『春爛漫』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
春疾風が薄紅の花びらを舞い上げていく。
桜吹雪。幻想的な光景に少年は見入り、そして腕を伸ばして舞う花びらを手にしようと追いかけ始めた。
一年前熱で魘され、生死の狭間を彷徨っていたとは想像もできぬ程元気だ。少し離れた場所で様子を伺っている女も、そう思っているのかもしれない。
やがて舞う花びらを手にすることができたのか、少年が歓声を上げる。満面の笑みを浮かべ、女の元へと駆け寄った。
「これ、あげる!」
戸惑う女に手にした花びらを渡す。
七つを過ぎても女が見えるとは、どうやらうまく定着ができたようだ。
「いつも守ってくれているおれい!あと、もうひとつ」
そう言って少年は屈み込み、手近にあった石を持ち何かを地面に書き始めた。
何を書いているのか。その表情はとても真剣だ。
やがて書き終わったのか、少年は顔を上げて女を見た。どこか誇らしげに書いたものを指さし、口を開く。
「あのね、名前がないのはやっぱりよくないと思うんだ。だから僕、たくさん本を読んで調べてね、これが一番似合うと思ったの!」
立ち上がり、地面に書かれたものから目を逸らせないでいる女の手を両手で包み込む。地面から少年へと視線を移した女と目を合わせ、輝かんばかりの笑顔でそれを口にした。
「麗《うらら》……どうかな?僕、今からお姉さんのこと、麗って呼んでいい?」
「あ……」
小さく声を上げ、女はゆっくりと目を瞬いた。
ぱたり、と女の頬を伝い落ちた滴が手に落ち、流れて地面を濡らしていく。
声もなく涙を流す女に、少年の表情が次第に不安そうなものへと変わっていった。
「あ、えっと……気に入らないなら……」
「ありがとう」
言いかけた少年の言葉は、強く抱きしめられたことで止められる。
何度も繰り返される、ありがとうの言葉。
女の在り方が、新しく名付けられたことで変わっていくのを感じる。
思わず、苦笑が漏れた。可能性を考えていなかったわけではない。むしろ、こうなることは見ていて容易に想像がついていた。
けれどここまで平穏に変化を与え、受け入れるとは。まだ幼い純粋さが眩しく感じられた。
在り方は少しばかり変わってしまったが、これならばこの先も二人は問題なく過ごせるだろう。
そう思い、戻ろうと踵を返して。
不意に、手を引かれた。
びくり、と肩を震わせ、燈里《あかり》は目を瞬いた。
目の前には庇うように立つ楓《かえで》の背。その背越しに、見知らぬ男が立っているのが見える。
きゅっと手を繋ぐ温もりを感じ、視線を向ける。そこには燈里と手を繋ぎながら、真っすぐに男を見つめる睦月《むつき》の姿があった。
「おじさんは、どうして燈里ねぇに色々見せるの?」
睦月の問いかけに、男は薄く笑みを浮かべた。
「ヒントがなきゃ、求める答えを出すことができなさそうだったから」
「ヒントねぇ……答えは教えてくれないってわけか」
気に入らないとばかりに、楓が吐き捨てた。男はそんな楓の態度に肩を竦め、溜息を吐いた。
「与えられた答えなんて正誤も、況してやそれが最適解かも判断がつかないだろ?同業者ならまず間違いなく、あの子供ごと封じるか消滅させるかの判断を下す」
お前にそれができるのか。
男は言外にそう告げている。男の背後で幸せそうに笑う少年と女性の姿が視界に入り、燈里は思わず目を伏せた。
「おじさんは、燈里ねぇに答えを出させたいの?」
「いや?答えが出せるのは当事者だけだ。でもあいつは夢見の才能はないから、巻き込まれてたあんたたちの方に干渉してるってだけ」
「情報だけ与えて、そちらは高みの見物を決め込むってつもりかい?随分な趣味だね」
楓の嫌味を意に介さず、男は足元に視線を落とした。
舞い散った桜の花弁が影に落ち、そのまま飲み込まれていく。影が盛り上がり一匹の獣を形作っていく。
「ここまでか。あちらさんが気づいて荒れ始めているみたいだから、戻った方がいいな」
金の毛並みを持つイタチに姿を変えた影。それを見て、楓は僅かに顔を顰めた。
