「冷たッ」
蛇口から勢いよく吹きでる水に触れるやいなや、彼女はぴくりと身を震わせて小さく叫んだ。
「え、何なに。どうしたの」
「水! 触ったら指先が凍っちゃいそうに冷たいの」
「そんなになの? えーどれどれ……うわっ!」
結果なんて見え見えだったのに、誘いに乗せられ同じように驚くと、それが嬉しかったのか彼女はくすくすと柔らかく笑った。
「でしょう? 外の水ってこんなに冷たいんだね。この歳になって公園なんて来なくなっちゃったからすっかり忘れてた」
「まあ今日、木枯らしもびゅうびゅう吹いてるし余計に、だろうねえ」
「だよねえ。……して、これからこの極寒の水でドロドロになった手を洗わねばならないのだが」
煌びやかなネイルが施された彼女の細い指先はケチャップで真っ赤になっており、芳ばしい香りも漂ってくる。
お揃いで買った具だくさんホットドッグを、先ほどまで公園のベンチに座って幸せそうに頬張っていた。……が、急転直下。彼女がうっかり手を滑らせ、ホットドッグは原型を留めずに地面へ墜落。その後始末で二人して手をどろどろにさせながらてんやわんやしていた。……というのが事の顛末だ。
「落としちゃったものはしょうがないじゃん。ほら美織、お先にどうぞ」
「ええ〜〜やだよう…………先行ってよ」
「美織のほうがどろっどろじゃん。爪先にケチャップが入ったらどうするの! ほら早く」
「うええそんなあ……むうう……ああやだな……ヒャアアア!」
裏表のない性格をそのまま表したような素っ頓狂な叫び声が白昼の公園に響きわたる。彼女は取り繕うことをすっかり忘れ、目を思いっきり見開き身体をぷるぷる震わせている。
艶やかな化粧もボディラインにフィットした服装もばっちり決まった普段の姿からは想像できないほど、あどけなく笑ったり大人気なく怒ったりするだなんて。
知り得なかった彼女の一面に触れ、驚きととほんの少しの郷愁とともに、私の心はことんと鍵が落ちて開かれた。
11/24/2023, 12:47:41 AM