小説家X

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『自転車に乗って』

 踏んだり蹴ったりな日というのは定期的に来るものだ。今日の僕は特に最悪だった。
 夏の夕暮れの中、目的地もなく自転車を漕ぎ続ける。今日みたいな日はすぐに家に帰るのもなんとなく嫌で、何処を目指すでもなく自転車でぶらぶらとしていたのだ。無心になって自転車を漕いでいても、今日の学校での出来事がつい脳裏に甦ってきてつくづく自分に嫌気がさす。
 気が付くと町のはずれまでやってきていた。目の前には大きな坂がある。一瞬「引き返そうか」とも考えるが、何故だかそれをしたら負けな気がして、僕はこの坂に挑むことにした。
 緩やかな坂ではあるものの、座ったままで漕ぐには限界があって、やむを得ず立ち漕ぎに切り替える。足に入れる力はどんどん強くなり、汗が頬を撫でる。それでも僕は漕ぐのを止めなかった。あと残り数メートル。僕は最後の力を振り絞ってペダルを踏み込んだ。
 それまで視界を覆っていたコンクリートの坂は突然終わり、目の前にオレンジ色に染まった海が広がる。息をのむ程の絶景だが、生憎息切れで思うように息が吸えない。はあはあと情けない呼吸を繰り返しながら、僕は海を見る。小さな港で沢山の漁船が波に揺られている姿を見て、僕は自分という存在がどれほど小さいのかを改めて感じた。すると先程まで悩んでいた全てが嘘のように馬鹿げて見える。僕は思わず笑ってしまった。
 自転車に乗って、放課後の小さな一人旅。僕は海の大きさを知った。

8/15/2023, 4:09:45 AM