わをん

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『貝殻』

側面に穴がいくつか空いた虹色に淡く輝く平たい貝殻を息子はためつすがめつ見つめている。会食の席で出されたアワビの煮物の皿になっていた貝殻を持ち帰って息子に見せてやると、貝殻はその日のうちに息子の宝物コレクションのトップにランク入りした。その貝殻は息子の興味を貝自体へと大きく舵を取らせることになっていく。
手始めに貝類の図鑑をせがまれて買い与えると隅々までつぶさに読み込む日々が始まった。アサリの貝殻欲しさに1週間ほど食卓にアサリが並ぶこともあれば、貝殻を拾いに行きたいと週末ごとに海へと通いつめることもあった。息子が回転寿司店で初めてアワビを口にしたときには味を噛みしめるということを体現するかのように時間をかけて味わっていた。ちゃんとした寿司店で下駄に乗ったアワビを口にした時のことは言わずもがなである。
それから月日は流れゆき、息子は貝類学者となっていた。国内のみならず世界をも飛び回っており、各地から絵葉書が届くことがある。かつては煮物の皿であり、息子の宝物コレクションのトップを飾っていた平たい貝殻は今も変わらず家に鎮座していて、今日新しく届いた絵葉書と共に虹色に輝いている。

9/6/2024, 4:04:28 AM