『春爛漫』
カキーン、と心地よい音が鳴り、野球少年たちの歓声が上がる。
春休みに入ったばかりの小学生達のはしゃぎ声が聞こえる。
桜は満開になり、花見客がぞろぞろとやってくる。
そんな春爛漫な河川敷の真ん中、
いい歳した成人男性がスーツ姿のまま寝転がっていた。
その名も四条健一、僕である。
暖かい春風が頬を撫で、優しい日差しが僕を照らす。
あまりの心地よさに現実を忘れ、眠りに落ちそうになって…
そこまできて現実に引き戻される。
あぁ、明日からニート生活かぁ。
僕はさっき、本当についさっき、職を失った。
クビ宣告をくらった直後、自暴自棄になってこうしている。
まぁブラック企業だったし、いっか。
…いやよくない、ただでさえ家賃カツカツなんだぞ僕。
「こんにちは、お隣いいですか?」
「へっ!?あ、あぁ…どうぞ」
突然すぎて変な声が出たが、
僕に声をかけてきたのもスーツ姿の男性だった。
僕とそう歳は離れてないように見える。
「僕が言えたことじゃないですけど、何してるんです?」
僕の隣に腰掛けながら、笑い混じりに聞いてきた。
まぁそりゃそうだ、こんな状況なんだから。
「いやー、お恥ずかしいんですけどね…」
「今さっき会社クビになって、自暴自棄になってました」
言いながらやっぱり少し恥ずかしくなる。
「まじすか!?僕もです!」
「え、ええ…!?あなたもですか?」
「はい、さっきクビになりました」
「なんか、現実逃避中?って感じです」
僕もそのまんま、同じ理由だ。
そんな偶然あっていいのだろうか。
…まぁあったからこうなっているのだが。
「あ、どうせだし名刺交換でもしますか?」
「僕、元〇〇商社営業部の谷口です」
文脈ってもんがなさすぎる…って、〇〇商社?
「え、僕も元〇〇商社です…」
「え、そうなんですか!?」
「はい、元〇〇商社事務部の四条です」
「これ、名刺」
谷口さんの名刺を受け取る。
確かに、見慣れた会社の名前が刻まれていた。
「わ…偶然ってすごいですね」
「本当ですね」
「この際仲良くしましょう!LINEやってます?」
「やってます、交換しますか」
春は別れの季節。そして、出会いの季節。
良い会社に出会えるように、谷口さんと一緒に頑張るか。
春風が強く吹いて、桜の花びらを僕らの方へ飛ばしてきた。
3/28/2025, 10:58:12 AM