『衣替え』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
じきに衣替えの季節だ。
クローゼットの中はそれほど詰まっていない。
おれはいまだにきみがくれた黒いジャケットを捨てられずにいる。
ところどころほつれて毛玉も浮いてきたジャケットは、
それでもさすが高級品だ。
まだ暖かく着られる。
きっときみはこのジャケットのことなんか忘れているだろうけど。
たまにきみを遠くから見かけると、嫌でもおれとの隔たりを感じる。
本当にきみは全部、あの日々を全部忘れてしまったのだろうか。
あの日、きみが好きだと言ったおれを、きみは何も言わず抱きしめた。
おれは今年の冬も、もう残ってなんかいないきみの香りを探して黒い襟に鼻先をうずめるんだろう。
どっかに行っちゃった。暖かい心の証明にもらってた黄色い缶バッジ。大事にしてるつもりだったのに。たしかに毎朝「よし」ってしてたわけじゃないし、落とさないように工夫もしてないし、紛れないように確認もしてないけど、なくしたいわけじゃなかったのに。剥がれ落ちる鱗。
寒くなるけど、ニットを着るにはまだ早い。チクチクって肌を刺す痛みに耐えられない人間として生まれてきちゃった。ちょっとした失敗。たんぽぽはあんなに秋に似合いそうなのに全然春の生き物だったな(どこに隠れた否定的用法だろうか)。今どこにいるの?
ーーはい、じゃあ今日で衣替えね。この半袖のシャツ去年買ったのに着なかったね。掘り当てて思い出す。こんなに服があったっけ?捨てたいわけじゃないけどちゃんと生きてられないから、この部屋は僕だけの鉱山。(大事にして。)
しようしようと思って、衣装ケースを取り出したまま部屋の隅に積んでいる。中から必要なものだけを1枚ずつ取り出しており、衣替えは一向に進まない。
街が歌で溢れる中で
私は金木犀の香りに触れる
ー衣替え
衣替え。
特に、着込んでいくことになるこの秋の衣替えは
1年の中でも最難関であるように思う。
春は、気温の上昇から脱いでいくタイプの衣替えだ。
脱ぐことで手荷物は増えるかもしれないが、
脱いだ先の薄手の衣服は既に着ていることが多いので
成功率は高い。
しかし、秋の衣替えは着る衣服を持ち合わせて
いないと成功しない。
日中は暖かいし、
夜もそんなに変わらないだろうと油断して
羽織を持参せずに外出して、
痛い目を見ることはザラにある。
そして、身体を冷やして、風邪を引くのだ。
近年は、例年の天候データが参考にならない。
それが余計に衣替えの難易度を上げている。
もう、失敗して当然くらいの心持ちで
毎日を過ごしたほうが良いのかもしれない。
衣替え
服の衣替えは、元々そんなにしなかっ
た(出しっぱなしが多いので…)
それに最近は残念な事に四季があまり
なくなってしまった。
極端な話 Tシャツとダウンがあれば
なんとかなる…
その分 家に関しての衣替えに時間が
かかる様になった。
梅雨が終わる前に家中の窓に簾をかけ
る。
場所によっては遮光シートを貼ったり
遮光カーテンを垂らしたり…と暑さ対
策。
短い秋が来るとそれを撤去し、冬の寒
さが始まる頃に断熱対策のシートを垂
らしたり、隙間風を防ぐアイデアグッ
ズを用意したり…と。
ここ数年の異常気象で私にとっての
衣替えが、まさか家がメインになると
は思わなかった…
季節が変わる…
この服は
あなたと初めて出会った時に着てた服
あなたと初めての旅行に買った服
あなたと初めてのクリスマスに着てた服
あなたと初めてのお誕生日に着てた服
全てにあなたとの思い出ばかりで
衣替えが進まない
