『狭い部屋』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
狭い部屋、といえば薄暗く埃臭い場所を思い浮かべる。狭いというマイナスのイメージに付随してくるのか、それとも本当にそういう場所を見てきたのか。自分の場合はきっと前者だ。
だからこそ、まいってしまう。自分の凝り固まった概念に。
狭い部屋で一人でスマホをいじる
布団にこもって
学校を休んで
人が来たら寝たふり
いなくなったら少し顔を出し
スマホをいじる
学校が嫌いで休んでばかりの僕の毎日はいつもこうだ
行こうと思っても足が動かない
人に対する恐怖心がある
この狭い部屋に僕はずっと囚われ続ける
# 23
[お題:狭い部屋]
[タイトル:自由意思、in、ステンレススティール]
小佐野丞は自分の日記を読み返していた。ここ一年と八ヶ月かけて貯めた、夢日記を。
「『遊園地、ピエロに追いかけられる。観覧車が転がる』」
六十ページまで埋まっている日記帳(代わりのA4ノート)のうち、二ページ目。六月七日の日記だ。
そして次に五ページ目、七月二日の日記を開く。
「『遊園地、ジェットコースターが崩れる。赤と黄色の風船が空に舞っている』」
遊園地に関する夢日記はもう一つある。十ページ目、八月二十三日。
「『遊園地にいる。子供がいる。その子供は誰かを待っている気がする』」
日付に関連があるとは思えない。これらの夏の日に、遊園地に行ったという記憶も無い。そして遊園地が何度も夢に見てしまうほど好きだという事も無い。確かに、友人グループや恋人、家族と行けば楽しいだろうが、自ら誘って行ったり、一人で行ったりするほどの熱は無い。丞にとって遊園地は、そこらの公園や商業複合施設と変わりない。特段気にするとこのない存在だ。
なのに、遊園地の夢を三度見ている。この記録をつける前と合わせるなら、五度だ。
同じ場所の、別の夢。
これの意味するところが、心の底では遊園地に行きたがっているとか、その程度ならそれでもいい。ただ実のところ、丞はそれ以上の意味があって欲しいと願っていた。
承は一ページ目を開く。
「『狭い部屋にいる』」
一ページ目の一行目から十行目。ずらりと並んだそれは、十日間、同じ夢を見続けた事を意味する。
さらに三ページ目。上から三行目までと、五行目から八行目、そして十行目。
「『狭い部屋にいる』」
十二ページ、十五ページ、二十二から三十七ページ、四十一ページ、四十五から五十二ページの全行。
「『狭い部屋にいる』」
そして六十ページ、最初から五行目までと最後の行。最後の行は、今朝追加したものだ。
「『狭い部屋にいる』」
こうして見返して、丞は今更ながら背中に悪寒を感じた。こんなにも見ていたのか、と。
今の丞には狭い部屋がその実どんな部屋だったのかという記憶がない。何畳か、窓はあるか、とんな扉か、家具はあるか、その全てが思い出せない。ただ狭い部屋にいたという曖昧な記憶だけが、起きたての丞には残っていた。
それはまるですれ違う美女の香水が鼻に残り、顔も見ていないのに情緒を掻き乱すようなモノである。丞は日記をつけ始めて六ヶ月経った頃から、狭い部屋に偏執病的に取り憑かれるようになった。
何がなんでもその正体を明かさなくてはならない。
そう感じて、さらに一年二ヶ月。未だに狭い部屋の扉は固く閉ざされている。
「・・・・・・そろそろ、授業、か」
時刻は十二時半。一時から始まる授業に間に合うには、残り五分以内にここを出る必要がある。
