リンゼン ハヤト

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何だかやり切れなくて、海に来た。絶えず聞こえる潮騒が心地よい。夏真っ盛りだが空は曇天で、綺麗でもない灰色で埋め尽くされている。平日の昼間ということもあり、人はいない。自由だ。少なくとも、ここにいる時だけは。
草臥れた革靴も靴下も脱いで浅瀬に足を入れた。不規則に打ち寄せる波、それに準じて指の間に入り込む砂がなんだかこそばゆい。ふ、と笑みが零れた。楽しい。親しい友人がいなくても、恋人がいなくても。童心に帰ったみたいだ。このまま沖まで歩いたらどれだけ心地よいだろう!まぁ、そんな度胸はないのだが。
浅瀬の波に飽きた頃、少し砂浜を歩くことにした。石が落ちていたり海水浴シーズンに取り残されたゴミが落ちていたり。先程とは違い、少し虚しい。物寂しく、ノスタルジックとも言い難い。
「……、」
ふと、足元に貝が一つ落ちていることに気がついた。白く、まだら模様がはいった巻貝。後で調べたが、チトセボラという貝らしい。そのまま放ってもよかったが、何となく手に取ってみた。想像よりも軽い。海に来た、という記念で持ち帰ることにした。自分もこの貝も、他に取り残されたはぐれ者のように思えたからだろうか。
足取りが重いが、そろそろ戻らなくては。仕事の途中だったのだ。また煩い上司に怒られるだろうが、何とか耐えてみよう。苦しくなったらまた、この海に戻ればいい。
曇天の隙間から光が差した……そんな気がした。

題目『貝殻』

9/6/2024, 4:29:25 AM