「飯綱《いづな》……ある意味同じ憑き物でありながら、祓い屋か。一番面倒な類の人間だね」
「別に敵対するつもりはない。あんたたちを無理に祓う理由が俺にはないからな」
それは嘘ではないのだろう。楓の目を真正面から見つめ男は断言する。
そしてイタチと目配せをして、男は呟き燈里に視線を向けた。
「どんな行動を起こすのか、何を選択するのかは自由だ。ただ経験上、後悔しないように動き回れば、大体はうまく転がっていく。周りがそれを可能にしてくれるから、心配するな」
柔らかく微笑む男の姿がイタチと共に霞んで消えていく。
「待って――!」
一際強い風が吹いた。桜を散らし、視界を薄紅色に染めていく。
穏やかな日差し。満開に咲き乱れる桜の花。
春爛漫。失われた幸せの記憶が、男が姿を消したことで次第に色褪せ消えていく。
遠くで楽しそうに笑いはしゃぐ声を聞きながら、沈む意識に身を委ねた。
「燈里」
優しく呼び起こされて、燈里は目を覚ました。
繋ぐ手の感覚に視線を向けると、眠りながらも手を離さない睦月の姿。
「燈里」
呼ばれて、燈里はベッドサイドに座る冬玄《かずとら》を見た。安堵が滲む目を見て、そっと手を伸ばす。
「冬玄」
触れる愛しい熱。鼻腔を擽る蝋梅の香りに、目を細めた。
夢の内容を思い起こす。幼い繩手《なわて》と、麗と名付けられた憑き物。名付けの瞬間に、きっと二人の関係は変わった。
憑き物から、守り神へ。そしてそれはもしかしたら、燈里と冬玄のような関係へとなっていったのかもしれない。
だから、堕ちた。繩手を奪われそうになり、執着が麗を堕としてしまったのだろう。
「冬玄は、例えば私の中に封じられたとして、その封印を無理矢理にでも解きたいと思うのはどんな時?」
「そりゃあ、燈里が傷つけられそうになった時だろうな」
迷いなく答えた冬玄に、燈里は小さく笑う。その笑みに冬玄も表情を綻ばせ、だがすぐに真剣な目をして燈里に問いかけた。
「あの人間と憑き物がそうなんだな」
頷く燈里に冬玄はそうか、とだけ呟いた。名残惜し気に手を離し、静かに立ち上がる。
「一番簡単なのは、人間ごと完全に封じることだ。けれど燈里は嫌だろう?」
柔らかな微笑み。真っすぐに冬玄を見つめ頷く燈里に、穏やかに告げる。
「ならばあの人間を連れて、憑き物の本体がある屋敷に行こうか」
後悔しない選択を。
夢の中の男の言葉を思いながら、燈里は迷いなく冬玄に頷いて見せた。
20260410 『春爛漫』
春という名の女の子がいた。
彼女が死んでから、僕は春が嫌いになった。
暖かな日差し、たまに吹く強風、乱れる桜も、すべてが彼女を彷彿とさせる。世界に彼女が満ちているような気がして、だからこそ、もうこの世にいないのだと突きつけられる。
おまけに彼女の香水は桜だった。
たまったもんじゃない。
近年は温暖化の影響か、春が短い。実際に短いかはともかくとして短く感じる。とはいえ、ひと月以上も彼女の死を言い聞かせられては気が狂いそうだった。
加えて、もう一つ。
春は春でも特に盛り上がるーー春爛漫の桜景色が広がるこの時期には、決まって幻を見た。
まさに今。
びゅう、と風が立って、桜の花弁が舞い上がった。
視界を覆いつくす桜吹雪の奥に、失ったはずの彼女の姿が、蜃気楼のごとくゆらりと立ち上がる。
その姿を認めると同時に電撃が走る。
ああ、まただ。
痺れた脳の片隅でつぶやく。
こうなるともう僕は駄目だ。
「春……」無意識のうちに名前を呼んでしまう。すると彼女は、僕に気づいたように振り向いた。そのピョンと跳ねるような所作は、記憶にある天真爛漫な彼女の姿に重なった。
花弁で構成された彼女の顔が、にこっと微笑む。
白い、ほっそりとした腕が伸ばされる。
ハグを求められているようだった。
「春」
一歩踏み出す。オアシスを求める渇いた旅人のような、力ない一歩だった。けれど止まらない。
二歩、三歩。
次第に足早になる。
花びらが頬を掠める。ぬるい風が手足に絡みつく。それらを振り解くように無造作に伸ばした両腕は、一瞬、彼女の柔肌を抱いた気がして。
