[貝殻]
僕達の村には秘密がある。
ある人里離れた山奥の小さな村でしかないような、その村の奥で育ったシラカシは、一年に一度十三粒の金のドングリをつけるのだ。村長は代々そのドングリからできた金塊を外界に売って、この村を守ってきた。
その金のドングリを村に授けてくれた神様マノマクヤ様は、その昔僕達村人にこう仰ったという。
曰く、金のドングリの話は決して村の外の人間が知ってはならぬ。
曰く、夏至の日と冬至の日にこの村には無かったものを捧げよ。
曰く、この2つが破られた場合、金のドングリの恵みはなくなるであろう。
曰く、それらがなしやすいように、金のドングリを持っている者しか出られず、この村になかったものを持っている者しか入れない結界をはった。
そのマノマクヤ様の教えを守るため、村には次のとおりの掟があった。
村人は、この村を勝手に出てはならない。
外界にいけるのは村長とその直系の男だけとする。
村の外の人間に村のことを知られた時は、その者を村人にしなくてはならない。
村になかったものを手に入れた者は皆の為にマノマクヤ様に捧げなくてはならない。
村の長い歴史の中では、山賊が入ったは良いが出られず村人になったり、外界に行きたいが為に金のドングリを盗もうとした村人が粛清されたりしたこともあったらしい。
ある日、村長の孫である僕は、村はずれの花畑で薬草を摘んでいた。この村では薬は年1でしか手に入らないため薬草は現役だ。ぶつくさ薬草の名を言いながらしゃがんでいると聞き慣れない声が響いた。
「クマー!」
こっちを見て叫んでいるのは、女性だ。20代前半というところだろうか。後ろをみて本物の熊がいないことを確認する。ふむ。どうやら髭も剃っておらず髪もボサボサ、鍛えている身体に纏った毛皮をみて判断されたらしい。熊は強いからな。光栄である。
「こんにちは、お嬢さん。僕はクマじゃないけど、この辺は危険だ。逃げた方が良い。」
腰を抜かしている娘に近付いてひっぱりあげる。多分新しいものを持っていたために結界をすり抜けてしまった迷い人だろう。他の者に見つかれば、返すわけには行かなくなるかもしれない。
キラリと何かが光った。娘の耳元で光るそれは、白い宝石のようだった。
「あ、あの、しゃべるクマさん、いいえ、ごめんなさい。あの、手をありがとう。」
及び腰ながらこの状況で御礼と謝罪が言える様に顔が綻ぶ。
「ああ、ちょっと待って。その耳飾りとこのドングリを交換してくれないか。」
茶色く塗装したただのドングリに見えるソレを渡すと娘は顔を顰め怯えながらも小刻みに首を縦に振った。
「これは拾った二枚貝で作った私の、手作りで…こんな、拙くて宜しければ、ど、どうぞ…」
「なるほど。コレが貝殻か。綺麗なもんだ。このドングリも僕が金属で作ったんだ。だからちょっと重いけど、代わりにもらってくれると嬉しい。この辺には本当に獰猛な熊がいる。気をつけて。もうこの辺に来ちゃ絶対にだめだよ。」
そう言って金のドングリを握らせて無事に結界の外に追い返したはずの娘が、また僕のもとに現れたのは三ヶ月後。
「あー、はじめまして。迷い人よ。君はこの村の住人になった。申し訳ないがもう外界に帰すわけには行かなくなった。君の衣食住は次の夏至の日まで面倒を見るが、その日までに身につけた「新しいもの」を探して奉納するように。」
マノマクヤ様の祭壇の前で村人達の前でお嬢さんにそう宣言すると、集まっていた村人達は娘に歓迎するよ。すぐに慣れるからと声をかけて散らばっていった。
何度やっても、迷い人に帰れません宣言は気持ちの良いものではない。何のためにこっそり偽装した金のドングリを袂に忍ばせていると思っている。
「おい、お嬢さん。なんで戻ってきた。」
2人になるのを待って問いただすと娘は眼を丸くした。
「あなた!あの時のクマさんなのね!?お髭もないし、目もはっきり見えてるし、着物も着てるから自信がなかったけど会えて嬉しいわ!」
なぜこの娘の顔はこの状況でこんなに明るいのか。
「…僕はこの村の長の孫の吾郎だ。質問に答えてくれ。」
「あ、ごろうさんなのね、ごめんなさい。
えっと、何で戻ってきたかって?
