『落ちていく』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
落ちていく
(お題更新のため本稿を下書きとして保管)
2023.11.24 藍
落ちていく
人生は舞台に例えられることが多い
セリフや演出の違いで、全く違った世界観になるように
その人の選択や出会う人によって全く違う人生になってしまうからだろう。
私も少し前まで舞台上で演じられていたと思う。
でも、ある日奈落に落ちていくような感覚があった。
周りの舞台はどんどん展開が進んでいく。
自分だけが落ちていく恐怖に支配されてていく。
どうしよう、次の展開が思い描けない。
軌道修正するため、一旦裏に回って頭を冷やすことにした。より自分に合った舞台を作るために考えなおした。
演じる時に無理していないから、表情にゆとりを持てるようになった。
いつか、他の誰かに手を差し伸べられるそんな舞台にしたい。
久々の再会にギクシャクしていたのは陽菜(はるな)ばかりで、一彰(かずあき)は以前と変わらず、落ち着いていた。
むしろ、年齢が性格や見た目に追いついたといったところか。
私服で出かけた時には、歳上の陽菜のほうが妹に見られることもあった。
さっき、店に入った時も店員は陽菜だけに年齢確認を求めた。陽菜があたふたしていたところ、さっと一彰の方が学生証を出してきて「お互い飲めない年齢で」と説明していて、恥ずかしい思いをしたところである。
ノンアルコールで乾杯してなんとなく近況報告やら、昔話やらしているうちに、陽菜もようやく、学生時代のように、自然に話せるようになってきた。
こんなに、穏やかに人と話すのって、いつぶりだろう。
陽菜はふと思った。
職場での人間関係は悪くない。仕事量が多すぎることを除けば、和やかな雰囲気で、それなりに雑談もするものの、なんとなく、深く踏み込んではいけない、暗黙の了解があるような気がして。
一人暮らしで、誰かとゆっくりご飯を食べるのも、そういえば久しぶりだな、と、思わず顔が緩んだ。
目が合った一彰は同じく微笑んでいた。
「…どうしたの?」
「いや、変わんないなと思って、安心した」
グラスを揺らすと、氷がカランと回った。
「本当は、連絡するか迷ってたんだ。便りがないのは良いことって言うしさ、なんかあったら連絡くるだろって、思ってたけど……」
「なに、心配してくれたの?」
「いや、俺が会いたくなっただけだよ」
予想外の返答に、陽菜は息を呑んだ。掴んでいた唐揚げがコロンと皿に戻った。
「お前は俺が心配しなくたって、どこでもなんとでもやってるんだろうけど、こうやってこっちから聞かないと、教えてくれないんだよなって」
一彰は目線を逸らさない。
陽菜は、目を逸らすことができない。
「俺のこと、たまには思い出してくれてたか?」
そうだった、こいつはそういうやつなんだ。
なんの躊躇いも狙いもなく、私を甘やかすんだ。
陽菜は一彰が誰にでも優しいことを知っている。
知っているのに。
深く息を吐いて、陽菜はニッと笑った。
「たまーにね」
「これからは頻繁に思い出してもらえるように、連絡する」
「ほんとー? 休みの日も遊びに行こうよ! 私友達いないから、大体家でダラダラしちゃう。私にも学生の遊び方教えてよ〜」
「俺も言うほど友達いないけど…まあ、行き先は考えとくわ」
笑って誤魔化すことが、癖になっていた。言葉を軽く受け取ったような態度をすることで、深く関わることを避けてきたのかもしれない。
暗黙の了解を作ってきたのは、陽菜自身なのだ。
「忘れる隙も与えないから、覚悟しとけよ」
友達であろうとする気持ちと反比例して、陽菜の心の深いところへ、一彰のコトバが落ちていく。
「ま、やってみな」
ずいぶん薄まったオレンジジュースを、陽菜は一気に飲み干した。
「落ちていく」
落ちていく
落ちていく、落ちていく
どん底までいったらまた這い上がってくればいい。
「落ちていく」
布団にもぐり、まぶたを閉じれば落ちていく。
深いふかい、まどろみの世界へ落ちていく。
