『落ちていく』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
私の話を聞いてください。彼は酷い人です。
私は彼の為に自分の趣味じゃない服や装飾品を身につけました。
仕事だって彼女らしく支えようと、関連の資料を徹夜して作ったり、更にバランスの良いお弁当を用意して、デスク周りの掃除をしてあげました。
なのに彼は私にこう言い放ったのです。
「君の未来の彼氏はとても恵まれているね。」
《落ちていく》
深くお辞儀をしたのである。それが最後に取るべき礼節かと思ったので。助走などつけずそのままその場で地を蹴ったのである。それはスプリングがそこそこ効いた板であったので。落ちていく間のことはわからない。君の顔を見たような気もする。それなら人生で初めて見た幽霊ということになり、人生さいごに見たものも幽霊ということになる。水面に叩きつけられる。骨は砕ける。内臓は破裂する。ようやくすべての正しさと間違いが消失する。
紅い葉ひとつひらってきえる目で僕はコーヒーシュガーのように
落ちていく
どこまでも深く
落ちていく
底は知らない
暗い暗い闇の中
落ちていく
底ない深さの闇へ
落ちていく
誰も気付かない
落ちていく。底はない。
浮遊感と重力の赴くままに、ただただ下へと向かう。
下へ。下へ下へ。
そこには何も見えない。ただ無の空間が広がっている。
私はどこへいくのだろう。そんなことを考える暇もないまま、虚空に吸い込まれるように落ちていく。
私の身体は次第に小さくなり、やがては点ほどの存在に成り果てた。
そうしてようやく私は気が付いた。
ああ、そうか。これが死だ。
これは私を終わらせるための穴なのだ。
落ちていく感覚といえば
寝入りばなにビクッとなるアレしか思いつかない
落ちていく。ゲームで高い場所から落ちるのを見るとぞわってなる。ああいうのを背筋が凍るって言うんだろうな。
時々高い場所から落ちる夢を見ると起きた時に汗をかいてたりする。最近はあまりそういう夢を見なくなったけど。
落ちる夢ってのはどういう心理状態なんだろ。不安とかかな。夢の解析ってフロイトだっけか。
調べたらやっぱフロイトだった。この人の名前どこで聞いたか覚えてないけど有名だな。
落ちるといえば連想するのは自殺かな。どっかのビルで自殺しようとする人を警察が止める。そんな印象がある。
自殺というと電車に飛び込むのもあるけどあれも落ちると言っていいのかな。
なんにせよ自殺する人ってのは勇気あるよな。俺にはとてもできない。
こんな世の中さっさとおさらばしたいけど困ったことに楽しみにしてることも多いから死にたくもない。
しかし労働は辛く生きているだけで死にたくなる。人生は辛い。
「髪の色明るくなってない? 色落ちてる」
「あー? 前に行ったのいつだっけ」
びよういん、と口にしながら毛先を摘む。日に透かされて金髪みたい。いたんでる。
ぱさぱさと静電気でたってる髪が子供みたいで笑える。
はっきりそう言ってやったら、じ、っとこっち見てきた。何かイヤミを返そうとしてるのかと思って黙って待ってたら、
「おまえの髪、いっつもツヤツヤなのな」
歪んだ唇。嘲笑と微笑みの間。
それ、どっち。
どっちでもいい。その間。またあんたに落ちてしまう。
2023/11/23 落ちて行く
落ちていく
あぁ、君のその希望に満ちた心は澄んでいて美しい。どんな困難があろうとも立ち上がり必ず希望を持って進み続ける。
君のいつも目には光が写っていた
いつしか私はあの表情を壊したいと思うようになった
あのキラキラした目、いつも笑っている口、いい事があると嬉しそうにつり上がる眉毛、いつも明るく大きな声…ぐちゃぐちゃに壊したい!!!!
希望が何も無くなったらどんな表情をするのかなあ、君の目から光が消えたら何色なんだろう、怯えきって自慢の声も震えて小さくなるかな?
あ!私だけが希望になったらどうなるのかな執着してくるだろうなぁ…私だけは君を裏切らないと思い込ませ、その後に君をドン底に落とせば良い表情が見れるかもしれない!何故?って混乱するだろうなぁ、理由を1人で探し続けるだろうなぁ、君には考えられない理由だろうけどね
助けてとか許しを乞う姿も見られるのかな?
