『自転車に乗って』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
無邪気な自分を受け入れてくれる
貴方と一緒にどこまでも行きたい
『自転車に乗って』
「自転車に乗って」
映画で宇宙人を扱ったものは多い。昭和の世代、そうしたサブカルチャーはたくさんあった。いま私は『E.T』を思い出している。
あの映画のラストシーンでは、美しい満月の夜、主人公とE.Tは自転車に乗って舞い上がった。どうして、こうしたSF映画が生まれてきたのであろうか。製作者の無意識が生み出したのか、それとも明らかな意図があったのかは、わからない。
けれども、今という混沌として、先の見えない世界の到来を予感していたのかもしれない。環境問題、絶滅し続けている生命への危機感、温暖化の問題など、以前から警鐘は鳴っていた。いまだに、まだまだ先のことで自分自身には関わりのないことだと、言い聞かせている人達は多い。
宇宙人の姿は想像するしかないけれど、かつてプラトンが考えたイデアという理想世界があるのだとすれば、やはりそれは、高次元のどこかにあると想像している。
そして宇宙人は人は善を求めるものと考えているし、それを願っているだろう。宇宙人が、地球の侵略者として表現された作品も多いけれど、私はそうは思わない。
この地球が可能な限り、美しく生命あふれる惑星であってほしい。それは、この銀河系全体の願いであり、この宇宙の最大の関心ごとだと捉えている。
あの景色を見に行きたい。
車とか電車とか、写真とかでもなくて、
ただあの頃みたいに、2人で自転車に乗って見に行きたい。
あのころの僕達で あの景色を見に行きたい。
誕生日にお父さんが買ってくれた、大切な黒の自転車。
予算的に中古だけど、僕にはキラキラして見える。
前の持ち主さんが大切に使ってたんだろうなぁ。
今度は僕が大切にします。
自転車に乗ると、反射でチカチカ輝いていた__。
*自転車に乗って*
400いいねありがとうございますー!!
今回もすっごく適当ですねwいやちょっと、なに言ってるのか自分でもわからんです
自分の力でぐんぐんと進んで行く
風の影響をもろに受けるから
追い風の時は気持ちがいいくらいに速く
向かい風の時は押し戻されないように
必死に足に力を込める
何から何まで自分次第だけど
徒歩よりも快適で頼もしかった
今ではもう
車ばかりを使うようになってしまったけれど
たまにはあの頃を思い出して
また旅に出てみてもいいかもしれない
【自転車に乗って】
夏になると田舎に住む祖父母の家に行くのが恒例行事だった。都会に住む私にとって、田舎というのはとても刺激的な場所だ。
周りは田んぼと畑と山があるだけの小さい集落。車が無いと不便だが、最近は大型のショッピングモールも近くに出来て、便利になったのだと言っていた。
昼間は蝉の声を聞きながら虫やカエルを捕まえて、夜は蛍を見に行った。縁側でスイカを食べたり、庭で花火をする事もあった。
そんな田舎と祖父母の家が大好きだった私は、小学校3年生の夏休み。1人電車とバスを乗り継いで、祖父母の家へと行ったのだ。これはその夏の不思議な思い出話だ。
***
その日は酷く暑い日だった。
いつもの通り朝一番にその日の分の宿題を済ませ、今日一日何をして遊ぶか考える。
集落に歳の近い子供は居ない。居るのは、私より遥かに歳が下の赤ん坊か、年上の中高生の大きな子供。
去年最後の小学生が卒業し、小学校は閉校したと聞いている。中学校からは町の方に通うので不便だと、みんな子供が大きくなる前に町に引っ越してしまう。おかげで、若い人が居つかないとよく祖母がぼやいていた。
同年代の子供は居なかったが、私は一人遊びというのも悪くないと思っていた。