私だけ前に進めない…
【衣替え】
衣替え
(本稿を下書きとして保管)
2024.10.22 藍
衣替え
なんとなく面倒くさくておざなりにしていたら
木々が衣替えする予報よりは前でないとと思い慌てた記憶がある
甘ったるい金木犀のにおいがする。
沈みかけていた意識がすくい上げられていく。強引に引っ張られ、利き手に何か大切なものを握らされ、ぼやけた輪郭を薄紅色の花弁が攫っていく。
――願わくば、
そう言って穏やかに微笑んでいる、ように感じた。それぞれに繋がれた手が離れていってそれが寂しく、とても情けない。私のせいだ、全部私が悪いのに、どうして。
目が覚めたら自室の畳の上に転がっていた。開け放された障子の外、何かの染みで汚れた縁側の向こうに曇天の庭があった。見える限りすべての植物は朽ち、白かったであろう玉砂利は土埃か何かでくすんでいる。だけど、わずかに湿気を含んだ風がよく知るにおいを運んでくるからまだどこかで生きているのだろう。
もう、そんな季節なのか。知らない内に随分と時が進んでしまった。そうだ、着物。みんなが贈ってくれたあの着物はどこにあるのだろうか。今なら丁度いい。凝った意匠の私には豪華すぎるそれを今なら着れるはずなんだ。
「はやく、みつけないと」
この季節が終わってしまう前に替えてしまわないと、きっとまた怒られてしまうから。
【題:衣替え】
【衣替え】
タイミングが難しい
前はそんな事なかったと思うのだけれど
学校や会社で決められた日
それで良かった
今は多様性の時代らしい
衣替えのタイミングも様々だ
暑がりであり
少し変わり者の疑いがある俺にとっても
ありがたい話だ
実際に身近な所でも
多数決だけが解決の方法では無い
そんな雰囲気が広がりつつある
ただ
一斉に切り替わり
まだ早いよなんて思いつつも
それも季節を感じる風景の1つだったように思う
なんてのは年寄りのボヤきだろうか
ニュース番組で
選挙の話をしていた
これも多数決だよなぁ
なんて思いながら眺めてると
自分の考えに近い政治家・政党が分かるツールを紹介していた
いくつかの質問に答えていくと
近しい政治家・政党を教えてくれるらしい
〇〇〇に賛成か反対か
右か左か
そんな質問の中に
多様性か伝統か
みたいな質問があった
多様性の恩恵にあやかる傍ら
伝統芸能に身を置く立場としては
何とも答え難い
何よりこの二つは相反するものなのか
なんて思ってしまう
やはりズレてるのかも知れない
多様性様々である
温かいお召し物を、物入れから出しましょう。
昨年はあまり着る機会のなかった、あの洋服を試してみるのはいかがでしょう。きっと素敵に見えますよ。
日々の生活を送ることを、楽しんでください。
そして温かくして、お身体を大事になさってくださいね。
毎年毎年何で着なくなったのか分からない服が出てくるのは何故だろう(笑)?
それにしても、こうも気候が変動して日ごとに暑くなったり寒くなったりすると、〝衣替え〟なんて行事みたいにやる必要が無くなってる気がする。
大きな家のウォークインクローゼットみたいに、オールシーズン服を下げておけるスペースがあればなぁ。
END
「衣替え」
#殴り込んで思い出させる事にした。
自我の発生した瞬間を覚えている
暫く生きて
情緒はぶっ壊れ
触り心地はザラメの様で
ザラザラとチクチクと触れた指が痛んだ
ぶっ壊れ情緒に
健やかな命の表層に触らせてくれたのは
自分より余程小さい四つの生き物で
さらさら ふわふわ ぬくぬく
しかし他人事
ガラスの向こうで見る命達の話だと思っていた
ああして
"生きている振りをすれば良い"のだな
伴わない言葉と動作は存外簡単に身に付いた