あぁ!!今すぐ見たい君の堕落した姿
『落ちていく』
眠れない。
私は寝るのが下手だ。
明日も仕事があるから早く寝たいと思うのだけれど、頭の中で色々考え事が浮かんで来て、ついつい「あれはどうなのだろう?」とスマホで検索し出したりするから余計に眠れなくなる。
若い頃は、10時にスコンと落ちて気づくと朝!みたいな日々だったのに、アラサーともなると寝付きも悪ければ、途中で目を覚ます事も増えた。
「そりゃ、運動だな!ジム行くぞ!ジム!」
職場の同僚である坂井くんが、最近通い出してハマっているジム通い。
「えー…私、運動嫌い…。」
「運動量が足りないんだって!体動かして疲れればあっという間に寝落ちするぞ。」
そう言って通っているジムの無料券をくれたので、寝れるなら…と坂井くんについてジムへ行ってみる事にした。
「もう…ムリ!!」
「頑張れ!ラスト1回!じゅーご!!」
基本15回を3セット。
大きな筋肉がある足や背中の筋肉を鍛える為、マシーンを坂井くんに教えてもらいながら使ってみた。
ビックリするくらい筋力がなく、「ヤバいな…老人並みの筋力だぞ…」と坂井くんに言われる始末。
有酸素運動も取り入れながら、1時間も取り組めば足はガタガタ、ヨボヨボの私が完成。
こんな辛いのムリ…。
そう思った私だったのに…その日の夜、私は久しぶりに「あー何も考えられない…」と思考を手放し、深い眠りに落ちた。
次の日、筋肉痛でものすごく体が痛くてヨボヨボなのに、久しぶりにぐっすりと眠れてスッキリしている感覚の方が筋肉痛を上回っている。
こ、これは…!
続けた方がいいかもしれない…。
「坂井くん…昨日のジムなんだけど…私も通おうかと思って…。」
「マジで!?ヤッター!高橋も今日から筋肉仲間だな!」
嬉しそうに坂井くんが笑って言う。
こうして私は筋トレの沼に落ちていく事になる。
そしてプロテインだのEAAだの坂井くんとも筋肉話に花が咲き、一緒に過ごすうちに坂井くんと恋にも落ちていく事になるのだが…それはまだ先の話だ。
#落ちていく
体が真下に引っ張られる感じがして、手をつこうと伸ばした瞬間、目が覚めた。
落ちていく夢を見るのはこれで10日連続だ。
夢占いでも検索してみようか。何か悪いことが起きるのではないかと、少し怖い。
目覚めも悪いし、いつも落ちていくときに起きるから、落ち切った後のことがわからない。下へ到達したときに何が起きるのか、何があるのか。知りたいような、知りたくないような。
ランチタイムにそんな話を櫻子にすると、軽い調子で「一度落ちてみたら?」と言われた。
あまり深刻には受け取ってくれていないようだ。
「別に本当に高いところから落ちて死ぬわけじゃないんだし。夢でしょ?夢ならどうなっても大丈夫じゃない」
「確かに一理あるけど、私は怖いのよ」
アイスコーヒーをかき混ぜながら、櫻子は「ふぅん」と鼻から抜けるような音を出して、「そういえばさあ!」と無理やり話題を変えた。
これ以上は話を聞いてくれなさそうなので、私も黙って櫻子の彼氏の話にちょっとうんざりしながら耳を傾けた。
他の人に相談しようにも、同じような反応をされるのではないかと躊躇してしまい、11日目の夜が来た。
眠るのが怖いが、そうも言っていられない。明日も会社がある。
そうだ、寝る環境が悪いのかも。
私はいつものベッドの下に布団を敷き、寝方を変えてみることにした。ベッドから落ちそうになるのを、夢で見ているのかもしれない。
部屋もいつもは小さな枕元灯を点けるけれど、それも消して真っ暗に。
これで落ちる夢を見ないといいな。
「落ちるっ……」
自分の声で目が覚めた。身体中、汗でびしょびしょになっていて気持ちが悪い。
恐怖で心臓がバクバクいっている。
ハアハアと息を整え、布団の上に上半身を起こした。
布団でも駄目だったか。今日も落ちていく夢を見てしまった。
夢を見る、というと正しくないかもしれない。
夢の内容は覚えていないのだ。ただ、落ちていくという感覚で目が覚める。
「いい加減にしてほしいな……」
私が何をしたというのか。つい独り言が口から出る。
そのとき、枕元の携帯電話が鳴った。
ディスプレイを見ると、彼氏のミキオからだ。