空を切った。
お題「春爛漫」
春となり、枝の先々まで柔らかな花々を敷き詰める桜の木には、乗り越えた厳しい冬の寒さがある。
必ずそこに寒さがある、それは蕾がそれによって目を覚まし、春に向けて開花に備えるからであり、厳しい冬を乗り越えなかった木は花で身を飾らない。
厳しい試練も報われると教えてくれるこの時期になると、今を生きて乗り越え、その先に力強く命を爛漫に輝かせよう
と希望と励ましを度々与えてくれるものである。
〈春爛漫〉
桜の季節は、いつもこんな具合にすれ違う。
今年こそ花見に行こうと思っていた。職場の同僚に誘われたのは三月の終わりで、お弁当を持って公園へ、という話だったのに。
当日の朝になって母から電話がかかってきた。父が転んで、大事ではないけれど念のため病院に付き添ってほしいと。
もちろん断れるはずもなく、同僚には申し訳ないと詫びのメッセージを送り、私は実家へ向かった。
父の打ち身はたいしたことなく、処置が終わって帰宅したのは夕方だった。スマートフォンに届いた同僚の写真を見ると、満開の桜の下、みんな嬉しそうに笑っている。空は信じられないくらい青かった。
翌週末には雨が続き、桜はあっという間に散った。
「佐和子さん、ちょっと」
縁側から、義母のふみさんの声がした。昼過ぎのこと、私は台所で夕飯の段取りを考えながら、特に何をするでもなくぼんやりしていた。
「どうしたんですか」
縁側へ出ると、ふみさんは庭を向いたまま言った。
「今日はいい日和だから」
促されるまま庭に目をやって、私は少し驚いた。いつも通り素通りしていた庭が、今日はなんだか違って見える。物置の脇に立つ木に、薄桃色の花が房になって垂れ下がっている。
「あれは何ですか」
「ミツバツツジ。もうすぐ終わりかけだけど、今年はよく咲いたわ」
言われてみれば、枝の先がほとんど花で埋まっている。葉が出るより先に咲くのか、花だけが鮮やかに、空に向かって広がっていた。その手前には、白い小さな花を無数につけた木がある。
「コデマリはまだ盛りね」
丸くまとまった花の塊が、枝の重さでゆるやかにしなっている。その奥、石畳の突き当たりには、黄緑色の葉を芽吹かせたばかりの木が一本。
「あれはまだ花が咲いてないですね」
「ジューンベリー。花はもう終わったの。
実がなるのは梅雨のころよ。赤くて、小さくて、かわいらしいの」
ふみさんは縁側の端に腰を下ろした。私もその隣に座る。
「全部、お義父さんが植えたんですか」
「そう。あの人、庭いじりが好きでねえ。
私はてんで興味がなくて、水やりくらいはしたけれど、あとは全部任せきりだったの」
ふみさんは膝の上で手を組んで、庭を見た。
「亡くなってから、はじめて名前を調べたのよ。
五十年近く一緒に暮らして、何が植えてあるかも知らなかった。お恥ずかしい話でしょう」
私は何と言えばいいかわからなくて、黙ってコデマリを見た。風が吹くと、白い花の房がいっせいに揺れる。
「……花見、行けなかったんですってね」
「ふみさん、聞いてたんですか」
「一雄から。かわいそうだって言ってたわよ」
私は苦笑した。夫もよけいなことを言う。
「まあ、毎年のことですから」
「毎年?」
「桜の時期って、なぜかうまくいかないんです。
雨が降るか、仕事が入るか、今年みたいに実家のことが起きるか。結婚して以来、ちゃんと見られた試しがなくて」
「まあ」
ふみさんは静かに笑った。責めるでも、慰めるでもない、穏やかな笑いだった。
「でもねえ、佐和子さん。桜って、みんなが一斉に騒いで、散ったらそれでおしまいでしょう。
この子たちは誰も見てなくたって、毎年ちゃんと咲くの。あの人が逝ってもう七年になるけれど、一度も休まずに」
私は庭をもう一度、ゆっくりと見渡した。
午後の光が石畳を白く照らしている。ミツバツツジの薄桃色、コデマリの白、ジューンベリーの柔らかな黄緑。派手ではないけれど、それぞれがそれぞれの時期に、静かに盛りを迎えている。
「お義父さんは、順番を考えて植えたんでしょうね」