丞は一般的な男子大学生だ。大学一年の五月辺りから夢日記をつけて始め、現在は二年の一月。後期の後半であるこの時期は、期末テストの出題傾向を教師が授業で話すことがある為、そうそう休む訳にはなかった。一年の時にはそれを友人に頼って、痛い目を見ている。漏れが無いようにするには、結局、自分で話を聞くのが一番確実だった。
三分ほど経ち、部屋を出る。その時、振り返って自室を見た。一人暮らしの安アパートの中は当然のように狭い。けれど、やはり夢の中のあの部屋とは何かが違う。
もっと無垢のように白く、ステンレススティールのようにしなやかで、狭い。いや、実のところそれらの要素が合っているかは曖昧だ。記憶は海に血を一滴垂らしたように溶けて見えなくなっている。一つ確かのは、ただ狭い。とにかく狭いのだ。それだけが唯一海に溶けずに悠々と漂っている。
大学構内、授業の開始五分前。講師を務める准教授が、いそいそとプロジェクターの準備を進めている。
「それで、なんか分かったのか? 小佐野」
友人の熊谷光の質問に、丞は面倒くさそうに返した。
「なーんにも。分かるわけねぇーっ」
「そうか、そりゃ残念」
と、ちっとも残念そうな様子を見せずに光は言った。光には狭い部屋の話をしているが、彼自身は全く協力的では無い。夢の法則性を知る為に、丞は光にも夢日記をつけるよう言ったが「面倒くさい」の一言で返された。
「思ってねーだろ」
「ま、実際な」
とはいえ、その程度の軽さの方が却って助かるというものだ。丞は既に夢について神経質になっていて、もし過剰な心配を向けられていれば、それに反比例するように精神は落ち込んでいただろう。
「だって、ただの夢だろ? どんな夢見たって現実が変わる訳じゃないんだしさ。例えば期末テストの日に悪夢見たら気落ちしそうではあるけどさ、それで赤点取る奴はどうせ取るだろ」
この手の話は何度か聞かされた。光のいかに夢が夢であるかの例え話はバラエティーに富んでいる。少し前は『女優と付き合う夢を見ても付き合えない』その前は『落下する夢を見ても身体はベッドの上』だった。確かに、丞はまだ遊園地でピエロに追いかけられた試しは無い。
「別に、本当に狭い部屋に連れてかれるなんて思ってねぇよ。ただ異常だろ、なんていうか、ペースがさ」
「人によるだろ」
光がぶっきらぼうに返すと、同時にチャイムが鳴った。授業開始の合図だ。
授業中でも後ろの方では所々話し声が聞こえるが、光はその実真面目で、授業中は黙々とノートを取っている。それに釣られるように、丞もペンを走らせた。
「僕は狭い部屋にいる」
自分の声がして、丞は慌てて振り返った。そして、自分がたった今、本当に振り返ったのかについて考えた。
後方に見えたのは滑らかなステンレススティールだ。それはぐるりと丞を囲っている。ドーム状か、あるいは球状になっているようで、それはまるで小さなカプセルホテルのようだ。壁は手を伸ばせば届きそうな距離にあるが、本当に手を伸ばしても届かない。目は確かにステンレススティールを写しているが、その部屋を照らす光源の存在は見当たらない。
夢だ。今、狭い部屋の夢を見ている。
恐らく、授業の途中で寝てしまったのだ。夢を見るほどに熟睡してしまっている自分の愚鈍さに言葉が見つからない。
とにかく、直ぐに起きなくては。准教授はとても面倒くさい、もとい厳格な類の知識人なのだ。
そして、丞は目を覚ました。自分の意思で、何かのスイッチを押すように、いつも通り起きた。
けれどその実、丞は光によって起こされていた。