「おはよー。今日の夜って時間ある?」
「おはよう。残業が急に入らなければ大丈夫」
「そっかー。今夜飲まない?」
ミキオと付き合い始めて1年半。友達の付き添いで出た合コンで知り合った。10歳も年上とは思えないほど若々しい営業マンだ。
ミキオはベタベタした付き合いを拒むタイプで、うちに泊まり込むこともほとんどないし、向こうの家に行ったこともない(どうやら実家暮らしのよう)。たまにお互いの仕事終わりに会って飲む程度。それくらいのライトさが私に合っていた。
「あんまり飲みたい感じでもないけど。うん、いいよ。久しぶりだもんね」
「え、なに?体調悪いとか?大丈夫?具合悪いなら止めるけど」
「大丈夫。ちょっと夜眠れないことがあって。いいよ。いつもの店ね」
電話を切ってディスプレイを見ると、ミキオからのLINEが何件も入っていた。痺れを切らして電話してきたのか。
汗はすっかり引いていた。気分も少し良くなったかな。一つのびをして朝の支度に取り掛かった。
ミキオと久しぶりにお酒を飲んで、いつも以上に酔ってしまった。
これだけ酔って寝たら、落ちる夢も見ないかもしれない。
シャワーを浴びて、今日もベッドの下に布団を敷いて潜り込んだ。落ちる夢は見ませんように。
しかし、淡い期待は打ち砕かれた。
また、落ちている。ああ、落ちていく。
私はグッとお腹に力を入れ、落ち切ってみる覚悟を決めた。「起きない」と眠っているときに思うなんて不思議な話だが、いわゆる明晰夢というやつなのかもしれない。
暗くて真っ黒な何もない空間を落ちていく。
来るであろう衝撃に体を固くしていると、少しして背中からバン!と着地した。
痛みはなかった。夢だから?
恐る恐る体を起こし、暗い中で目を凝らした。
「ヒィ!」
隣に女性がいた。髪の毛の長い女の人が私の隣に座り、ほぼ触れ合う距離でこちらを見ている。
あまりの恐怖にその女の人から這って逃げた。
「ミ……オ…よ……ほ…で…」
何か言ってる。聞き取れないが、くりかえし同じ言葉を低い声で呟いてるようだ。
「ミ…オ…キ…ミ…」
「ミ…ミキオ?」
私が問い返すと、女の人は顔を上げた。
真っ白い肌に赤い口紅。眼窩は真っ黒で、口角がキュッと持ち上がった。
その瞬間、自分の絶叫で目が覚めた。
ゼエゼエと息が荒くなっている。汗もびっしょりと全身にかき、二日酔いの頭痛と相まって最悪な状態だ。
よろよろと体を引き起こし、シャワーを浴びた。
穴の底にいた女はミキオと言っていた。ミキオと関係があるのだろうか。まだ心臓がバクバクと早鐘を打っている。
シャワーを浴びてもあまりスッキリしなかった。
のろのろと体を拭き、ふと洗面所の鏡に目をやると、私の代わりに知らない女の顔が映っていた。
「だ、誰?」
驚く間もなく、ひどく青ざめた自分の顔に戻った。
穴の底にいた女の人とは違う。ショートボブの可愛らしい女性だった。
全裸のまましゃがみ込み、気鬱なまま今日の仕事は休もうとだけ思った。
翌日。私はミキオと別れた。
とりあえずミキオ絡みで恐ろしい目に遭ったのだろうし、少なくとも私の知らない2人の女性が関わっている。
別れたいと申し出たとき、ミキオは明るく「そっかー。でも飲み友達として引き続きよろしくね」と笑った。むろん、それも断った。
そして、ミキオと別れてから落ちていく夢は見なくなった。
体調も上向きになり、気持ちが晴れやかになると、家全体がなんだか汚いことが気になり出した。
悪夢を見るようになってから部屋の掃除がおざなりになっていたっけ。
ミキオからもらったもの、思い出の品、ほとんどないけど、それも全部処分した。
ベッド周りも綺麗にして、シーツやリネンも全て刷新。
断捨離って気持ちいいなと思いながらゴミを片付けていると、見慣れない赤い花のついたかわいいピンが出てきた。
私は髪が短くてピンなど使わない。この部屋に遊びに来る友達の中にもこんな趣味の人はいないし。
灯りにかざしてしげしげと眺めていると、背筋が急にゾッとした。
ピンに長い髪の毛が一本付いている。
穴の中にいた髪の長い女の人を思い出した。
そのまま捨てて大丈夫かな。お寺とか?何かお焚き上げとか?