口に出してから、少し気恥ずかしくなった。当たり前のことを言ってしまったと思ったけれど、ふみさんは目を細めた。
「そうなの。春の初めから順々に何かが咲くようにって。私が飽きないようにって、言ってたわ」
少し間があった。
「飽きっぽいのはお見通しだったのね、あの人に」
ふみさんはそう言って、おかしそうに笑った。私もつられて笑う。庭に、しばらく笑い声が漂った。
「佐和子さんって、損な性格ね」
笑いが収まったころ、ふみさんが言った。
「えっ」
「人の世話を焼きすぎるのよ。実家のお父さんのことも、一雄のことも、うちのことも。自分のことは後回しにして」
「でも、父が転んだんですよ」
「わかってる。それが間違いだとは言ってない。ただ、たまには、誰かに押しつけてもいいと思うの。罰は当たらないから」
私はふふ、と笑ってしまった。
風が吹いて、コデマリの花がまたいっせいに揺れた。白い小さな花びらが二、三枚、ふわりと石畳に落ちる。
「来年は、どこかで桜を見ましょうよ」
ふみさんが言った。誘うというより、独り言のような口調だった。
「東北辺りだと四月の頭ね。温泉にでも行きながら」
「ぜひ」
私は素直にそう答えた。来年も桜は見逃すかもしれない。でも、それならそれで、こうして縁側に座って、義父が丹精した木々を眺めながら春を過ごすのも、悪くはないと思った。
春爛漫というのは、きっとこういうことだ。公園の満開の桜の下ではなく、縁側で姑と肩を並べて、亡き人が遺した花の名前を、ようやく覚える。そういう春が、あってもいい。
台所でやりかけの夕飯の段取りが、頭の隅に浮かんだ。でも今日は、もう少しだけここにいようと思った。
──────
佐和子さんふみさんの嫁姑漫才シリーズです。
今年も桜見そびれたなぁ……
“桜の樹の下には屍体が埋まっている”と、あまのじゃくなことを呟いてみる。梶井基次郎のこの小説を読んだことは無いけれど。
#春爛漫
咲き誇ったピンクのそれが吹き上がった風に乗って舞い上がる。
そのなんたる豪華絢爛なことよ。
やわらかな風に包まれて目の前がピンク色に染まる。
あぁ…なんとこの世は美しい。
諦めるのは時期尚早と言うものではないか?
まだまだこの世は捨てたもんでもないかもしれん。
どうだ、共に手を取り移りゆくこの世を歩んでみないか?
ゆっくりと年を刻んでいくのも悪くない。
お前となら何だってやれそうだ。
ひとりでは寂しい。
共に生きてくれないか?
(春爛漫)
さーてと準備準備!
パリッパリのプリーツスカート
ちょっと堅苦しいジャケット
仕上げの首元のリボンも忘れずにと。
ツヤのある革のスクバにぬいぐるみをぶら下げて、
ピカピカのローファーを履いて
さて、と
行ってきまーす!
桜の咲き誇る通学路で花びらのエールを貰いながら
青い空の下、青い私がきらめいた始まりの物語。
赤いかばん
二つの結び手
桜の陽
『春爛漫』
ちょうど寝支度を整え終えた彼女が静かに寝室のドアを開く。
彼女よりも先にベッドでまどろんでいた俺は、携帯電話の画面から視線を上げた。
俺と目が合えば、彼女はどこかうれしそうに目尻を細めてベッドに潜り込む。
「再来週の水曜日休みでしたよね? フラワーパークに行きませんか?」
枕を動かし、彼女が収まりのいい位置を探り当てたタイミングで俺は声をかけた。
すると、閉じかけていた瞼が俺のほうに向けられる。
「え、いいけど。前後は仕事もあるからあまり遠出はできないよ?」
「もちろんです」
彼女のスケジュールは織り込み済みだ。
あらかじめ電車で行ける範囲のフラワーパークをピックアップしている。
「俺的には、ネモフィラかナノハナかチューリップ、ポピー、春バラ、……時期的にはそろそろツツジも捨てがたくなりますが、どうですか?」
「待って、私が選ぶの?」
買い物デート以外の場所に赴くときは、ほぼ俺が行きたい場所に彼女をつれて行くことが多いせいか、意外そうに彼女が眉を寄せた。
「珍しいね?」
俺の腕に額を寄せながら、「どこにしようかなー」なんて、まろやかな声音で甘えてくる。
かわいいな?