「そろそろ起きろよ、見つかるぞ」
「・・・・・・・・・・・・あ、あぁ。ごめん、ありがとう」
光はそれに手を振って返す。一方の丞はまだ呆然としていた。自分が起こされたという事実を受け入れるのに時間がかかっていたのだ。
ややあって、それは何の問題も無いと気づく。普段にしたって自分で起きているつもりでも、自室では目覚まし時計が甲高い悲鳴を上げていた。それと変わりはない。
そして冷静になると、この夢を日記に書かなくては、と思い至った。そしてバッグから夢日記を取り出し、六十ページを開く。
今日の日付である最後の行、その端に小さく『二時十五分にも同じ夢を見た』と加えた。
書き終えると夢日記をしまい、再び授業と向き合う。
その違和感に気づいたのは、直後のことだ。
丞が疑問に思ったのは、どうして自分は夢日記を持ってきているのだろう、という事だ。
夢は時間が経つほど曖昧になっていくので、寝起きと同時に書き始めるのは理に叶っている。だから丞は、旅行に出かけた際や実家に帰省した際には、きちんと夢日記を持って帰る。
逆に言えば、そうでなければわざわざバッグに入れる事はない。大学で夢を見る、なんて事を前提に授業に来るほど、丞は不真面目では無い。
けれど丞は夢日記を持ってきていた。
夢日記はそもそもただのA4ノートだ。間違ってバッグに入れていた可能性はある。しかしどうして今日に限って? 寝落ちして、さらに夢を見た今日に限って、どうして。
すると、授業の終了を告げるチャイムが鳴った。
しまった、考え事をしていて最後の方を聞き逃していた。
「なぁ、熊谷、テストについて先生なんか言ってたか?」
「なに、また寝てたのか?」
「そうじゃないけど、まぁ、そう」
「どっちだよ」
そして光は自身のノートを見せた。
「写真撮っておけよ」
なるほど、と思い。スマホを取り出す。そう言えば前もこんな風な流れだったな、と感じた時には既にシャッターを押していた。
写真を確認すると、やっぱりそこには既視感があった。
そうだ、前回のテストでも聞き逃して写真を撮らせて貰っていたのだ。そしてその時は光の記入ミスで出題範囲を取り違えていた。
丞は念の為、近くの別の生徒にもテストの話を聞いたが、今度はちゃんと合っているようだった。
「信用ねぇー。ま、前回やらかした分、今回は真面目に聞いたって」
そう言って、光は薄く笑った。
前回とは違う。大学という同じ場所、テスト前という同じ時期、けれど別の──何か。
それは大学生であれば特段珍しい事じゃないのかも知れない。期末テストは前期後期、一年から四年で全てある。たった二回同じ状況だったというだけで違和感を抱くのは、それこそ違和感があるというものだ。
それでも、気になるのはどうしてか。頭の中で、観覧車が回っている気がする。
授業を終え、帰りの地下鉄に乗っている途中、丞は再び寝落ちした。
最近、寝不足だったかも知れないと、狭い部屋の中で思う。
改めてそのステンレススティールと向き合うと、驚くほど近くにあった事に気づく。手を伸ばしても届かないが、目の先には確かに壁がある。目測だけで言うならば、十センチも無いほどだ。なのに手は届かない。手が何かに触れた感触が全くない。
そういえば、この狭い部屋の中で自分の身体を見た試しがないな、と丞は思った。
眼球を動かして、どうにか見ようとしても、どこもかしこもステンレススティールだ。融通の効かない夢だな、と丞は文句を付けた。
明晰夢というものがある。夢が夢であると自覚しながら見る夢のことだ。この明晰夢を見る人の中には、夢を自在にコントロールできる者もいるらしい。