そこにガラスをぶん殴る猛者が現れた
此方もまさか割れるとは思わなかった
ぶっ壊れ触り心地の悪い情緒に掴み掛かり、
あまつさえぶん殴る奴が居るとは思いもしなかった
「痛ぇ...」
その日、自分の指先に
皮膚があり神経があり血が流れている事を自覚した。
どこかの誰かじゃない
自分がアバターとして動かしているのでもなく
この身体こそが自分で、
身体の消失が存在の消失へ繋がる
命は自分にも宿っていた
「まじか。」
そんな大層な物が自分にも有ったとはー…
思いもしなかったな…
命は大事だろ。
知ってるか。
お前も、命持ってんぞ。
見てみろよ。
それ、人間の手だぞ。
お前、人間だったぞ。
命を大事にしろと唱える人間様のひとりだったぞ
笑える話だよな
でも、大事にして良いんだぞ。
「安い綺麗事のくせに、そうだな。」
「ああ、だろ、?」
衣替え
寒いから替え
暑いから替え
好きだから替え
「お疲れさん」
「お疲れした」
俺は、更衣室で除染服を脱いで、私服に着替えた。
今日の勤めを終える。
これから、宿に戻り、風呂に入って簡単に飯を済ませる。テレビは持っていないから見ない。図書館から借りた本を読んで、眠くなったら眠る。
眠れない夜はまんじりともしない。
刑期を終えて、出所した俺は全てを失っていた。
元の仕事に戻れるはずがなかった。高校教師の俺は懲戒免職になった。
教え子に手を出した淫行教師。ロリコンエロ野郎。人でなし。
ネットが俺に与えた罪状だ。
俺は街を離れた。食い詰めてたどり着いた先は、原発事故の深手が残る海沿いの場所だった。
日雇い労働者として、除染作業を行うことで、食い扶持を稼いだ。
ここでは誰も、俺が教師だったと知らない。なんでここで働きだしたのか、理由を追及する者もいない。気楽だった。
犯罪者は北へ向かう。どこかで読んだ一文を思い出す。
ーーああ、でも俺はやはり無意識に、彼女のことを追いかけているのかも知れない。
刑務所に送られてくる彼女からの手紙を、俺は読まなかった。封を開けて中を見るのが怖かったのだ。
裏面の差出人の住所が北の、原発事故の起こった地になっていたのだけは、確認していた。お母さんが福島の生まれだといつか聞いたことがある。たぶんそちらへ身を寄せているのだろう。
針の筵にいる訳ではないと思うとほっとした。
彼女の人生に関わってはいけない。これ以上。
でも俺の記憶は蘇る。ベッドで、俺の背をなぞりながら、先生の背中に星座があると囁いた甘い声が。
擬人法を教えてくれたねと、サザエさんの歌を口ずさむ彼女が、海浜に寄せる波のように繰り返し、繰り返し。
俺を狂おしく揺さぶるのだ。
#衣替え
「空が泣く5」
衣替え
もうすっかり寒くなっていた。
嫌な予感がして、いつもの森に駆け込む。
そこで友のエルフが木に寄り添って枯れかけていた。
「ああ、いかないで。どうして」
思わず涙を流しながら彼女の肩を揺さぶる。
「大丈夫。少し眠るだけ。生命の芽吹く季節が来たら、私たちまた会えるから」
「いやだ…まだここにいてよ…」
分かってた。日が経つに連れて彼女の髪の色が変わっていっていたから。
エルフはその名の通り森の精霊。
樹々が枯れれば彼女らも消える。
「少しの辛抱でしょ?ほら、森もヒトのように衣替えをするのよ」
彼女はクスッと笑った。自分はずっと泣いていた。
「君たちには一瞬なんだろうね…。冬なんて。分かった。待っているよ。」
森と人、次の衣替えの季節にまた会おう。
花の便りが来る日まで。
暑い。そう思っても、夕方は寒く感じて
朝と晩、薄目の長袖。
昼は、半袖。
衣替えはまだ、もう少し先かな?