黙っておくと下心が顔を出してきてしまうため、俺はせっせと口を動かし、己の欲をごまかした。
「ネットを漁っていたら候補を絞りきれなくなりました」
「そんなに花好きだったっけ? 来週は土曜日も休みだから、ふたつくらい行ってみる?」
「お誘いはありがたいのですが、来週のその休みは俺とショッピングデートです」
「ん?」
俺の言葉に、唇を突き出して首を捻る彼女の姿が今日も絶好調にかわいい。
疑念の残った表情のまま、彼女は俺を無防備に見上げた。
「……そうなの?」
「ええ」
事前の約束なんてしていないから、彼女の疑問はごもっともである。
不思議そうに瞬きを繰り返す彼女に俺は意気揚々と口を開いた。
「フラワーパークに行くための洋服を買いに行きます」
「洋服……」
立てばかわいい、座れば可憐、笑って歩けばマジ天使級のかわいさを誇る彼女は、なにを着てもかわいいに決まっている。
そこに花の種類に合わせた洋服なんて、もしかしたら蛇足になるのかもしれなかった。
しかし、かわいいとかわいいをかけ合わせた彼女は、絶対に罪に問われるレベルのかわいいに違いない。
青銀の髪の毛や、大きな瑠璃色の瞳を存分に活かしたコーディネイトでもいいかもしれない。
「この時期はカフェも春らしいフレーバーが増えますし、季節のデザートやドリンクも楽しめますよ?」
「デザートが食べたいのはれーじくんでしょ?」
「バレました?」
春はサクラやイチゴ、レモンといった爽やかな色合いのスイーツが多く発売される。
味もさることながら、春らしい華やかな見た目は写真映えもするから、どさくさに紛れて彼女の被写体のおともにすることも多い、素晴らしい季節だった。
「季節限定の桜と抹茶のミルクレープが気になっています」
もちろん、春という陽気な季節を楽しむ彼女の好みも押さえておく。
「あとはショッピングモールにある近くの公園では、まだ葉桜が楽しめそうですので散歩でもどうかなと思いまして」
「なんか、春がきたって感じだ……」
ぽつ、と、呟いた彼女に俺もうんうんとうなずいた。
「さすがに朝夕は冷えますが、日中は暖かくて過ごしやすい陽気になりましたもんね。夏用の洋服も並んでいたら一緒に買いますか?」
「違う。れーじくんの脳内の話」
「ん? 俺ですか?」
「私のことに関してはいつもお花畑だけど、この時期は筋肉まで春爛漫になっちゃうんだもん」
筋肉が春爛漫とは??
全身全霊で浮かれているということだろうか??