全く羨ましい限りだ。夢を夢と知りながら、全く思い通りにならないこの狭い部屋を見ながら思う。
丞はまだ目覚めようと思わない。何故かは自分でも分からないまま、しかしタイミングを待っている。何かが起こるはずだ。目覚ましのような、熊谷光のような、何かが起こって、その時に自分は目覚めようと思うのだろう。
自由意志について考える。自分は確かに、自分の意思で目覚めていたはずだった。しかし、それは違うと知った瞬間、自由は音を立てて崩れ去った。その実、このステンレススティールの内側は何も変わっていないというのに。
しかし、そこには自由があるはずなのだ。夢とは脳みその中で起こるものであり、脳みその中に自分はいる。手足の運動も、視覚も、全ては脳みその中で処理される。だから夢は時にリアルを感じられるのだ。脳みそが自分自身の、自由の地平でなければ、一体どこにそれがあるというのか。
まだ夢は覚めない。
この狭い部屋を抜け出せば現実がある。今、自分は電車に揺られている。
揺られているはずだ。
お題:狭い部屋
狭い部屋って意外とみんな好きだと思うな。
僕はよく籠っちゃうよ。
この部屋だいたい1畳くらいしかなくて座ることくらいしかできないんだけど、
何もできないと逆に考え事が意外と捗ったりするんだよね。
君も後でここ入ってちょっと堪能してみてよ。結構こだわってるからさ。
後で感想聞かせてね。
タイトル
じゃあちょっとお花を摘んできます
ブルロ男子と狭い部屋で密着
4️⃣1️⃣
「ちょ、ちょっと、ナマエさ〜ん??」
団地の狭い部屋 広場前の3号棟
富士山の見える四畳半の部屋
大きな夢を近くに感じた部屋
遠い記憶と情熱の証
俺の歌声が聞こえてますか?
好きだと言ってくれた俺の男歌
あの歌の様に心に薪を汲めて生きています
薪を燃やす火は
あの頃あなた方が俺につけた情熱です
襟裳の歌の様に灯火に寄り添う優しく想う男に
俺はなったよ…
優しく歌ってた
あなたの様に…
ねぇ…ミーチャンは…
その頃…あの街で…
僕の知らないミーチャンの風景…
優しく歌いたいから…
ふたりで風景を奏でるから…
ねぇ…
ミーチャンの事を聴かせてくれよ…
四方に座り己を見つめ
司法に則り己を律する
監査人を務め
監査人を付けられる
この狭い部屋の中で
司法と私情、二つが渦巻くこの空間では
君と君と、君と私は
縛り縛られ出られはしない。
溶け合わなければ流れはしない、永遠に。
さようなら、昨日の世界よ
さくり、さくり、と3ミリ厚のバルサ材をナイフで丁寧に切っていく。
切り過ぎないように、割ってしまわないように慎重に。
緩やかな曲線を切り終えて、詰めていた息をふぅ、と吐いた。
ようやく一枚切り出せた。
作っているのはミニチュアの飾り棚。
完成したら既に作ってある小さな本や置物を飾って、リビングの棚の一区画に設けたドールハウスに設置する予定だ。
一枚切れたら後は早い、サクサクと必要な数を切り出して研磨、ボンドで接着する。
だいぶ端折ったけど完成。
色にこだわりは無いのでフローリング用の色付きニスをササッと塗った。
リビングのドールハウスの空いているスペースに設置して眺める。
ベッドやテーブルにイス、本棚、飾り棚と一通りの家具は作った。
次は何を作ろうか、心弾ませながら自室へと戻っていった。
テーマ「狭い部屋」
狭い部屋