今日あった嫌なことも、嬉しいことも、
全部振り払って落ちていく。
落ちて落ちて、まだまだ落ちて、
気づけば現から離れ、夢の世界。
憧れた初恋の人との甘酸っぱい恋模様から
サスペンスのようなスリリングな体験まで何でもござれ。
人の空想でできた世界に限界という言葉はない。
まばたきの一瞬のような、永遠に続く一生のような、
そんな夢から落ちていく。
落ちて落ちて、また落ちて、
現の世界に舞い戻る。
さあ、今日も今日が始まる。
落ちていく 愛とか 疲弊してる
世間や現実の挾間 偽りのなかで
交差する 騙し言葉で
快楽を に 身体は 墜ちてしまう
好きだ 愛してる 気持ち
宛に、ならなない
私は君とはセフレだよ
違うよ 好きだなら 、
僕に 気持ちを くれない
出鱈目に軽く 聴こえるから
黙った
全く嫌いは違うが
愛より
軽い好き
墜ちてく 身体は
数日したら 幻し、なか
身を置いていたさえ
私は 滑稽に なり
日常を
してく 遊び相手は 友達に
なれるか
無理は サヨナラそれだけだ
迷惑さ 誰かに いらない
私を哀れるもない
セックス依存さに
落ちてる 私さバカだが
[昔ごと 他 アルコール依存とか
落ちてくに 私には 理由が
あった 今はバカしないように
だが 弱い過去に囚われたら
気をつけたい 落ちていた
生活は 求めたら濁るばかりだった
から だ ]
時間の経過とともに
何故あんなことで悩んでいたのだろうか
と、思える未来が来る
でも、
今出来ることでさえもしないのであれば
※落ちていく
#62. 落ちていく
落ちた恋を必死に拾い集めて、
何になるって言うんだ
2023/11/24
事故に合ったあの日、僕は谷底に突き落とされたような気がした。
少しずつ動かなくなってゆく体が、上へと這い上がり戻る力を奪ってゆく。
日に日に自由が利かなくなる体を見て、明日の朝にはもう完全に動かなくなっているのではないかと思わずにはいられなかった。
あの日から僕はゆっくりと、けれど確実に終わりに落ちているのだ。
【落ちていく】📷
今日はお互いの非番が重なる日だった。早い段階でわかっていたので、トルデニーニャとリヴァルシュタインは、二人で買い物に行く予定を立てていた。
トルデニーニャの装備は使い込んでいるせいでだいぶへたってきているし、毎日猛烈な鍛錬をしているせいか剣は刃毀れしている。自分で手入れをしながら使ってはきていたが、そろそろ限界がやってきていた。そして、買い物に行くのも久々なので、日用品も買い込むつもりだ。
リヴァルシュタインは彼女の荷物持ちで付き合うようなものではあったが、質の良い物があれば買おうと決めていた物がいくつかあった。
身支度を整えて、彼の元へ向かおうとしていたトルデニーニャは、鈴の音のようなか細い声に引き止められた。振り返ると、華奢で可憐な感じな女性が立っている。着ている制服から、おそらく同じ職場ではあるのだろうが、知らない人だ。
彼女はトルデニーニャに、リヴァルシュタインのところに案内してほしいと頼んできた。今から彼の元へ行くところであったし、特に断る理由も見つからなかったので、彼女はその女性と連れ立って、彼の元へとやってきた。
彼はトルデニーニャの隣に立つ、見知らぬ女性を見て、嫌そうに顔をしかめた。
女性は彼を見るや否や、花のような笑みを浮かべて、つつつと彼の元へと駆け寄る。
「あ、あの……リヴァルシュタインさん……少しお時間よろしいでしょうか……?」
もじもじしながら口を開く女性に、対する彼はにべもない。女性を一瞥すると、
「君のこと、全く知らない上に、そもそも僕は今日予定があるんだ。知らない人間のためにどうして僕の時間を割かなくちゃいけないんだい?」
そう言い捨てて、しっしと手を振った。女性は彼をじっと見つめていたが、彼がしかめ面を崩さないので、大粒の涙を浮かべ、踵を返して走り去ってしまった。その後ろ姿を見送って、トルデニーニャは大きな溜息をついた。
足音が聞こえなくなってから、彼がげんなりした様子で口を開いた。恨みがましい目で彼女を見やる。