相変わらず独特な表現をする彼女のセンスには脱帽する。
面白いから俺もその表現をいつか使ってみたくなった。
とはいえ、心地よく移り変わった季節に浮かれているのは俺だけではない。
「さっきから、つれないことを言いますけれども」
キュッと、彼女の着ているシャツの上から胸を摘む。
「んっ」
胸への刺激に彼女は小さく皮膚を揺らし、湿度のこもった甘やかな声を漏らした。
彼女にとっては不意打ちだったとはいえ、あまりにも素直な反応に調子に乗った俺はさらにコネコネと胸への刺激を強める。
「あなたのお召し物が下着ごとゴッソリなくなって、俺もあなたに麗らかな春を感じています」
意外と寒がりな彼女は、冬になるとインナーの上にさらにヒートテックインナーを重ねて、厚手のパジャマの上にパジャマを着込み、もこもことしていた。
それが数日前から、下着ごと一気になくなっている。
「ちょ、やめ……っ」
「無理でしょう」
シャツは薄手のものに変わって、下着が消えたのだ。
奥ゆかしく膨らんだ魅惑のお胸の形がうっすらと浮かんでいるのに我慢しろとか、鬼にも程がある。
「昔、はやめてって言ったらやめてくれたのに……っ」
「口ばっかでイヤがってないじゃないですか」
数年かけて彼女と肌を重ね続けてきた。
かわいいお口から出てくる言葉はつれないが、それが照れ隠しであることくらい理解しているつもりである。
「厚かましくなりやがって」
「本当にイヤならやめますよ?」
「そうは、……言ってないもん……」
照れは隠すが嘘を言わないところが、数あるうちの彼女の美点だ。
ちょっとだけ素直になった彼女の唇を軽く啄む。
ぽやぽやとした様子で俺の体温を受け止める彼女の熱を、俺はさらに高めていくのだった。
春爛漫
花びら 咲き散る
きらきら ひらり
胸には
希望の光を 灯し
輝き 満ちて
空を 見上げる
まわりの 慌ただしさに
自分自身が 咲き乱れてしまわぬよう
わたしは ここで
ひっそりと たたずむ🌸
いつのまにか、明るい日差しが降り注ぎ、花が咲いている。桜は薄ピンクのもやを作り、黄色い花が下を埋め尽くす。
枯葉に覆われた地面は、黄緑色の草がそよいでいて、枝だけの木に新芽が芽吹く。辺りは瞬く間に、華やいで色に包まれる。
それをぼんやり見ていると、光の合間に、何かふわふわした小さなものが、ふんわりと降り注いでいる。幸せという世界があるとしたら、こんな景色をいうのかもしれない。
「春爛漫」
春爛漫の様に
私の将来の彼氏、のちに夫となる王子様が
現れたらいいのに………
俺はしがない高校教師だ。
可もなく不可もない人生。
適度に上司に揉まれ、ついモンスターペアレントと呼びたくなってしまうような熱心な親御さんの対応をして、高校生らしい羽目を外した幼稚な言動を適度に叱る。
生徒からの評判もそこそこの、一般的にも程がある人生だ。
さて、そんな俺だが、高校教師になってからできたいわば生き甲斐のようなものがある。
例えば、学校の授業が終了した放課後。
体育館倉庫の方を通りがかってみれば、緊張した面持ちで頬を赤らめ、男子生徒と向き合う女子がいたり。
あるいは、部活も終わる日の暮れ方。
部室棟を覗いてみれば、部活終わりの生徒たちに、マネージャーだろう生徒がタオルを渡している。
そういう、俺はもうとっくの昔に失った青春を眺め、密かに楽しんでいるのだ。
教師という職業上、生徒達の青春に深く関わることもある。
今日もまた、クラス内で幅を利かせる、ギャルっぽいような女子に絡まれていた。
「てかさー、センセー恋愛相談乗ってよ!」
何故、とか、四十代目前にして未だ恋人の一人もいない人間にする話じゃない、とか、色々言いたかったが飲み込んだ。
てっきり、そのギャルの恋愛相談だと思い込んでいたが、どうも違うようだ。
しばらくして、彼女はクラスの中でも大人しいような、言ってしまえば地味な女子を連れてきた。
俺に相談したいという生徒は、彼女のようだ。
「え、えっと……あの……」
割と強引に連れてこられたらしく、彼女も困惑している。
しかし、ギャルな生徒に何かを耳打ちされた瞬間、顔がぽっと赤くなった。
「あ……えっと……その……恋愛相談……ですか……」
それから彼女は、三十分ほどかけて、甘酸っぱい青春を感じさせる相談を聞かせてくれた。