午後の光がカーテンの隙間から差し込んでいた。アパートの前の道を車が時々通り過ぎる。大人たちも子供たちも仕事や学校で活動しているはずの時間に、まどろみの中で夢の続きを追いかけていた。
翼も無いのに空を飛ぶ夢だ。風が気持ちいい夢を見たのははじめてで、もっと、もう一度、と目を閉じ続けた。断続的なまどろみは、あとわずかしか続かないだろう、それでも、
ピンポーン
…不満と不快からくる理不尽な怒りを、ドアの外の労働者にぶつけるのは違うだろう。だが、いや、だからこそ、申し訳ないが狸寝入りをさせて頂く。
念入りに数分ほど布団にくるまってじっとしておく。それから盛大なため息と共に起き上がり、しかめ顔で仕方なく目を開ければ、いつもの狭い部屋だった。
翼は無いし空も飛べない。
車でスーパーに行こう。寿司買ってお酒飲もう。ゲームつけて旅に出よう。夢の続きは、仕方ない、望めばきっと、またそのうちに。
#017 『そばにいさせて』
あなたの気配がとても近い、狭い部屋が好きだった。
授業とバイトで忙しいから、寝に帰るだけの部屋なんて言ってたけど。料理なんてしないからって前提だったらしいけど、一口コンロじゃ実際不便すぎたわ。
夏場、ロフトは寝るには暑すぎて、結局物置になっちゃったね。小さなソファベッドは窮屈だったと思うけど、硬い床で寝るよりはマシだったと思う。
友達が来るようなことはなく、電気代がもったいないからって空いた時間は大学で時間を潰したりして。
でも、あたしが来てからあなたは変わった。部屋にいる時間が少しずつ増えたし、真新しい包丁を怖々握って調理に挑戦しようとした。部屋には芳香剤を置いてみたり、水回りをこまめに掃除するようになったり。あたしに任せてくれてもよかったのにね。
単位はもう取らなくていいんだ、って言い始めたのは、冬の終わりのことだったっけ。あたしは大学ってよく知らないから、あなたの言うことをそのまま信じた。
いつの間にかバイトを辞め、授業にも行かなくなって、部屋であたしと二人きり。ユニットバスの音は壁越しによく聞こえるし、プライベートなんてない空間でも、あたしには逆に心地よかった。だって、いつもそばにあなたがいた。
ずっとそれでよかったのにな。卒業する頃には引っ越すにしたって、あと一年はあると思ってたのに。
ある日、聞き慣れないエンジン音を聞いたと思ったら、なんの相談もなくあなたが借りてきた大きなレンタカーが路肩に止まってた。そう言えば車を持ってないだけで、運転免許はあったんだったっけ。
あなたは無言であたしを連れ出す。サプライズにしたって強引すぎた。行き先くらい教えてくれてもいいのにって思ったけど、聞いても答えてくれなかったかも。
不慣れなせいか、ちょっと乱暴な運転でたどり着いた先は広大なダム湖の近く、人気のない山の中。ガードレールから見下ろす水の底にはうっすらと建物の影が見える。
唐突にあなたはあたしを抱え上げた。部屋を連れ出した時と同じくらい強引に。そのままガードレールを乗り越え、あたしは水の上へと投げ出される。
隙間から入ってきた水が冷たい。トランクにあった空間はあっと言う前に満たされて、圧迫感で身動きも取れなくなる。
ねえ、どうして。あたし、狭いあの部屋が好きだったのに。
狭い部屋が好きだから、何ヶ月もずっと静かにしてたのに。
いくら水が重くても、あたしの体は軽くなって、いつか水面に浮かび上がるのよ。
ほら、衝撃でトランクが薄く開いてる。
本当はあたしにまた会いたかったの?
それなら、すぐに会いに行くね。
お題/狭い部屋
2023/06/04 こどー
狭い部屋ってなんだか落ち着きません?