両親は共働き。帰りが遅い日もあったので、自ずと部屋で1人過ごす時間が多かった。
外で遊ぶのが好きな子供だったので明るい時間は公園で友達と遊び、夕方は帰ってきて部屋で1人本を読んだりして過ごしていた。
しかしここでは明るい時間から1人。そして、見知らぬ物が沢山ある。何処へ行くのも何をするのも全てが私にとって大冒険だった。
その日祖父母は近所の日の通夜があると言って、手伝いの為朝から居なかった。
昼ごはんは弁当箱に詰められていたので、私は弁当と水筒に麦茶、お気に入りのお菓子を少しリュックに詰めて冒険へ出掛ける事にした。
祖父の自転車にリュックを入れ、自転車を押してスタンドを外す。憧れの大人用自転車だ。
自分の自転車は小学校に上がった時に買って貰った子供用の青い自転車。あれはあれで好きだけど、大人用のはカゴもタイヤも大きくて立派に見える。しかもお爺ちゃんの自転車は後ろにもカゴが付いた特別性。荷物を沢山積む事が出来る。
タイヤが大きな分、早く進むことができるし、何より大人になった気分になれる。子供じゃ無い。大人用の自転車に乗っているという事が、子供心にとって一種のステータスのようなものだった。
家では足が届かず危ないからと大人用には乗せさせてくれない。しかし、こっちでは祖父の自転車しか無いから特別に乗せさせて貰えるのだ。
身長はクラスでも前から数えた方が早い。小さい身体の私がサドルに座ってしまうとペダルを下まで踏めなくなってしまう。その為殆ど立ち漕ぎ状態で漕ぐ事になるのだ。
座って漕げない訳でもない。これにはコツがあって、下に行ったペダルは反対のペダルを足が届くギリギリまで踏み込んでから、上がってきたペダルを足の甲を使って上に持ってくる。
これを繰り返す事で座ったままでも漕ぐ事ができるのだが、それより立ち漕ぎで進んだ方が早いのだ。
今日は何処まで行こうか。いつもはお昼までに一旦帰って来なくてはならないのでそう遠くには行けないのだが、今日は弁当も飲み物もある。
置き手紙はしてきたし、祖父母には出掛ける旨の話もしていた。少し遠くまで行っても問題無いだろう。私は大人用の自転車でどんどんと山奥の方へ走って行った。
幾つかの田を超え、山道に入り坂を登る。子供の足で漕ぐにはキツい坂は自転車を押して上がった。
どれくらい走っただろう。山の中にポツリと浮かぶ赤い鳥居が目に入り、私は自転車を停め行ってみる事にした。
鳥居は山の上にあった。入り口が何処にあるのかわからず、鳥居を目印にとりあえず山の中へと入っていった。
しばらく進むと、鳥居へと続く階段が目に入る。大分横から入ってしまったらしい。階段の中段辺りに出てきた。下を見ると長い階段が続いている。もう少し上がってくれば階段があったようだ。
どうせ誰も来ない山の中。荷物は持ってきたので、自転車は置きっぱなしでも大丈夫だろうと思い、そのまま鳥居まで上ることにした。
階段を上がりきると、綺麗な朱色の鳥居が出迎えてくれた。気のせいだろうか、下から見た時より大分綺麗な色をしている気がする。
参道の脇には狐の石像が2つ。向かい合った形で鎮座している。その奥には8畳ほどの木製の建物があり、手前に賽銭箱。中に祠のようなものも飾ってあった。
思った通り神社だった。それも稲荷の神社らしい。そういえば、前に祖母がこの地に伝わる稲荷伝説があると言っていた。
「大昔この地が干ばつにあった際、村に現れたお腹を空かせたキツネにエサをやった所、お礼に雨を降らせてくれ。それからというもの、この地ではキツネを村の守り神として祀っている」とか、そんな話だったと思う。
当時の私には、干ばつやキツネを祀るの意味がよくわからなかったが、良いキツネが居たという事だけは理解が出来た。