当然、碌な助言はできそうにないので、話だけでも聞いておこうと耳を傾けることに徹したが。
そんなことをしていると、教師の扉が開いて、丁度彼女の意中の人が現れた。噂をすれば何とやら、である。
わたわたと慌てる彼女を横目に、例のギャルがひっそり一歩下がって俺に耳打ちしてきた。
「センセー、知ってるー?あの2人、もうとっくに両思いなのにモダモダしてんの。アイツもさっきまで友達に恋愛相談してたってー。」
チャットの画面をひらひら見せてくる彼女を横目に、2人の様子を伺う。
開いた窓から桜が舞い込んできて、2人の距離が少しだけ縮まっていた。
掃除が大変そうだとは思ったが、せっかくの春なのだ。野暮なことは言わないでおこうと、目が合ったギャルと一緒に静かにしておいた。
テーマ:春爛漫
暖かくなってきたとはいえ、桜が咲き乱れるのにはまだ早い。
数日前に家の近所にある木に咲いていた花は桜と梅のどちらなのかと父と言い合っていて、私と父は梅と判断したが、後から桜と判明した。
つぼみが多いようだけど、桜は咲いてきているらしい。
春爛漫
①「どーも」
②「どーもだよ」
①「春爛漫といえば何を思い浮かべます?」
②「桜、菜の花、モンシロチョウ、変なおじさん」
①「最後変なの混じってなかった?」
②「暖かくなると活動的になるよね」
①「蝶々の事を言ってるんだよね?」
②「確かにコートを広げて蝶のように羽ばたこうとしてるようにも見えなくもない」
①「おじさんから離れてくれる?」
②「おじさんの方から近寄ってくるんだわ」
①「話題からおじさんを排除しろって言ってんのよ」
②「次回!」
①「そんなものはありません」
②「結局春らしい話しなかったね」
①「あんたのせいでしょ!」
予定より半日も早く街に着いた日だった。その街が依頼主の最後の目的地で、カランは父と隊商を離れ、その日の宿をのんびりと探していた。しかしまだ日が高いからと気の赴くままに歩いていたら、いつの間にか街の端まで来てしまったようだった。野に咲くような黄色の花が、足元で華やいでいた。
もう春なのか、少し遠いところでは畑で作業をしている人々の姿が見えた。今は隊商の護衛をしながら街から街へ、村から村へと旅をする生活をしているが、カランがもっと幼い頃は父や父の養父母たちと畑で色々なものを育てたり、動物の世話をしたりして暮らしていたのだった。あの頃は父が働いている間、養母に預けられていた。父の前ではみっともなく泣き喚くのを我慢できたが、父が見えなくなった途端カランはわぁっと泣き出して、養母を幾度となく困らせたものだった。それはきっと父にも聞こえていたに違いない。夕方迎えに来た父は、いつも全力でしがみつくカランにされるがままだった。あの日々に戻りたいとは思わないが、あの頃の父も似たような作業をしていたのだろうかと、しばらくの間眺めていた。父は黙ったまま、カランの気の済むまでその光景を眺めさせてくれた。
結局、昼過ぎまで宿は見つからなかった。というか、街に戻ろうと思っていたのに、ふたりは何故かあれからさらに街外れへと来てしまっていた。周囲に人どころか畑までなくなったところでそれに気がついて、今は来た道を戻っているところだった。道の端に黄色の花が点々と咲いていて、方向音痴のふたりに来た道を教えてくれていた。まだ民家すらひとつも見えないが、辺りには多種多様な花たちが咲き乱れ、絨毯のようにはるか遠くの森の近くまで広がっていた。そして父の背負う荷物には、いくつかの花束が増えていた。カランが父にと摘んだものだ。カランはただ父に綺麗だと見せたかっただけだったが、父が自分の摘んだ花を持っているのを見て、こんなに花の似合う人は居ない、とも思った。父は武器を持てばこそ大胆かつ冷酷無比な人ではあったが、真っ白な髪と透き通った瞳、痩せた細い躰のせいで、穏やかな顔をすると酷く儚い印象になるのだった。
「眠いか。」
短い父の問いに、カランは素直に頷いた。繋いでいた手が離れて行ったのでカランが父を見上げると、父はしゃがんで両手を広げたところだった。反射的に自分も両手を広げると、父はそのままカランを抱きかかえてくれた。下からだと見えなかったが、父の髪に、真っ赤な花びらがひとつついていた。それがとてもよく似合っていたので、カランは特に指摘せず、父の首元に鼻を埋めた。あたたかい。父の高めの体温がカランの眠気をさらに強めた。本格的に意識が薄れてきて、カランは両腕で父の首にぎゅっとしがみついた。