トイレだったりクローゼットだったり
なんか一人だけの空間が居心地がいいみたいな
誰にも邪魔されずに一人の時間ができて、
自分はとても落ち着くしその時間とかその空間がとても大好きです。
嫌なことがあったりなんか眠れないなぁーって時には
クローゼットに入って真っ暗な空間で、ぼーっとしたらなんかいつの間にかねてることが多いのでそういう時は狭い所に入ってぼーっとしてみるのもいいかもしれませんね。
狭い部屋に、42人。
皆んな、制服を着て自分の席に座る。
私の、隣の席の女の子は明るくて人気者。
しかし、情緒不安定なところがあって地雷多め。
そんな彼女が言った
「アイツのこと好きでしょ?」
ドキッとした。私の顔を覗きこんでいたずらに笑う彼女に。
「アイツのこと、、、好きじゃないよ」
ぐっと目を開いて驚いてる彼女。
残念そうに、そっか、と言ってまたアイツの事を見る彼女。
その時気づいた。彼女は、アイツのことが好きだということに。もし、私が「うん」と言ったらどうしたのだろう。彼女のことだから、一緒に頑張ろうと言いそうだな。そんなこと思いながら。机の上に、ぽたり、ぽたりと涙を落とす私。
私が、好きなのは、アイツじゃなくて、
「貴方なんだよ」
あっという間に散った恋。あれから、話し掛けて来なくなった彼女。あんなに、楽しかった教室が今では、狭い地獄になってしまった
宛てがわれた自室は一人で使うには充分すぎる広さだった。あちらの世界では1K6畳の少し手狭に感じるアパートの一室に住んでいるのだから、「主様はこちらのお部屋を使ってください」だなんてはじめて言われてから数日は、そわそわと落ち着かない日々が続いたものだ。
さすがにもうそわそわすることはなくなるほどにはこの部屋で過ごして来たけれど、やっぱり落ち着く空間は狭いところ。だからこの部屋での私の定位置は、部屋の入口から対角にあるベッドと壁の隙間だった。
土足文化のこちらでは、屋敷の中も土足のところが多い。しかし、このベッドと壁の隙間の一畳にも満たないこの空間だけは、ボスキにお願いして色の違うカーペットを敷いてもらった土禁エリアなのだ。私はそこで靴を脱いで小さくなって本を読んだり、空想したり、こちらの世界で手に入れた宝物を取り出して眺めたりして過ごすのが好きだった。
孤独なところ、暗いところ、狭いところ、
自分を見つめ直せるところ、自分だけのところ、落ち着くところ、
集合住宅の一室。本来そこで暮らしていたはずの人物がいなくなってから、どれくらいの月日が経っただろう。
未だその事実を受け止めきれない青年は、毎度たった一本の造花を持ってその部屋を訪れている。
あの人が、先生が好きだと言った白い花。
生活感が残ったままの家具の配置。彼らの持つ記憶が色褪せないように、過去のものにならないように。青年はその埃を払い、丁寧に拭く。
部屋中に飾られた花は全て青年が持ってきたものだった。どれも萎れることなく、望まれたままの綺麗な姿を保っている。
それは彼の願望とエゴの産物であり、先生に向けた想いの丈であった。元の部屋が抱いてしまった寂しさを埋め尽くすように重ねられた花々は、悲しくもこの空間が空白となった日数を記録することとなっている。
青年はただ黙って今日の造花を花瓶に刺した。
素晴らしい人だった。この世の善に目を向けて生き、自らの持つ善を見返りも求めず他者に押し付けるような。いつでも他者のためを思っていると言い、その実全ての行動は自分のためでもあるような。
それでも、目に映る全ての人に手を差し伸べたいのだと理想を語る先生の言動に嘘偽りはなかった。
お人好しで、親切で、誠実な聖人君子。自分勝手で恐ろしいほどの善人。それが先生だった。
そんな人だったからこそ青年はあの人に救われ、あの人は自分の犯した罪と誰かの復讐を受け入れて殺された。
そう、最後まで目の前に優しく、その後の不幸を考えることもない、ひどい良心の塊だった。失われてはならない存在だった。
部屋の中心、白い花畑に埋もれたテーブルセット。椅子に掛けられた白衣は持ち主の姿を鮮明に思い出させる。