「君さ、ああいうの連れてくるの、本当に止めてくれない?」
彼女はむうと唇を尖らせた。
「だって、用事があるんだって言われたんだもん」
「まあ、君に悪気があったわけじゃないのはわかってるけどさ……」彼は肩を竦めた。「次からは気をつけてくれる」
「うん、ごめん。なるべく気をつける」
彼女はしゅんとして俯いたが、すぐに笑顔になって顔を上げた。
「お詫びにあなたの好きなアップルパイ作るから、許して」
彼女は手を合わせると可愛らしく小首を傾げて、悪戯っぽく笑う。
彼は釣られて笑った。つくづく自分は彼女のこの顔に弱い。
「毎日作ってくれるならね」
海の中は寒くて、暗い
水の流れに身を任せ、水中を漂う
その姿は、まるで海月のよう
嗚呼、私は深い深い海の底へと
落ちていく
お題〚落ちていく〛
「地獄って、下にあるんだよね、きっと。」
ポツリ、と唐突に君が呟いた。だから落ちるって表現なのかな、とつづけざまに言う。
「天国、地獄ってどうやって決めてるのかな。世の中分かりやすい悪ばっかりじゃないでしょう?誰かにとっては悪でも、別の人にとっては正義だったりするじゃない。それとも、あたしたち人間の物差しでははかれないものだったりするのかな。」
「…神様のかんがえてることなんて、分かんない。」
そうだね、と君は少し笑った。でもそういう分からないことを考えるのが好きなの、と寂しそうに。
「あたしね、思うの。本当は地獄も天国も下にあって、悪も正義もごちゃごちゃで、ただ、みんなそのまた生活してるんじゃないかと思うの。死ぬ前にいいことをした人はいいまま過ごせるし、悪いことをした人は一生それを魂に抱えてる。そういう、個人の感じかたの違いを、天国と地獄ってしてるんじゃないかなって。まあこれは、自己解釈だけどね。自分を救済するための。」
「救済?ひょっとして、宮、自分は地獄に落ちるって思ってるの?」
私はぎょっとして聞く。何かしでかしたの?
「あはは、そんな顔しなくても、何にもしてないよ、あたしは。…ただ、何かしらの鎖があって、現世で浮遊ができないとき、死んだら浮遊できるのかなって、少し不安になるの。人間のこの小さな身体に、感情なんてものは重すぎるから、だから落ちてしまうんじゃないかって。」
憂いを帯びた君の横顔は、脆そうだと、そう思った。君はその細い腕に、どんな鎖を繋いでいるの。きっと聞いても分からないのだろう。私と君は、違う人間だから。私は、地に足をつけていたから。
「…私は、地に足をつけていたいから、浮遊したい宮とは違うけど、でも思うよ。人間の身体に感情は重すぎる。でもそれは人間という身体の器に魂が付属した場合の話じゃん。私はね、都合よく、魂に身体が付属するって考えてるの。私たちは今人間という服を着ているだけ。ね、宮、だからさそんな深く考えないでいいよ。」
「なかなかポエマーだね?」
あははは、と宮は声をあげて笑う。確かにね、そうだね、と繰り返し口のなかで呟いて、まったく、霞には叶わないね、と宮は言った。
「ねえ、霞」
「ん?」
「生と死とだけを抱えて、軽やかに走ろう。そうしていつか骨だけになったら、一緒に落ちようか。」
「呪いみたいだね」
「そうかもね」
いいよ、私はそう言う。いいよ、宮の呪いなら。
「一緒に落ちていこう。」
君は飛行機が大嫌い。落ちていくみたいな感覚が怖いんだと。まぁ分からんでもない。飛んでるということは落ちることもあるということ。
「恋に落ちるのは怖くないのにね」
「お、なんだ急に。いつ恋に落ちたんだよ」
「はぁ?」
君は飛行機の中、俺の手をぎゅっと掴んだまま俺を睨みつけた。
「初めて会った時に決まってるでしょ!」
俺は思わず吹き出す。
まぁそう。その通り。俺たちは恋に落ち、そして。
「でもさ、落ちずに一緒に飛んで行こうな」
▼落ちていく
落ちていく#15
私はまたこの夢を見た。
人生を変えた恐ろしい出来事。
12年前、川に落ちて溺れたこと。
どうして溺れたかは覚えてないけれど、そこから水がが怖くなったから。
水族館にも行けないし、海にも行けなくなった、プールも入れない。落ちていく感覚になるから。
