開けた。
「ない」
本来そこに輝いているはずのホタテの姿がなかった。どうやら何かの間違いで僕のホタテが拓郎のホタテに迷い込んでいたようだ。故意に拓郎が自分のホタテを2つにした可能性はあったが拓郎を信じることにした。もう拓郎はホタテを2つとも食べてしまった。僕は悔しさで涙が出そうになったが堪えた。今更事を起こそうとしてももう遅い。僕が諦めようとしていると先生が唐突と言った。
「ホタテ1つ余ってるからじゃんけんだな」
僕は迷わずそのじゃんけんに参加した。相手は2人。カズヤと拓郎だ。「拓郎、お前はもう2つ食っただろ」そう思ったが誰も何も言わなかったので僕も言わなかった。じゃんけんの結果僕がホタテを手に入れた。こんなに嬉しいことがあるだろうか。ホタテを受け取り席に着く。僕は諦めかけたホタテをもう一度手にした興奮と感動で胸がいっぱいだった。ようやく食べれる。そう思い貝殻を開けた。しかしそこにホタテの姿はなかった。
家に帰り僕は部屋で泣いていた。ホタテを食べることができなかった苦しみを2回も味わったのだ。当然である。母が帰ってきて給食について聞いてくる。
「美味しかった」
僕は悔しさのあまりそう答えた。母は心配そうに僕を見つめるが母に涙は見せない。不要な心配をかけたくないからだ。そして母は言った。
「夕食もホタテなんだけどいい?」
僕は興奮のあまり失神するかと思った。
母視点
その日私は朝から動揺していた。献立にホタテがある。息子に聞くとやはり食べさせたことはなかったようだ。というのも私は中学に入るまでホタテアレルギーだったのだ。息子にホタテアレルギーがあるかはわからないが息子には用心で食べさせなかった。しかし学校でもしアレルギー反応がでたら一大事だ。私はどうにか食べさせない方法を考え、ママ友に連絡をした。
?視点
朝起きると母が誰かと電話していた。どうやら魔佐斗のお母さんとの電話らしい。学校が始まるまであと10分。僕は大急ぎで学校に向かおうと靴を履いていた。すると後ろで母が言った。
「今日献立ホタテがあるんだけど魔佐斗君ホタテアレルギーかもしれないらしくて。バレないようにホタテを食べないようにしてあげて」
そんな無茶な。そこまで魔佐斗と仲良くないのに無理だと思った。しかし、アレルギーならなんとかするしかない。母と作戦を立て僕は学校に向かった。
給食の時間になり計画を始めた。まずホタテの配膳係にホタテが嫌いだと伝え、わざとからになったホタテをもらう。そして魔佐斗が目を離したすきに魔佐斗のホタテと入れ替える。はずだった。しかし魔佐斗はホタテをガン見して目を離さない。これではすきがない。魔佐斗とは隣の席でチャンスがあると思っていたが諦めるしかなかった。しかしチャンスがきた。配膳係の拓郎が自分のホタテに僕の分のホタテを入れてあたかもたまたま自分のホタテに2つ入っていたかのように叫んだのだ。「あいつ」僕は拓郎を軽蔑した。しかしチャンスでもあった。魔佐斗がそんな拓郎を見るため振り返っている。その瞬間僕はホタテを入れ替えた。魔佐斗には申し訳ないがお前を守るためだ。そう思うことでホタテの不在に気づきアワアワと動揺している魔佐斗への罪悪感を無くした。
しばらくしてホタテの余りをかけたじゃんけんをすることになった。魔佐斗は当然参加する。こうなれば僕も参加するしかない。拓郎と魔佐斗と僕の対決だった。「拓郎、容赦ないな」そう思った。しかし今は魔佐斗に勝たせるわけにはいかない。結果は魔佐斗の勝利。もうダメだと席に着き諦めた。魔佐斗が席につき貝殻を開く。よく見えなかったが魔佐斗のなんとも言えない、まるで悟りを開いたかのような表情で気づいた。そこにホタテはないのだと。
拓郎視点
今日の給食がホタテということは前々から知っていた。そして誰よりも多くホタテを食べたいと思うのは当然である。ホタテの配膳係は僕だった。運よくカズヤがホタテの所有権を放棄してくれた。これはチャンスだ。自分のものになるであろうホタテの中にカズヤのホタテの身を入れる。これで2つ確保できた。完全犯罪の余韻に浸りながら僕は配膳を続けた。そして気づいた。ホタテが1つ余ることに。欲しい。しかし自分のホタテはすでに机の上だ。このままではじゃんけんになってしまう。欲望に悶絶しながらある方法を思いついた。単純にその場で食べてしまうというものだった。
配膳を終えた僕は誰にも見られていない事を確認しその場でホタテを抜き取り食べた。まだ「いただきます」もしていないのに何かを食べる。その緊張感や罪悪感とともにホタテを噛み締めた。そのせいかホタテは想像以上に美味だった。
食事が始まりしばらくしてホタテのジャンケンをすることになった。しまった。このままだとこっそり食べたとバレてしまうかもしれない。じゃんけんに勝ち隠蔽する。そんな思いで参加した。そして魔佐斗とカズヤが参加してきた。「カズヤ?お前は嫌いって言ってたじゃねーか」そう思った。そしてジャンケンをし、負けた。勝った魔佐斗はホタテの不在を確認したが、なぜか何も言わなかった。理由は気になるが助かった。
「今日の夕食はホタテにしよう。そしてアレルギーなのかを判断する」カズヤ君の協力でホタテを食べずに済んだと連絡があり私はそう思っていた。今となってはもっと早くに確認しておけばよかったと思っている。魔佐斗は美味しかったと言ったが顔に涙の跡がありなんとなく事情はわかった。
その後、魔佐斗はホタテを食べて意識を失った。
9/6/2024, 4:16:03 AM