「ありがとうございます、ちちうえ…」
「気にするな。」
本当なら気にしたいところだったが、日の暖かさと父の体温とでカランの瞼はもう閉じていた。散歩中ずっと日に当たっていたのだろう、父の透き通った髪がいつにも増してふかふかだ。その時、心地良い風が吹いて、様々な花の香りがカランを満たした。なびいた髪に紛れて、葉っぱか何かが優しく頬に当たる。
「眠りたいなら眠るといい。宿はオレが見つけておこう。」
先程の風で乱れた髪を整えるように、父の指が優しく頭に触れた。夜眠る時に撫でてくれるのと似たその感触に、カランの体の力は完全に抜けてしまった。
「……もう眠ったのか。」
いつも無表情の父が珍しく笑った気がして、眠りに落ちる寸前、カランはとても嬉しい気持ちになった。色とりどりの花びらが、風に運ばれてふたりの髪や服を飾った。再びふたりが街に着く頃にはカランの頭にも赤い花びらが乗っかっていたが、それを知っているのはカランを抱えていた父だけだった。
【春爛漫】
色がなった景色から
色鮮やかな季節に移り変わる
緑が増え
色が増え
景色が輝き出す
さぁ、見て、私たちを
そうささやいてくる
生命の力強さを感じる季節
自分自身もわくわくしてくる
好きな季節
春、いいな~
こんな夢を見た。桜を眺めながら、昼食を取る。昼食を終え、一息つく。午後の授業まで、一眠りしようか。そんな事を考えていると、誰かが花壇の前に屈み込んでいるのが見えた。私と同じクラスの女子だ。あまり人といるのを見たことがなく、休み時間はいつも教室にいない。どこに行っているのか分からなかったが、ここだったのか。彼女は、黙々と割り箸で何かを摘んでは花壇の外に放り出している。何をしているんだろう。少し逡巡したが、結局話しかけることにした。
「えっと、何してるの?」
話しかけると、彼女はゆっくりと振り向いた。
「…あ、どうも。たしか、同じクラスの人ですよね?今は芋虫を捕まえて捨ててます」
ほら、と彼女は割り箸で挟んだ芋虫を見せた。箸から逃げようと蠢くそれに思わず後退りした。
「やっぱり、気持ち悪いですよね。これが綺麗な蝶に成長すると分かってても」
「そ、そうだね」
「でも、この芋虫が蝶に成長することはないのでただ気持ち悪いだけですけど」
彼女は花壇の外に芋虫を放り出した。
「何で外に出してるの?」
「お花の葉っぱを齧るからです。齧られると、お花が光合成出来なくて枯れてしまうので」
「でも、外に出しても戻ってくると思うんだけど」
「大丈夫です。戻ってくる前に、鳥や他の虫たちに捕食されるので心配ありません」
彼女はまた芋虫を探しているのか、箸と目が葉っぱの上を動き回っている。話題作りのために花壇を眺めると、かなり手入れされてることに気づいた。花は全て綺麗に開花し赤や黄色、桃色などで彩られている。葉っぱも青々とした緑色だ。
「それにしても、ここの花壇は綺麗だね。春爛漫って感じ。君がいつも手入れしてるの?」
そう言うと彼女はこちらを見、それから目を逸らした。
「ええ、美化委員なので。それに他の人はあまり、お花の世話に積極的ではないし」
「そうなんだ、真面目なんだね」
彼女は花壇の花を愛おしそうに見つめる。
「というより、ここが心の拠り所なんです。お花の世話をしているときだけが、わたしの癒しでして」
「それくらい、お花が好きなんだね」
彼女は私の言葉に微笑む。
「ええ、大好きです」
また見つけたのか、葉っぱから芋虫を摘み花壇の外に放り出した。
「もちろん、芋虫は嫌いですけど」
彼女と花の話をしていると、予鈴が鳴った。
「もう、こんな時間ですね。わたしは、もう少しいるので先に行っててください」
彼女に促され教室に戻ろうとして、弁当箱を忘れたことに気づいた。取りに戻ると、彼女が地面をグリグリと踏みつけているのが見える。何となく気づかれてはいけない気がして、息を潜めた。彼女が去った後、駆け寄るとあまりの惨状に思わず悲鳴を上げる。そこには、潰れた芋虫や割り箸で刺され穴だらけの芋虫の死骸が転がっていた。
君となら
いつも心は
春爛漫
どんな景色も
芽吹き色づく
"春爛漫"
着く報せ晴れたそちらにあてられて
ほころんだのは厚い便箋