祖母はこうも言っていたのだ。
「どんな相手にも親切にしなさい。必ず自分に返ってくるからね。良い事は良い事で、悪い事は悪い事で返ってくる」
これは、祖母の口癖のようなものだったが、あの体験の後ではそれがどういう意味なのかよくわかる。
神社の境内をぐるりと一回りした所で、お腹が空いてきた私は昼食をとることにした。
お賽銭は無かったので鈴を鳴らして手を合わせるだけだったが、お参りをして「お昼ご飯食べさせて下さい」と、一応キツネの神様に挨拶をした後、持ってきたレジャーシートを敷き、階段に腰掛てお弁当箱を取り出した。
ふと視線を感じ横を見ると、木の陰からこちらを覗く顔がある。同い年位だろうか。色白の肌につり目ながらに大きな瞳。ツンと突き出した小さな鼻と血色感のない唇が、何かを言いたげにこちらを見ていた。
「一緒に食べる?」
私はその子供に声を掛けた。祖母の教えがあったからだ。子供はこくりと頷いて、おずおずとこちらに歩いてきた。
背丈は私と変わらない。髪はおかっぱで、男とも女とも取れない見た目をしていた。淡い水色の無地の着物に草履という出立は今時の子供には見えず、不思議な雰囲気を纏った子だとそう思った事だけは覚えている。
「これが梅干し、こっちがおかかで、これは…さけのおにぎり。好きなのとって良いよ。おかずもちょっとだけど、あるから。おすすめは卵焼き。おばあちゃんの作るのは甘くって美味しいんだ」
私は持ってきたおにぎりを並べ、弁当箱を開きおかずを見せる。
日頃から「よく食べなさい」と言って、1人分以上のご飯を作ってくれるおばあちゃんのご飯は美味しかったが、いつもお腹がはち切れそうになっていた。2人で分けても充分お腹いっぱいになれる。
着物を着たその子供は、初めて見るのだろうか。アルミホイルに巻かれたおにぎりを陽にかざし、キラキラと反射するのを不思議そうに眺めている。
「それにするの?見てて、こうやって…アルミホイルは剥くの。中におにぎり入ってるから」
私がやってみせると、子供も真似する。出てきたおにぎりに目を輝かせるかぶりつき、美味しかったのだろう。もう一口、もう一口と、大人の拳大ほどあるおにぎりをあっという間に完食してしまった。
「もう一個食べる?」
私の言葉に大きく頷く。余程おにぎりが気に入ったらしい。私は祖母の作ったご飯を喜んで貰えたのが嬉しくて、ピックに刺さったおかず達も勧めた。
私がおにぎりを食べている横で、子供は一口一口を噛み締めるようにおにぎりを頬張り、おかずを口にすると目を丸くして美味しさを表情の全てで表現していた。
あっという間に食べ終わった私達は「ごちそうさまでした」と手を合わせてからお弁当箱をしまった。食後に持ってきた麦茶を付属コップに入れて分け合い一息ついた所で子供が立ち上がり裾を引っ張った。一緒に遊ぼうという事だろうか。
私はリュックを階段の脇に置き、その子供と山の中を駆け回り遊んだ。
山の中は私の知らない場所が沢山あった。綺麗な沢の流れる小さな滝や、大きな洞窟。見た事ない程に大きな木があり、ごつごつとした岩にも登った。
同年代の子供と遊べるのはやっぱり楽しい。時間はあっという間に過ぎていった。
かなりの時間遊んだと思っていたが、不思議と辺りはまだ明るかった。一向に暗くなる気配が無い。
神社で出会った子供と更に山の奥へと入っていくと、そこにトンネルが出てきた。
今は使われていないのだろう。反対側の僅かな光が薄ら見える程度で、中は真っ暗。苔が生え冷たい空気が中から漂うなんとも不気味なトンネルだった。