だってあなたがくれたドングリをアクセサリーにしようと穴を開けようとしたら、中が金色なんだもの。金メッキなら兎も角、逆に茶色に塗装する意味がわからなくてびっくりしたわ。なんか怖いし返したくても返せないし困ったなと思ってたんだけど、ある夜、夢を見たのよ。」
塗装がバレていることに額を抑えながら先を促す。
「夢?」
「そ。私、両親ともに病で倒れて天涯孤独の身の上って奴なんだけど、白い貝殻の片割れと再び会うことができれば、私に家族ができるであろうって。」
あっさりと言われた内容に言葉を失う。
「君は…一人なのか?」
「そうよ。」
「白い貝殻?」
「ごろうさんに片方あげたイヤリングね?」
娘は片耳を指した。白く小さな貝の耳飾りが揺れている。
「あれは…次の捧げ物がくれば返すことができると思う。」
「ごろうさんがくれたドングリは?」
「あれは捧げ物にはならない。新しいものでなくては…。そもそも君にあげたものだ、貰っておけば良かったものを」
「分不相応なものは貰わない主義なの。」
娘の新しい家族とは誰がなるのであろうと気もそぞろに返事していると、娘はやおら歌い始めた。
聴いたことのない歌だ。綺麗な歌声だった。
祭壇の前に捧げられた、白い貝殻の小さなイヤリングがチャラリと小さな音を立てた。
「返してもらって良いですか?これは、返しますね?」
僕が塗った金のドングリが新しいものとして認められたのか、娘の歌が新しいものと認められたのかはわからない。ただ、彼女の捧げ物は認められたように感じられた。
よく考えればどの道あのドングリは返してもらわなければならないものになっていたとはいえ、彼女はマノマクヤ様の巫女にでもなったのだろうか。あんな綺麗な歌声なんだ。あり得る。
呆気にとられている僕の手に娘は貝殻のイヤリングを握らせた。
「ねえ、ごろうさん。私あの時のクマさんのことがずっと忘れられずにいたの。もし良かったら私と家族になってくれませんか。」
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貝殻と言えば、もりのくまさんの日本語歌詞って意味がわからないよななどと思っていたら頭から離れなくなり、変な小説ができました。はなさっくもーりーのみーちー♪
はい。二枚貝はね、ロマンスだと思ってるんです。
もりのくまさんのもとの英語歌詞がアクション映画みたいなノリで面白かったです。襲いかかる熊が「君、銃持ってないけど逃げなくて良いの?」っていうところとか、まさしく英語のジョークっぽい!
こんな変なお話ですが百作目です(厳密には2作まとめて書いたものもあるから百二作かな)
このアプリを続けられているのも♡をくださったそこのあなたのおかげさまです。ありがとうございました。
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自分用メモ
貝殻の螺鈿が構造色なのはなんとなく知っていたが、外側の貝殻の色は遺伝だけでなく食べたものにもよるらしい。確かにシジミとかいろんな模様あるもんな。
後、昔世界中で高貴な人の色とされていた貝紫による染め物。貝の臓器に含まれる成分で黄色に染めて紫外線で反応することによって紫になるらしいのだが、その成分が臭素を含むためとても臭いらしい。現代の体験教室が臭いというクレームで閉鎖に追い込まれるくらい。日向で干しているうちにだんだん臭いは消えていくらしいが、クレオパトラが纏い、船の帆にまで使った布が最初は臭かったのかなと思うと少し面白い。
クレオパトラは樹脂から出来たお香のような香水を使用した可能性があるらしいけど、貝紫のせいだったりしてね。
9/6/2024, 3:12:16 AM