泣きながら水着を捨てた。
あの当時まるで私だけ世界から放り出されたような感覚になった。
あの時にふと人魚になれたらと思った。
川に溺れて12年手を洗うこと、お風呂以外で水に触れないように生きてきた。
小学5年の時だったかな。
プールの強制参加を強要してきた先生のことは今も大嫌い。あの先生だけはなにを言っても無駄だった。
その日の放課後から2週間病院のお世話になった。
学校に復帰した私は担任からあの先生が私に対しての体罰とみなされてこの学校から離れて行ったということを聞かされた。
「良かったね、あなたはもう水に怯えなくていいからね」と伝えられた。その時は必死に怒りを堪えて「はい、良かったです」と返したけれど、翌日から私のクラスでの立場はなくなり、2年近くいじめが続いた。水槽に顔を沈められたり、ホースで顔を濡らされたりした。でも、その度に体調を崩して学校を休んだ。
体調が治って学校に行けば「ズル休み」と言われる日々だった。辛いなんて言葉で表せるほど簡単な話じゃなくて、でも誰にも話すことが出来ずに言葉のクズカゴに捨てられるんだと思っていた。
10年経って振り返ればつまらないものに付き合わされていたなと思えるほどに心が大人になったのだろうなと思う。
それがキッカケで小説家を志すようになっし、結果的に良かったのかもしれない。
計算づくめの甘い罪
梅雨前線ロッカーの三番目
実りのない冬がくる
「会いたい」それだけが連絡網
無意味な2年と6ヶ月が経つ
だから お前に呪詛を囁いている
何もひとりで成せぬお前を
ただ脳裏に刻んでいるから
管理人のレオルさんから預かったメモ用紙片手に右へ左へ、小慣れた動きで複雑な路地を抜け目的地に辿り着く。
酒場「白の憩い」レオルさん行きつけの酒場であり、酒の提供以外にも素材や武器の売買、依頼の受注なんかまでしている。寧ろ何でも屋だろという意見は当然禁句である。コンマ数秒のうちに店の外に放り出された少年など私は知らない。
少しドアを開けばそれまで隔絶されていた声が路地裏へと響く。今日は繁盛しているらしい。
「いらっしゃい、今日もおつかいか?」
カランコロン、と小気味いい音を響かせて己の役割に戻ったドアを背に、カウンターにいるマスターに預かった紙片をひらひらと振る。
それを見たマスターは待っていた、と言わんばかりの顔で何やら調合していた手を止め、徐ろに立ち上がった。
「珍しいな、3人用の依頼とは。まぁちょっと待ってろ」
「はい?」
マスターは紙片を眺めて少し驚いたような声を出すと、素材を取りにバックヤードに入っていった。
「3人用......?」
嫌な予感がした。依頼の達成がおつかいの内容に入っているのはなんら変ではない。レオルさんが課題と称して時々出すのだ。
彼を師事している手前、修行の一環だと言われれば断りようがないし、わざわざ断るつもりもない。
しかし、3人用となれば話は別だ。当然難易度は急上昇し、私一人で容易く達成できるものではないだろう。容易くとある川の対岸に辿り着きはするだろうが。
「誰かと組まなきゃなのか.......」
マスターが帰ってくるまでの間、思考すればするほど私の気分は落ち続けていった。
『落ちていく』
どこまでも落ちていく夢を見て、思わず飛び起きる。
周りはまだ真っ暗だったので、枕元にあるスマホを手に取り、時間を見ると午前2時の真夜中だった。
寝直そうとすると寒い空気を肌に感じた。
おかしい。
エアコンをつけているので寒くなるはずが無いのだ。
寝ぼけ眼をこすりながら、寒さの元をたどると窓が開いているようだった。
しかも閉まりきってなくて少し開いているというのではなく、窓全開である。
寒いはずだ。
寒さの原因は分かったが、ひとつ疑問が残る。
窓が全開で開いていると言うのに、私が今まで寒さを感じないのはおかしい。
つまりついさっき誰かが開けたということだ。
その瞬間、私は背中に気配を感じ、振り返るが誰もいなかった。
念のため部屋を見渡していると、窓の外からドサッという音がする。
何かを落ちたのだろうか?