普段なら絶対に近付かない。怖い物は苦手だ。テレビで怖い番組を見てしまったりしたら、1人でトイレには行けなくなってしまう。夜は豆電球をつけて寝ているし、昼間の墓場だって嫌な位だ。なのに、この時は何故かそのトンネルの中に入りたかった。そう、呼ばれている様な気がしたのだ。「おいで、おいで」と。
自然と足がトンネルの方へと向く。見た目は古びたただのトンネルなのに、何故か吸い込まれていく。1歩、また1歩と進みトンネルの入り口に差し掛かった所で、腕を掴まれた。
振り向くとあの子供が泣きそうな顔をしてこちらを見つめて首を横に振っている。ハッと我に返った私がトンネルの方を見ると、暗闇に紛れ白い影が無数にこちらを睨んでいる様に見えた。
「ひぃっ!?」
「もう少しだったのに……邪魔なキツネめ…」
私の声にならない悲鳴の後、白い影がそう呟いた様に聞こえた。
「キツネ………?」
後ろの子供を見る。子供には耳と尻尾が生えていた。そう、まるでキツネの様な薄茶色いフサフサの…。
***
「ゆうき…ゆうき…!」
名前を呼ばれ目を覚ますと、そこは神社の階段だった。心配そうに私の顔を覗いている祖父と、周りには近所のおじさんが2人。
「大丈夫か!?怪我してないか?痛い所は?」
私は質問の意図がわからなかったが、いつの間にか辺りが真っ暗になっていた事に気づいた。空には月まで昇っている。
「大丈夫かい?家に居ないから心配して皆んなで探してたんだよ。眠っていただけなら良かった」
どうやら、私は昼間お弁当を食べた所で眠っていたらしい。通夜を終え帰ってきたら祖父母が家に私が居ない事に気がつき、村中総出で探しに来てくれたのだ。
「心配掛けてごめんなさい…」
謝る私にみんなは怒る事なく、優しく頭を撫でてくれた。
夢だったのだろうか。全部。
私にはあの子供と一緒に食べたお弁当も、遊んだ事も、あのトンネルの奥に連れて行かれそうになった事も、全部現実に思えて仕方なかった。
家に帰ってきてから、その日あった事を祖父母に話したら2人は顔を見合わせてから、私の頭をまた撫でてくれた。
「そりゃぁ、おキツネ様だな」
「おキツネ様?」
「んだ。前にばあちゃんがここのキツネ伝説の話ししたんは覚えとるか?この地の守り神のおキツネ様は、子供にだけ見えると言われてる。その子供と同じ年頃の姿で現れて、一緒に遊んであげると願い事を叶えてくれるって話だよ」
「ゆうきもお参りしたろ?何願ったんだ?」
「えっとね…お弁当食べるからお邪魔しますって。あと、おじいちゃんとおばあちゃんが長生き出来ますようにって」
その言葉を聞いて、2人は顔を緩ませる。
「ゆうきは本当に良い子だ。優しい子に育ってくれて嬉しいよ」
2人の笑顔が私にとっては一番嬉しい事だった。この願いを聞き届けてくれたのか、あれから10年以上経った今も、祖父母は元気に過ごしている。
後にわかった事だが、あの時呼ばれたトンネルは戦争の最中沢山の人が亡くなった場所らしい。
トンネル自体もう老朽化により閉鎖され、その後あった地震の影響であの時既に無くなっていたはずだという。
存在しない筈のトンネルは確かにそこにあり、私はトンネルの中に呼ばれていた。もしあのまま進んでいたら、私は今どうなっていただろう。
あの時手を引き止めてくれたあの子は、お弁当のお礼に助けてくれたんだろうか。
「どんな相手にも親切に。必ず自分に返ってくる」
今でも私にとって大事な言葉である。
あの日以降、毎日の様にあの神社に行ってみたが、子供には出会えなかった。だが、おにぎりを置いていくと必ず無くなっていた。
食べているのが子供なのか、それとも別の動物かはわからない。けれど、またあの子供に会えたら直接お礼を言おうと決めている。
***
あれから毎年夏になると田舎に遊びに来ては、神社へのお参りが恒例行事となっていた。
あの夏の思い出は、誰に話そうと信じて貰えはしないけれど、それでも良い。