慌ててティッシュで包んで、少し逡巡した後、ゴミ袋の奥の方へぎゅっと押し込んで口を結いた。
後日、櫻子とお昼ご飯を食べているとき、こんな話をした。
「ねえ、そういえば、落ちる夢って見なくなったの?」
「うん。おかげさまで」
「そっか。良かったねー。なんかその話を純くんにしたら夢占い?とか?調べてくれて。変なことに巻き込まれてるときに見るって書いてあってさ」
「ああ、確かに何かに巻き込まれるところだったのかも」
「なになに?彼氏と別れたことと関係ある?」
「あるのかもしれない。櫻子はミキオと会ったことなかったから知らないよね」
「ミキオっていうんだ。あー、同姓同名かもしれないけど、同じ名前の人のことで、怖い話聞いたよ」
35歳の庄司幹夫は大手企業の優良営業マンで、3歳年下の妻と2歳の娘、4歳の息子の4人暮らし。家族仲もよく、どこから見ても絵に描いたような幸せな生活を送っていた。
だが実は女癖が悪く、パパ活で知り合った女性達や、独身と偽って付き合っていた2人の女性とも妻に内緒で関係を持っていた。
ある日、それが妻に露見し、妻が交際相手の女性たちに警告したため、一度は女性達との関係を清算した。それが1年前。
しかし酒癖、女癖、手癖、癖と名のつくものは容易に止められるわけがない。
妻に土下座までして関係を修復したものの、男はまた同じような愚行を繰り返し、独身と偽って婚活パーティーで知り合った女性が真実を知って自死を選んだ。
「でもね、まだ女癖、治らないんだって。いっそ離婚して独り身になればいいのにね」
櫻子が眉を顰めて口を尖らせる。食べないままのパスタが伸びてフォークで突かれてているのを見ながら、私は総身から血の気が引いていた。
「浮気癖って治らないのかなー。奥さんも知らずに付き合ってた女の人もかわいそう。ねえ、そう思わない?」
ぎこちなく頷きながら、私はカラカラの口のまま言った。
「ねえ、その亡くなった女の人って、髪の毛長かったりしたのかな」
「えー。そこまでは知らないー」
そうだね。知らない方がいい。知らなくていい。
もう落ちていく夢は見ないのだし、私は記憶に蓋をすることにした。
ふと携帯がブルブルと震えて電話がかかってきたことを知らせてきた。
ディスプレイに「ミキオ」の文字。
忘れてた。急いで着信拒否にした。
真相はわからないまま、冷めたカルボナーラを無理やり頬張った。
「それとね、落ちていく夢は、落ちきる前に目が覚めるのは悪いことじゃなくて、何かあるのを回避できるって意味もあるらしいよ。落ち切っちゃえばなんて言ってごめんね」
櫻子が悪びれるふうもなく笑うのを、私は乾いた笑いで返した。
ミキオを心底好きになる前で良かった。
話し終えてた櫻子はデザートのアイスを食べながら、いつものように自分の彼氏の話を始めた。
これで良かったのだと、思うことにしよう。
知らなくていいことは、そのままに。
2023・11・24 猫田こぎん
雪月花の時 最も君を憶う
雪が降り、月が照り、花が咲くとき、
だれよりも君のことを思い出す
気分が落ちていくのが自分でも分かるとき、上げようと努める人と落ちていくのに任せる人がいると思う。
自分は後者である。
根っからのネガティブで自らを鼓舞する気力が湧かない。
落ちるところまで落ちて、どんよりした気分に浸りきる。反芻する。味わう。
落ちるきっかけは自分自身の失敗であることが多く、思い返しては「アッ」と小さく声が出たりする。
大失敗だとしぜん声も大きくなり、家の中で「アーッ」とのたうったあとに窓が開いていることに気づくのもよくあること。
立ち直るきっかけは特にない。沈みきったところから徐々に浮上していくのを待つ。
沈む深さは事案によるが、無駄なあがきはせず、ただ落ちていく自分を感じていたほうが、むしろ浮上の時は早まる気がするのだ。
『落ちていく』
落ちていく
幼い頃は父が朝早くからいれるコーヒーの香りだけは好きだった。
味は苦くて、色は黒くて苦手だった。
あんなもの飲める大人はすごいな、なんて思っていた。
ぽたぽたコーヒーがカップに落ちていく。
