白糸馨月

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お題『貝殻』

 小学校の頃、海に遊びに行った日に法螺貝を拾った。法螺貝を耳に当てると海の音がするらしい、ってどこかの雑誌だか、漫画だかの情報を真に受けた私はそれを耳に当てて海の音を聞こうとした。
 けれど、波の音なんて聞こえてくるわけがない。
 なぁんだと思った私は貝をその場に置いて帰ろうとしたら、

「わたしの声、聞こえてる?」

 という女の人の声がして、私は思わずびっくりして腰を抜かし、貝を放り投げてしまった。
 しばらく貝を見つめてみる。そこからヤドカリみたいに急に足が出て歩き出したりしないかなと思ったが、そういう様子は見られない。ただ、「もしもし?」とか「誰かいるんでしょ?」という声だけがちいさく、くぐもって聞こえるだけだ。
 私は意を決して貝殻を手に取る。

「もしもし」

 おそるおそる声を貝に吹き込むと、貝の向こうの声は嬉しそうに笑った。

「わぁ、本当に話せるんだ!」
「え、そっちでも噂みたいなものってあるの?」
「うん! 海底に落ちた法螺貝を拾って耳に当てると、人間たちの声が聞こえるって噂」
「にんげん……、きみは人間じゃないの?」
「わたし、人魚」
「えぇ、人魚ってほんとにいるのぉ?」
「ほんとにいるんだよぉ」
「へぇ。すごーい」

 それから私達は親に呼び出されるまでずっと貝殻を通して話していた。海から帰るってなった時に

「また海に来た時、会おうね」

 とお互いに約束してその場を去った。私は話し終わった後も法螺貝を持っていて、家に帰った後も貝殻を耳に当ててたんだけど、なにも聞こえてこなかった。
 彼女と話せたのはまぼろしだったのかな。
 いつしか、その法螺貝は何年も部屋に放置された。

 私が法螺貝の存在を思い出したのは、「人魚を題材にした映画に本物の人魚を起用した」というニュースが入ってきたからである。
 海の中でインタビューを受けている女性をテレビで見ながら、ふと、その声に聞き覚えがある気がして

「まさかね」

 と思って、まだ実家に住み続けてる私は部屋に戻ると法螺貝を見つけて耳に当てた。そうしたら

「もしもーし」

 とインタビューで聞いたのと同じ声がして、私は思わず笑みを浮かべた。

9/6/2024, 4:14:15 AM