私にとってかけがえの無い物で、確かにあった冒険の一日だったのだから。
#夏のある日の冒険譚 【自転車に乗って】
自転車に乗って風を感じる度に、いつも中学時代の通学路のことばかり思い出す。
気温差の激しい春秋の時期には、早朝はいつも濃霧で真っ白でほとんど見えない。学校に着いたら、制服にうっすらと露がついてるのをはたくのがいつものパターンだった。
ただ、濃霧のある日は昼はいつも快晴になることは分かりきっていたので、レインコートや傘を持って行く必要はなかった。
帰りにかち合わせた幼なじみと手を繋きながら漕ぐも、やっぱりバランス崩して2台とも倒れてしまったことも今や笑い話だ。
また、夏はゲリラ豪雨に遭い、雨宿りもしたが、それでも制服はおろか靴に至るまで全身がすでにズブ濡れだった。
道が川のように流れており、自転車を漕ぐのは危険だと思い、そのまま押して歩いた。
途中で帰り道の小学生達とすれ違ったが-夏服では下着も透け見えてしまっているのだが、隠せるものもなく仕方ないと開き直った。
ある時は、危うく車と接触したこともあった。
何メートルかはそのまま並行していたが、車が徐行していたのもあり、怪我もなく無事だった。
後になって身震いが止まらず、保健室でただじっと収まるのを待っていた。
九死に一生を得たのはこの時だったかもしれない。
それから卒業を目前にして、今度はアイスバーンで車輪が滑ってしまい、転けた。ペダルで傷付いたのか、膝が切れて血が出ている。
自転車のカゴはぐじゃりと曲がり、ハンドルもまっすぐには直らない。どうしようかと呆然と突っ立っていると、幼なじみが後から来て止まってくれた。
「どうしたん? 血ィ出てるけど」
「コケてん。てか、チャリどうしよ…」
当時はガラケーの時代で、中学生が持つのはほんの一握りなほどだった。本当は持ち込み禁止ではあったが、たまたま幼なじみが持ってたおかげで、学校に連絡入れることができた。
膝の怪我は新しく生まれ変わった皮膚になり、その部分だけが薄っすらと白く残っていたが、今では焼けてしまってもうほとんど分からなくなった。
中学時代はなんと濃い3年間だったか。
通学路だけでも、たくさんの出来事が次から次へと芋づる式に思い出されるのだから。
自転車には十年位乗っていない。最後に乗った時もその前に乗った時から五年ぶり位で、久しぶりに乗ったら太ももが疲れて疲れて、「自転車は疲れるから嫌」となり、乗らなくなってしまった。
その後、体力作りにスクワットを始めた。朝晩十回ずつだが、五年以上続けて疲れにくい体になったことは実感している。今なら自転車に乗っても太ももが疲れないかもしれない。でも、もしも疲れたら、自転車のことをもっと嫌いになると思う。勇気が出なくて、今も乗れないままでいる。
君は、自転車に乗っていた。
馬鹿みたいに笑ってはしゃいで、
楽しくてしょうがなくて、
それでどこまでも君と走った。
疲れたあとの食事は何よりも美味しかった。
上り坂も下り坂も走ってきた。
———君が事故で亡くなるまで。
僕が君の墓へ向かおうとしたとき、
幻覚が見えた。君の姿だった。
半透明な君が、景色に溶けている。
これは幻なんかじゃない。
君は僕に目を合わせてはくれなかった。
それでも、君は間違いなく、そこにいた。
僕は、届かないを承知で呟いた。
「まだ旅から帰ってなかったんだね」
君は、自転車に乗っていた。
今日は私の一日の日記を書き込みます
日記ではなく愚痴です……。
私はこのアプリがストレスのはけ口でもあるのかなと思うのでただただ書き込みます。
こんなにも長い文章を読んでくださる方に感謝致しますm(_ _)mありがとうございます。
もう0:00を、過ぎてるので昨日の話になりますね…