やっぱり、なんだか季節はずれな気がするから。
春と秋がなんだか分からないうちにすぎて、衣替えできないままのクローゼットは夏服と冬服が混在してる。
〈衣替え〉
朝が肌寒くなってきたこの季節、布団から出るのが億劫になる。
音楽業界でエンジニアとして働く私にとって、服装は動きやすさ重視で決めている。
ライブやコンサートでの音響を担当したり、アーティストのレコーディングを撮り、その後修正を加えたりと、音のことならなんでも屋さんと言われるほど忙しい日々を送っている。特にライブでの音響、PAエンジニアとして働く時はせかせか動かなければならないので、ライブTシャツにジーパンスタイルが基本。
裏方なので、お客さんからは見られないし、作曲家でもないから楽曲クレジットに載らない。たまには載るが、精々映画のエンドロールで大量のスタッフの中にいるひとりのスタッフ程度だ。
「もっとオシャレしなよ」
昨日の同窓会でそれぞれの仕事の話をしていた時、港区でOLをしている女子から言われた。
確かにこの仕事に就いてから、服装なんて考えてこなかった。動きやすさ触り心地でしか選ばずに、決して、見た目で選んではいなかった。というか、そもそも休日がほとんどない。会社で寝泊まりすることなんてザラにあるし、一度家に戻り風呂に入ってからまた会社に戻ることもある。休日なんて、半日あれば良い方だ。時間は関係なく、依頼があれば仕事をする。不規則で不安定で低収入な仕事だからこそ、服装なんて気にする余裕なんてない。今のレーベルに入社して死に物狂いで勉強した。大抵は専門学校卒から入社するか、一般大学卒でアシスタントとして働くのが主流だ。最近では後者が圧倒的に多くなり、アシスタント同士でも仕事の奪い合いが始まる。それを経て、少しずつ先輩の仕事を手伝い、やっとひとりで仕事ができるようになる。
正直、港区でOLしている人になんか、こんな気持ちは分からないだろうと貶していた。
彼女はばっちりメイクをして、ネイルサロンと皮膚科に定期的に通い、コテで髪を巻き、香水をぷんぷん振りかける。しかも皮膚科は、わざわざ韓国まで行くという。
一方で私がネイルしたら機材を運ぶ時に折れてしまうし、髪を巻けばレコーディング後の修正作業の時に邪魔になる。香水を振りかければ、私自身が匂いに敏感な為集中できない。
同好会も終わりに近づいた頃、目の前の席に座る楠木と視線が合う。
「前田はレコーディングエンジニアだったよな?」
ビール片手に楠木が聞く。
「うん、そうだよ。ていうか今ではレコーディング以外もやらせてもらってるけどね。音響には変わりはないけど」
「アイドルとかのレコーディングとかってさ、『かっこいい!』とか思わないの?」
「うーん、それが思わないんだよね。そもそもこの仕事に就いたのが、音にこだわりがある自分に向いてるんじゃないかって思って目指したから。正直、顔より歌声とか、シンセって言う所謂音源にしか興味ないね」
「へー、珍しいな。音にこだわりがあるって言うのはどういうこと?」
「んー、説明するのは難しいけど好きな音があるっていうのは1つあるかな。曲中で流れてくる、イヤフォンしたらやっと聴こえる低度の低音だったり、コップをスプーンで叩く音とかが割と好きかも」
「具体的にさ、この曲の音が良いっていうのはある?」
「あーそうだね。あの、popgirlって曲、知ってる?」
「知ってる!韓国のアイドルの曲でしょ?」
「そうそう。その子のfor uっていうラップのバックで鳴ってるギターの音色が最近好きかな」
「やー、よくそこまで聴き取れるね」
「職業病的なものだよ」
「あーなるほどね。じゃあ割と歌詞よりサウンド重視?」
「そうなるね」
一気に喋ったのでハイボールをぐいっと飲む。
「楠木は会社員だよね」
「そうだよーオフィスでずっーとパソコンと向き合ってる」
彼は自嘲するように言った。
「ずっとパソコンと向き合うと肩こり酷いよね」
私もレコーディング後の修正作業はパソコンでするので共感できる。
「あれ、やばいよな!背伸びしたら背中らへんの骨がボキボキ言うもん!」
「首とかもなるよね」
まさかの肩こりで盛り上がる私たち。