先生は木製の馴染んだ椅子に姿勢よく腰掛けて、優しく微笑んでは青年を手招きする。青年は痛々しく、待ち侘びたように目を見開き、躓きそうになりながらそちらへ寄るのだ。
今は留守にしているだけだからと、いつか帰ってくるからと言い聞かせ溜め込み続けた感情を吐露し、幻との再会に安堵を覚える。
そうして疲れ果てればふと夢は覚め、虚ろな思考のまま青年は息をついて帰るのだろう。
全て残酷な日課だった。
この閉じられた部屋は幸せな日々の棺桶であり、その輝きの復活を待つ宝箱でもある。
頭の奥底では分かっているのだ。ただ、青年には今更自身の恩人を帰らぬ思い出に降格させる度胸はなかった。
これは青年が再び真に先生と会える日まで続くのかもしれない。
その可能性を嘆き憐れむ誰かが触れたように、締め切られた窓から淡い光を受けるレースカーテンが虚しく揺れた。
【狭い部屋】
狭い部屋
綺麗なものでいっぱいにしたいの
でも醜いものがいっぱいなの。
綺麗なものでいっぱいにしたくて
苦手なお片付けを一生懸命しても
すぐ醜いものでいっぱいになっちゃうんだぁ。
擬人化注意。
6月2日の『お題:正直』の兄弟の話の前日譚。
暗く、寒く、窓一つない狭い部屋。そこは冷たく、身を凍らせる風が吹き荒れている。
私はあの人によって、この暗く狭い部屋に入れられた。
そこにいたのは私だけではなかったが、誰一人声を発するものは居なかった。私を含めて。
私の体はあの人のものだ。
あの人の手によって、あの人の名前をこの体に記された。
それを望んでいたかどうかもわからないけれど、私はそれを黙って受け入れた。
それから、長いような短いような時を、この暗く寒い部屋の中で過ごすことになる。
そこにいる私以外のものと言葉をかわすことはなかったし、私も言葉を発することはなかった。
相変わらず、この部屋は暗く狭く、冷たい風が吹き荒れている。
私も、他に一緒にいるものもただじっとしていた。
ときには扉が開かれて、他のものが外に出ることもあったけれど、連れて行かれるときも抵抗していなかったし、私たちはそういうものだと受け入れて見送った。
扉はその都度閉ざされて、変わらないときが過ぎる。
誰もがこの部屋から、いつか外に出るときがあるのだろうと、そう思っている。私もあの人の手に取られるその日まで、じっとしている。
そうしてある時、扉が開かれ、何者かが私を手に取った。
もしかして、あの人?
私は抵抗することなく、その手に身を委ねる。
しかし、私はその手の主を知った。
――あの人ではなかった。
あの人ではない手に掴まれて、真っ暗で狭い部屋から引きずり出され、真っ白い外の世界を知る。
あの人以外の手によって、狭い部屋から出された私は、固いところに置かれた。
あの暗く寒い、狭い部屋のほうが、私にとってふさわしい場所だったのだと、ここに来て思い知らされた。この世界に出された私の体は灼熱で溶けそうだった。いや、すでに溶け出している。
その人はどこかへ行くと、再び戻ってきた。細長く先が丸い物を持って。
それを見てわかった。
私はあの人の口には、入らないのだろうと――
お題:狭い部屋
弟「高級カップアイスのバニラ味サイコー」
【狭い部屋】
この狭い部屋でコーヒーを飲みながら落ち着いてテレビ見たり友だちと電話したりするのが俺の趣味。なんてったって広い部屋は落ち着かない。家族と住んでる時はとても広い部屋だった。家が二階建てでいわゆる豪邸って言われるようなだから、嫌だ。あの人たちをもう思い出したくはない。
「逃げたんでしたっけ?」
「そ、だから近づかないの。」
嫌になるね。広い部屋で人の死体を見るなんて。それも小さい頃。トラウマもんだろ。
狭い部屋は落ち着く。
心の拠り所がある気がするから。
僕は悪い奴ほど天国に行くべきだと思うんです。
僕を閉じ込めたあの人は極悪人です。閉じ込めた人全員を地獄に送りました。けれどあの人は、僕だけを天国に連れて行ってくれました。
あの人が天国に来ました。
僕はこれからあの人をここに閉じ込めようと思います。