昨日は朝起きた瞬間から目があかなくて身体が動かなくてどうしようもありませんでした。
一昨日の夜から「明日はお盆でお墓参りに行くよ」
そう言われていたのに起きれなくて動けなくて、早く準備しろと言われていたのに結局予定より30分以上遅くなってしまいました。
朝朝起きた時、目があかない、身体が動かない、それだけではありません。
1番重かったのは「今日死ぬ」こう起きた瞬間から私の頭が決意していました。
本当に死にたい気分からスタートした一日でした。
ようやく身体が動き始めたと思ったら次はわけも分からず涙が止まらなくて呼吸も出来なくて
もちろん時間をすぎてるから家族は私にいらいらしていて、親に「フラッシュバックでそうなってるの?」と聞かれたけど私には私が分からないから今私は何が辛いのか分からないしフラッシュバックは本当にいつ起きてるのかいつ来るのかいつ終わるのかもなにも分からない。
周りがピリピリしていて私にも伝染してしまいいらいらしてきて、でも私が周りに当たる筋合いがなくて、自分をいつも通り殴るか絞めるか噛むか
それしかなくてリスカは卒業しようと頑張って卒業したものだからこの努力を崩さないためにもリスカは絶対しない。だけど殴る時とても強い力で殴る。
自分が今持ってる精一杯の力でよく殴る。
後頭部、頭の横も痛くなるように思いっきり殴って限界まで殴るけどその先にはいけない
結局そのままお墓参りに行く。
車の中でも涙が止まらなくて親にキレられて理由を聞いてくるけど私にも分からない。
そんなスタートじゃ気分悪いからもう帰ろ
と言われ
泣きながら必死に、あっちに着くまでには治すからこのまま行って と、言った。
じゃあお前が治るまでこっちはずっと合わせてそのムードかよ
そう言われた
お父さんは多分理由を聞き出すために強く言った
いつもはそんなこと言わない。初めてだ。
優しさだと分かっていても正直気持ち悪いこんなのが家族なんだ逃げ出したい飛び降りたい死にたい消えて欲しいそう思ってしまった。
お母さんは必死に止めてくれてた。
𓏸𓏸(私)のせいじゃないんだからその言い方やめろ
余計に死にたくなるんだよ周りの言葉で
お花屋さんについて降りてお花を買った。
泣きながらお花を眺めていた。
お花屋さんのおばちゃんがピンクの百合の花束を持って私にお姉さん美人さんね、これお部屋に飾ってちょうだい。大丈夫だからね、
そう言ってくれた、大丈夫だからね、これは何に対してかけてくれた言葉なのか分からないけどとても嬉しくて安心した。
花束をサービスしてくれ、お墓参り用のお花も2束サービスしてくれた。
車に乗り込んでピンクの百合の花束を見つめていると本当に不思議と気持ちが晴れてきて安心できた。
お墓参りをしていて、お墓を回って思った
生きたままここに入ってもいずれ死ぬんだから早く入れて欲しいな
このままみんながかえって私だけここに残って死んでどこで死んだかも分からないようなかんじになってくれればいいのになー
でも結局今家にいる。
愚痴の吐き出す場所がないからきついけど
リスカ以外で自分を最大に傷つけて、心の傷は治らないけど怪我なら治るから沢山傷つけて満足すればいい。
早く死にたいのに死ねないこれは甘えだろうか。
自転車に乗ると自分が風になったようで気持ちがいい。
通り過ぎていく木や建物、坂から一気に降りていく時の
スリルと綺麗な景色。
自転車はどこへでも私を連れて行ってくれる。
色んなストレスも自転車に乗って色んな所へ行けば私の心は晴れていく。
そして、今日も自転車に乗って私は行く。
『自転車に乗って』
自転車に乗って
この蛇坂を、1度も降りずに登りきる。
登る、登りきる。最後は立ち漕ぎ。
登りきった~!
