一か八かとか、行き当たりばったりだとか。
そういう賭けに出るような真似は嫌いなのに。捨て置けない正義感と、お人好しな性分が邪魔をする。
だからこれも、不本意ながらの条件反射だ。
子供を人質に逃げた強盗犯を追いつめて、やっと一件落着かと思ったのに。
このくそ野郎、殴られてそのままダウンすれば良いものを。
最後の足掻きで、子供を掴んで投げ飛ばしやがった!
追い込んだここは屋上で、暗い夜空を背景に、投げられた子供が放物線を描いて飛んで行く。
「ああ! 危ない!」
後ろからも、成り行きで共に犯人を追ってきたバーテンの男が悲鳴を上げる。
そこからはもう無我夢中だ。
勝ち誇ったように笑う下衆を怒りに任せて蹴り飛ばし、宙を舞う子供を必死に追いかけた。
フェンスをでたらめによじ登り、身を乗り出してその向こうに消えようとした子供に手を伸ばす。
辛うじて掴めたところまでは良かった。けれども、バランスを崩した俺ごと落下する勢いが止まらない。
反転する世界の端に、青い顔をして走ってくるバーテンの姿が映り込む。
「――頼む!」
子供だけでも、と願うまま。追ってくる彼へと向かい、手繰り寄せた子供を投げ返した。
スローモーションの中、無事に子供が受け止められるのを見届けて。
そうして安堵するのも束の間に、俺の体は真っ逆さま。夜の街中へと落ちていった。
――はずだった。
「わーっ! 間に合ったー! 良かったよー!」
あわや死をも覚悟したところだったのに、落下の勢いは突如と失くなって。
代わりにやわらかく抱き止められる感覚と、至近距離で喚く涙声が俺の耳をつんざいた。
「ねえ! お兄さん、大丈夫?」
そう言って俺を覗き込むのは、さっきまで一緒に居たバーテンの男。何で、こいつがこんな近くに居るんだ?
そして、見間違いだろうか。
俺の錯覚でなければ、男の背中には大きな黒い翼が生えている。
その翼を羽ばたかせ、男は器用に旋回してふわりと舞い上がると、元居た屋上へと静かに降り立った。
そこには、今度こそ大の字に伸びた犯人の男と、恐怖で眠ってしまった子供が一人居て。これが夢ではなく、現実の続きなのだと実感した、が。
「ええ? えっと……?」
子供は無事で、俺も死なずに済んで喜ばしいことではあるけれども。
起こった奇跡と、好転した状況に理解が追い付かない。
訳が分からず、俺を抱いたまま見下ろす男に視線で説明を求めれば、男も困ってへらりと笑い返した。
「う~ん。やっぱ驚くよね~。隠したままに出来たら良かったけれど、緊急事態だったし? まあ、仕方がないよね~」
のらりくらりと受け答え、「よいしょ」と男は屈んで、俺を屋上の床へと座らせた。
そうして、薄く微笑んでこう言ったのだ。
「ごめん。僕、人間じゃないんだ」
奴の銀髪が風に煽られて。
月の明かりが、「人ではない」と言った男の姿を妖しく照らし出す。
これが、探偵の俺と、吸血鬼なるこの男が出会い。
のちに唯一無二の相棒となる、始まりの日だったんだ。
(2024/11/23 title:066 落ちていく)
11/24/2024, 9:57:41 AM