そう思い外を見ようとして―
さっと横に体をずらす。
すると後ろから私の背中かを押そうとした人影が、勢い余って人影の体半分が窓の外に出る
人影は驚いたようにこっちを向くが、その顔には何もなく完全な闇であるため、私は相手が悪霊だということを確信する。
悪霊は体勢を立て直そうとするが、その前に私は力いっぱい悪霊突き飛ばし、窓の外に押し出す。
悪霊は何か言おうとしたようだが、そのまま下に落ちていく。
ここはアパート十階だ。
悪霊とはいえ、ただでは済むまい。
ここ最近、さっきの悪霊が毎晩窓を開けるので困っていたのだ。
しかし、悪霊は退治したので、寒くなることはあるまい。
私は清々しい気持ちで眠りに落ちていくのだった。
落ちていく
落ちていく。雲に浮かぶような心地で。
また最後になった。薄暗いフロアで、自分のデスク周りだけが明るい。ため息をついて、一区切りついたファイルを保存すると、ノートパソコンの電源をオフにしてバッグに突っ込む。そのまま部屋を出てセキュリティカードで最終の戸締まりをした。
エレベーターの方へ向かおうとした時、後ろから足音がした。まだ誰か居たのか。
「今帰りか?」
振り向くと彼が居た。同期の彼は頼りになるし気が合う方だけど、今は会いたくなかった。目線を合わせずに尋ねる。
「お疲れ、まだ居たの? 最終だと思ってもう戸締まりしちゃったよ」
「いい。あっちの会議室に籠もってた。荷物は持ってる」
「そう」
彼は立ち上げてるプロジェクトが佳境らしいけど、深く尋ねる余裕が私にはない。私の質問に簡潔に答えた彼は、歩きながらこちらを伺うように言った。
「何かあった?」
目敏いんだから。舌打ちしたい気分で思った。だから会いたくなかったのに。大雑把なところもあるくせに、こういう時はよく気づく。
――このタイミングで聞かれたら愚痴りたくなるじゃない。
エレベーターホールに着いて、下へのボタンを押す。階数表示を見上げると、こんな時間だからすぐに来そうだ。
「◯さんにダメ出しされた。理想はわかるけど、もっと現実を見て無駄を減らせって。……残業多いし」
他にもいろいろ言われたけど。
「上はそう言うわな。お前、仕事遅くないしそんなに気にすんな」
彼はさらに言葉を継いだ。
「……いつもお前は、クライアントの要望や会社の利益や理想とかのバランスを考えてるよな。そういうのしんどいと思う。
でも理想とか理念って絶対に要るんだよ。それがなければ人は手段を選ばなくなる。そうして、できるやつほど多くの人間を傷つける」
彼はそこで少し笑った。
「らしくないか。ま、体壊すなよ」
耳から入った言葉がゆっくりと胸に染み込むような気がした。この人は分かってくれている。目の奥がじわっと緩んできた。だめだ泣くな。
エレベーターが来てドアが開いた。乗り込んで彼の指が閉のボタンを押した。大きな手だ。ドアが閉じて、エレベーターが動き始める。
私は彼に表情を見られないように外を眺めた。この高層ビルのエレベーターはガラス張りで街の景色がよく見える。遅くなった時、一人でエレベーターに乗ると、この景色をひとり占めしている気分になれる。
「いつも思うけど、こんな仕事帰りに見るにはもったいない夜景だよな」
「……そうだね」
「お前がそうやってもがいてるの、俺はいいと思ってる。そういうやつは信用できるから」
低く呟く声に思わず彼の方を見た。彼は私を見ずに窓の向こうを見ている。
彼の耳がほのかに赤く見えるのは気のせい? 胸の鼓動がますます速くなる。そんな事をあんたに言われたら――。
頬が熱くなるのが分かった。私は彼から目を逸らして、ガラス越しに輝くビルの群れを見る。
エレベーターが滑るように下りていく。まるで夜空に落ちていくみたいだと思った。雲に浮かぶような心地で。
#97
きっともうあの頃のあなたは戻らないのでしょう。
きっとそうあの頃のあなたは幻だったのでしょう。
辛くて苦しくて、なんにもなかった私に、
神様が見せてくれた一時の夢。
その一時の夢に甘く浸ることは許されても、
夢を手にする傲慢な願いは
叶えられることはなかった。
微笑んでくれたあなたは、
優しく撫でてくれたあなたは、
暖かく包んでくれたあなたは、
ただの夢で淡い幻想で。
鋭くて冷たいその眼光と、
荒々しく掴みかかるその掌と、
突き放すような態度に声色だけが、
それだけが現実で本当で真実で。
本性で。
ただ偽りだった。
それだけのことで。
見限ればいいなんて。
わかっているのに。
離れればいいなんて
分かっているのに。
優しい頃のあなたが
目を閉じるだけでチラついて。
大好きだったあなたが
頭から離れなくて。
偽りでも
夢を見せてくれたあなたを。
どうしても、どうしても。
『私は、あなたが好き。』
【落ちていく】
【落ちていく】
ようやく泣けた
本当に泣けた
今までの悲しみや苦しみが
とめどない涙とともに
遥か彼方へと落ちていく
やがて涙は穏やかに流れ
私は静かにその川を渡る
この先に続いている
あたたかい光の射す方へ