何の儀式だったんだろ、あれは。
自転車に乗って、どこまでも行こう。
初めて自転車に乗ったあの時、これさえあればどこまでも行けるような気がした。
それが今じゃ、この自転車で行ける場所なんてたかが知れていると思うくらいになってしまった。
さらに時が経ち、自転車の置き場も少なくなり、電動の自転車が出てきたりなんかして用がなくなった埃を被ったあの自転車。
捨てようにも、思い出があふれて捨てられない。
急な坂をくだってく
白線が太陽の光でキラキラしてて
空には魚が泳いでる
翼が生えて今にも舞い上がりそう
この坂は離陸するための滑走路。
『自転車に乗って』
踏んだり蹴ったりな日というのは定期的に来るものだ。今日の僕は特に最悪だった。
夏の夕暮れの中、目的地もなく自転車を漕ぎ続ける。今日みたいな日はすぐに家に帰るのもなんとなく嫌で、何処を目指すでもなく自転車でぶらぶらとしていたのだ。無心になって自転車を漕いでいても、今日の学校での出来事がつい脳裏に甦ってきてつくづく自分に嫌気がさす。
気が付くと町のはずれまでやってきていた。目の前には大きな坂がある。一瞬「引き返そうか」とも考えるが、何故だかそれをしたら負けな気がして、僕はこの坂に挑むことにした。
緩やかな坂ではあるものの、座ったままで漕ぐには限界があって、やむを得ず立ち漕ぎに切り替える。足に入れる力はどんどん強くなり、汗が頬を撫でる。それでも僕は漕ぐのを止めなかった。あと残り数メートル。僕は最後の力を振り絞ってペダルを踏み込んだ。
それまで視界を覆っていたコンクリートの坂は突然終わり、目の前にオレンジ色に染まった海が広がる。息をのむ程の絶景だが、生憎息切れで思うように息が吸えない。はあはあと情けない呼吸を繰り返しながら、僕は海を見る。小さな港で沢山の漁船が波に揺られている姿を見て、僕は自分という存在がどれほど小さいのかを改めて感じた。すると先程まで悩んでいた全てが嘘のように馬鹿げて見える。僕は思わず笑ってしまった。
自転車に乗って、放課後の小さな一人旅。僕は海の大きさを知った。
*「自転車に乗って」
(テーマのみ保存。後日投稿)
最近雨が降っていたから、憂鬱な日が続いた。長く続いた雨が止み、太陽が見える。少女は嬉しそうに窓の外の景色を眺めていた。今日みたいな日は外で遊ぶに限る。公園に行って遊んでも楽しいだろうし、庭の水溜りで遊ぶのもきっと楽しい。少女はしばらく考え込んで、公園に行くとに決めた。最近、誕生日プレゼントで買ってもらった自転車に乗りたいと思ったからだ。少女は母親を探して…というところで目が覚めた。今のは、少女が見た夢だった。少女の見た夢は叶うことはない。なぜなら、現実の少女は、足がなかったのだから。
『自転車に乗って』
「自転車に乗って」
いつの間にか自動車専用道路を走っている
これ…ネットに晒されるやつだ
まさか自分がこちら側の人間だったとは…
バイト先に入ってきた女子大生
四十の僕にとって最後の恋だった
1時間前、告白してフラれた
そしてがむしゃらに自転車を走らせていたらこんな事になってる
もしこれが夕方のニュースにでもなったら彼女にバレるかもしれない
そしたら「やっぱり私の判断は間違ってなかった」と思うことだろう…間違っているのに!
自転車のミラーに情けない顔が写る
いろんな事から逃げてきた人生だった
でも今は出口に向かって進むしかない
こんなに辛いことなんだ
でもこれをやり遂げられたら男としてレベルアップしてる気がする
もう一度、告白しに行こう
僕のダンロップシューズは勢いよく回転し始めた
子どもの頃、自転車でどこへでも行った
隣町の古本屋
祖父の家
海
花火大会
自転車さえあれば、どこまでも行ける気がした
自転車に乗って遠出する自分と
自分を乗せて遠出する自転車を
誇らしくさえ思った
今、自転車に乗るのは駅と家の往復だけ
自転車に申し訳ないような気持ちになってきた
こんなもんじゃないだろって言われている気がした
次の休み、久しぶりに自転車で遠出してみようかな
きちんとメンテナンスもしよう
どこへ行こう
どこまでも行こう
なぁ、相棒
―――自転車に乗って
#42【自転車に乗って】
いつも自転車に乗って買い物に行くけど…天候や気持ちによって見える景色が違ったりするなぁーと感じた最近💦