しかし、今まで肩こりや腰の痛みを笑いながら話していた彼は、顔色を変え、じっと私の方を見た。
それに気づかないほどの鈍感でもないので、さり気なく「何か悩みでもあるの?」と聞いた。
すると彼は、「仕事してる時って、やっぱり動きやすさ重視で服を決めてるの?」と想像の斜め上の質問を問いかけた。
「そうだね。やっぱりTPO的なものもあるし、何より機材を運んだり、意外と動き回るからね。その時にスカートだと、どうしても動きにくいし、服装によっては『前田はあのアイドルの〇〇が好きだからファッションに気を遣ってるんだよ』って言われかねないからね」
「確かに、ライブとか行った時スタッフさんがすごく忙しそうだったし。フリフリの服装で行ったら気があるって思われたら大変だしね」
「そうなんだよね。でも、私は元々パンツスタイルの方が好きだし、ストリート系とかオーバーサイズのものが好きだったから特に何も思わなかっけど、同僚の中にはゴスロリが好きな子がいて、仕事中はゴスロリが着れないって言ってたな」
「あー、やっぱり好きな服を着て仕事した方が捗るしな。そのゴスロリの子は大丈夫なの?」
「全然大丈夫!休みの日にめちゃめちゃ着てるし、インスタに載せてるくらいだから。その子は営業の方だから土日祝日は休みだし定時退社だから、好きなことに時間使ってるよ」
「あっ、営業の方なんだ。休みとかは部署によっても変わるよね」
「変わる!変わる!私なんか久しぶりの休日だよ~楠木はどんな感じなの?」
「俺はそのゴスロリの子とほぼ同じ。会社員だしね。前田は凄いな、忙しい中、今日も来てくれたんでしょ?疲れてないの?」
「疲れてないよ!むしろ元気もらってる感じだよ。うちは制作チームだから、みんな死んだ顔だよ。会社で寝泊まりするのがざらにあるしね。そのせいで若い子は辞めていくんだけどね」
皮肉のように言った。実際、私の後輩も先月辞めたばかりだ。これから伸びる子だと思っていたが、入社してすぐに自分の好きなアイドルのレコーディングを担当できると夢を持っていた彼女にとってみれば、自分の立ち位置が気に食わなかったようだった。入社すれば、推しに会える、付き合える可能性が高まると言った下心を持って面接に臨む人は少なくない。裏方は、ファンでさえも見れないレコーディングやリハーサル、打ち合わせに同席するのだから。そう思うのは仕方がない。ただ、スタッフとアイドルの恋愛は禁止されている。これは音楽業界だけではなく、芸能界の掟である。見つかり次第、スタッフはクビになる。どんなに優秀なスタッフでも。それくらいやってはいけないことなのだ。アイドルとスタッフの信頼関係を維持するためにも必要なことだから。
楠木は聞き上手だ。だから何でもかんでも話してしまう。辞めた後輩のことも聞いてもらった。
同窓会が終わり、各々靴を履き、店の外でタクシーを呼ぶ者、彼氏を呼ぶ者。様々な中、少し離れた所にいた楠木が近づいてきた。
「これ、衣替えって言ったら変だけど、たまたま見つけてこのくらいのアクセリーだったら邪魔じゃないかなって思って。良かったら貰って。休みの日とかにでもつけてよ」
それは小指サイズの指輪だった。しかもその指輪のブランドは、私が勤めてるレーベルとのコラボ商品で、品薄状態になっていたものだ。
「えっ!いいの?」
「うん。前田のレーベルとコラボしたブランドでしょ?自分の会社の商品くらい身につけてたほうが話のネタにもなるんじゃない?」
「ありがとう!すごく嬉しい。欲しかったんだよね」
「それならよかった。今日はあえて良かたっよ、また連絡するね」
「私も会えてよかったよ。本当にありがとね」
「じゃ、俺こっちだから。体に気をつけてね」
「うん。楠木も気をつけてね」
風のように去った彼の後ろ姿を見て、貰った指輪をつけてみた。
仕事柄、港区のOLのように可愛いスカートを履くこともできないし、メイクも最低限しかできない。年中たいして変わらなくて、寒い時はパーカーを羽織るくらいだ。
けれど、この指輪は私にとっての衣替えだ。
指輪をはめ、残っている仕事を終わらせるため、会社に戻る。
いつも違う足取りで向かう。