あの黒くて苦いものを飲めるようになったら私はきっと大人の仲間入りができたという事かもしれない。
そうやって想像してるとコンっと目の前にコップを置かれた。
父がホットココアを入れてくれたのだ。
「まだココアだよね。」って笑いながら言った。
うん、そうだね、まだわたしはココアかもしれない。
父にお礼を言いながらコーヒーの香りだけ堪能して、ココアを飲んだ。
「6月18日あたりが『落下』ってお題で、農耕行事をネタにして書いたのよ。『泥落とし』とか、『虫送り』とかいうのが、あるらしいじゃん」
題目の配信日、11月23日は、神社で「新嘗祭(にいなめさい)」なる農耕儀礼が開催されるとか。
某所在住物書きは己の過去投稿分を、スワイプで辿ろうとして面倒になって、結局それを諦めた。
「で、11月23日配信が『落ちていく』だもん。これは神社の新嘗祭に絡めて、『昔は神社の高い所から餅を撒き落として、参拝者に配ってた』みたいな話を書いたら、イッパツじゃね?と思ったの」
はぁ。 ため息ひとつ吐き、物書きが呟いた。
「俺の執筆スキルじゃ、ぜってー堅苦しくて読めたもんじゃねぇハナシしか出てこねぇよなっていう」
――――――
「雪国の田舎出身」っていう職場の先輩の、「田舎」までは分からないけど、「雪国」が一体どこだったのか、突然正解が目の前に降ってきた。
それは職場で聞いてたお昼のニュースだった。
お昼休憩が始まると、誰が操作してるとも知らないけど、休憩室のテレビの電源が入る。
別に誰が観てるとも聞いてるとも知らないけど、そのテレビはいっつもニュース番組が映ってる。
いつも通り午前の仕事が終わって、いつも通り先輩と一緒のテーブルで、いつも通りにお弁当広げてコーヒー持ってきて、
今日も面倒な客が来たとか、そういえば昨日近所の神社でニイナメサイという祭りがあってとか、
なんでもない話をしながら、いつも通り、ランチを一緒に食べてたら、
先輩が、ふと、スープジャーを突っつくレンゲスプーンの手をとめて、テレビの方を見た。
映ってたのは、先輩が3日前、11月21日にスマホで私に見せてくれた、「実家の両親が写真を撮って送ってくれたイチョウの木」。
「昔々のイタズラ狐が、自分の犯したイタズラの始末をつけるために、イチョウに化けた」っていうおとぎ話がある、「イタズラ狐の大銀杏」。
これから段々天気が荒れてくる現地で、実質的に昨日が最後の見頃でしたって、
「北国」の樹齢何百年とも知れぬイチョウの木が、紹介されてた。
「おっと」
今まで私に、どこ出身とも教えてくれなかった先輩が、軽いアチャー顔で呟いた。
「とうとうバレたか」
先輩が言ってた「故郷」の話に、段々、オチがついていく。先輩の「故郷の雪国」がオチていく。
テレビの中で「私はただいま、◯◯地区のイチョウの大木の前に来ております」って語ってるレポーターの寒そうな声が、「雪国」に、落ちていく。
先輩は半年以上前、3月の中頃、「最高気温氷点下は3月で終わる」って、「なんなら雪が4月に」って言ってた。
そりゃそうだ。
その翌月、4月の最初あたり、低糖質バイキングの屋外席で、北海道出身っていう店員さんと雪国あるあるで盛り上がってた。
そりゃそうだ。
5月6月の30℃予報でデロンデロンに溶けて、7月はざるラーメンだか、ざる中華だかを教えてくれた。
そりゃ、そうだ。
先輩の故郷は、雪国だったんだ。
「来年連れてって」
テレビのキレイで大きなな黄色を、それを見上げるちっぽけな観光客を見ながら、ポツリ呟いた。
「画像なら3日前見せただろう」
先輩はスープジャーつんつんを再開して、随分そっけないけど、表情がちょっと穏やかだ。
「わざわざ遠い、何も無いあの街まで行く必要など」
先輩は言った。
「それでも行きたいというなら……まぁ、まぁ。
うん。お前が凍るだろう最低体感2桁の、真冬以外であれば。検討してやっても」
落ちていく
今好きな人がいるんだけどさ、もう愛してるって言っていいくらい好きなの。
かっこいいし、性格、面白さ、運動神経だって抜群で、完璧なの!!
でもめっちゃモテてるから、ライバル凄くてさ、高嶺の花の人も私の好きな人が好きなんだって。
勝てる気ないよ……だってそんな私可愛くないもん。
「○○ちゃんだけ見てるよ??」って言われたけど、そんなこと言われたら
「堕ちちゃうんだけど…」
[落ちていく]
どんどん取り返しがつかなくなって
やめようと…やめよって思うのに
辞められない。
周りと自分を比べては比例して
周りを憎んで、
幸せになりたいそれだけなのに
気持ちがどんどん落ちていって、
這い上ることが出来なくなってた
落葉が、落ちていく。
もう秋も終わりだ。
冬が来る。
「冷たッ」
蛇口から勢いよく吹きでる水に触れるやいなや、彼女はぴくりと身を震わせて小さく叫んだ。
「え、何なに。どうしたの」
「水! 触ったら指先が凍っちゃいそうに冷たいの」
「そんなになの? えーどれどれ……うわっ!」
結果なんて見え見えだったのに、誘いに乗せられ同じように驚くと、それが嬉しかったのか彼女はくすくすと柔らかく笑った。
「でしょう? 外の水ってこんなに冷たいんだね。この歳になって公園なんて来なくなっちゃったからすっかり忘れてた」
「まあ今日、木枯らしもびゅうびゅう吹いてるし余計に、だろうねえ」
「だよねえ。……して、これからこの極寒の水でドロドロになった手を洗わねばならないのだが」
煌びやかなネイルが施された彼女の細い指先はケチャップで真っ赤になっており、芳ばしい香りも漂ってくる。
お揃いで買った具だくさんホットドッグを、先ほどまで公園のベンチに座って幸せそうに頬張っていた。……が、急転直下。彼女がうっかり手を滑らせ、ホットドッグは原型を留めずに地面へ墜落。その後始末で二人して手をどろどろにさせながらてんやわんやしていた。……というのが事の顛末だ。
「落としちゃったものはしょうがないじゃん。ほら美織、お先にどうぞ」
「ええ〜〜やだよう…………先行ってよ」
「美織のほうがどろっどろじゃん。爪先にケチャップが入ったらどうするの! ほら早く」
「うええそんなあ……むうう……ああやだな……ヒャアアア!」
裏表のない性格をそのまま表したような素っ頓狂な叫び声が白昼の公園に響きわたる。彼女は取り繕うことをすっかり忘れ、目を思いっきり見開き身体をぷるぷる震わせている。
艶やかな化粧もボディラインにフィットした服装もばっちり決まった普段の姿からは想像できないほど、あどけなく笑ったり大人気なく怒ったりするだなんて。
知り得なかった彼女の一面に触れ、驚きととほんの少しの郷愁とともに、私の心はことんと鍵が落ちて開かれた。
あぁ、
腹が立つ。
悪い人
じゃないけど
文句が
止まらない。
あの時
パッと
上手く
言い返せなかったなぁ。
腹が立つ。
なんて
言い返したら
良かったかな?
やっぱり
納得出来ない。
あの人のせいだ、
あの人のせいだ。
あの人が
ああだったから。
#落ちていく